異世界トリップしたらなぜかブスと蔑まれた9
ユタさんは甲斐甲斐しい。
あと行動が面白い。
彼の精神安定のためにとベールを被って過ごしていたのは初日だけで、朝から顔を隠したわたしの姿を見たとたんに、膝をついて泣きながら謝ってきたので今ではすっぴんを晒している。
あの、わたしそんなに繊細じゃないんだけど…。
このベールはただの気遣いで、それが必要ないというのなら取ることも吝かではない。
懺悔のように「私が悪かったのです」と「貴方を傷つけてしまった」を繰り返す彼の真面目さにちょっと申し訳なくなった。
なにせ、自分で自分をブスだと思ってないから傷も浅い。
そんなに思いつめないで欲しい。
わたしが悪いことしてるみたいじゃん!
シンはユタさんに留守を頼むと少々遠出をすると言って出て行った。
何でもお金を稼いでくるとかなんとか…。
ま、確かに森で狩ってくる肉や野草だけでは足りないものが多くある。
例えば、日々の食事を豊かにする調味料とか。
消費していくものだから補充は必要。
けど、食材を得るだけで精一杯だもの、そこまで手がまわらない。
それから屋敷を修理修繕するための材料はともかく道具とか。
うらびれた屋敷を演出してくれる、穴の目立つ絨毯や色あせたベッドも変えたい。
どうしても、というわけではないから目を瞑っていたその他諸々を、ユタさんがいる間に何とかしようというのだろう。
わたしがいるから、シンは日があるうちに行って戻ってこられる範囲にしか足を延ばせなかったのだ。
わかってたんだけど、行って来いとは言えないよね…だって、怖いじゃん!森の中の屋敷に一人とか!
そうして、わたしは知り合ったばかりのユタさんと二人っきりの生活を送っているわけだが、そのユタさん、シン以上に過保護である。
その姿、親鳥についてくる雛鳥もかくや、といった風情で、傍を離れずわたしの周りをうろうろしている。
手を出せずにおろおろしてることの方が多いけど。
そしてこのユタさん、シンがいない今、日々の食料調達は彼の仕事となったわけだけど、これがシン以上にスゴイ。
日が昇る前に出ていって、昼前には帰ってくる。
ちゃんと獲物を抱えて。
「……職業は猟師で?」
微笑みながら聞いてしまった。
きょとんとしたユタさんの顔は普段の怜悧さが鳴りを潜めてとてもかわいかった。
昼に帰ってきたユタさんが何をしているかと言えば、わたしの世話を焼いている。
シンもユタさんも貴族と名乗る割りにある程度自分のことは自分で出来るようだったけど、ユタさんはさすがに人様の世話を焼いたことがないのか、四苦八苦している様子が微笑ましい。
いえ、やらなくていいのよ?
わたし、自分のことくらい自分で出来るわよ?
「そんなわけないでしょう!?その細腕で一体なにが出来るというのです?あ、やめてください、力仕事なんてしたら腕が折れます!」
…折れねーよ。
どこの骨粗しょう症患者だ、わたしは。
思わず冷めた目でユタさんを見てしまったが、彼はどこ吹く風。
一事が万事こんな調子だ。
この前はシンがいないので一人でつるべ式の井戸から水を汲んでいたら、ユタさんがこの世の終わりかのような顔をして謝ってきた。
それからはシンと同じく、朝起きるときちんと水が用意されている。
屋敷の掃除をしているときも何かとうるさいので、弱った部分の外装の補修を頼んでおいた。
わたしの傍を離れることを嫌がった彼に言ってやる。
「ユタさんがダメなら、わたしがやります」
ユタさんが来る前は本当にわたしがやっていたのだから、わたしとしては脅しでも何でもない真実を口にしたわけだけど、ユタさんには覿面だった。
掃除よりよほどキツイ仕事だ。
わたしにやらせるわけにはいかないと、ユタさんは「私がやります!ユアさまはどうぞ屋敷の中の方を!!」と飛び出していった。
ちょろい。
何がどうなっているのかわからないけど、たぶん、ユタさんから見えているわたしは相当か弱い女なのではないだろうか。
そんでもって最初の出会いが悪かった。
か弱い女性を乱暴に扱ったという負い目。
罪悪感やら自責の念やらがユタさんの目を曇らせているのだと思う。
「わたし、ユタさんが思うよりずっと強くて丈夫ですよ?」
と幾度となく伝えたのに、ユタさんは苦笑して取り合ってくれない。
「シンの言う通り、傍にいる間だけでも、罪滅ぼしをさせてください」
腕折るよ?と脅されただけで、実際にやられたわけでもないし、今ではとてもいい人だとわかっているから、そんなことを言われてもこちらが困ってしまう。
「ユアさまは本当に、お優しい」
そちらこそ優しい目をして呟いたユタさんにわたしは鳥肌を立てた。
だって!なんか!
