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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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旅情

 海が見えてきた。


 一面に広がる青い絨毯。それは太陽光を反射することで、宝石を散りばめたかのように煌めいている。自然は時として、人間が作り得ない美を安々と創造する。


 電車の車窓という額縁を嵌めて見るそれは、人には描き得ない一枚の絵画のように鷲介の目には映った。


「綺麗……」


 誰に言うとでもなし、向かいの座席に座っていたセラフィーナがそう呟くのを聞いて、鷲介は視線をそちらに向けた。


 セラフィーナの視線は窓の外に向けられており、その大きな瞳はうっとりとして海以上に輝いている。


 この電車に乗ってから、セラフィーナのメンタル的な不調は少しマシになったのではないか。鷲介にはそう見えていた。


 今、海を見ている少女の顔に、戦闘訓練中の焦燥や強迫観念めいたものは浮かんでいない。この、様々なことに対して率直な少女が顔に出していることは概ね真実である、と鷲介は認識している。


「綺麗なのはいいが、何のために電車に乗っているか忘れるなよ。忘れられたんじゃあ意味が無い」


 二人が電車に乗っているのは、別に旅行のためというわけではない。シギルムの戦闘魔術師として与えられた任務故だ。


「わ、解ってるわよ!」


 セラフィーナは顔を赤らめながらそう言う。


 本当に分かっているのだろうか、と鷲介は思う。仕事で行くという事は分かっているが、それと同時に観光気分なのも事実なのではないか。


 そんな気分で挑むわけにはいかない。何せ、今度の仕事はただそこに行って魔術師を叩きのめせば良いという単純なものではないからだ。


「なら、今のうちに仕事の内容を確認しておこう


「分かったわよ」


 頬を小さく膨らませながら、セラフィーナは続けた。


「今回の私達の任務は、宗教団体千年宮への信者としての潜入、そしてそこに潜んでいる可能性のある魔術師の制圧。これで満足?」


 この場合の制圧とは、要するにシギルムの制御下に魔術師を置くということである。魔術師に関する情報を完全に得て説得、何かが起こった場合に備えても良いし、殺害して何かを起こせなくしてもいい。


「その通り。それにしても、千年宮か……」


 口に出して、鷲介は生肝を舐めたかのような苦味が心中に広がっていくのを感じた。


 千年宮とは、要するに新興宗教、カルトの一種である。バブル期以降に雨後の竹の子の如く生まれ、複数の大きな団体が事件を起こしたことで霧散したものたちとなんら変わることはない。


 そんな新興宗教の社会的影響力とでも言うべきものがまた強くなってきた。原因は無論、鷲介達が当事者であるあの代演機とアペルトゥスの騒動である。あれ以来、世間はオカルトに目を向けるようになった。暗闇でうじうじと増殖する虫の群れに、急に灯りが当てられたようなものだった。


 千年宮はそれらの中でも特に大きな団体の一つだ。


 三十代と思われる女性、千年上宮せんねんじょうぐう愛子あいこ――無論本名ではないだろう――を教祖とする宗教団体である。千年上宮愛子は神からのお告げを聞くことが出来、その力を僅かなりとも振るうことが出来る、と言うことになっている。


「最近ニュースとかで良く名前を聞くわね……どうしたの? そんな顔して?」


きょとんとした顔になって問うセラフィーナに、鷲介は額の皺を濃くした。


「あの手の団体は好きじゃない」


「まぁ、部外者からすればいいものじゃないわね、ああいう団体って。正直、なにするか分からないように見えるもの。まぁ偏見もあるんでしょうけど」


「そういう問題じゃない」


「……何かあったの?」


 その問いに、鷲介は視線をそらして窓の外にやることで返答とした。


「あっそ」


 それに対して、セラフィーナも半ば膨れて窓の外に視線を向けた。


「私にだって言いたくないことぐらいある」


「そう、よね。私が悪かったわ」


 そんな言葉を交わす間も、車窓に映る光景は変わらなかった。青い絨毯は寄せては返す波で姿を変え、輝きを万華鏡のように変化させつつも、総体としては変わらない。


 そんな海を眺めながら、何となく鷲介は口を開いた。


「……急に千年宮が注目を集める事になったきっかけはなんだ?」


「それはまぁ、派手なことをし始めたのが原因じゃないかしら。大した教義があるわけでも、教祖が物凄く特徴的ってわけでもないんだし」


 鷲介も、教祖である千年上宮愛子がどんな外見をしているかは知っている。どことなく狐のような細い作りの顔をした、スマートな女性だ。どちらかと言えば美人な方に入るであろうし、神秘的と言えなくもないが、話題になる程でもない。


