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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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ヒアリング

 紫藤の片付けを終えて、鷲介はトイレ近くの洗面所で手を洗っていた。血の臭い、血の色。両手にこびり付いてしまった死の残滓を、洗い流す。


 回収された紫藤のパーツは、全て纏めてビニール袋に入れたまま、物置に置くことになるらしい。千年宮では、屍者の埋葬に関する制度は存在しないようだった。


 ――海に投げ捨てられるよりはマシとはいえ……酷いな。


 鷲介も、この処置には流石に同情を覚えざるを得なかった。そこまでする義理は無いのだが、千年宮から出ることになったら遺族に紫藤を渡すなりなんなりするべきかもと考えてしまう程度には。


 手から水滴を拭い、さて、次は何処に向かうべきか――と思った所で、隣のドア、つまり女子トイレのドアが開いた。


「あら、貴方は、えーと」


「鷲介です。黒神鷲介」


 出てきたのは、車崎だった。青い顔をして口元をハンカチで抑えている辺り、トイレで戻したりしていたのかもしれない。


 ――まぁ、それも無理は無いか。


 車崎は、保守派では一般信徒の中では筆頭の位置にあったらしい。実質的には紫藤が筆頭だったが、彼は普通の信徒とは一段別の位置にあった。


 つまり、紫藤の次に天罰が下されるのだとしたら――


 ――彼女だ、という事になるだろうな。


 車崎の顔は青褪めており、また戻しかねない。彼女から有用な言葉を引き出せるかは微妙な所ではあるが――


 ――まぁ聞くしか無いだろう。


「紫藤さんについてお話を聞きたいのですが、構いませんか?」


「え、ええ……構わないわ。いえ、是非とも! 話させて頂戴!」


 今にも死にそうな車崎だが、顔色を変え、食らい付くような勢いを見せる。


 ――何か訴えなければならないことが有るということか、紫藤の死について。


 影響力など毛ほども無い鷲介にそれを訴えようとするのは、訴えることさえ出来れば相手は誰でも良いのか、或いは他に訴えを聞いてくれるような人間はもう居なくなっているのか。


 ――もう身内から転向者が出ているのだとしてもおかしくはないか。


 そして転向しようとしているのなら、次に天罰が下されそうな車崎と関わろうとはしないだろう。誰だって、命は惜しい。財産よりも、命だ。


 聞きたいことが有る、と鷲介が言ったにも関わらず、鷲介の問いを待つこと無く、車崎は唾を飛ばさんばかりの勢いで言葉を投げつけてきた。


「紫藤さんは殺されたのよ!」


 まぁ、それはそうだろうと鷲介も思う。警察を呼ぼうとしていただけあって、車崎は信徒の中では中々一般人よりの思考をしているようだ。


「殺された、どういうことですか? 紫藤さんは、アマツテラスホノミコト様に罰を受けたのだと――」


「そんなわけないでしょう!」


 鷲介の言葉を最後まで続けさせること無く、車崎は言う。


「殺されたのよ、人間にね!」


「人間……そうなると、誰が殺したんでしょうか?」


 最初に鷲介の頭に浮かんだのは、千年上宮だった。仮に天罰なのだとしても、千年上宮の言葉が原因で紫藤が殺されたようなものである以上、間違いではないだろう。


「そんな事分かるわけ無いじゃない! 私は警察じゃないんだから! 警察……そうよ!」


 独り合点して、車崎は続けた。


「藤原の一派よ! だって、あいつら警察呼ぶのを邪魔したじゃない! 警察に捜査されたら困るから、私の意見を跳ね除けたのよ! 死体を率先して片付けてたのも、あいつらだったじゃない! そうやって、証拠が出ないようにしたのよ!」


「なるほど……」


 一理有る。実際には千年上宮が通報を跳ね除けさせたようなものだが、藤原の一派――改革派が実行したのもまた事実だ。そして死体を杜撰に片付けたのもまた、改革派だ。


「そうよ、そうに決まってるわ! あいつらが常から邪魔だった紫藤さんを……」


 車崎は大きく身震いする。それも当然だ。彼女の想像が正しいのだとするならば、彼女は自身を狙う殺人をも辞さない集団の最中に居るのだ。それは、神によって天罰が下されて死ぬかもしれないという想像よりも、現実味を帯びているが故に恐ろしい。


「でも、可能なんですか? 人間をあんな風にバラバラにするなんて」


「一人なら難しいかもしれないけどね、藤原一派が総出でやれば、一晩有れば充分なんじゃないの」


 確かに、それは正しい考え方だろう。何かの道具が有れば、大分短い時間で済むことになる。なるのだが――


 ――それは間違っている。


 鷲介にはその確信がある。


「その通りです。でも、そうだとすると良く分からない事が一つ有ります」


「何よ」


「何のために、藤原さんの派閥は紫藤さんをバラバラにしたんですか?」


 無論、それが一番の問題になる。何故人が紫藤をあそこまでバラバラにしなければならなかったのか。それは神の行い以上の疑問だ。


 あそこまで人体を残虐に破壊するということ。心理的にも物理的にも、それが可能なのか、という問いに関しては、可能だろうと鷲介には思える。藤原達改革派は、紫藤をそういう対象として見ていた。紫藤の扱いで、それは分かる。


