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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
70/80

二人だけの降霊会

「さて、一通り話も聞いたことだし、そろそろ私も捜査に加わるわ」


 無い袖を捲るような動きをして、セラフィーナは言う。報告を受けて、議論を交わす内にやる気を煽られたらしい。張り切っているらしい事が釣り上がった眉からも分かる。


「とは言っても、どうするつもりだ?」


「議論と推測で真相に迫るのも良いけど、私達って魔術師じゃない。魔術を使って一足飛びに真相に辿り着いても問題ないと思うわけよ」


「まぁ、それは確かだが……じゃあ何の魔術を使うんだ?」


「降霊術」


 降霊術とは、死者の霊を術者に宿して言葉を語らせるタイプの魔術である。死者の意を知ることは洋の東西を問わずに人の望みであるが故、西洋にも東洋にもこの手の魔術は数多く存在している。


 その中でも、日本の東北地方に存在する、イタコという一種の巫女が行う死者の口寄せ。旧約聖書に記述があるエンドルの魔女。十九世紀に欧州で流行した降霊会等が有名である。また、死者の話を聞くだけでなく、死者を使役する死霊術ネクロマンシーは体系として類似した魔術である。


 しかし降霊術という魔術は、実際に死者の霊を呼び寄せる事が出来るわけではない。魔術師は二一世紀に至って尚、生命体に魂のようなものが実在しているのかどうかを理解してすらいないからだ。


 しかし、それは降霊術の全てが虚偽であると言う事を意味してはいない。


 人間が死に至る際の自我消失は、それ自体が魔術の行使である。消え去ろうとする自我は、半ば自動的に自己保存本能からその意思をこびり着かせる。その結果、死者の意思はその場にコピー・ペーストされるのだ。


 貼付ペーストされた死者の意思はあくまでも死者のコピーでしか無く、思考も単純化される。だが、そんな死者でも簡易な魔術を意図せず行使する事もあるし、死の間際の思考を語る事もある。


 降霊術や死霊術ネクロマンシーとは、そうしたペーストされた死者の意思にアクセスし、制御する魔術なのだ。


 にやりとセラフィーナは口の端を歪める。似合わない、意地悪い笑みだ。


「殺された本人に、何が起こったのか聞いちゃえば良いのよ」


「色々と台無しだが、効率が良いのは間違いない」


「そうでしょ?」


 誇らしげにセラフィーナはややわざとらしく胸を張った。もしも紫藤が自分を襲った魔術師を見ていればそれで全ては解決するし、そうでなくとも聞き込みよりも正確性の高い情報を得ることは出来るだろう。


 だが――


「降霊術なんて出来るのか?」


 他の魔術に比べても、降霊術は専門性が高い。少なくとも、鷲介には手が出ないタイプの魔術体系である。その上、無差別に死者を呼び寄せるなら兎も角、狙った死者を呼び寄せるとなるとただでさえ高い難易度が更に跳ね上がる事になる。


 魔術の知識と行使の範囲が広いセラフィーナといえども、上手く出来るかどうか。鷲介には疑問だった。


「経験は無いけど、一応知識は有るわ。それに、代演機のサポートも入れられるんだから。殺される間際の光景ぐらいなら再生出来ると思う」


「なるほど」


 代演機は魔術師の魔術行使を補助する、最強の術式兵装でも有る。そのサポートが入るならば、確かにその程度ならなんとかなるのかもしれない。


「私より、セラフィーナの方が向いていそうだし……頼む」


「任せて頂戴」


 言うと、セラフィーナは立ち上がり、電灯を落とした。カーテンを閉めて薄暗さを求めるのは降霊会のやり方であるが、この部屋に窓はない。故に替わりに電灯を落としたのだ。


「テーブルが円卓じゃないし人数も二人……形式としては最低ね」


 円卓を多人数が囲むことにより、擬似的な魔法円を作り出す。これもまた降霊会の手法である。


「そこをサポートするのが、我等がスーパーロボットこと代演機だろう」


「まぁ、そうなんだけどね」


 再び着席して、セラフィーナは眼を閉じる。降霊会はオカルティズムの流行で出来た手法であり、あまりそれ以前の体系だった魔術とは繋がっていない。それ故、道具などを用いることもない。


 薄暗い部屋の中、ごうごうと唸るような風雨の音だけが聞こえている。鷲介の眼の前には、眼を閉じたセラフィーナの姿だけがある。


 緩やかな呼吸を繰り返す少女の、神妙な白面がそこだけぼんやりと光を放っているようだった。薄暗さと相まって、セラフィーナの肌の白さが妙に艶かしい。


 ――う……!


 急に鷲介は自らの手に滑らかな冷たい感触を感じて、呻きそうになった。敏感な指先が仄かにくすぐられる感触。背筋が震える。


「握って」


 鷲介の手に触れたのは、セラフィーナの手だった。座卓の下を通って差し伸べられたのだ。


 降霊会では、円卓を囲んだ人間がキャンプファイヤーの火を囲むときのように、手を繋ぐ。それを二人でやると、こういう事になるだろう。


 ここに来てからもう随分と手を繋いた筈なのに、どうしても慣れない。慣れないなりに、鷲介はセラフィーナの手を握った。


「じゃあ、始めるわよ」


 セラフィーナが魔術の行使に入る。後は、セラフィーナが降霊を成功させて現場の状況を語り始めるまで待つだけだ。


 ゆっくりと、身体に纏わり付くように時間が流れる。手先の感覚が、過敏になっているような気がする。魔術が行使されているのだ。


 だが――


「おかしいわね」


 ぼそりと、セラフィーナが呟いた。変化が何も訪れない。そろそろ、何かが来ても良いはずであるのに。


 何かが起こっている。鷲介達の想定に無い、何かが。その何かに気付いて、鷲介は舌を鳴らした。


「なるほど、こちらが魔術を使えば向こうも分かるわけか」


 鷲介達は囲まれていた。扉の隙間から、天井の隙間から、床の隙間から。染みこむように多量の蠢く何かが侵入してくる。


 蟲のように小さなそれは、辞書から這いずり出て来たかのような文字の群れだった。アルファベット、漢字、梵字、キリル文字等々――種類を問わない文字が、鷲介達の周りを埋め尽くしているのだ。


「嵌められたのね、私達」


 眼を開き、状況を確認したセラフィーナは額から汗を垂らす。


 これは魔術の行使を妨害するための、魔術的トラップなのだ。魔術の行使に反応して、過剰な情報を氾濫させることによって行使を妨害する。妨害を完遂した後は――


「逃げるぞ」


 二人が立ち上がると同時に、文字がぞわぞわと高速で這いより初めて来た。砂糖に群がる蟻のように、文字の群れが動く。妨害の次にやることなど、攻撃に決っている。


「了解!」


 地を蹴って、勢い良く二人は飛ぶ。その際に、セラフィーナは呪札を一枚投げ捨てる。呪札は文字を弾き飛ばしながら床に接地し――閃光を放った。

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