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招待状

 ◆


 仮想世界が身近に成ってはや二〇年。VR技術は日々進化し続けていた。初期に開発された医療用VR機『COCOON』はその名が示す通り繭の様に使用者を覆う球体状のリクライニングベッド。これを家庭用に安価に転化した箱型VR機『VR-Box』並びにライバル社機、次々と登場する次世代機。約一年周期に発表され売りに出されるVR機器達は視覚から始まり、一〇年経った時点で完全に五感を仮想世界に投映する事が可能になっていた。

 少子化となり閉校する学校に対応するが如く学校の授業を自宅のVR内で個別に受けられる様に成り、陰湿なイジメや教師による問題行為が解消され親類の多くが幼少時代から英才教育と称してVR授業を我が子に受けさせるように変わっていった。

 物心が付かない幼少期から多言語、難解な数式を始めとした多くの知識を脳内に詰め込まれた子ども達。仮想世界でそのほとんどを過ごす彼らは次第に現実世界が煩わしく思い始めるのは時間の問題であった。仮想世界とは違い、自由に動かない身体。自身より劣り、その癖デカい口を叩いて暴力を振るう親。など表面化しないものの歳不相応の知識を得たことによる軋みは確実に親と子の間に引け目と成って冷めた関係を構築し始める。

 フラストレーションが溜まり、しかして身体が出来上がっていない頭でっかちな子どもがそのストレスを解消する術は様々な知識を教えてくれる仮想世界の中にあった。VRゲーム。剣と魔法の王道のRPG。ファンタジーから始まり、アクションや謎解き。FPSを始めとするミリタリーな作品群。ロボ物。コンシューマの物からフリーのオンラインまで仮想世界には様々な世界が待っていた。

 少年少女達は現実世界のしがらみを解き放ってくれる仮想世界に魅せられた。仮想世界にひとたび足を踏み入れれば、そこには数多の冒険が。仲間が。快感が。そして何よりも『自由』がそこにあったのだ。大人も子どもも関係のない、まさに理想の世界。そんな世界にのめり込んでいくのは至極当然の事だったといえよう。

 そして、そんな世界に魅せられた少年がまた一人。年のころは一六、七ほどだろうか。その顔は真剣そのものでスモークのかかったバイザーの奥、ギラギラとその瞳に闘志を燃やす。現在彼の視界を含む全感覚は仮想世界にダイブしている。

 少年は今と成っては旧式と成ってしまった、年季を感じさせる塗装の剥げた『VR-Box』の中、リクライニングシートに座して凭れ掛かり視覚補助の為のヘルメット型ヘッドギアとリストバンド型の触感型コントローラ『VR-HAND』を装着した両腕を忙しなく、まるで何かを操縦するかの如く動かしていた。

 少年の瞳に映る世界は今正に、闘争の最中であった。座椅子に腰掛ける少年の周囲にはコックピットを思わせる多種多様なボタン、スイッチ。レーダーコンソール。レバー。機体外部を映し出すモニター。そのモニターには荒廃しひび割れた赤銅色の大地に風化し崩れ落ちた建物。対峙する灰色をした欠けたお面を被った巨大芋虫の様な異形。とそれより小型の残骸と緑色の体液を思わせる水溜りを垂れ流す複数体が横たわっている姿を映し出していた。

灰色芋虫(グレイキャタピラ)』重装甲の外殻を頭頂部から顔前面にかけて有し、力強い突進力でブルドーザーやロードローラーの如く障害物を引き倒し、『平ら(フラット)』にする存在である。装甲車や戦車の様な役割を持った異形の存在で集団で行動し、面による広範囲の地ならしによって灰色芋虫の通った後は何も残らない。

