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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
72/80

明察

「どういう事よ!」


 泡を食って問うセラフィーナを横目に、鷲介は子鈴に言う。


「その指、治したのはお前なんだな?」


 鷲介が言う指とは、子鈴の足元に転がっている紫藤の指の事だ。回収した時は、確かに関節でバラバラになっていたのを鷲介は確認している。


 それが今は、まるで元から切断などされていなかったかのようにくっついている。何故そうなっているのかと言えば、子鈴が魔術を用いて治したのだとしか言いようがない。


「うん……」


 頷く子鈴を横目に、鷲介は後ろのセラフィーナに向かって言う。


「つまり、千年宮の魔術師――あのヒーリングを行っていたのは、千年上宮愛子ではなく、子鈴だった。そういう事だ」


「ちょ、ちょっと待って!」


 セラフィーナが鷲介の肩を叩きながら問う。


「なんだ、セラフィーナ」


「いや、だって子鈴ちゃんはあの場に居なかったじゃない? そういう意味ではこの子が魔術師だって事だけはあり得ない筈よ」


 鷲介とセラフィーナはあの場で魔術が行使され、それによってヒーリングが行われたのを見ている。つまり、あそこに魔術師は居た。それだけは間違えようがない事実なのだ。


 鷲介は首を横に振る。


「恐らく、子鈴はあの場所に居たんだ。ただ私達には見えなかっただけで」


「見えなかったって、まさか魔術を行使してたって言うつもり?」


「使っていたのは魔術というより……奇術てじなと言うべきか」


奇術てじな?」


「最初にあのヒーリングが行われた部屋に行った時は気付かなかったけど、あの部屋には特殊な仕掛けがある。死体発見の時を思い出してみろ」


「死体発見の時? ……何か変な事なんてあったかしら?」

「足音だ」


 鷲介とセラフィーナを含む、あの部屋に駆け込む人達の足音は普通ではなかった。妙に響きがよく、反響して聞こえていたのだ。


 鷲介は続ける。


「あの部屋は、足音を反響させるような構造になっていたんだ。例えば――床下に広い空洞があって、床を膜に見立てた太鼓のような構造になっているとか」


「空洞……あっ」


 何かに気付いたかのように、セラフィーナは声を上げた。


「あの部屋の床下には空洞があって、それは恐らく別の部屋……例えばここみたいな、人目に付かない場所から入り込めるんだろう。そして、千年上宮が座っていた場所まで歩いて行く事が出来る」


「床下から、ヒーリングを行ってたって事ね」


「そう、子鈴は私達と別れた後、床下に潜り込んだんだ」


 そうだな、と鷲介が促すと、子鈴はこくりと頷いた。


「じゃあ、子鈴が紫藤さんを……」


 セラフィーナは言葉を飲み込んでいた。殺したの、と言いたかったのかもしれない、鷲介はそう思う。だが、子鈴がそんな事をしたとセラフィーナは思えないし思いたくないのだろう。


 ――私も同感だ。


 鷲介は子鈴へと視線を向ける。この、仔リスのような少女が紫藤をバラバラにしたのだろうか。魔術を用いたとはいえ、それは有り得ない事のようだ。


 大体、そうだとしたら決定的におかしい事が有る。自分でバラバラにしておいて、自分で泣きながら元に戻すなどという事が有り得るだろうか。無いと鷲介には断言できる。


「違うの、私がやったんじゃない……」


 でも――と子鈴はしゃくり上げて、続ける。


「私がした事で、紫藤さんがこうなったのは本当だから、私に責任が有るんだと思う。私がお母さんに、私がこういう事が出来るって教えなかったら……」


「お母さんって、誰のこと?」


 問いかけるセラフィーナに、途切れ途切れの声で答えた。


「千年上宮様って皆に言われてるのが、私のお母さん……」


「え、子鈴が千年上宮愛子の娘なの!?」


 驚愕するセラフィーナと反対に、鷲介は納得していた。なるほど、彼女が千年上宮の娘だと言うのならば、こんな所に居てもおかしくはない。魔術師として利用する必要があるのなら、むしろ離れている方が問題だ。


 またも子鈴は小さく頷く。


「うん。私が、お母さんが包丁で指を切った時に、こういう事が出来るってお母さんに言って、怪我を治したの。初めは、お母さんと一緒に怪我した人を治してるだけだったの。元気になった人が、ありがとうって笑ってくれるのが嬉しくて、二人でちょっと頑張ったりして。それだけだったんだけど、紫藤さんがやって来て……」


超能力者サイキッカー聖女ラ・ピュセル、天然道士――」


「違いない」


 小声で、鷲介はセラフィーナに向かって言う。限定的な魔術を、魔術師としての修練を積んでいない人間が行使する事は少なくない。むしろ、そうした天然の魔術師を研究、分類化する事こそが魔術の始まりだったのだ。


