圧倒
「ふむ、どうやらあちらの方も片付いたようだね」
そう言ったサイモンの足元には、《トランスアーム》二体分の残骸が転がっていた。
サイモンが見ているのは、内側の異界だった。
内側の異界では《グラディウス》と《マギアレクス》が、つい先刻まで戦闘を続けていた。しかし今は双方動きを止めている。
その原因は《マギアレクス》にあった。
攻撃を仕掛けようとする姿勢で停止した《マギアレクス》が、足元から光の粒子となって粉雪が溶けるように消失しているのだ。
この《マギアレクス》は代演機ではなく、異界の一部である。それ故に、内側の異界が崩壊することによって、その姿を維持出来なくなっているのだ。
「しかしまぁ、なんだね。動かすことは兎も角、使いこなせては居ないようだね」
サイモンは苦笑する。
腰掛けるように倒れた《グラディウス》。その術式兵装であるフツヌシは、斬断魔術を光として垂れ流していた。
フツヌシを動かすことは出来ているが、制御できているとはとても言えない。それでも破壊力自体は十分にある。
「相手が悪かったかな、彼のメンタル的に」
そう言って、今度は消えつつ有る《マギアレクス》へと視線を向ける。
所詮は紛い物、代演機ですらない代物だ。本物の《マギアレクス》には遠く及ばない戦闘能力でしか無いだろう。
真っ当にぶつかれば、代演機である《グラディウス》が負けることはない。
それでもなお《グラディウス》が、そしてその操手である黒神鷲介が苦戦を強いられたのは、鷲介のメンタル的な問題以外に理由はない。
「まぁ、ソッチの方は今のところどうでもいいかな。私にはどうしようもないことだしね」
次にサイモンが目を向けたのは、自らが破壊した機械――《トランスアーム》の残骸だ。
この術式兵装には多少興味があった。技術的には、はっきり言って大したものではないとサイモンは認識している。サイモン自身が手を掛ければ、もっと高性能な術式兵装として完成させることが出来るだろう。
しかし、この術式兵装を生み出した発想は、普通の魔術師には存在しないはずのそれだ。
――何処かで盗まれたのかな、私のデータが。
その可能性は高いと、サイモンは考える。
他に同系統の研究を進めている人間が居ない以上、当然の事だ。
或いは――
――普通に持ちだされた可能性も無くはないか。だとすれば、そっちの方が不味いなぁ。
盗みだしたものが居ないのであれば、持ちだしたものが居ることになる。それは即ち、シギルムの内部、それもそれなりの地位を持つものの中に裏切り者が居ることを意味している。
――まぁ、有りそうな話ではあるけどね。
そうでもなければ、アペルトゥスなどという規模の組織を作ることは不可能だ。準備段階で、シギルムが潰している。
もしも裏切り者が居るのだとすれば、組織の隠匿も不可能ではないだろう。人材を集めることも、容易い。
獅子身中の虫――
「いや、虫で済めば良いんだけどね。本当さ」
仮に裏切り者が、サイモンと同列である十戒の中に居たとしたら。その面子、人数、そしてタイミング次第でシギルムの崩壊は十分に有り得る。
――流石に崩壊されたら困るかなぁ。そうでもないかなぁ。
シギルムから得られる研究環境と潤沢な資金は魅力的だ。シギルムなら、それの実戦運用データを得ることも容易い。
それらが消えるのは、サイモンにとっては多少不便だ。
――技術開発だけなら必要不可欠ってわけじゃないだろうけど、やっぱり実働データは魅力だからなぁ。
「やっぱりちゃんとシギルムのために仕事しないと駄目だな、これは」
もっとも――
「今回の仕事は、もう終わったようなものだけれどもね」
そう言って、サイモンは髭を撫ぜた。