シンと同じ病が発症してる気がするのよ!
あなたの目に見えてるユアは相当別人だわ!?
わたしを見て!ちゃんと!
ねえ、わたしって大雑把で図太くて、ついでにブスでしょ!?
現実を見るのよ、ユタさん!
「そのような顔をさせたいわけではないのです。貴方の心配事を払うのが今の私の役目。どうぞ心安らかに」
うん、どうも言葉がすでに通じないようで、ご配慮ありがとう。
ま、まあ、ユタさんはシンが帰ってきたらすぐに王都に帰還すると言っていたし、気にしないようにしよう!そうしよう!
それから共にいるときはユタさん自身の事、シンのこと、色々と話を聞いた。
なぜなら、油断するとすぐにわたしへの賛辞になるからだ。
わたしの話に持ってくる隙は見せてはいけない。
病をこれ以上進行させてはエライことになる。
そんなある日、ユタさんと出会った日の出来事を納得する光景に会った。
外の見回りをすると言ってユタさんは時々屋敷の周りを警戒に出掛けるのだが、わたしもこの隙に庭の草刈りでも進めておこうと外に出た。
そして見た光景。
屋敷を囲む柵、その一部に何の力が加わったのか、少々歪に曲がっていることにユタさんは気付いたようで。
わたしも視界の端で動いていたユタさんが足を止めたことで、ふと顔を上げた。
ユタさんは歪んだ鉄柵に手をかけて。
そして直した。
…はい?
わたしは小首を傾げた。
視界の中のユタさんは何事もなかったかのように、まっすぐになった鉄柵から手を離して歩き出す。
見回りに戻ったのだろう。
いやいやいや!
待て!今、平然と何をした!
シンが細マッチョなら、ユタさんの見た目は優男だ。
どこにそんな力があるっていうの!?
これがムキムキの筋肉男がやったというのなら渋々納得もしよう。
が、やったのは見た目にそぐわないユタさんだ。
「ユタさん!」
草刈り鎌を手にしたまま、立ち上がって思わずユタさんを呼ぶ。
ユタさんは一度でわたしの声に気付いてくれたようで振り返ってくれた。
苦い表情をしたのは、さきほどの行為がバレたとか、そういうのではなくて、多分わたしがユタさんの目の届かないところで庭の手入れなんてしていたからだろう。
急いで土を払いユタさんの前まで走っていく。
…目の前で見た鉄柵は見事に均等な幅を保っている。
ええと、わたしが知らなかっただけで、異世界人ってみんなこんななの?
んな訳ないわよね、だって、なら柵とか意味ないもの。
「ユアさま?」
あまりにもユタさんが平然と、しかも怪訝そうにわたしを呼ぶから、わたしはかける言葉に迷う。
「…ユタさんはとても力がお強いのですね」
迷った末に、直った柵をちらちらと見ながら曖昧な言葉を口にする。
これが普通なのか異常なのかわからない以上、どうとでもとれる表現をするのが最善に決まっていた。
ユタさんはわたしの言葉に得心がいったと、小さく何かに思い当たったかのように「ああ」と呟いた。
「シンに聞いていませんでしたか。」
何も聞いてません。
「そういえば私も、話してませんでしたね」
やはり、特別な事ですか?
