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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
77/80

コード:フルバーン

 セラフィーナは《コレクティオ》をジェットスキーのように疾走させ、凶神へと迫る。ブレードで斬り裂かれたかのように、海が割れて、山とも谷とも言える飛沫が生まれる。


 《コレクティオ》に反応してか、凶神は末端部を蔓のように伸ばしてきた。


 伸ばされた末端部の速度は早いわけではない。ゆらりとした波のような速度のそれを回避するのは、セラフィーナにとっても容易い。だが、掻い潜って凶神の内側に潜り込むのは危険だ。回り込まれた末端部と、前方の凶神に包み込まれてしまう。


 ――でも、潜り込む。


 姿勢を僅かに下げ、速度を上げる。正面から、海水を滴らせた凶神の末端部が、鞭のように跳ねて来る。


 ――見せて上げるわ、《コレクティオ》の力!


「術式兵装・ストーリーサークル、アクティブ!」


 《コレクティオ》の両腕が眼前で交差された。そこに搭載されている術式兵装は、相手の魔術的属性に対応して、有功な属性の防御魔術を行使する。


 機体前面に光の線が生まれ、魔法陣が描かれる。五芒星――晴明桔梗セーマンを崩したかのようなそれは、邪神狩人ホラーハンターによって旧神の印(エルダーサイン)と呼ばれる印である。退魔の力が有り、特にクトゥルフ(C)眷属(C)邪神群(D)旧支配者グレート・オールド・ワンに対して強力な影響力を発揮する。


 旧神の印(エルダーサイン)の光に凶神の末端部が触れようとするが――その寸前で弾かれたかのように跳ね上がる。まるで熱せられた鉄に触れたような反応だが、無理に触れようとすれば、その身を熔かす事になるのだから、当然だ。旧支配者グレート・オールド・ワンにとっての旧神の印(エルダーサイン)猛毒ヴェノムであり、破滅ベインを齎す存在である。


「吹き――飛べ!」


 セラフィーナが咆哮する。それに呼応し、《コレクティオ》が交差した両腕を、閉ざされた門を開くかのように、勢い良く左右に分ける。防護魔術が反応して、閃光を放った。防護魔術を放射したのだ。


 眼を焼かんばかりの光によって、凶神は末端部はあらぬ方向へと吹き飛ばされた。


 更に接近。凶神の本来から、二本、三本と触腕の如き文字列が伸びる。先に弾き飛ばしたものも、後ろから回り込むようにして《コレクティオ》を取り囲んだ。


 セラフィーナの狙い通りに。


 少女の口の端に、不敵な釣り上がりが生じる。


「広域術式兵装・パイロクラズム、アクティブ!」


 《コレクティオ》の各部に取り付けられた小型の術式兵装が展開する。その内部に存在するのは、小型の砲口である。


 砲口は機体全身から、足元を除く全方向へと向けられている。その全てから、火焔が吐き出された。それらは竜のように渦を巻きながら空中で結合し、《コレクティオ》を中心とした炎の球体――いや、領域として完成した。


 そのさまは、まるで小太陽。


 周辺に存在する全ての酸素を消費し、爆発にも等しい火力をもって、焔は領域内の全てを灼き尽くす。《コレクティオ》に襲いかかってきた末端部の殆どは、パイロクラズムの焔に飲まれた。


 まるで悲鳴のように風が鳴り、海が荒れる。凶神がのたうち回っているのだろう。


 パイロクラズムの焔が、全ての酸素を使い尽くして消える。


「これでだいぶ削れ――」


 そう、セラフィーナが言った瞬間だった。《コレクティオ》の足元が、真っ二つに割れたのは。


「な、何!?」


 海中から、伸びるものが有る。それは文字列、凶神の末端部。即座にそれは《コレクティオ》の右足を絡めとった。質量を持った文字列は、非常識な力で右足を締め付け、砕かんばかりに圧迫してくる。悲鳴にも似た軋みが、セラフィーナの居る操縦席まで伝わって来た。


 パイロクラズムで灼き尽くした範囲に、海中は含まれていなかった。そこまで、凶神の末端部は伸びていたのだ。


 《コレクティオ》の脚部を絡めとった末端部は、そのまま上へと持ち上がっていき――


「ひゃっ!」


 セラフィーナの天地が逆転する。《コレクティオ》が逆さ吊りにされたのだ。


 ――な、なんとかしないと!


 混乱したセラフィーナが対応レスポンスするよりも早く、凶神は動く。二本目の末端部が、逆さになった《コレクティオ》の首に絡む。


 単純な力では、凶神は代演機に勝る。このままでは、さらに増える凶神の末端部によって、《コレクティオ》は遠からず捻り潰されてしまうだろう。


「くっ!」


 ――どうする?


 セラフィーナは思考する。


 もう一度、パイロクラズムを使って全てを灼き払う? 敵は既に間合いに入っている。パイロクラズムが有功というわけではない。


 《コレクティオ》の膂力で無理やり引き千切る? それが出来たら苦労はしていない。


 ストーリーサークルで引き剥がす? 効果は無いわけではないだろうが、完全に間合いに入られた今となっては、防御が上手くいく保証はない。


 ああ――こんな事を考える間にも時間は出血し続けている。みちみちという、ぎしぎしと軋むような音が機体内部に響いてくる。《コレクティオ》の脚部と首があらぬ方向へと向こうとしている。


「う」


 ひん、と風が鳴り、苦し紛れに動かそうとした腕にまた別の末端部によって絡め取られる。関節が絞められ、痙攣したかのように《コレクティオ》の腕がぴんと張った。


 ――何か、何か打開策を考えないと!


