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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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特にナイスでもないカップリング

 駅から出ている港直通のシャトルバス、港から出ている連絡船と乗り継いで、鷲介とセラフィーナは千年宮へと辿り着いていた。


 連絡船もシャトルバスも千年宮の手によって動いていた。利用者が千年宮の関係者に限られる都合、当然と言える。


 電車、シャトルバス、連絡船と乗り継いでいく内に、人の数は少なくなっていった。それ以上に、日常的な雰囲気や明るさと言ったものが減っていった。


 石段を登り、鳥居を潜って神社に辿り着くように。鷲介達は異界へと導かれていく。


 そうやって辿り着いたメガフロートは、鷲介やセラフィーナの想像とは異なったものだった。


「何というか、思ったよりも普通ね」


 船からメガフロート・千年宮へと降りながら、セラフィーナは言う。


 確かにそうだ、と鷲介も思う。港の海に面している部分が金属であるぐらいで、それ以外はただの小島と言っても差し支えない。波に合わせて微妙に地が揺れたりするのではないかと思っていたが、そんなこともないようだ。


 宗教団体の統治する人工島ということで、常軌を逸した何かが有るのではないかと考えすぎていたのかもしれない。


 もっとも、完全にただの人工島かというとそうではなかった。


「あれは普通とは言い切れない」


 そう言って、鷲介は目線を前方にやった。真っ直ぐ続く道の先に存在するそれは、巨大な山門のようなものだった。木造に瓦屋根がついているが、仏教風というわけではなく、装飾は色彩豊かで華美なものだった。所々に金の輝きがある。


 門上方中央部、山門であれば寺社の名前でも立ててある部分には、磨きぬかれた鏡が設置してあった。鏡が魔力を持つ、或いは鏡自体が御神体で有ることは兎も角、こんな所に置いてあるのは珍しい。


 門の両脇からは塀が伸びていた。それは相当な長さまで伸びており、広い範囲を囲っている事が想像出来た。


「あの門が四方にあって、中央の千年宮を守るというか飾ってるみたいね」


 そう言うセラフィーナは、船の中で手渡されたパンフレットを開いていた。


 鷲介が見るセラフィーナの様子は、これから宗教団体に潜入するのが目的の魔術師にはとても見えない。記事を見るたびにへぇ、だのほうほうだのと頷いている様子は、観光にやってきて、旅先の美味い料理をガイドブックで物色している、或いはそれなりに興味がある観光地について語っているかのようだ。


「もう一度確認する。私達が何をしにここに来たのか分かっているのか?」


「……解ってるわよ。そういう鷲介こそ、解ってるの?」


 そう言うセラフィーナは鷲介に視線を向けなかった。気の所為か、頬が湯上がりのように仄かに色づいている。


「問われるまでもない」


 千年宮に世捨て人として入り込み、調査をする。そんな事は分かっている。


「だ、だったら別に良いのよ」


「何を慌てているんだか」


 はぁ、と溜息を吐きながら鷲介はセラフィーナと並んで歩いて行く。


 道の両脇に住居が立ち並んでいるため流れていく景色は、機能的には普通の住宅街に近いものがある。信者達の住居として建築されたのだろう。


 ただし建築されているのは画一的で飾り気の薄い住居である。


「建売住宅みたいだけど、監獄みたいでもあるわね……」


 そう言って、セラフィーナは眉を潜めた。なるほど、セラフィーナの言うことも鷲介は分からないでもない。偶に見る人の服装も白一色で、まるで入院患者のそれだ。気味が悪いというか、不気味に思うのも理解できる。


