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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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ホワイダニット

 鷲介はセラフィーナの方へと視線を向けた。彼女の状況は、改善していなかった。だが、動かずに居るわけにもいかない。


 ならば、事は鷲介一人でやる他ないだろう。鷲介はセラフィーナの側に寄って、耳打ちした。


「先に部屋に戻っているといい」


「鷲介は……?」


 声を震わせ、眼を潤ませる少女の姿に、鷲介の心は乱される。簡単に、思考が揺らがされる。彼女の側に付いている事の方が正しいのではないか。自分は間違いを犯しているのではないか。


 ――いや、そうじゃない。


 セラフィーナがやれない事を自分がやる、それもまた彼女に手を貸す事になる。側に居るだけが、彼女のためになることではない。


「ちょっと調べてくる。あの死体――殺人が、魔術師と無関係とは思えない」


「わ、私も……」


「いや、今のお前は――」


 言葉を切った。そして言葉を選ぶ。セラフィーナに届く言葉を。鷲介がセラフィーナに届けたい言葉を。


 鷲介は首を横に振り、切断するように鷲介は言葉を吐き出した。


「足手まといだ」


 吐き捨てるような鷲介の言葉に、セラフィーナはショックを受けたようだった。哀れみすら覚えるほど、セラフィーナは狼狽えていた。


「う、あ、そうよね……」


 ――少し言葉が強すぎた。


 多少反省して、鷲介はもう一度首を横に振る。違う、そうじゃあない。自分がセラフィーナに言いたかったのはそういうことじゃない。


「お前には期待している。だが、今は休め。顔が真っ青だ。コンディションを戻してから、頼みたいことが有る」


 ――セラフィーナが役に立たないと思っているわけじゃない。


「分かったわ」


 ゆっくりと、セラフィーナは外へと歩き出した。のろりとした、引き摺られているかのような足取りに、鷲介はその手を背に伸ばしそうになった。今、それがすべきことではないと理解しているにも関わらず。


 ――分かっている、分かっているさ。


「さて、これを片付けましょうか」


 感情の篭もらない声を響かせたのは、藤原だった。その言葉選びにも、彼の空虚な見識が現れている。


 千年上宮が言ったから片付けるのであり、天罰を下された紫藤本人には興味が無い。言葉も口調もそう言っている。


 ぞろぞろと、信徒の群れから一部が抜け出すように出てくる。藤原と同じ眼をした信徒達。つまりは改革派の信徒だ。


 保守派の信徒はそれどころではないのだろう。怯えを隠そうともせず、ちまちまとこの場から去っている。セラフィーナの話を聞くに、紫藤は保守派の筆頭――正確には、保守派の首魁と言っても良い存在であったらしい。それが天罰で死んだと言うのは、保守派にとっては衝撃だっただろう。


 ――こうなれば、転向ころぶのがほいほい出てきてもおかしくはない。


 天罰を下された理由が、紫藤個人ではなく保守派という立場に有るのだとすれば、保守派は皆天罰を下されて、解体バラバラにされるかもしれないのだ。


「手伝います」


 そんな事を思いながら、鷲介は片付けを手伝う事にする。さっき気付いた事を確認するためにも、紫藤をもう一度見ておきたい。


 藤原の指示に従い、先に気付いたことを確認する。まずは、切り口。そして、噴出した血の跡。魔術による痕跡があれば分かりやすいが、そのようなものは無かった。実際使っている所を見れば、千年上宮のように一目で分かるのだが、痕跡を探すのは中々に難しい。


 もっとも、今回に関してはそのようなものは必要ない。


 ――これは、間違いないだろうな。


 確信を得ながら、鷲介は紫藤のパーツを拾い集める。細分化され、人体というよりは肉塊という方が正しい存在になってしまった紫藤を。冷たい、人間以外の何か。


 回収された人体は、何処からか持って来られた大きなビニール袋に詰められる。内蔵がはみ出たり、指のパーツをなくしたりしないためとはいえ、生ゴミと変わらない扱いだった。


 ――敵対者とは言え、同胞に対して――いや、人間に対してやることか、これが。


 吐き気を覚える。紫藤のパーツが人間を辞めたものだとするならば、藤原を筆頭とした改革派も同じようなものだ。


 彼等は、誰一人として鷲介と同じ感覚を持ってはいないようだった。粛々と、まるで残飯を処理でもするかのように紫藤のパーツを拾って、ビニール袋に投げ入れている。


 そんな彼等に接するのには嫌悪感があった。感覚としては、溝に腕を突っ込むようなものだ。それでも情報は手に入れ無くてはならない。


「あの……」


 死体を拾う以上の嫌悪感を覚えながら、鷲介は藤原に話しかける。何かを聞くならば、改革派の中枢人物であるらしいこの男が一番だろう。


「何か?」


「この、紫藤さんについて聞きたいんです」


 アリバイやら何やらを聞いても仕方が無い。もしもこれが魔術師の絡んでいない犯罪であったのならば、犯行時刻がろくに分からないし分かるわけでもない現状でも、そこは重要視されるべきだ。


 だが、鷲介は今、これが魔術師による犯行だと確信している。だから重要なのは、動機の方だ。


 ――何故、紫藤は殺されなくてはならなかったのか……?


