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異世界保健協会  作者: 真殿悠
乳幼児期
6/9

爺さんと僕

 まず最初にやるべきことは、水魔法の習得だ。元々水魔法ができなかったわけではないが、人体内の構造を把握するために使うとなれば、より精緻な技術が必要となる。少なくとも今の俺の技術ではあまりに拙すぎた。俺より年上のソフィアだって、俺よりはいくらか水魔法がうまいものの、どんぐりの背比べ、五十歩百歩、少なくとも目的の体内の水の観察には技量が足りていない。水魔法の技術を上げることは急務と言えた。


「ねえパパ、パパの知り合いに水魔法の得意な人はいない?」

「うーん、いないこともないけど、パパが教えてやってもいいんだぞ?」

「出来る限り上手な人に教えてもらいたいなーって。パパはそういうの得意?」

「あ、いやー……俺は座学は苦手でなあ。基本の魔法は難なくできたけど、長い詠唱が必要な上級魔法ともなるとからっきしだった」

「上級魔法?」

「お、なんだフランツは知らなかったのか? 上級魔法になると才能だけでなくちゃんと勉強して努力しなきゃならんぞ。フランツは勉強好きか?」

「うん、大好き!」


 勉強は、好きか嫌いかで問われるまでもなく好きだった。そもそも医学部の試験など勉強が好きな人間を選抜するために行われるようなものだし、勉強が嫌いな医者など居てたまるかという話だ。医者は生涯勉強し続けなければならんしな。

 それにしても上級魔法? 詠唱? 聞いたことがない単語が飛び出てきた。そういえば初めて魔法を見た時、リンジーは何やら唱えていたような。ジェレミーの「フィーリングでなんとかなる」という言葉にすっかり気を取られていたが、魔法に詠唱はつきものだというお決まりのファンタジー知識をすっかり忘れていた。詠唱ができれば魔法の技術も上がるのだろうか。


「お前は本当に優等生だなあ。しかし勉強が好きとなると、俺にはちょっとばかり荷が重い。しかし心当たりはあの爺さんぐらいしかいないし、どうするか……」

「誰かすごい人でもいるの?」

「ん、ああ、声に出ちまってたか。いやなに、魔法がすごいと噂の爺さんが村外れに一人いるんだが、そのじいさんがなんとも偏屈でなあ。俺達とはまともに喋ってくれん」

「その人がいい!」

「はあ?」

「僕その人に教えてもらいたい!」

「おいおいフランツ、そうは言うがあの爺さんに教えてもらえるかもわからんぞ?」

「頑張って頼めば大丈夫だと思うよ」

「いやしかし……」


 しかしジェレミーには本当にそれ以外の心当たりがないのだろう。非常に悩みながらもこう結論を出したのだった。


「まあ、頼んでみるだけタダだしな」


 そうそう、やるだけやってみる精神は大事ですよ。






 実のところ、わざわざその偏屈爺さんに教えてもらおうと思ったのには理由がある。

 一つはこういう偏屈爺さんは何かしらの重要人物だろうというメタ的な視点。RPGの基本だな。

 もう一つはその爺さんが少し心配になったからだ。高齢化社会の日本では独居老人の孤独死が問題になっているが、異世界でもそれがないなんてことは言えない。偏屈爺で通っているということは街の人間とも疎遠だろうし、その爺さんが何かあったときに知り合いが誰もいないじゃ、あまりに可哀想だ。幸い子供の俺なら、多少は交友関係も築きやすいだろう。何かあった時のためにも、顔を合わせるぐらいのことはしておきたい。


「ねえパパ、そのお爺さんってどんな人なの?」

「ロバート爺さんか? そうだなあ、一言で言えば『拗らせた天才』って言葉が似合うな」

「『こじらせた』?」

「おっと、フランツにはちょっと難しかったか。簡単に言えば『みんなに期待されすぎて嫌になっちゃったすごい人』って言えばいいかな。まあ悪い人じゃないはずだ」

「それならわかる」


 最初は初めて聞く単語に戸惑ったが、正しく意味をとれればなるほどよくある話だ。

行き過ぎた天才は時代が受け入れる準備ができておらず、その有り余る知性を扱いきれないことがままある。後世になってようやく正しい評価がなされた不遇の天才は、地球の歴史上でも枚挙に暇がない。尤も、そのロバート爺さんとやらがただ単に生来偏屈だった、という可能性もなくはないがな。