「王都では、私『怪力男』なんて呼ばれてまして」
ちょっと自嘲が混じった笑いをユタさんがした。
好きじゃないニックネームなのかな?
わたしもマレビト、なんて呼ばれるの好きじゃないからその気持ちはよくわかる。
そういうわけで、腕折るぞと初日に脅されたアレの真相はユタさんの怪力があってこその話だったと気付いた。
脅しでも何でもなかったんですね…。
「そうだったのですか」
ふむふむ。
「………」
な、なに?
なんでそんな観察するような、探るような目でわたしを見てるの?
恐る恐る顔を上げるとユタさんと目が合った。
眩しいものでも見たかのようにユタさんは目を細める。
「ユアさまは何もおっしゃらないのですね」
あ、感想待ちでしたか。
ええと、うんと、どんな感想をお望みで?
発動、日本人必殺、曖昧な微笑み!
笑って誤魔化せ!とも言う。
「そのように困らせたいわけではないのですが…」
見抜かれてるがな!
「気持ちが悪いですか?」
唐突になにを。
気分?ううん、悪くないですよ?
首を横に振る。
「なら、不気味でしょう?」
あ、怪力の話?
主語求む!わかりにくい!
質問にはやはり首を横に振る。
不気味かって?
いいえ、特には。
だって、異世界だし。
「魔法を使うでもなく、異常な力を発揮するこの身は、不気味がられて当然ですけどね」
肩を竦めてユタさんが言った。
そうそう、それよ!
魔法があるんだがらなんでもアリでしょ。
わたしなんて魔法に縁がない生活をしてたのに、こっちに来たらいきなり使えるようになってるんだよ?
わたしにとって、この世界は何が起きても不思議じゃない。
「魔法を使えぬ身には、過ぎた、いえ、呪われた力です」
「あらいやだ、ユタさんったら何を言うの?」
驚いてうっかりおばさんみたいな声掛けをしてしまった。
「呪いだなんて、面白いことを」
魔法が使える人がいる。
魔法を使えない人がいる。
ってことは?
「すてきな『ギフト』だと思うけど」
「…ギフト?」
ん?ギフトって翻訳されないの?
「贈り物って意味よ」
足が速い人がいて、手先が器用な人がいて、料理上手な人がいる。
魔法を使える人がいて、使えない人がいる。
「そんなの個性のうちじゃない」
個性の中でも、力が強いというそれは、大きな力だ。
「出来る事が多いってことでしょう?」
みんながみんな同じように同じだけの魔法が使えるなんて想像したら、それはとてもつまらない世界だ。
「違うことには大きな価値があると思わない?」
うん、いいこと言った。
久々にいい事言った。
つまりだね、ユタさん。
わたしには出来ないことが多すぎる。
獲物を捌くとか、加工するとか、柵を直すとか、家具の位置を変えるとか。
あとはそんな力あるなら草刈りだって頼んじゃう!
力強いとか、ウラヤマ!
わたしの、使いどころの難しい魔法と変えて欲しいわ。
だから、どうか助けてね?
王都に帰るまででいいから、せめて屋根の修繕を!
雨漏りツラい!
切にお願いします!
「ユアさま!」
ひょえ、乗せて働かせようって魂胆バレた?
え、バレた?
「……やはり自分の心は誤魔化せない」
…おこですか?
それとも激おこ?
「私、ユタ・イシュルート」
えっと、お名前はもう存じております。
…嫌な予感がするけど、気のせい、かな?
ユタさんは名乗りを上げて、ゆっくりと片膝をついた。
どこかで見たような光景だよ!
具体的に言うと、今はいないこの屋敷の住人がやってた!
「ユアさまに生涯の忠誠をここに誓います」
ユタさん、いつの間にか病が末期だったようで…。
医者じゃなくてごめん。




