彼も彼も救われない
「なるほどね……」
執務室の机に着いた女はタブレット端末上の報告書を眺めながら、そう呟く。眼鏡にスーツ姿の、怜悧な印象の女は、シギルムの十戒が一人――『錬金女帝』エルフリーデ・ブレヒトその人だった。
彼女の前に立っているのも、また女だ。
女はシックなロングスカートタイプのエプロンドレスに、ヘッドドレスという、典型的なメイドの姿をしていた。
メイド姿の女は蝋のように白い肌と、血のように赤い瞳を持ち、闇を梳いたかのような黒い髪を短く纏めていた。顔の造作は彼女の所作と同様、異様なまでに整っており、熱の通わない瞳は、それ故にぞくりとするほど美しかった。
しかし、そうして眼を奪われたものは、彼女を見ている内に奇妙な違和感を覚えるだろう。彼女の伸ばされた背筋は、決して揺れることがない。それだけではない、呼吸で多少は上下する筈の肩や胸も、動く事はない。彼女の玲瓏たる瞳は、一度も閉じられる事がない。
彼女は、呼吸も瞬きもしていないのだ。
それも当然の事だ。彼女は、『錬金女帝』が錬金術で造り上げた、自動人形なのだ。球体関節を持ち、脳髄の代価に造魔を封入されている、自立思考する人形だ。
自動人形に向かって、エルフリーデは言う。
「この報告の通りだとすると、つまりそういう事ね。彼女達をそのままにしておく訳にはいかない、違って?」
「その通りです、エルフリーデ様」
エルフリードの問いかけに、自動人形は顔色を変えること無く答えた。彼女は自立思考するとはいえ、機械である。このように反応するのは当然の事だ。故に、エルフリーデは自動人形の言葉を聞き流して、憂鬱そうに呟いた。
「それにしても――誰も彼も、どうして好んで地獄に落ちていくのかしら」
あまりにも哀れで、救われない――そうエルフリーデは続けて言った。
自動人形は何も答えなかった。