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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep2 恐怖 -Metus-
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五行相生

 風を切って、セラフィーナは走る。魔術による身体強化が入っているため、人間の限界を超えた速度で走り続けても息を切らす事も汗をかく事もない。


 そんな速度で走り続けながら、セラフィーナは内側の異界内部へと視線を向けた。そこでは《グラディウス》と《マギアレクス》の戦闘が続いている。


 ――何故あそこまで苦戦をしているの……


 二機の戦いを見て、セラフィーナはどうしてもそう思わざるを得なかった。《マギアレクス》は本物に類似する攻撃を仕掛けてきている。しかし、その精度も密度も威力も明らかに本物とは違う。劣っている。


 《グラディウス》なら――鷲介なら、打倒はそれほど苦労しないようにセラフィーナには思える。だというのに、《グラディウス》は《マギアレクス》に異様に苦戦している。


 一合一合、魔術と剣撃を交わす度に、《グラディウス》は《マギアレクス》に押されていくようだった。表層的には《グラディウス》が押しているように見える事もある。しかし、その後の返しでその倍押し返される。


 魔術や物理的な攻撃を受けて押されているわけではない。むしろ自分から下がっている結果、押されている、とでもいった様子だ。


 セラフィーナは歯噛みした。


 何故、そんな事になっているのか。今もまた《グラディウス》が斬撃を繰り出すが、マギアレクスが重力制御による、まるでそのままスライドするかのようなモーションも何もない移動によって回避されている。空回ってしまっている。


 あの時――《ルベル》との戦闘で鷲介が見せた実力は、絶対に紛い物では有り得なかった。だというのに、あんなにも苦戦している。


 自分自身が屈辱を受けているかのような苦味、悔しさが胸の内に広がっていく。


 ――そんなのじゃあないでしょう、あなたは。


 ――あなたはもっと、強い人でしょう?


 苛立ちを滲ませながら駆けて行くセラフィーナが、そんな事を考えた時だ。前方にそれを見つけたのは。


 それは、巨大な機械だった。一見すると、人が乗り込む部分と思しき面にガラスが張ってあったり、設置部分に車輪があったりするため、自動車や建設機械のようにも見える。しかし、それにしてはあまりに大きい。五階建ての家屋よりも背が高いのだ。


 その前には一人の人間が立っていた。


 全身を包むような白いローブの所為で、年齢はおろか性別も良く分からない。しかし、この人間が魔術師である事は疑いようがないだろう。


 この魔術師が用いているのならば、あの機械の用途も想像がつく。それはこの大規模異界を構成、或いは維持するための呪具アーティファクトなのだ。


 ――アレを破壊し、魔術師を倒す。


 それが、鷲介を開放する事に繋がる筈だ。魔術師の方は、生かして捕らえる。そうすれば、情報を得ることが出来るかもしれない。


 ――先手必勝!


 走り込みながら、ゴードンに渡された銃型の術式兵装――ハンドブルームを抜き撃った。


 魔術を用いて、内部に搭載されたカードにアクセスする。選択したのは、以前から愛用している雷法の呪札だ。


 ローブを着た魔術師が、こちらに気付いた。驚いたような動きで顔をこちらに向ける。その顔には仮面が張り付いていた。


 魔術師が何か行動を起こすよりも、セラフィーナが銃爪を弾く方が早い。ブルームハンドルから魔術が行使される。


 銃口から、紫電が迸った。文字通り雷の速さで、横に落ちる稲妻のように轟音を立てながら魔術師に雷鳴が走る。


 しかし、それは魔術師に当たる寸前で蜘蛛の子を散らすようにして、爆発音にも似た音を立てて霧散した。防護魔術である。


 ――なら、連携を叩きこむだけよ!


 銃爪を引く。連射。様々な魔術が連続で行使される。


 道教の雷法。密教の火天アグニ帰名。風水による地形変化の土槍。錬金術による投剣の創造――


 連続した四撃は全てが弾かれる。雷撃が四方八方に散らされ、それを炎が飲み込み、土が砂の粒子となり、飛んでいった全ての刀剣が折砕かれた。


 魔術師はその全てを弾くために、両腕を前に翳し、呪符を投げ付けていた。つまり――その場に釘付けにされていた。


 セラフィーナは両足を止めて、音と土煙を立てて姿勢と速度を落とす。自らの体が止まる瞬間に、セラフィーナは両腕でハンドブルームを構えて、銃爪を引いた。


「北天より来たれ――」


 五発目の魔術が行使される。


 術式兵装の銃口から、光が飛び出す。それは線となって、蛇のように空間をのたくりながら一つの図形を創り出した。


 それは碁盤目状の図を、四匹の動物が取り囲んでいる図だ。


 上に蛇の尾を持つ亀――玄武。


 左に白い虎――白虎。


 下に極彩色の羽を持つ紅の鳥――朱雀。


 右に青き東洋龍――青龍。


 即ち四神相応の図である。


 その中の一匹、玄武が図から飛び出した。まるで堰を破壊して流れだす大水のように、図から立体物へと変遷し、壮絶な勢いでそれは魔術師に殺到する。事実、玄武はその実像を黒い水で構成していた。