 理解は出来るし、嫌悪も感じる。しかし鷲介はそれらの光景を見ても、別段不気味に感じることはなかった。


 むしろ、よく馴染む。


 自分に誂えた衣服のように、空気が身に馴染む。酸素の入りが違うような気がする。肯定されているような気分になる。


 普段から通っている高校などよりも、余程ここのほうが身近に感じられる。


 その事を、鷲介は苦々しくも感じていた。


 何も変わっていないのだろうか、と思ってしまう。変わることが出来ないのだろうか、と考えてしまう。


 ――情けない。


「……鷲介、どうしたの?」


 セラフィーナの声に、はっとさせられる。覗きこむようにして鷲介を案じる表情を浮かべているセラフィーナ。


「なんでもない」


 冷や汗が一筋流れるのを、鷲介は感じた。


「そう。ならいいんだけれども」


 訝しむセラフィーナに、出立前に抱えていた弱々しさを見て取ることは出来なかった。どちらかが落ちるともう片方が立ち直る、と言うわけでもないだろうが。


「本当になんでもない。だから気にすることはない」


 セラフィーナの視線を受けながら、鷲介は山門を潜る。何故だろう、セラフィーナが着いて来ない。


「セラフィーナ?」


 鷲介が不審に思って首だけで振り向く。セラフィーナは足を止めて、その足を凝視するかのように目を伏せ、何やらぶつぶつと呟いていた。


「そ、そうよね、これも仕事のうちだし、一々気にするほうがオカシイのよね。大体、鷲介がなんともなってないのに、私がこんなになってるのはオカシイというか、不公平よ。そうよ、だから私が気にする必要なんて無いのよ……」


「どうしたんだ、一体――」


 鷲介の言葉が終わらぬ内に、セラフィーナは勢い良く地面を蹴って鷲介に飛び込んできた。


 そして、勢いそのままに鷲介の右腕を両腕で抱く。


「う……」


 思わず後ろに倒れ込みそうになる。


 右腕に感じるのは圧力だった。羽毛のように柔らかいセラフィーナの腕と胸が、鷲介が痛みを覚えるほどにみちみちと鷲介の腕を締め付けている。


 その腕から、密着した身体から極端な強張りを感じる。


 右腕にもう一つ別の心臓が生えたかのように、セラフィーナの脈拍を直に感じる。その脈動の早さに釣られるように、鷲介の脈動も速度を上げていく。


 思考が掻き乱される。


 何故、どうしてこんな事を、と思う。セラフィーナを見ると、貝のように目を瞑って、頬を真っ赤に染めていた。


 体の芯が炙られたように熱くなっていく。


「な」


 何故、もどうして、も言葉にならない。音が出る前に、セラフィーナから与えられる感覚に戸惑ってしまう。


 セラフィーナが口を開く。


「だ、だって、こうした方が自然でしょう!」


「不自然以外の何物でもない!」


 怒鳴るような声音に、鷲介は思わず怒鳴り返してしまう。


「だって私達恋人同士なのよ!」


「……は?」


 気の抜けた返答が出てきた。一体、自分とセラフィーナは何時から恋人同士になったのだろう。


 そんな鷲介の表情を見て、セラフィーナもまた呆気にとられた顔をしていたが、それも僅かな間のこと。


 何かに気付いたかのように、セラフィーナは悪戯っぽく笑った。そして、鷲介の顔に自分の顔を近付ける。そのままくっついてしまいそうな距離、離れていても熱がぼんやりと伝わってくる距離だ。


 はぁ、という息遣いが耳に振動として伝わって、鷲介は背筋までゾクリと震えるのを感じた。心地よくすら有るのが、怖かった。


 セラフィーナは鷲介の耳元で囁く。


「どうやら、解ってなかったのは鷲介の方だったみたいね」


「な、何が――」


「私達は、現世に絶望した恋人役として、教団に潜入するのよ」


 笑みを湿らせたような声音に、鷲介はどきりとする。話されている内容が上手く脳まで浸透していかない。


「そんな事は――」


 言葉が途切れる。


 あっただろうか、無かっただろうか。そう言われれば、命令の細かい部分まで目を通してはいなかったような気もする。


 大体の内容を確認したからそれで良いと流し見したような。


「だから私達は、それはそれは仲の良い恋人同士の振りをしなければいけないの。普通の人生よりも一時の恋愛を取っちゃうような恋人同士の振りを」


 にやにや笑いをしながら、セラフィーナはそう囁く。


 なるほど、と鷲介は今となって理解する。セラフィーナが妙に照れたりしていたのは、こういうことだったのか、と。


 照れてはいたが、鷲介をからかおうという方向へ意識がシフトしたから、今となってはそんな行為もさらりと出来てしまうという事らしい。意外と意地が悪い所がある。


 ――こっちはまだ、まだ対応出来てないのに。


「さぁ、仲良く行きましょうか」


 そう言って、セラフィーナは鷲介を引っ張るように歩き出す。引き摺られるような形になり、鷲介の足が縺れた。それを見て、セラフィーナがまた笑う。


 傍から見れば、仲の良い恋人達のじゃれ合いに見えるだろう。じゃれ合いながらも、二人は歩き出す。


 二人の行く手には、見るものによって木造建築の寺とも神社とも教会とも宮殿とも言える、巨大な建物――千年宮本殿が立っていた。

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