 宗教団体としての千年宮はいい加減な存在だとしか言い様がない。教義や奉ぜられる神格、生活習慣などのディティールは様々な宗教の寄せ集めだ。母体となる思想があるわけでもなければ、全く新しい存在というわけでもない。


 そんな団体が注目されたのは、最近の奇橋な行動が原因というのは、間違いないだろう。


「お金、どれだけあったんでしょうね」


 そう言うと、セラフィーナは少しだけ身を乗り出して、窓の外、電車の進行方向へと視線を向けた。


「全くだ。無駄遣いとしか言い様がない」


 潮風を感じながら、鷲介も応じる。


 浄財と称して信者から資産を集め、千年宮は多大な財力を持つに至っていた。千年宮はその多くを使い、とあるものを購入したのだ。


 きっかけとなるのは、千年上宮愛子の託宣だった。


「世界の終わりが来る、なんて。ありきたりな終末思想にもほどがあるわ」


 千年上宮愛子は、セラフィーナの言う通りの事を宣言した。


 はっきり言って、珍しいことではない。特に、代演機とアペルトゥスの件があってからは、そんな事を言い出す個人も団体も枚挙に暇がない。


 千年上宮愛子がそれらの団体と違ったのは、それらに備えるために多大な資産を使った事だ。


「その結果、あんなものを作ってるんだから大したものとしか言い様がない」


「現実に千年宮を、なんてね」


 千年宮が買い取ったのは、巨大な人口浮島――俗に言う、メガフロートだった。


 正確には、建設途中で放棄されたメガフロートである。世界一の洋上の複合アミューズメント施設を謳って建設を開始されたものの、建設途中で資産を出していた企業の粉飾決算が発覚したのだ。


 メガフロートは途中で放棄され、撤去するにも膨大な予算がかかる都合上行政がどうすることも出来ず、競売に掛けられるが誰も購入しようとしないという有り様となった。


 そんな状態だったメガフロートを、千年宮が購入したのだ。


 メガフロートは千年宮によって建設を再開された。目的は、千年宮の聖地――いや、寧ろ、呪術的要塞とでも言うべきものを作る事だ。


 来るべき終末を耐える、新たなるノアの方舟。信じる者の救われる楽園。現実に現れい出た千年宮。


「誇大妄想が現実に出現するって、恐怖以外の何物でもないわね。そういうのは等身大ガンダムとかだけで充分じゃないかしら」


「ガンダムは関係ない」


「夢の産物って意味では似たようなものじゃないの」


 そう言われるとそうなのだろうが、一緒にするのは違うと鷲介は感じる。


「現実に出現しても、夢は夢だと理解しているのと、夢が現実になったと錯覚するのは同じじゃない」


「そう言われるとそうかもしれないわね。千年宮は、きっと何も救ってくれないわ」


 そう言って、セラフィーナは目を細めた。


 千年宮は現在、その内に収容する人間を募集している。それもまた、千年宮が注目を集めるようになった理由である。


 千年宮が受け入れているのは、元から信者だった人間に限らない。救いを求める人間、現世では救われぬ人間ならば、誰でも受け入れると、そう言っている。誰でも、というのは比喩ではない。


 浄財と称して資金を集めていた宗教団体であったにも関わらず、どんな人間でも受け入れ、ある程度生活の保証を与えようと言うわけだ。


 経済的に苦しい人間は、確かに救われるかもしれない。だが――


「そうだな」


 鷲介はセラフィーナに同意した。


 救いが個人の感覚に依存するものだとしても、千年宮に与えられる救いは偽りだ。いや、千年宮に限らない。


 それが個人的嫌悪感から生まれるものであり、理屈から出た結論でないと分かっていつつも、鷲介はそれを否定する気にはならなかった。

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