「紫藤さんが来てから、お母さんは変わっちゃって、なんか段々変になっちゃっていって、死んじゃう人まで……」


 子鈴の声音はどんどんと沈んでいった。良かれと思ってやったことやったこと、ただの善行。それが、最終的に生み出してしまったのだ。メガフロートを買い取り、信徒の群れを飲み込む宗教団体を。


 ――なるほど、あの時泣きそうな顔をしたわけだ。


 求めるままに与えればいいとは限らない。あの話は、子鈴には、致命的クリティカルな内容だったのだ。


「やっぱり、私が悪かったのかな? 私がお母さんの怪我を治したりしなければ、こんな事にならなかったのかな?」


「そんな事は――」


 また、セラフィーナは言葉を飲み込んだ。無い、と言いたいのだろう。子鈴の気持ちを、子鈴の心を守りたいのだろう。


 ――だが、子鈴が何もしなければ何も起こらなかったのは事実だ。変えられない事実だ。


 鷲介はそう考える。セラフィーナも、ちらりとでもそう考えてしまったからこそ、言葉を途中で呑んだのだろう。


 だから、鷲介は言う。セラフィーナはもう何も言えないから、鷲介が言うのだ。言わねばならないのだ。


「そうだ。結局、子鈴が何もしなかったら、何も起こらなかったのは事実だ」


「鷲介!」


 セラフィーナからの叱責が飛ぶ。分かっている、子供に向かって言うことではないと、鷲介も自覚はしている。


 子鈴の視線、下からのそれが鷲介を射抜く。真っ直ぐなそれに批難も恐怖も含まれてはいなかった。促している。続きを聞きたがっている。そう、鷲介には感じられた。


 答えなければならない。


 視線に正面から答えて、鷲介は言う。


「こんな事になるなんて予想は出来なかっただろうとも思う。そういう意味では、子鈴に責任はない。でも、こうなったことから目を背けちゃいけない」


「それじゃあ、私はどうすればいいの? お兄ちゃん、教えてよ」


「自分のやったことだ、自分で正すしか無い」


「……私に、何が出来るの? 私子供だよ?」


「一人でやらなくてもいいよ!」


 言ったのはセラフィーナだった。声を荒らげ、片膝を着き、子鈴の肩に両手を置いた。


「お姉ちゃん……?」


「自分でなんとかしなきゃいけなくても、自分一人で何もかもなんとかしなくちゃいけないわけじゃない! だから、私達が手伝うわ!」


 セラフィーナの眼には涙すら浮かんでいた。


 ――ああ。


 この少女の涙は何故こうも美しいのだろう。この世界で、もっとも美しい液体。それが、セラフィーナの涙なのではないだろうか。この涙をそのまま凍てつかせた氷こそが、この世界でもっとも美しい個体、もっとも美しい宝石になるのではないだろうか。


 鷲介はは思えてならない。


「お姉ちゃんとお兄ちゃんが助けてくれるの?」


「ええ。だって私達は魔術師だもの。必ず、貴方を助けてみせる」


 セラフィーナはくるりと首だけで振り向いて、鷲介を見る。その瞳が燃えている。涙ですら絶やすことが出来ない炎によって、燃えている。


「決めたわ」


「何をだ」


 問い返す鷲介にセラフィーナは拳を握って返答する。


「私は、戦う。私の意思で、私の責任で。その上で正義の味方になってみせる。間違えても折られても、私は戦ってみせる」


「そうか」


 セラフィーナの答えは、正しく美しい。例え彼女が折られ、汚されたとしてもそれは変わらないものだ。


「私は、見捨てられない。見捨てられないから、手を差し伸べたいと思うから」


「なら、私もそれに手を貸す」


「ありがとう、鷲介」


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん」


 セラフィーナと子鈴が言う。笑みを含ませて。


「で、カッコつけたのは良いんだけど、実際どうなんだと思うの、鷲介? この事件、解決の糸口ぐらいはあるの?」


「事件、事件か」


 セラフィーナに問われ。今までにあったことを、鷲介は思い返す。


 ――魔術師相手だということを忘れるな。

 ――何のために紫藤はバラバラにされた。

 ――魔術というより奇術。


 幾つかの想念がジグソーパズルのように組み合わせられ、形を成していく。

「……お兄ちゃん?」


 子鈴の問いに答えることもせず、鷲介は口元に手を当てて考える。パズルの欠片ピースはとうに揃っている。そういう感覚がある。後は、それを組み合わせて到達するだけだ。


 ――魔術師の探索に訪れた自分達。

 ――敵による攻撃、或いは妨害。

 ――派閥争い。

 ――五年前と一年前。

 ――あの部屋の構造。


 そして、鷲介は辿り着いた。


「そうか――そういう事か」

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