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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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ヒトモドキ

 部屋を出たセラフィーナはきょろきょろと辺りを見回しながら、本殿の廊下を歩いていた。新築の旅館か公民館のような廊下を歩きながら、セラフィーナは人を探す。


 ――とりあえず、話を聞けそうな人は居ないかしら。


 話さえ聞ければ誰でも良いが、ある程度の地位が有る人間の方が得られる情報は多そうだ。ただ、どんな情報でも欲しいといえるような現状でそうも言っては居られないだろうが。


 ――外に出てみたほうがいいのかしら。


 本殿の外では、多くの信者が生活している。そういう意味では、外のほうが雑多な情報を得ることは容易いだろう。


 ある程度本殿を回ってから外に出てみようかと考えた所で、セラフィーナは前方から歩いてくる人の姿を見つけた。


「あ、海咲さん」


 歩いてきたのは、本殿に入った時に出会った案内役の女性、海咲だった。柔和な笑顔を崩すこと無く、長い髪をそよ風に煽られる木の葉のように揺らしている彼女は、慎ましやかな胸元に紙束を抱え込んでいた。


「あ、セラフィーナさん。鷲介さんは?」


「えーっと、一緒にその辺を散歩してみようって言ったんですけど、面倒だから嫌だって言われまして」


「あらあら」


「そういう海咲さんは?」


 口元を隠しながら笑う海咲に、セラフィーナは問う。


「教団運営に関しての会議が有るから、その資料を届けに、ってところかな」


 なるほど、その紙束は会議用の資料というわけか、とセラフィーナは納得する。


 ――これは使えるわね。


「行くところも無いので、着いて行っても良いですか?」


 言いながら、セラフィーナは海咲の隣に並んだ。会議をすると言うなら、そこにはある程度の地位が有る人間が集まる筈だ。話を聞くには丁度いい。


「良いけど、会議には出られないよ?」


 それでもいい? と海咲は問う。


「それは知ってますよ。大体、出ても私じゃあ何も分からないでしょうし」


「まぁ、そうですよね……ところで、見た? 千年上宮様のお力」


 問いながら、海咲が歩き始めたので、セラフィーナもそれに続く。


「はい、素晴らしいお力でした。やっぱり私達がここに来たのは間違いじゃないんだなって思えます」


 セラフィーナは可能な限りにこやかな笑顔を作った。実際に魔術で有ることには違いないのだ、素晴らしい力と言うのも嘘や間違いではない。


 もっとも、それは千年上宮のヒーリングが常人には無い力という、ただそれだけの意味でしか無い。素晴らしい力ではあるが、素晴らしい使い方とは言い難い。


 セラフィーナの内心を測れない海咲は、先の言葉をそのまま受け取って返答する。


「そうね、千年上宮様こそアマツテラスホノミコト様の御力を受けし御方。人界の至高。世界の終末から私達を救ってくださる救い主……」


 海咲が足を止める。陶然として蕩けるように、その表情が歪んでいた。


 ――うっ……


 振り返ってその姿を見て、セラフィーナは思わず一歩下がった。正確には、一歩離れた。


 最初に会った時もそれを感じた。しかし今感じるのはその時以上のものだ。まるで、未開の密林内部でのみ群生する、ねばねばとした特殊な菌類を見たかのような、この気分。これは単純に――


 ――気持ち悪い。


 そう言い切ってしまって良いのだろう。未知のものに対する不快感、そして嫌悪感を表現するのに、セラフィーナは他の言葉を使う気にはならなかった。


 彼女は自分と同じ人間なのだろうか、とまで思ってしまう。もしかしたら蟹や海老のような甲殻類なのではないかとすら。


 ――いや、そんなはず無いのは分かってるわよ、うん。


 だがそんなあり得ざることを考えてしまうほどには、セラフィーナにとっての海咲は異形の何かのように見えた。


 セラフィーナに恐ろしく思えるのは、その異形の何かという印象と、海咲から初めて得た面倒見の良いお姉さんという印象が、全く重ならない筈なのに矛盾なく完全に同居している事だった。


 ――何故、こんな風に出来上がってしまっているのかしら――?


 それが分からなかった。人間、なにかしらの理由があって人格が形成されるものだと、セラフィーナは思っているのだが――


「セラフィーナさん、どうかした?」


「あ、いいえなんでもないんです」


 脳内の桃源郷から帰還していた海咲に、セラフィーナはそう答えた。


「それなら良いんだけど……ここまで来るのに疲れたとか?」


「本当に大丈夫です、心配しないでください」


「そう……でも体調とかそういう所はちゃんと主張していかないと駄目よ。特に、彼には。男に察しの良さなんて期待しちゃあ駄目なんだから」


「肝に銘じておきます」


 二人は再び並んで歩き出す。出来れば、会議の現場に着くまでにも情報を得ておきたい。とりあえず聞くべきは、千年宮建造前後での変化だろうか。そう考えて、セラフィーナは口を開いた。


