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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
EP3 王国 -Regnum-
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インストラクション

 飛んできたのは雷撃だった。


 飛んでくるのを認識してから避けていては、雷撃は回避できない。狙いを絞らせないように、上手く動き続けなければ、雷撃を食らうことになるのだ。


 故に鷲介は、雷鳴にも似たジグザグの軌道を描いて接敵を狙う。ある程度進んでは進行方向を切り返し、斜めに接近していくのだ。


 先まで鷲介が存在していた場所を、雷の矢が射抜く。それが連続した。連射速度が早い。流れるように魔術が連続する。雷の矢が地に突き刺さり、紫電として霧散する。


 ――それが、新しい術式兵装の性能か。


 そんな事を考えて、鷲介は接近しながら敵を――拳銃のように見える術式兵装を構えるセラフィーナを見た。


 セラフィーナの端正な顔は焦りで歪み、ゆで卵のように滑らかな肌を汗が伝っている。雷撃が当たらない事への疑問が、接近される事への恐怖が、そのまま表情に出ていた。


 ――当たらないのも仕方ない。


 命中しない理由は、鷲介の側からしてみたら明白だった。セラフィーナは術式兵装に振り回されている。


 銃爪を弾くことで魔術が行使されるということは、魔術行使が極端に高速化される事を意味する。セラフィーナが行使するのは、彼女が得意とする雷法、雷撃の魔術だ。


 連射速度と弾速が生み出す二重の速さを、セラフィーナは制御しきれていない。速度が有ることを利用しようと、単純に弾丸として撃ち出すだけになってしまっているのだ。


 仮に鷲介が直線的に突っ込んでくるだけならば、それでもなんとかなっただろう。しかし、鷲介は軌道を切り替え、回り込むようにして距離を詰めて行っている。不規則な回避運動を伴った接近に対応出来るほど、セラフィーナは戦闘巧者ではない。


 鷲介は地面を蹴って飛び、セラフィーナの背面後方へと一気に到達する。着地するよりも早く、鷲介は剣型の術式兵装を取り出して魔術による刃を形成。長剣の長さまで魔術が伸びる。


「もらった」


 セラフィーナは目だけで確認した。いや眼球しか動きに着いて行けなかったのだ。それでも尚、セラフィーナは闘志を失わなかった。


「そう簡単に!」


 魔剣が迫るよりも早く、セラフィーナは自らの足元に向かって術式兵装を向けた。銃爪が弾かれ、魔術が一瞬で行使される。


 セラフィーナの姿が鷲介の視界から消えた。彼女が行使したのは転移魔術だ。


 鷲介はそれを認識した瞬間、舌打ちして右に向かって飛んだ。視線は自分が先まで居た場所にある。視線の先が弾けるような音と閃光を発した。いや、違う。雷撃を受けたのだ。


 飛んできた方向は分かっている。だから鷲介はそちらに身体を向けて、走った。身体強化魔術が人ならぬ瞬発力で速度を生み出す。


 走り始めてから、その方向に居るだろうセラフィーナの顔を確認する。


 セラフィーナは口と目を輪にしていた。表情が意味しているものは驚愕、そしてそれをはるかに上回る疑問だ。


 雷撃は高速過ぎて、何処から飛来したかを判断することは不可能だ。それはつまり、セラフィーナが何処に移動したのかも鷲介には理解出来ないことを意味する。


 ――そう考えているんだろうな。


 だが、その考えが甘い、と鷲介はセラフィーナに接近しながら思う。セラフィーナはまだ驚愕から逃れられていないのか、マネキンのように動きを止めたままだ。


 セラフィーナは、明らかに戦闘の勘とでも言うべきものに欠けている。魔術師としての実力では鷲介を圧倒するセラフィーナが、鷲介に一撃を与えることすら出来ない理由がそれだ。


 転移魔法を使う際、セラフィーナは鷲介の後方へと転移した。鷲介の完全なる死角である後方に。しかし、一番大きな死角を狙う事は当然予想できる。


 あまりに狙いが素直なのだ。だから鷲介はまず横に飛んで雷撃を避けることが出来たし、そのまま追撃に移る事が出来た。


 戦闘勘の無さは、先の術式兵装を使いこなせていない点にも引っかかってくる。未来位置を予測して撃つ事が出来れば、あそこまで雷撃が命中しないということもない筈だ。


 セラフィーナがはっとした表情を見せた。こうして、戦闘中に気がそれるのもまた、セラフィーナが戦闘魔術師として不向きな証左だ。


 ――だからと言って、やめろとは言わない。


 シギルムの戦闘魔術師とはセラフィーナが自らの意思で選んで決めた立場だ。自分が口を挟むべき事ではない。そう鷲介は認識している。


 もっとも、セラフィーナの攻撃が振るわないのは戦闘勘の無さだけが原因ではない。幾らセラフィーナが戦闘者として性質的に不向きであると言っても、以前はここまでではなかったとも鷲介は思う。


 先日の事件から、セラフィーナは何か不調に陥っている。戦うという事に対して何らかの精神的疾患を抱えている。鷲介にはそう見えた。


 ――だが、手は抜かない。


 鷲介に銃口が向けられる。鷲介は前進を止めない。今度は先と違い、変則的な軌道では無く弾かれた弾丸のように殺到する。ただし、銃爪に指がかかるよりも早くその身を低くして。


 姿勢を低くしても、鷲介は接近する速度を緩めない。魔術によって強化された身体能力は、豹をも超える速度を鷲介に与えていた。


 銃口がブレる。セラフィーナが一端銃口を下げて鷲介を狙おうとして、止めたのだ。


 ――止めてどうする?


