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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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『顔のない死体』に関する問題

「お帰りなさい」


 鷲介が部屋に戻ると、座卓の前に座っているセラフィーナが声を掛けてきた。顔色は完全には戻っていないが、先に比べれば大分真っ当になっているように鷲介には見えた。


「ただいま……っと」


 言いながら、鷲介はその向かいに腰を下ろす。


「で、どうだった?」


「ああ、それがだな――」


 鷲介は聞き込みの顛末をほぼそのままセラフィーナに語った。もっとも、紫藤のパーツに関することは、ややマイルドに脚色を施したが。


 ひと通り聴き終わって、セラフィーナは顔を顰めながら言う。


「結局、良く分からないわね。人間をバラバラにするなんて魔術を使わなくても確かに出来るわけだし……魔術師がやったとは限らないんじゃないの?」


 セラフィーナの疑問に、鷲介は首を横に振って答えた。


「いや、この事件は魔術師が起こしたものだ」


「言い切るぐらいだし、何か根拠でも有るの?」


 鷲介は首肯する。


「有る。まず第一に、紫藤の死体の切り口が極端に綺麗だったことだ」


 鷲介は回収していた時の事を思い出す。関節の切り口は、全てが真っ直ぐ綺麗になっていた。腕や足などの太い部分も含めて、全てだ。


「切り口を綺麗にするには、鋸のように何度も押したり引いたりして切断するわけにはいかない。つまり、一撃で両断する必要がある。手足の指なら兎も角、腕や脚でそれは難しい」


「関節部分なら、何も無いところよりは楽に切れるんじゃない? それに、鋸じゃなくて日本刀とかなら一撃で切断出来るかも」


 紫藤を実際に見た時は口元を抑えていたセラフィーナだが、こうやって思考上でいじり回す分には問題ないらしい。数学の問題を解くような様子で言う。


 さて、どうだろうと鷲介は思考する。かつて、日本刀はその切れ味を試す際に罪人の死体を用いたという。胴体を纏めて幾つ両断できるかで切れ味を試したのだ。胴体を纏めて両断出来るなら、何処の関節や骨でも断ち切る事は可能だろう。


「日本刀か何かを使えば可能だろうが……この千年宮にそんなものをを持ち込めるのか?」


「立場によっては可能じゃないかしら。千年上宮に紫藤さん本人とか。紫藤さんが持ち込んだんだとしたら、それを奪うことで誰でも犯行は可能になるわね」


「紫藤は何のために日本刀を持ち込んだんだ? 自分をバラバラにさせるためなんてことは有り得ないだろう」


「それは……分からないけど」


 セラフィーナはぷいっと視線を逸らした。


「まぁ、考え方としては悪くない。だが、第二の根拠がそれを否定する」


「第二の根拠って何よ」


「血だ」


 紫藤の身体からは、当然の事ながら血が噴き出していた。それも壮絶と言っていい勢いでだ。それが天井にまで達しているのを、鷲介は確認している。


「人間の身体を斬ったら、血が噴き出るのは当たり前じゃないの?」


「正確には、生きている人間の、だ」


「……どういう事?」


「血が噴き出るのは、心臓が動いて血液を常に循環させているからだ。内側からの圧力が有るから、ちょっと血管が破れただけでも血が出てくる」


 スーパーで買った肉がもしも血抜きが不十分だったとしても、切り分けた際に血が噴き出たりはしない。それと同じ事である。


「それが何の関係があるのよ」


「血が噴き出ていたと言うことは、紫藤さんは生きている内に切り刻まれたという事になる」


「……なるほど」


「さらに、現場には血が噴き出した跡はあっても、血の上を何かが引き摺られたような跡は無かった」


 それを聞いて、セラフィーナはむむむと唸った。


「つまり、紫藤さんは即死した?」


「少なくとも、襲撃を受けてから逃げたり反撃したりはしなかったんだろうな」


「ちょっと待って、それで確か他に外傷が無かったのよね?」


「間違いない」


「なら紫藤さんの死因は、あの切断のどれかって言うことになるわね」


 他に外傷が無く、生きている内に切られたのが確かならば、そういうことになる。毒殺や持ち去られた箇所に死因が有ると言うこともない――


 ――と見ても良いだろう。


 セラフィーナは続ける。


「昨晩、あそこに呼び出された紫藤さんは犯人に襲撃を受けた。犯人は日本刀か何かで紫藤さんの身体の何処かを切断、即死させた。それとも、睡眠薬を飲ませて寝ている所を……かしら」


