解体された謎
「……そういう事って、どういう事よ?」
セラフィーナの問いに、鷲介は答える。
「この事件の全貌、そして魔術師の正体について、推測が立ったんだよ」
「推測なの?」
「根拠はない、だが、確かめる方法はある」
鷲介はぽかんとしている子鈴へと視線を向けた。状況が完璧には理解出来ていないのだろう。それも当然だ、彼女は学んでそうなった魔術師ではない。
だが、それでも分かることも、伝わるものも有るのだろう。子鈴はこくりと頷いた。
「じゃあ、誰が紫藤さんを殺してバラバラにしたのよ?」
「それが最初の間違いだったんだ」
「どゆこと?」
「私達がここに来たのは、殺人事件を解決するためじゃない」
鷲介の言を、セラフィーナは顔を顰めながら咎める。
「確かにそうだけど、それじゃあこの殺人事件と魔術師が無関係だとでも言うつもりなの? 大体、あなたが言ったんじゃない、死体をバラバラに出来たのは魔術師だけだって」
「その通り。死体をバラバラにしたのは魔術師だ。だが、バラバラの死体なんてものを見せられたから、私達は殺人事件だと思い込んでしまった。だけど違ったんだよ」
「違う?」
「そうだ、これは殺人事件じゃない」
セラフィーナは思いっきり半目になって、鷲介を見てくる。呆れ返った、とでも言わんばかりだ。
「いや、殺人事件じゃないって……あんなバラバラ死体を見ておいて何言ってるのよ」
「そう、それが死体をバラバラにした理由の一つだったんだ」
バラバラになって転がっている人体を見て、それが死んでいる事を疑わないのは当然の事だ。例え、見た人間が魔術師であったとしても。
「理由の一つ……って事は、他にも理由は有るのよね?」
「ああ、もう一つの理由は、これが魔術師による犯行であることを明示するため。そしてこれが所謂『顔のない死体』ではないと思わせるためだ」
「え? どういう事?」
「魔術師の犯行である事が明確な事件を起こせば、それに対して対抗する魔術師――つまり、私達は何らかの魔術を行使する事が予想できる」
「……嵌められたのね、私達」
それはどうだろうか、と鷲介は疑問に思う。魔術師が意図的に鷲介達を狙ったのだとすれば、何処からか魔術師潜入の情報を得ていた事になる。潜入には不慣れだから不手際があった可能性は否定できないが――
――単に、これから事を起こすための露払い、という可能性も無いわけじゃない。
分かったような分からないような顔をしている子鈴を横目に、鷲介は続ける。
「だが、魔術師の犯行である事をアピールするなら、こんな方法よりも分かりやすい方法がある」
「そう言えばそんな事言ってたわね、あなた」
魔術を用いた犯行であることをアピールしたければ、部屋を真に密室にするなり、万人が見ている前で瞬間的に殺害するなりの方法のほうが分かり易い。鷲介達はあのバラバラが魔術を用いたものであると理解するまで、一会議必要になった。
「しかし、もう一つの理由と合わせると、死体をバラバラにする必然性が出てくる」
「『顔のない死体』ではないと思わせること……」
「そうだ。あの死体は、一見『顔のない死体』であるように見えて、そうではなかった。だが、そうだと仮定するとおかしい事が出てくる。魔術師はこの死体をどう見せたかったのか、と言うことだ」
もしも魔術師が紫藤を『顔のない死体』に見せかけたかったのなら、首から上を完全に持ち去ってしまうべきだ。紫藤の舌には個人を特定可能なもの――ピアスがついていたのだから。
逆に『顔のない死体』だと欠片も思わせたくなかったのなら、死体の顔を魔術で弄ってしまい、バラバラになどしなければいい。
つまり、現状はどちらにしても半端なのだ。
「ならば、魔術師は死体をどう見せたかったのか? 何が目的だったのか?」
鷲介の問いに、セラフィーナは考え込みながらゆっくりと答えた。
「私達に『顔のない死体』なのかもしれないと一度疑わせた後で、『顔のない死体』ではないと否定させること……?」
「それで間違いない」
手品の基本に、何かを仕込む場所を一度見せる、というものがある。例えば、シルクハットが空であることを観客に見せてから、そこにネタを仕込む。観客は一度自分の目で確認しているので、そこにネタが仕込まれているとは疑わない。
