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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep2 恐怖 -Metus-
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魔術蒐集機械

 ハンドブルームから行使された雷撃による閃光が収まった後。セラフィーナはそれの姿を見ることになった。


「これは一体……」


 セラフィーナが目にしているのは、、ほぼ同時刻にサイモンが腕力でひっくり返した魔術兵装――《トランスアーム》だった。


 四本の脚と二本の大きく太い腕を持つ大型魔術兵装は、完全にセラフィーナの魔術を防ぎきっていた。魔術兵装には操縦席が着いており、そこにはさきの魔術師が乗り込んでいる。


 ――今の間に、乗り込んだって言うわけね。


 流石に、侮っていい相手ではない。セラフィーナは気を引き締めた。分かっている、自分はシギルムの戦闘魔術師で、代演機の操手であるが、新人でもあるのだ。


 直ぐ様、《トランスアーム》はその腕を振るってくる。その太さと重さは、大木がそのまま襲いかかってくるようなものだった。


「このっ!」


 対応して、セラフィーナは右の掌を突き出した。


 金属同士が衝突する、鐘を点くような轟音が鳴り響いた。


「それが何かは知らないけれど、その大きさが相手なら、私も切り札を使わせてもらうわ」


 セラフィーナの目の前には、輝く魔法陣を纏った巨大な腕が存在しており、それが《トランスアーム》の腕を受け止めていた。


「慣らしが済んだばかりで悪いけど……初陣よ《コレクティオ》!」


 まるで巣から這いずり出る蛇のように、青い腕は魔法陣から姿を現していく。受け止められた《トランスアーム》はそのまま地面を引きずるように削り取りながら、青い腕によって押し出されて行く。


 轟音。


 押し出された《トランスアーム》がその背をビルに叩きつけられた時には、青い腕はその全身を露わにしていた。


 巨大な魔術兵装である《トランスアーム》よりもなお巨大な機体。複数の術式兵装を装備した、青い代演機――《コレクティオ》。


「《コレクティオ》トリガーオープン!」


 叫びながら、セラフィーナは跳躍し《コレクティオ》のコクピットへと乗り込んだ。


 コクピット内部で、セラフィーナはアームレスト先端の球体に腕を突っ込む。《コレクティオ》の電脳とセラフィーナの脳が接続され、セラフィーナの認識が肥大化する。


 電脳への接続によって、《コレクティオ》に装備された全ての術式兵装をセラフィーナは認識する。効果も系統も様々だが、セラフィーナなら問題なく使いこなせる。


 ――問題はむしろ、やり過ぎることのほうね。


 いくら大型の魔術兵装が相手とはいえ、代演機の敵ではない。だが、それ故にやり過ぎる可能性はある。代演機は強力過ぎる術式兵装なのだ。


 情報収集のためにも、この魔術師は必ず生きて捕らえなければならない。いや、ある程度中枢神経系が残ってさえいれば、死者尋問が可能である以上、情報収集のためには魔術師の生存は必要ではない。


 しかし、そんな事になるのは避ける。いや、そんなことにはそもそもならない筈だ。


 人が死ぬことは間違っていることだ。そして、自分がしようとしているのは正しいことだ。囚われた鷲介を助けようという、正しいこと。だから、そんな間違ったこと、悪いことにはなる筈がない。


 抑えつけられた《トランスアーム》は、両腕から棒のような何かが突き出してきた。それは棒ではなく、先端に穴の空いた銃口だった。


 ――撃ってくるつもりね。


 だが、ただの銃弾程度で代演機を落とせるはずもない。セラフィーナは即座に《コレクティオ》に搭載された術式兵装の一つを起動させる。


「ストーリーサークル!」


 《コレクティオ》の両腕に搭載された、車輪のような形状をした術式兵装が回転しながら光の粒子を放つ。それは《コレクティオ》と《トランスアーム》の丁度中間地点に結集し、光の魔法陣となった。


 その魔法陣に向かって、《トランスアーム》が銃弾を吐き出す。豪雨のような勢いで銃弾が襲い掛かり、閃光と轟音と硝煙がそれを彩った。


 しかし、そんな銃弾の嵐は、一発たりとて《コレクティオ》本体には到達しなかった。二機の間に展開された、光の魔法陣が、銃弾を全て横へと弾き飛ばしているのだ。そらされた弾丸はビルをヤスリがけするように削り取った。


 《コレクティオ》の両腕に装備された術式兵装・ストーリーサークルは防護用の魔法陣を展開する事が出来る。この術式兵装が優れている点は、ただ高速で防護魔術が展開可能という点だけではない。ストーリーサークルが作り出した防護用の魔法陣は、攻撃に反応して自動的に変容し、その効用を変える。つまり、行使する魔術の相性で防護をすり抜けることが極端に困難なのだ。


 だが――


 ――何というか、この魔術兵装はそういう問題じゃ無さそうね。


 吐出される銃弾の速度も数も、異常ではある。しかし、その銃弾自体はただの銃弾だった。ハンドブルームのように、銃型の術式兵装によって魔術を行使しているわけではない。


 違和感を、セラフィーナは覚える。それはセラフィーナだけでなく、この魔術兵装と対峙した魔術師ならば全てが覚えるであろう違和感だった。


 魔術師ならば、魔術による攻撃を考える筈だ。しかし、この銃弾は速度と質量だけ――つまり、物理的破壊力と貫通力だけを狙いとして攻撃を仕掛けてきている。


 この攻撃に魔術を全く行使していないわけではないだろう。魔術無しで撃っているにしては、連射速度がおかしい。魔術も使わずにこのレベルの連射速度で銃撃を続けては、銃身の冷却や、銃弾の補給が不可能になる筈だからだ。