「北方玄武よ!」


 魔術師の寸前まで、玄武はあっという間に到達した。防護魔術が立ち塞がるが、四撃の魔術で疲弊していたそれに、玄武を止める力は無い。玄武の突撃に、防護魔術は障子紙のように容易く引き裂かれる。


 セラフィーナはただ、足止めのために四種の魔術を行使したわけではない。


 雷は木気。火炎は火気。土槍は土気。刀剣は金気。


 五行相生の理により、木は火を生み、火は土を生み、土は金を生む。弾かれた魔術の余波は、次の魔術に飲み込まれて力となっていたのだ。


 そして四神が一、北方玄武が司るのは、水気。


 金生水の理により、玄武は最後の金気を、そして今までの四撃の魔術全ての力を飲み込んで強化されていた。


 行使できる魔術の幅が広く、その理解度も深いセラフィーナが、魔術を連続で行使出来るハンドブルームを全力で使った結果だ。速度が、魔術の密度を上げる。


 玄武は大口を開け、魔術師に襲いかかる。そのまま一飲みにせんとした、その瞬間だった。


 玄武の姿が大きくブレて、顎の動きが止まった。まるで、何かに引っかかったかのように。実際、引っかかっているのだ。物理的にではなく魔術的に。


 何に引っかかったのか。それをセラフィーナは一瞬で看破する。


「随分と良い物を着せてもらったみたいね」


 魔術師は何も答えない。


 セラフィーナの視線は、魔術師のローブに向けられている。魔術師のローブは、まるで内側に電線でも仕込んでいるかのように、あちらこちらから紫電のような光を弾けさせていた。


 あのローブは呪具アーティファクトだ。防護魔術を行使する呪符を内側に織り込みでもしているのか。あるいは、あのローブは見た目に反して機械じかけのパワードスーツで、術式兵装を仕込んでいるのか。


 どちらにしろ、それは有限だ。ローブは物理的に存在している。それが限界に繋がる。


「ふ――ぬん!」


 魔術師が気合と共に、腕を振るう。すると、ローブがひときわ大きな光を放ち、玄武が水滴となって霧散した。


「調子に乗らないで!」


 それが完全に消えるよりも早く、セラフィーナは銃爪を三度引いた。今度は、全て同じ魔術。最速を誇る雷法の雷撃が、魔術師に殺到する。


 魔術師の反応よりも、玄武の水滴――即ち水気――を抜けて雷撃――即ち木気――が到達する方が早い。


 集弾はしない。正確には、集弾出来るほどセラフィーナは銃に精通していない。魔術師の両肩と胴体を、雷撃が射抜いた。


 雷撃によって、火花を散らしながら魔術師が吹き飛ぶ。そのまま膜――異界を隔てる壁に、磔刑にされるかのように激突した。


「ごふっ……」


 喉から呼気を漏らす魔術師を見て、セラフィーナは相手と自分の実力差を確信する。相手の魔術師は、こちらへの攻撃や牽制を挟んで来ることすらしなかった。いや、恐らくは出来なかった。


 ――これなら、情報を吐かせることは出来そうね。


 セラフィーナは立ち上がると、ハンドブルームの銃口を魔術師に向けたままゆっくりと歩き出した。歩みで脅迫するように。


「さて、結果は出たわね。おとなしくしてくれるなら、これ以上痛い目を見せないで済むのだけれど」


 魔術師はよろよろと立ち上がりながら、それを受けた。


「断る」


「なら、痛い目を見せてあげる」


「やって、見せろ!」


 そう言うと、魔術師は片腕を振り上げた。何かに合図するかのように。


「っ……!」


 いけない。そう、セラフィーナは確信する。この相手は、何かまだ隠し持っている。圧倒的な実力差を埋め得る何かを。


 慌ててセラフィーナは銃爪を引く。


 しかし、遅い。魔術師としては兎も角、戦闘者としては未熟なセラフィーナでは、思考を行動が追い越す事はない。考えてから行動を起こす。故に、遅れる。故に、慌てる。


 雷撃が迸るよりも早く、異変は起こった。近くにあった巨大な機械がまるでバッタのように飛び跳ねたのだ。


 着地地点はセラフィーナと魔術師の間。当然、雷撃を受け止める。


 機械に激突した雷撃は爆発的な閃光となって、炸裂音とともに周囲に発散された。


「く……」


 一時的にセラフィーナの視界が奪われる――

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