 だが、それをする必要性があったのかと言えば、疑問だ。


「それは……アマツテラスホノミコト様の仕業に見せかけるためよ! あんなバラバラにするなんて、人間技じゃあないもの!」


 人数で補える程度の神業に、どれだけの価値が有るのかは疑問だ。それに――


「わざわざたくさんの人間を動員してまで、やるようなことでしょうか」


 不可能犯罪――というか、神業感を出すのに、人体をバラバラにするような真似を選ぶだろうか。人を大勢集めて深夜に肉切り包丁か鋸を使って。


「逆よ、大勢を集められるから大勢が必要になる手段を使ったのよ!」


 なんて汚い、と車崎は親指の爪を噛む。


 大勢の人間を集めることが出来たから、大勢の人間が必要な事を選んだ。それは確かだが、そこであえてバラバラを選ぶ必然性は有るだろうか。


 ――無い、だろう。


 大勢の人間を動員することで可能になる不可能犯罪として、バラバラ殺人は不適だ。犯行時間が極端に限定されるなら兎も角、今回のように一晩という長い時間が使えるなら、一人でも人体の解体は可能だ。


 ――なんてことは、見えてないんだろうな、この人。


 そんな事を想像できるほど、車崎は慌てていた。それぐらい、転向した人間が多いのだろう。


 ――もしかして、紫藤の殺人の動機とは……


「兎に角、あれはアマツテラスホノミコト様の御業なんかじゃないわ! あの不敬者達が、アマツテラスホノミコト様の御業を装っているのよ! それだけは確かよ!」


「そうかもしれませんね」


「そうに決まってるわ! いい、化けの皮を剥いでやる」


 言いながら去っていく車崎の足取りは重そうだった。彼女の足取りが軽くなることは無いだろう。


 聞くべきは聞いた。鷲介に引き止める理由はない。


 ――さて、そうなると後話を聞いておくべきは……


 第一発見者である海咲ぐらいだろうか。居場所は――


 ――こういう時のための魔術だな。


 ポケットから、紐を通した五円玉を取り出す。紐を持って、五円玉を下に垂らすと、それはくるくると円軌道を描き出した。


 これは簡単なダウジングと言えるものだった。


 この程度の道具でも本物の魔術師ならば満足行く結果を出すことが出来る。徐々に変化していく揺れを観察し、振れ幅が大きい方がはっきりしたのを確認すると、鷲介は五円玉をポケットに仕舞い直して振れ幅が大きかった方へと歩いて行く。


 僅かに歩くと、曲がり角から海咲が顔を出した。


「ああ、鷲介さん」


「海咲さん、ちょうどいい所で会いました。さっきの事件について、ちょっとだけ聞きたいことが有りまして」


「探偵ごっこ?」


「まぁ、そんなところです」


「関心しないよ、そういうの。本当に人が亡くなってるんだし、何よりも犯人、というか原因は分かりきってるわけだし」


 正論も良いところだ。シギルムの戦闘魔術師でなければ、素直に従ってしまうほどの。しかし、それで引き下がることは、今の鷲介には出来ない。


「忠告は分かりますが、私にも色々と事情が有るんです。少しだけで構わないので」


「なら、仕方ないかな。あんまり思い出したくないんだけど」


「すみません。取り敢えず、紫藤さんの死体を発見したのは、悲鳴を上げた時――で、あってますか」


「そうね」


「その時に、変なことは有りましたか? 怪しい人影を見たとか……」


 問われて、海咲は首を捻った。


「私も流石にああいうのを見るのは初めてだから、何が変なのかも今一つ……取り敢えず、変な人影を見たりはしなかったけれど」


「ありがとうございます。じゃあ、あそこは鍵がかかってましたか?」


「別にそんな事は無いわね。基本誰でも出入り自由よ、あそこは」


 不可能犯罪を仕掛けるなら、ここを塞いでしまう方が良いように鷲介には思える。密室殺人。カーも愛する不可能犯罪の華だ。


 ――それをしなかったのは……


 いや、と思考を打ち切る。今するべきは、海咲への質問だ。


「無いとは思いますが、紫藤さんの死体に手を触れたりは……」


「するわけないじゃない」


 海咲は言いながら身震いする。紫藤の事を思い出したのだろう。


「そうですよね、すみません。最後に一つ、海咲さんが今朝、あそこに行くことは皆が知っていましたか?」


「運営に関わる人なら誰でも……私に限らず、誰かが礼拝の準備をするって意味では、皆知ってたかな」


 ――なるほど。


 少しは、手掛かりが増えた。ある程度の推論を組み立てるためにも、そろそろセラフィーナの元へ戻ったほうが良いだろう。


「……ありがとうございました、質問はこれで終わりです」


「どういたしまして。でも、本当に無駄だと思うよ、あれはアマツテラスホノミコト様の御業なんだから」


 言いながら、海咲は去っていった。


 ――さて、部屋に戻るとしようか。

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