 焦りがミスを生み、それがまた焦りに繋がる。そのことが分かっていて尚、止めることが出来ない。


 何かを破るような、重なった音が聞こえた。同時に、《コレクティオ》の機体に重力が襲い掛かってくる。《コレクティオ》を吊るし上げていた文字列が――いや、《コレクティオ》に絡みついていた全ての文字列が斬り落とされたのだ。


 ――な、何?


 瞬間的に、セラフィーナは《コレクティオ》のセンサーを用いて周囲を探索する。即座に、原因を見つけた。


 《グラディウス》――灰の代演機が、剣を振るった姿で、海上に立っていた。《グラディウス》の前方で、海が割れている。フツヌシを振るうことで斬断魔術を発生させたのだ。それが海上を走り、凶神へと達して文字列を斬断するに至ったのだ。斬断された文字列は、解体されて海へとバラバラに落ちていく。


 機体が海面に着水するよりも早く、セラフィーナは《コレクティオ》の体勢を立て直す。再度機体の天地が逆転し、セラフィーナは眼を回しそうになるが――


「油断するな」


「わ、分かってるわよ!」


 鷲介に言い返しながら、セラフィーナは《コレクティオ》に海面を蹴らせる。そのまま、空中へと舞い上がった。


 これで、海面からの奇襲にも対応が用意になる。セラフィーナがそうしている間にも、鷲介は後方から、凶神に向けて斬断魔術を放っていた。《グラディウス》が剣を振るい、銀孤が生まれる度に斬断魔術が行使される。


 海を二つに割りながら、斬断魔術が凶神へと迫る。しかし、それが凶神を引き裂くよりも、凶神の対応が早い。


 本殿の上で文字列が渦巻き、変容し、形を成す。それは、爬虫類の――正確には、龍の頭部だ。その顎が大きく開かれ、光を放つ。光は魔術の光だ。


 龍の顎で、爆発音がした。


 轟音とともに撃ち出されたのは、水だった。たかが水とはいっても、その量と速度次第で悍ましいほどの破壊力を持つ。凶神が産み出した放水は、暴徒鎮圧用の放水や鉄砲水などでは及びもつかない、圧縮された津波のようなものであった。


 斬断魔術と凶神の放水が激突する。斬断魔術は水を斬り刻み続けるが、放水は続けられる。幾重にも斬断魔術は重ねられるが、それでも放水を越えて凶神には届かない。異界の外に降る大雨を遥かに超える水滴が、海面へと降り注ぐ。


 ――敵の変化は早いみたいね。


 《グラディウス》の攻撃を防ぐ凶神を見ながら、セラフィーナはそう思う。やはり、時間をかけるわけにはいかないようだ。


 ――なら、全力でやるだけよ。


「《コレクティオ》全術式兵装開封」


 セラフィーナが言う。


 セラフィーナの言葉は、機械に対する命令コマンドワードで有り、魔術的な呪文スペルでもあった。


 《コレクティオ》の眼が発光し、蕾が開くように機体各部が展開する。展開した各部には術式兵装が備え付けられておりその全てが、魔術の光を放っている。その様は、サーチライトをあちらこちらへと向ける灯台のようだ。


 凶神の注意は、完全に《グラディウス》へと向いている。今なら、入る。


「コード――総火力放出フルバーン


 セラフィーナの命令に従い、《コレクティオ》の術式兵装が、魔術を行使した。


 両肩の銃砲型術式兵装・ライトニングボルトが凶神へと雷槌を振り下ろす。


 胸部の術式兵装・ボールライトニングが前方に火球を形成、連続で撃ちだす。


 各部の小砲型術式兵装・パイロクラズムが一方向へと向けられ、その全てが火焔を吐き出す。


 焔と雷の混成体と化した魔術は、《コレクティオ》の全身を遥かに上回る大きさの嵐として凶神へと襲い掛かる。幾つかの末端部が嵐に気付き、顔を向けるように動くが、もう遅い。そうした瞬間には、焔と雷の嵐は、凶神の眼と鼻の先へと到達している。


 炸裂音を鳴らしながら、凶神を嵐が飲み込んだ。


 文字列が燃やされ、本殿部分が落雷で砕ける。着弾した火球は爆発し、隕石の如き破壊を齎す。


 それはまるで、巨神が怒り狂い、大鎚を無差別に叩きつけているかのような破壊だ。指向性を持たない、ただ破壊力だけを叩きつけるだけの破壊。赤き力の顕現。


 のたうち回りながら、凶神は《グラディウス》へと向けていた龍頭を《コレクティオ》へと向けた。その顎の内に、再度魔術の光が宿る。


「それは許可パーミッションしないわ」


 対応して、展開してあった《コレクティオ》膝部の術式兵装が魔術を行使する。すると、龍の顎の光が、まるで内側に吸い込まれるかのように圧縮され、最終的には消失した。


 《コレクティオ》膝部の術式兵装・カウンタースペルは、対象の魔術行使を妨害し、無効化する事が出来るのだ。


 《コレクティオ》真下の海面が割れ、噴水のように海水が巻き上げられた。先と同じ、海面下からの文字列による攻撃だ。


「同じ手は食わない!」


 両脚部側面の術式兵装から、魔術の光が伸びる。それは文字列に逆に絡みつくと、氷へとその姿を変じた。氷が絡みついた部分を中心として、文字列が凍結していく。


 両脚部側面の術式兵装・アイシィによる行動拘束である。


「私にだけ構ってて、大丈夫なのかしら? ねぇ――」


 セラフィーナが笑う。すると、放水を狙った龍の頭が空中を舞った。


「鷲介」


 《グラディウス》の斬断魔術が、凶神へと届いたのだ。

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