異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた10
ユタさんが王都にはもう帰らないとか言い出した。
あ、いや、分かってたよ?
膝をついて何か誓い出した時からさ。
あと名前にさん付けは止めてくれと言い出した。
ええー、今さら呼び方変えるのー?
渋ったわたしを根気よく説得してきたユタにわたしは折れた、そりゃもうあっさりと。
最近わかってきたことがある。
ユタはシン並に頑固。
わたしの意志を絶対に無視はしない。
が、絶対に自分の意見を通す。
わたしが嫌がっていても、だ。
どういうことかわかります?
ひたすらに言い聞かせられる訳ですよ。
自分の意見が通るまで、根気よく、折れることなく、永遠と。
もはや説得と言う名の拷問に近い。
最近のわたしはユタの説得が始まると早々に白旗を掲げることにしている。
だって、どうせユタは諦めないんだし、なら話を聞いてる時間が無駄じゃんね?
そんな頑固者ユタとシンの最近の悩みは家の中のことをやってくれる人材の確保らしい。
我が家の人数が増えたことで日々の食生活はとても改善された。
男手が二つあるということはどちらかが自由に動けるということである。
シンなりユタなりが森で狩りやら採取やらをして、それがそのまま食卓に出ることもあれば、それを金に換えて町で狩りなどでは得られないものを買ってくることもある。
金はどこぞの自由組織に登録してそこで変えているそうだ。
わかります、異世界につきものの冒険者ギルド的なものですね?
そうして一番の問題が解決されたら、次の問題が浮上してくるのは当然。
いやいや、文句はないのよ?
当番制の食事にまったくレパートリーがないとか、全然不満じゃないのよ?
シンとユタが作る料理は基本「焼く」か「炒める」、そしてわたしはそこに「煮る」が加わる程度。
味付けは三人とも似たり寄ったり。
食事の時間につい無言になるわけは決して不満からではない。
わたし、365日同じ食事でも文句は言わない性質だから。
昔、母があんたの食事の用意は楽でいいとこぼしてたくらいだから。
でも元はお貴族様だと言う男二人がどうしても気の毒に思える。
貴族=いいものを食べていたに違いない!
なんかごめん、こんな辺鄙な場所に閉じ込めた上にしなくてもいい苦労をさせて…。
という申し訳なさが身を小さくさせる。
見かねた二人が町で人材の勧誘に当たったり、とある組織に募集の広告を出したりしているようだけど反応は芳しくない。
だって、職場がこんな森の中の侘しい屋敷だしね?
住人はニセモノなんだかよくわからないマレビトだしね?
しかも超ブスだしね?
うんうん、誰も来たがらないのがよくわかる。
わたしもこんな怪しい募集には絶対応募しない。
だってこれ、そのまま行方不明とかなるパターンじゃない?
ホラー物にありがちな展開。
ないけどね?
ブスだからって処女の生き血飲んだりしないよ?
でもそれじゃあ事は進まないのよ!!!
うちのかわいそうなイケメンたちに誰か救いの手を!
そういうわけで、わたしは自ら町に赴くことにした。
自分が行ってどうこうできるものでもないだろうけど、行動することに意味があるのだよ諸君。
別に町に降りてみたかったとか、そ、そんな単純な理由じゃないから!
散歩気分とかじゃないんです!
ちょ、シン、ユタ、そんな目で見ないで!
町に降りる計画の日、鼻歌を歌いながら久々の化粧を施し、さらに上からベールを被る徹底ぶり。
これなら人を不快にさせずに済むだろう。
ここに来てからずっと屋敷に籠っていたから浮かれるのは仕方がない、お目こぼしをお願いします。
屋敷の前は草木がぼうぼう。
なぜかシンもユタも敢えての放置。
だから少々歩いてから開けてきた場所に借りてきた馬車が止めてある。
それに乗り込んで、わたしのお尻を犠牲にしながら一同悪路を進む。
あ、あかん、これ。
着くまでに痔になるわ。
「ユアさま?」
はいそこ黙って!
集中させてちょうだい!
むむむ。
じゃーん、できた!
衝撃吸収の魔法!
…を、作ったはいいけど、どこにかければいいんだ、これ?
自分一人にかけたら二人に失礼だし。
ん、車輪でいいか。
ぽーいっと放り投げて定着させて、あーら不思議、お尻に響く衝撃が大分軽減された。
「さすがユアさまです!」
「なんと素晴らしい!」
へへ、もっと褒めてくれてもいいのよ?
そうして着いた場所はとても小さな村。
ここが一番屋敷から近いんだそうな。
歩いて辿りつける距離じゃない所に我が家の辺鄙さが窺える。
その場所は、村人が肩を寄せ合って生きているようなそんな印象を持った。
小さな村だからこそ異変はすぐに伝わって、馬車を降りる頃には村人全員が集まっているのではないだろうかと思う人数に取り囲まれていた。
聞くところによると、半年に一度訪れる行商人以外に馬車が来ることなどないらしい。
行商人が半年に一度ですか?
田舎すぎだろ!
というかシンさん、ユタさん、あれですね?
これ優しさですね?