「ほう、それはどのような事でしょう」


「どんな人だったか、知っておきたいと思いまして」


「そうですね――」


 藤原は作業の手を完全に止めて答える。


「一言で言うと、強欲な癖に物の価値が分からない男、でしょうか」


「強欲な癖に物の価値が分からない――というと?」


「ええ。千年上宮様を見出した慧眼にだけは、尊敬を覚えますが……あの男は、それを我欲の為に使っていた」


 本人の前ではとても言えなかったであろう事を、つらつらと藤原は述べる。


「アマツテラスホノミコト様の御力をもっと早くから活かしてくれさえすれば、今より多くの人が救えたかもしれない。なのにあの男は……」


 ぎり、と歯が鳴った。どうやら、藤原は本気で紫藤――正確には保守派全般に憤っていたようだ。少なくとも鷲介にはそうと見えた。


「しかし――全ては済んだ事。あの男は、アマツテラスホノミコト様によって罰を受けました。つまり、あの男の一党は間違っているとアマツテラスホノミコト様直々に託宣されたも同じこと」


「つまり、紫藤さんを支持する派閥は考えを変えると?」


「当然です。何せ、一部思想を違えているといえども、彼等もまたアマツテラスホノミコト様の信徒。アマツテラスホノミコト様の御力と御言葉を違えるような真似はしないでしょう」


 ――思想転向の理由を、単純な死の恐怖とは考えないんだな。


 そこには考えの違いが有るものの、鷲介と同じ考えに藤原は至っていた。それが、思考の結果出てきたものか、願望から出てきたものか、或いはそれ以外かは分からないが、改革派の筆頭である藤原は表向きそう考えているのだ。


「なるほど、分かりました。ありがとうございます――いや、最後にもう一つ」


「何でしょうか?」


「何故、アマツテラスホノミコト様は紫藤さんをあんなに――バラバラにしたのでしょうか。罰を下すというだけならば、あそこまで徹底的にやらなくても良いと思うのですが」


 何故、紫藤はバラバラにされたのか――?


 鷲介にも推測出来る事はある。先の観察で、それが間違いでないということも確認出来た。しかし、どうも引っ掛かる。本当にそれだけなのか。隠された理由が有るのではないか。そのヒントを得るためにも、ここは聞いておきたかった。


 藤原は問いに対して揺らぐことすら無かった。ただ、少しだけ片眉をぴくりと持ち上げて言う。


「それはアマツテラスホノミコト様への疑いですか?」


「いえ、そうでは有りません。この所業がアマツテラスホノミコト様の御業で、アマツテラスホノミコト様からの御言葉だと言うのならば、それを出来る限り正しく解釈しようというのも大事なのではないかと思いまして」


 ――我ながら、よくもまぁこんな思ってもいない言葉がすらすらと出てくるものだ。


 疑う以前に、鷲介はアマツテラスホノミコト等という神格を信じてはいない。それ以前の問題というわけだ。


 そんな鷲介の空言は、藤原には感心な言葉として届いたようだ。


「ほう、素晴らしい。貴方は見所がある」


 ――見所それはどうでも良いんだが。


 うんざりとした内心を隠す鷲介を見ること無く、うんうんと頷いて、藤原は続けた。


「何故、アマツテラスホノミコト様は紫藤さんを解体なさったのか……それは恐らく、神の御業であることを、我々が疑ったりしない為でしょう」


「と言うと」


「罰を下されるだけなら、それこそ紫藤さんの命を奪うだけで良い。なるほどその通り。しかし、それではこう思う不届きな信徒が出てくるかもしれない」


「これはただの人間による殺人事件ではないか――と言う事ですか」


「その通り。そうやって、信徒達に混乱を起こされる事を、アマツテラスホノミコト様は良しとしなかった」


 慈悲深いことです、そう藤原は言う。


 ――人間殺してバラバラにしておいて、慈悲深いも何もない。


 寧ろ残虐である。しかし、それも別におかしくはない。死と血の生贄を求める神格も、ただ災厄を振りまくだけの神格も、世界には山というほど居る。


「つまり、バラバラにすることによって、これが人間の仕業ではないと確定させるのが目的だった、と言う事ですね」


「その通り」


「それでは、体の一部が持ち去られているのは――」


 鷲介の問いに、藤原は首を横に振った。


「そこまでは流石に。後は想像しか出来ません。例えば、アマツテラスホノミコト様は罰を与えて尚、紫藤さんを愛していたのかもしれません」


「愛、ですか」


「はい。だから、体の一部だけでも、自分の元に置くことを良しとしたのかも」


 ――何処までも、慈悲深い事で。


 皮肉に笑いたくなるのを、鷲介は何とか堪えた。愛すべき信徒を、こんな生ゴミのように扱わせることを是としている慈悲深き、愛深き神。


 ――そんなもの、滅びてしまえ。

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