「着いたぞ。ここがロバート爺さんの家だ」


 村の街道から30分ほど歩いた先には、果たして想像以上にいかがわしい家が建っていた。


「これ、家?」

「まあ、フランツの言いたいことはわからんでもない。だがここが爺さんの家なのは確かだ」


 それは家と言うにはあまりに粗末で、あまりに暗かった。

どうやらその家は木のウロを改造したものらしく、大きな枯木の根本にドアがついており、その根本全体が一つの家になっている。まるで森の魔女の家だ。


「パパ、本当に悪い人じゃないの?」

「盗みや喧嘩の類はしないと聞いているぞ」

「人攫いとかは……?」

「それは……してないと思うぞ」


 そこは自信を持って答えてほしかったなあ。


「ごめんくださーい」

「…………」

「ごめんくださーい!」

「……………………」

「誰かいませんかー!!」

「………………………………」


 少し待っては見たものの、返事は聞こえてこない。


「誰もいないのかな?」

「うーん、大抵は家の中にいると聞いているが……」

「なんじゃ騒々しい」

「「うわっ!?」」


 扉の前で困っていると、のそっと扉が開き、隙間から老年の男性の顔がのぞいた。いきなり厳つい顔を見せられるのはたいそう心臓に悪い。


「人の顔を見るなりなんじゃその反応は。用がないならとっとと帰んな」

「すいません、ロバートさん、今日は頼みがありまして」

「お前は、確かエスターライヒのところの……してなんじゃその子供は」

「うちの息子です。フランツといいます」

「よろしくお願いします」

「よろしくされる覚えはないがの。息子の自慢がしたかったのか? なら生憎じゃが他所へ行ったほうがマシじゃぞ」

「いえ、今日はその用件ではないのです。自慢の息子なのは確かなのですが」


 隙あらば息子の自慢とは、親馬鹿ここに極まれりだな。


「ならはよ用件を言わんかい。わしは忙しいんじゃ」

「はい、実は息子がですね、魔法を――」

「断る」

「まだ最後まで言ってないですよ」

「言わんでもわかるわ。自慢のバカ息子に魔法を教えて欲しいという話じゃろ。断る」

「そんなあ……」


 取り付く島もないとはこのことだ。そりゃこんな親馬鹿が寄越してきた息子など、どうせろくでなしのバカ息子なのだろうと思いたくなる気持ちはよくわかる。そんなのに時間を割くだけ無駄というのも道理だ。


「あの、少しいいですか?」

「なんじゃ」


 だがそれで引き下がっては話が始まらない。なんとか声を捻り出し、ロバート爺さんを呼び止めた。


「教えていただけるなら相応の報酬はお支払いしますし、僕も全力で魔法を練習したいと思っています。それでもダメでしょうか」

「ダメだな」

「よければ理由を聞かせてもらえないでしょうか」

「……お前、名前はなんという」

「フランツです」


 ていうかさっき紹介したよな?


「何故そんなことを聞く」

「理由がわからなければ、解決できませんから」

「つまり解決できる自信があると」

「いいえ。ですが解決する意志があります」

「よくもまあそんな大口をたたけるものじゃ」


 ふんと鼻を鳴らし、ねめつけるように上から下まで俺に視線を巡らせる。品定めするかのようなその目は、先程とは違って真っ直ぐに俺を見つめている。


「……アギの実」


 ポツリと言った言葉を、俺は聞き逃さなかった。


「はい?」

「アギの実を持ってこい。そうしたら考えてやる」


 つまり、その条件をクリアしたら教えてやると。お使いクエストということだな。


 降って湧いた解決策。

大抵のRPGの主人公ならここで大喜びでそのアギの実とやらを持って来て、魔法を教えてもらうのだろう。だが俺はそんなものを求めてはいなかった。

最初は魔法を教えてもらいに来た体だったが、今はまた一つ目的が増えている。この老人をどうにかしてやりたい。このままでは孤独に沈んでいくであろう老人と会話をしたい。そんな思いが確かにあった。


「それを持ってきたら、理由を教えてもらえるんですね」

「なんじゃ、お前は魔法を教えて欲しいのではなかったのか」

「はい、それはあります。ですが今はロバートさんの問題を解決するほうが優先です」

「儂は何も困ってなどおらんわ」

「今はそうかもしれません。ですが、もしロバートさんが病気になった時、どうでしょうか」

「お、おいフランツ……」


 ジェレミーが何か言ってくるがここは無視だ。下手に相手をすると余計ややこしくなる。


「儂が病気に? フン! 生まれてこの方健康そのものじゃわい。もし病気になったとしても、どうせそのまま死ぬから問題ないわ」

「問題大有りです。少なくとも僕が困ります」

「魔法を教えて欲しいからか」

「はい」

「全く持って利己的な理由じゃな」

「『りこてき』?」

「自分のことばかり考えているという意味じゃ。……お前さん、随分小さいが年はいくつじゃ」

「3歳です」

「3歳!?」


 さすがの偏屈爺さんも驚いた様子を見せている。3歳でこんなしっかり喋れる子供なんざそうそう居てたまるかという顔をしているな。


「はい。ですのでわからない言葉があるかもしれませんが、気持ちだけは本物です」

「全く、こんなことを言ってくる奴は初めてだが、しかもそれが3歳の子供とはな……」

「あの、フランツの言うことは本当でして……」

「どう、でしょうか」


 ロバート爺さんの顔色はうまく伺えない。


「魔法を教えて欲しい、ということでいいんだな?」

「はい。それと週に二度、魔法の練習とは関係なくここに来ます」

「そっちが主目的じゃろうて」

「はい」


 下心は隠さず正直に言うべきだ。こういう相手には下心を隠すだけ無駄である。だったら正直に言ってそれを見定めてもらうほうが誠実というものである。


 言うべきことは言った。これ以上俺ができることもないだろう。爺さんはどんな審判を下すだろうか。


「アギの実だ」

「はい」

「アギの実を持ってこい。話はそれからだ」


 先程と同じ言葉だが、その意味は変わっていることが俺にもわかった。


 まずは一歩前進、かな?



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