 つまり、この魔術兵装は、魔術を用いて物理攻撃を仕掛けてきている。


 ――異質な発想というか、気持ち悪いわね……


 代演機を始めとして、シギルムの術式兵装は魔術師が魔術を行使することを、機械を使って補助することを目的としている。呪具アーティファクトとは、本来そういうものである。


 しかしこの魔術兵装は、先からその逆をやっている。魔術によって機械を効率よく動作させる、魔術によって物理的な攻撃を仕掛ける。


 ――魔術師を倒すことに徹している、ということかしら?


 セラフィーナもまた、サイモンと同じ回答へと辿り着いた。


 一般人や鍛えた人間が使う銃器なら、魔術師――特に戦闘魔術師には何の問題にもならない。しかし、魔術師の事を知り、戦闘速度や耐久力が高い魔術師が撃つのなら、話は違ってくる。


 これは魔術師を倒すため、シギルムを潰すための力という事なのだろう。


 そんなことを考えた時だった。急に、《トランスアーム》の動きが変わったのは。脚部のうち、接地していない二本が持ち上がり《コレクティオ》へと向けられた。


「何をするつもり!」


 ストーリーサークルの防護魔術は、まだ有効だ。とは言え、新たな攻撃が物理的なものだけとは限らない。何かの手段でストーリーサークルの魔法陣を破ってくる可能性も無いとは言い切れない。


 《トランスアーム》の脚部が発光する。


 ガスバーナーのような轟音とともに、するりと滑り落ちるようにして《トランスアーム》が《コレクティオ》の手から消えた。遅れて、重い破砕音が響く。


「く……!」


 瓦礫が弾け飛んでくるが、その全てを《コレクティオ》の防護魔術が再度弾き飛ばす。


 《トランスアーム》は、脚部のスラスターを《コレクティオ》に向け、ビルを突き抜けるようにして後方へと飛んだのだ。大穴を開けられたビルが、上から押し潰されたのかのように崩れて行く。


 そのまま、地上を滑るようにしてビルの合間を縫い、《トランスアーム》は後方へと飛ぶ。代演機を出されたことで、撃退と異界の維持から逃走へと目的をシフトしたのだろう。


「逃すわけがないでしょう!」


 セラフィーナはまた術式兵装を起動する。


 起動したのは両脚部側面、ボックス形の術式兵装だった。そこから光が《トランスアーム》を超える速度で伸びていき、《トランスアーム》の脚部へ絡みつく。


 絡みついた光は、その姿を氷へと変容させた。ただの氷ではない。停止と沈黙を意味する、魔術の氷である。


 術式兵装・アイシィ。それは相手を魔術的に凍らせ、捕縛する術式兵装である。


 《トランスアーム》は絡みつく氷を破壊せんと、そこに自らの銃口を向けた。弾丸の豪雨が、氷へと襲い掛かる。


 しかし、その程度ではアイシィの氷を砕くことは出来ない。


「いい加減、諦めたらどうかしら」


 《トランスアーム》のそんな行動を確認すると、《コレクティオ》を歩ませた。ゆったりと、それでいて重みのある歩み。一歩毎に異界が揺れ、軋みが音となる。


 あえて、余裕を見せつける。それぐらいでなくてはシギルムの戦闘魔術師は務まらないとセラフィーナは考える。


 ――圧倒的な実力差を見せつけてあげる。


 そうしてシギルムへ抵抗する意志を削いでいく。それが一番良い。


 《トランスアーム》の胴体部が展開し、中から箱状のユニットが出てくる。


「み、ミサイル?」


 それを見て、流石のセラフィーナも動揺を見せた。


 箱状のユニットはミサイルを満載したミサイルランチャーだったのだ。


 その全てが一度に発射された。


 立木のように生えるビルを全て避けながら、噴煙の糸を引くミサイルの群れは《コレクティオ》へと迫る。


「だったら、全部撃ち落としてあげるだけよ!」


 そう言うと、セラフィーナは複数の術式兵装を起動させた。


 術式兵装・ライトニングボルト――両肩横の大砲型術式兵装が持ち上がり、前を向いた砲口が雷光を生む。


 術式兵装・ボールライトニング――胸部の術式兵装に付いたカバーが開き、露出した兵装が火球を生む。


「ライトニングボルト! ボールライトニング!」


 セラフィーナが叫ぶと同時に、二つの術式兵装から魔術が行使された。


 ライトニングボルトが産んだ雷撃は、根のように枝分かれして《トランスアーム》が発射した全てのミサイルへと空中を引き裂くような音を立てて疾走する。


 ボールライトニングの火球は回転しながらその火勢を増し前方へと発射。《コレクティオ》前面へと迫っていたミサイルを飲み込んでいく。雷によって迎撃されたミサイルが、炎の花を無数に咲かせた。


 火球はそのまま正面のビルを貫通し、粉砕する。阻む者の無くなった火球の進行ルート上には、《トランスアーム》の姿があった。

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