 ひび割れ、欠けた鈍色の面から覗く白く生えそろった歯をガチガチと噛んで威圧し、耳障りな奇声を上げながら灰色芋虫は少年の搭乗する黒塗りに黄色のペイントを施した人型ロボット。『LTG-025 紫電改弐式』へと巨体を利用した自慢の突進をけし掛けた。対する紫電改弐式は猛然と勢いを増して己へと突っ込んでくる灰色芋虫を前に自然体で突っ立っていた。嘲笑故にか耳障りな甲高い鳴き声を更に大きくしてひた走る芋虫。

 衝突間近に迫ったその瞬間少年の搭乗する紫電改弐式の右腕が一瞬、ぶれた。迸る稲妻。通常であれば実体弾を弾く灰色芋虫の重厚なプレートを物ともせず黄金の輝きがその身を貫いた。灰色芋虫の巨体が宙を舞い、大地に激しく叩きつけられるとそのままピクリとも動かなくなった。空を斬り裂き、茜色の空へと溶ける様に消えていく弧を描いた線を追う様に遅れて轟音が荒れ果てた大地に轟いた。

 コックピット内で思わずガッツポーズを取る少年。それもその筈である。灰色芋虫はその無駄に固い装甲と遭遇した際の個体数によって(C)級以上の難度を誇る初心者殺しで有名な『平虫(フラットインセクト)』の一種であると同時に硬度にかけては下手な(A)級平虫よりも硬い存在である。Cランク程度の兵装では正面のプレートに発砲してかすり傷程度を与える事が出来れば上等な部類であり、破壊するには最低でもBランク或いはAが必要不可欠と成って来る。なお、Aランクの兵装以上はリアル或いは電子マネーを用いた兵装ガチャなどの廃課金前提のソレであり余程のリアルラックが無い限り最高ランクのS兵装をお目に掛ける事は出来ないだろう。

 紫電改弐式が握る『雷神』はAAA。Sには少しばかり届かないが近接兵装の中でも上位に位置する武器である。ガチャによってつい先ほど手に入れたソレの切れ味を試さんが為にダイブし、硬度の高い灰色芋虫を探して試し切りしていた訳だ。種別は太刀。細身の刀身に薄紫の紋様が浮かび、時折帯電しているのか火花とバチバチと弾ける音が微かにスピーカー越しに聞こえる。

 戦闘・収集を記録するログがサブモニタにずらりと映し出され、それらを流し読みの要領でスクロールしながら確認していると見覚えのない回収物がログに記載されていた。『虹色』のドロップアイテム。情報サイトによれば『Sランク以上』が確定するソレ。

 ドロップアイテムで、ましてや(C)級クラスの灰色芋虫程度の雑魚がドロップする筈のない代物だった。平虫を倒す事でごくまれにドロップするアイテムは武器兵装から騎兵のユニット、操縦者のアビリティまで多種多様で強い平虫を倒せば倒すほどにレア度が上がり、またドロップ率は低くなっていく。レア度は(D)(C)(B)(A以上)(S以上)と五段階で開封して初めて詳細が判明するのだ。

 ガチャで最高ランクに多少劣るが上質な武器を手に入れ、次いでイレギュラーなドロップまで立て続けに起きた事に興奮冷めやらぬ面持ちで何の疑いも無く、虹色のドロップアイテムを開封する少年。

 ――お願いです。わたし達の世界を助けて下さい。

 切実な少女の声が聞こえたその瞬間、視界を覆い尽くす様に白い光がコックピットを包み込む。機体が何かに吸い込まれるかのようにじりじりと前へと進んでいく事を聴覚が訴えかけるも少年の操作を受け付けない機体は前方に突如として出現したブラックホールに酷似したソレへと引き寄せられ、ずぶずぶと底なし沼に囚われた様に沈んでいく。

 ――どうか、滅びの未来を変えて。

 ブラックホールに似た何かに沈み込んでいく最中、上下左右激しく揺れるコックピット内は異常を伝えるアラートが大音量で掻き鳴らされ、サポートAIも早く離脱してくださいと喚きたてられる。そして、――ブツン。というとても大切な何かが途切れる音を最後に少年は意識を手放した。





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