 だが鷲介は首を横に振った。


「違う」


「違うの? うーん……どこか間違ってる?」


「あの切断が原因の失血死が死因だって言うのは確かだ、問題は、どれかじゃあ無いっていう事なんだよ」


「どれかじゃないって?」


「全部だ」


「……うん?」


「あの切断と解体、その全てが恐らくは致命傷だったんだ」


 何を言っているのか、とでも言いたい様子でセラフィーナが呆れ顔を作った。


「そんなわけないじゃない。死体の見過ぎで頭おかしくなっちゃったの?」


「あの切断は全てが同時に行われた。だから、全てが致命傷なんだ」


「全てが、同時に?」


「服や床への飛び散り具合から、命に別状の無い切断箇所も、即死に繋がりそうな切断箇所も血が噴出してる。これは生きている内に全ての切断が行われた事を意味している」


「それで分かるのは、全ての切断が生きている内に行われたって事だけじゃない。睡眠薬を飲ませて、命に別状の無い所から順に斬り落としていけば――」


 と、そこまで言って、セラフィーナは言葉を止めた。


 ――気付いたか。


 紫藤を呼び出し、睡眠薬を飲ませる。そして寝ている間に斬っても命に別状の無い所を斬り落としていく。斬り落とすのに使うのは、日本刀などの人体のあらゆる場所を一撃で切断可能な凶器だ。


 この想像には二つの問題が有る。


 一つ目はそんな細々と人体を刻んでいったら、刻まれた側が眼を覚ましてしまう可能性があるということ。これは、睡眠薬が余程強力な、それこそ全身麻酔に匹敵するものならば乗り越えられるかもしれない。魔術を使わずにそれを実現するのは相当に苦労しそうだが、有り得ない話ではない。


 だが、もう一つの問題はどうしようもない。それは、細々と生きながら人間を切断していく内に、刻まれた人間が失血死するということだ。途中で死んでしまっては、血の噴出が止まってしまう。それでも尚、即死に値する箇所が一箇所ならば順番に切り刻む事が出来る可能性はゼロではない。だが、紫藤は顔面と腹を割かれている。これはどちらも致命傷足りうる。


 頭と腹を同時に一撃で割く――


 ――まぁ、無理だろう。魔術を使わなければ。


「納得したわ。紫藤さんは魔術によって、一瞬で八つ裂きにされたのね」


 魔術を使って起こした事件を、魔術師が起こした事件で無いかのように見せかける事は可能だ。だが、その逆――一見魔術としか見えない犯罪はを普通人が起こすのは難しい。そして、それ以上に、やる意味が無い。


 落武者伝説の有る山村で不可能犯罪が起こった所で、警察は怨霊の犯行だと思ってはくれないのだから。


「だが、そうだとすると謎が残る」


「何故死体をバラバラにしたのか、そして何故死体の一部を持ち去ったのか、そもそも何故殺したのかってところね……」


「殺した理由は分からないでもない」


「そうなの?」


 聞き込みの結果を見るに、そうと見えるのは一つしか無い。


「保守派の旗頭である紫藤を、アマツテラスホノミコトの天罰として殺害すること。それ自体が動機だ」


「何が言いたいの? なんかこー結論と前提がウロボロスになってるんだけど?」


「正確に言うと、紫藤をアマツテラスホノミコトの天罰として殺害することによって、千年宮に影響をあたえるのが目的だ。それにより、保守派は存在を否定されたも同然の状態に陥った」


「そうやって、保守派を分解させるのが目的ってこと?」


「実際、効果は出ている」


 車崎の様子を見ればそれは明らかだ。遠からず、千年宮の意思は統一されるだろう。藤原の――正確には千年上宮の意思のもとに。真に世界を破滅から救おうとする狂信の集団として。


「意思を統一してどうするの?」


「最初に言った、神降ろしに近付くことが出来る」


 信仰集団の意思統一は、神降ろしの成功へと近付く事になる。いや、最低条件であると言ってもいい。


「それじゃあ、死体バラバラの謎とかの方は?」


「それは正直まだ分からない。『顔のない死体』と言う訳でも無さそうだしな」


「どういう事?」


「『顔のない死体』と言えば別人との入れ替わりトリック……っていうのは、割りとミステリだと定石だ」


 横溝正史が顔のない死体と疑わしき失踪者が居たら、犯人と死体が入れ替わっている指摘しているぐらいなのだから、双子や針と糸ぐらいには定番のネタになっていると言ってもいいだろう。


「それで、この事件が『顔のない死体』じゃないって言えるのは何で?」


「舌が残っていた。紫藤は舌ピアスをしていたらしく、そこから海咲さんが紫藤本人だと断定していた。疑う余地は無い」


「そう言えば、確かに舌ピアスしてたわ。でも、そんなの魔術でどうにでもなるんじゃないの?」


 鷲介はそれを否定する。


「魔術でどうにかするなら、『顔のない死体』に類似した状況をまず避けるべきだ。それに、明らかに魔術師の犯行だと分かる事をするのもおかしい」


 もし本当に『顔のない死体』トリックが使われているのだとしたら、魔術を使って死体の顔を紫藤に変えてしまう方がいい。それならば『顔のない死体』が使われたと疑われる事もない。


 魔術師の犯行だと確定してしまう、奇妙な犯行方法もおかしい。これもまた『顔のない死体』を疑わせてしまう。


「疑われている時点で、失敗しているも同然だ」


「なるほど、それもそうね。ということは、現時点で確定しているのは、この事件は魔術師による犯行で、あそこにあったのは紫藤さんの死体って事だけね……なんだか分かりきってることを改めて確認しただけな気がしてきたわ」


「そう言うな。私もそんな気がしてならない」


 はぁ、と二人で溜息を吐き合う。真相に辿り着くには、まだまだ時間が掛かりそうだった。

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