これもまた同じ事だ。鷲介達は自分達で、これが『首のない死体』ではないかと検討し、その上で否定させられた。自分で確認し、自分で導き出した――と思わされたわけだが――真相を、人はあまり否定したがらないものだ。どれだけ陳腐でも、自分で考えた結論は黄金の輝きを放っているように思えてしまう。
「なるほど……」
「そして、最後にもう一つの理由が有る。身体のある場所を切断していることを誤魔化すためだ」
木の葉を隠すなら森の中、森が無ければ作ってしまえ。ある場所の切断を隠すために、他の全ての部位は切断され、紫藤はバラバラになったのだ。
「ある場所、ある場所って何処よ」
「無論、顔――上顎と下顎の間だよ。その部分の切断し、頭の上部だけを持ち去りたかった。そしてその事を隠すために全身を切断した」
「頭……あ」
セラフィーナはそこで気付いたようだった。口を輪にして、眼を大きく見開いている。
「……お姉ちゃん?」
「そういう事なの、もしかして。紫藤さんが殺された――いえ、殺されたと思わされたのって、そういう事なの?」
セラフィーナの顔面は蒼白になっていた。バラバラになった人体よりも、もっとおぞましいものに触れてしまったのだとでもいうかのように。
「そういう事だ」
鷲介は頷いて、続ける。
「セラフィーナも知っている通り、魔術師はそうそう簡単に死なない。脳髄を潰されでもしない限りは」
そう、それは逆に言うと――
「脳髄さえあれば……たとえ脳髄だけになっても、魔術師は生きていられる……」
セラフィーナは震える声でそう言った。
当然、予め準備は必要だ。心臓からの血液、そしてそれに含まれる酸素やブドウ糖の補給が無ければ、脳も死んでしまうのだから。つまり、それを魔術で補ってさえしまえば、いい。魔術を行使するには脳があれば充分だ。
「もう分かっただろう。紫藤恭平は生きている。それは彼が魔術師で、魔術師として生きていくのに必要な脳髄だけを斬り取って持ち去った――違うな、人体を置いて脳髄だけで飛び去ったからだ」
「殺人事件を起こした――いえ、偽装したのは、派閥争いを終結させて、教団の意思を統一することだけが目的じゃなかった。本当の目的は、自分を死者に見せかけて、容疑者の範囲から外れること」
セラフィーナは口元を押さえて、視線を下、ビニール袋へと向けていた。死体だと思っていたそれは、自分達が探していた敵の一部なのだ。
「そう、その為に、紫藤は自らの身体を魔術で解体したんだ」
話を聞いていた子鈴が怯えていた。無理もない。あまりにも、非人間的な思考と行動だからだ。まるでトカゲの尻尾切りのように、自らの人体を斬り離すなどと。
――こういう思考を、極々自然に出せる私は、間違っているのだろう。
暗い淀みの存在を、鷲介は感じる。それはセラフィーナや子鈴ではなく、あのビニール袋の中身に宿っているものだった。
そんな淀みを払ったのは、セラフィーナの声だった。
「……そうだとして、どうするの? 頭だけの紫藤さんを手掛かりも無く探すのは面倒よ?」
確かにそうだ。この施設の中に隠れるには、頭部の上半分だけというのは実に都合がいい。コンパクトに過ぎる姿だ。だが――
鷲介は首を横に振った。
「探す必要は無い」
「じゃあ、どうやって紫藤さんを捕まえるのよ」
「この推測に根拠を与える方法を使う」
――セラフィーナはこの方法をどう思うだろうか。
言いながらも、鷲介は考える。この方法をセラフィーナは是とするか。他に方法が無いとはいえ、是とするのか。
するかもしれないし、しないかもしれない。どちらの可能性もあるというのが、今の鷲介に出せる推測だった。それとは別に、鷲介はこうも思っている。
――セラフィーナに、これを是として欲しくない。
いや、むしろ、是か非かなど考えて欲しくもない。そう考えたからこそ、方法を説明せずに鷲介はあるビニール袋の口を開けた。
「ちょっと、何考えてるのよ!」
セラフィーナの声を無視して、中身を確認する。鷲介が開いたビニール袋は一番大きい物で、紫藤の胴体部が収められていた。
内蔵をクリスマスツリーの飾りのように曝け出した胴体部を見ながら、鷲介は持ち込んだ呪具を虚空から取り出した。
――何に使うんだと思っていたが、まさか役に立つとは。想像もしていなかった。
それは白木の杭――抗復活の魔術を付与された術式兵装であった。