「喰らえ」


 低い姿勢のまま、鷲介は身体と腕を捻って魔剣で斬り上げる。


「させないわ!」


 セラフィーナは銃爪を弾く。瞬間的に魔術が行使された。


 セラフィーナの首元へと跳ね上がる筈だった剣先が、途中から消失していた。まるでホースから勢い良く流れ出る水が、壁にぶつかってその進路を遮られているかのように。


 狙いをつけて攻撃することを諦めて、防護魔術を行使したのだ。魔術の刀身と防護魔術はお互いを削り合い、砕かれた二つの魔術が光の粒子となって、周囲に撒き散らされた。


「これでどうよ!」


「調子に――乗るな」


 吐き捨てると、鷲介は一端魔剣の刃を消失させ、術式兵装を握りこんだ。


 拳の形になった右手で、鷲介はそのままセラフィーナに殴りかかる。


「そんな!」


 セラフィーナが驚きの声を上げる。それもその筈、裏拳で殴り上げる形になった拳の進路には、当然防護魔術が存在している。


 防護魔術による壁に、裏拳が激突する。


 鷲介は歯を食い縛った。皮膚を直接炎で炙っているかのような熱が、傷口に刃物を突き立てて抉るかのような痛みが走る。


 悲鳴か絶叫か分からない声が出そうになるのを無理やり飲み込む。無視しろ、痛みを無視するんだ。


 痛みが、末端部や腕へと伝達した。いや、末端部に関してはしたであろうと言うのが正確だ。とうに感覚は消え失せている。


 未だ感覚が残っている――つまり激痛が走る指を動かして術式兵装を回して持ち替えた。鷲介の拳はセラフィーナの喉元近くにまで迫っていた。


 魔術が行使される。


 魔剣の刃は一瞬で展開され、今にもセラフィーナの首を刎ねんという形で停止した。セラフィーナの額を冷や汗が流れる。


「私の、勝ちだ」


 声を震わせながらそう言うと、鷲介は後方へと倒れこんだ。


 からん、と軽い音が響く。握力が失せて、保持していられなくなった術式兵装が地に落ちたのだ。それもその筈、鷲介は右手が燃えているのではないかという感覚を味わっている。


「訓練でなにやってるのよ!」


 セラフィーナが防護魔術の行使を止めて、鷲介に駆け寄ってきた。その顔は、異様に青ざめていた。


 ここは内藤古書堂の地下。初めにセラフィーナとあの男が転移してきた場所だ。これといって何かが有るわけではないが、広さだけは十分にあるその空間で、鷲介とセラフィーナは戦闘訓練をしていた。


「結局、すぐに、治るんだ。問題ない」


 息も絶え絶えに鷲介はそう言いながら、膝を着いたセラフィーナの手の前に右手を出した。手首から先は皮膚が付いている部分が存在せず、くっついている指は三本だけ、殆ど骨付き肉のような有り様になっていた。


「だからって、そんな――」


 真っ青な顔でそう言い募るセラフィーナ、その目の間で鷲介の手が修復していく。消え失せた骨が伸び、その骨の周囲に毛細血管が立体モデルのように纏わり付く。骨と血管の隙間を肉が埋め、皮膚が完成した手指をパッケージングした。


 魔術師の再生能力は、異様と言っていいものだ。脳髄さえ無事ならば、大抵の傷は再生することが出来るし、そうそう死ぬこともない。


 完成した手指で二度三度石とひらを作って動作を確認してから、鷲介は上体を起こした。痛みはもう消えていた。


「ほら、戻った。問題ない」


「そういう事じゃないのよ、そういう事じゃ……」


 顔から血の気を引かせたままのセラフィーナはヒステリックささえ携えていた。


 ――何かあったのか?


 そう問おうとして、出来なかった。 


 正確にはずっと出来ないでいた。


 セラフィーナは戦おうとしていた。それも、自分を襲っている何かとだ。この戦闘訓練も、セラフィーナが言い出した事である以上、その戦いに必要なものなのなのだろう。


 先の戦いで助けられた時、鷲介はセラフィーナの手を取った。あれは決して、理屈からの行動ではなかった。


 セラフィーナを助ける事は正しい事だからなどという、小賢しい考えからではなかった。


 正しいことをすれば、自分もいつか救われる。セラフィーナは自分を救う道標となってくれる。


 そんな考えの先に、あの行動はあったわけではなかった。


 なのにセラフィーナの手を取った。取ってしまった。取ってしまった以上は、彼女の力になりたいが――


 ――どうすべきか、判断に困る。


 鷲介と同様に、セラフィーナも口を閉ざしてしまった。二人の沈黙が、空気をかぼちゃのポタージュのように粘性の強いものへと変化させていく。


「二人共ー、仕事の連絡が来てるから上がってきな―」


 天井――内藤古書堂から響いてきた有羅の声で、二人共はっと気付いた。


「戻るか」


「ええ、そうね」


 そう言うと、二人はのっそりと立ち上がる。何か拾いきれない物を残したまま。

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