わたしの気晴らしの。
さすがにこんな小さな場所で欲しい人材が見つかるわけがない。
というわたしでもわかる事実に二人が気付かないわけがない。
だけど小さな村になら連れてくることが出来る人物がいる。
他でもない怪しいマレビトであるわたし。
つまり、これは二人によるわたしへの気遣いだ。
「シン、ユタ。気遣わせてごめんね、でもありがとう」
嬉しいのはその心配り。
素直に感謝は伝えるべきだ。
だって彼らは棘を逆立てて威嚇するべき光の球どもじゃない。
特に見るべきものもない村だけど、気晴らしの散歩をする位ならバチは当たらないだろう。
せっかくの二人の好意だ、受け取って楽しむべき。
ほんの10分も歩けば端に辿りついてしまう村だったが、意外に家の前の家庭菜園とか気になるものは多かった。
村人たちは馬車から降りてきた怪しいドレス姿の顔を隠した女に興味津々のご様子。
あるいは警戒心剥き出し。
どちらもわたしたちの移動に合わせてぞろぞろついて来る。
大名行列かって!
やりにくいわ!
それでも村にある畑や家庭菜園で実っている野菜などの苗をいくつか交渉の上買って(もちろんシンとユタが)わたしはホクホクしていた。
これで庭の畑の充実が計れる!
交渉には村長が出てきていたようだ。
頭に白いものが混じり始めているその中年男性は好奇心より警戒している側で、わたしにはその眼力が大変恐ろしかった。
「して、この村には何用で?苗だけを買いにこの村に訪れる人間がいるとはついぞ聞いたことがありませんが」
うっすら発光する村人たちに対して、村長はさすがに少し光量が高い。
それでも光の球のように表情がまったく見えないということはなかった。
探るような目線に怯えて、わたしはついつい焦りで口を開いた。
「最近近くに屋敷を構えまして、働く者を探しています」
「…失礼ですが、顔も見せずに誰かの信を得ようというのですか?」
おう、ぐさりと来た。
ごもっとも。
さすが村長、痛いところを突く。
「…おっしゃる通りですね」
わたしはまあ貴族でもないし、傷付いた程度で済むんだけど、村長の態度が逆に心配になってきた。
「どちらの方かは存じませんが、村に不要なものを持ち込まれても困ります。早々にお引き取り願います」
肝が据わっているというか、丁寧語に隠した侮蔑が見え隠れしている。
この人、貴族と接したことがないのかしら。
普通こんな態度をしたら切り捨て御免だろう。
あ、いや、むしろ私が貴族ではないと見抜いてるとか?
だとしたら大した心眼の持ち主だ。
うん、でもさ!
わたしは貴族じゃないけど、ツレが正真正銘の貴族です!
事実、一歩下がっていたシンとユタが詰めてこようとする気配がしたので目線で制する。
彼は多分こんな辺境だからこそ生きてこれた貴重な反骨の持ち主であるようだ。
それに敬意を表してわたしはベールを上げる。
「これでよろしいかしら?」
ほほ、わたくし、これでも負けず嫌いですのよ?
侮られたままは悔しいじゃない?
目の前の村長は小さく悲鳴を上げて尻餅をついた。
ざまあみろ。
ベールはわたしの優しさだ。
わかったか!
村長がこくこくと頷くだけの首ふり人形になっている間にベールをさっさと下ろしたが、見えた人には見えたわけで。
村長の近くに居た人々も慌てて距離を置き出した。
うーん、相変わらずの威力だこと。
自分でやった行動だけに泣けるわ。
「み、見たか?」
「ああ、酷い顔だ。あんな醜い顔は初めて見た」
そこ、ひそひそ声聞こえてますよ!
もうちょっと配慮をお願いします。
「おれの女房、昔からブスだと思ってたけど今日から改めるわ」
「俺も。あれと比べたら女神に見えるな。あいつが俺の女房でよかった」
他人の夫婦仲にも貢献した模様ですが。
あの、わたしも一応女なんで…。
少し肩を落としていたらシンとユタが声をかけてくれた。
「ユアさま、そろそろ帰りましょう」
「ええ、そうね!」
断る理由もなく、一も二もなく頷いた。
けれど、二人に促されて踵を返した時。
「待って!待ってください!」
必死に呼び止める声を聞いた。
おや?
「お願いします、どうか私を一緒に連れて行ってください!」
ええ!?
驚いて振り返った目線の先に人は居ない。
「私をお傍に置いてください!」
地面に視線を滑らせると、そこには土に額を擦りつけて頼み込んでくる女の子。
「何でもします!ですからどうか!!」
なんだろう、この必死さ。
こわい。
「あの?どうか顔を上げてくれませんか」
土下座させたまま喋るとか無理ですよ、わたし?
彼女はゆっくりと顔を上げた。
何故か涙で濡れた灰色の瞳。
シャープな顔立ち。
淡雪のような肌。
太陽が沈んだ後の少しの間だけ見える濃紺の空の色の髪は肩口程度。
年のころは16か17の、つまり、超ド級の美人がそこにいた。
美女に泣いて縋られるブスの図。
え、なんのバツゲームですか、これ?
短編『僕と彼女の空巡り』の続編にあたる『彼と彼女の空巡り』に高校の頃の夕陽さんがゲスト出演しております。
よろしかったらそちらも読んでみてください。
ゲストというか、主人公張ってますが。