「ここ、凄い所ですよね。こういう凄いのって、作るとやっぱり影響が大きいと思うんですけど……作った後で何か変わった事とか有りますか?」


「うーん……一番大きいのは、やっぱり派閥、みたいなものかしら」


「それってえーっと……先にお会いした時は、他に二人の人とも会いましたよね?」


「ああ、車崎さんと藤原さん」


「その二人みたいな――なんて言えばいいんですかね、保守派と革新派? みたいなの事ですか」


「そうね」


 派閥問題。これは魔術師が関係している可能性もあると、セラフィーナは考える。


「海咲さんはどちらの派閥なんですか?」


 セラフィーナの問いに、海咲は顔を曇らせた。


「どっちでもない、っていう感じになるかな」


「どっちでもないというと?」


「ここは地上最後の楽園となる地。そんな場所で派閥争いなんて、何というか馬鹿馬鹿しいし間違ってると思うの」


 それはつまり、双方の思想を尊重した結果の積極的中立、中庸ではなく、価値観が二つ存在する事とそれによる争い自体を忌避する消極的中立主義。


 ここが真に地上最後の楽園で、終末とやらが本当に訪れるのならそれはそれで理解できる言い分ではあると、セラフィーナも思う。実際にそうであるかは――


 ――まぁ、千年上宮本人が魔術師で、予言やら予知の魔術を行使出来る可能性もゼロじゃないわね。


 数学的にはゼロと言い切れる、誤差レベルの数字ではある。


 予言や未来予知の魔術はそれ自体が非常に習得困難な上、どうあがいても精度はある程度以上には上がらない。シギルムでも複数の未来予知が可能な魔術師――未来見フォーチュンテラーを抱えては居るが、それでも蓋然性の高い未来をぼんやりとした形で見るのが精々だ。市井の魔術師が単独で確実な未来を予見したとはセラフィーナには思えなかった。


 それに――と海咲は苦笑いして続ける。


「あれ、昔から居る人と新しく入った人の対立、みたいな所が有るから、入信の時期が微妙だとどっちにも入りづらいのよ」


「なるほど……」


 俗っぽい理由だが、そっちの方がセラフィーナには納得がいく。面倒見の良いお姉さんの面が持ちそうな理由だ。


「あ、そこそこ」


 そう言って、海咲は立ち止まって障子戸を指さす。どうやらそこが会議室のようだ。部屋に入っていく彼女に、セラフィーナも着いて行く。


 フローリングを敷いた細長い部屋だった。セラフィーナ達が使っている部屋を二つ繋げた程度の長さはある。その中央には和室には似付かわしくない安っぽい長机とパイプ椅子が準備されていた。その中に一つだけ、異なる椅子がある。籐か何かで編んだ揺り椅子だ。


 ――千年上宮用って事なのかしら。


 既に着席している人間を確認しながら、セラフィーナはそう思う。


「あら海咲さん、と確かセラフィーナさん……でしたっけ?」


 そう言うのは着席していた車崎だ。容姿は兎も角、名前を一応覚えられていたことに驚きながら返答する。


「はい、そうです。ちょっと海咲さんのお手伝いに来ました」


 他に着席しているのは、先に会った藤原と、千年上宮がヒーリングを行う際に近くに居た紫藤の二人だった。


 海咲と一緒に資料を渡しながら、セラフィーナはその二人の様子を観察する。


 藤原は着席したままぴくりとも動かなかった。口を開くこともなく、人形ではないと分かるのは極わずかに瞬きをしているのが確認出来るからだ。


 ――海咲さんの、気持ち悪い部分を固めたような感じね。


 非人間的というか、自分とは違うルールで動いている人間。それを言ったら、ここにいる人間の殆どがそうであるし、そうなる事を望んでいる筈だが、この男はそれが最もよく出ているように見える。


 対して、紫藤は実に人間的に見えた。頬杖をついてそっぽを向き、軽く貧乏ゆすりをしている様は、不機嫌を擬人化したかのようですらある。ヒーリング披露の際に見せたある程度の貫禄は消え失せていた。


 ――でもまぁ、詐欺師と言われて納得するような感じでは有るわね。


 他者に自分の器を大きく見せかける程度の技術は有しているということなのだろう。そう、セラフィーナは認識した。


 ひと通り資料を配っている間に、どんどんと人が会議室に入ってきた。車崎の周りには人間的な、藤原の周りには非人間的な信徒が集まっている――ように、セラフィーナにはなんとなく見えた。


 集まり方から見るに、信徒の中での保守派の筆頭が車崎、改革派の筆頭が藤原というのは間違いないようだ。紫藤は分類するならば保守派なのだろう。


 ――魔術師が居るとしたら、ある程度の地位に居るはずよね。その方が圧倒的に動きやすいわけだし。


 そして最後に、彼女がやって来た。


 部屋に彼女が入る事により、瞬間的に空気が塗り替えられる。それだけの雰囲気――いや世界を女は纏っていた。


 千年上宮愛子――


 魔術師で有るかそうでないかに関わらず、こういう何かを纏っている人物は居る。それを理解して尚、セラフィーナは彼女が魔術師なのでは無いかという確信を得そうになってしまった。


 ――危ない危ない。


 全員が立ち上がり、千年上宮に礼をする。セラフィーナもそれに合わせて頭を下げた。千年上宮は誰にも目を止めること無く、自らの居るべき場所に収まる。


「セラフィーナさん」


 側に寄って、海咲が耳打ちしてきた。そろそろ出るべきだと言うことだろう。


「分かりました」


「それでは失礼します」


「失礼します」


 海咲に合わせて、セラフィーナは頭を下げ、二人で部屋を出る。その寸前、セラフィーナは手に忍ばせていた一枚の紙を落とした。それはセラフィーナの手を離れた瞬間に不可視化し、床にぺたりと張り付いた。

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