ハンドブルーム
《グラディウス》の双眼が光を放つ。それは、《グラディウス》が起動した証である。
「鷲介が《グラディウス》を起動させたのね」
その様を、セラフィーナ達は魔術工房から見ていた。代演機を鷲介が起動させたという事は、鷲介が戦闘を行なっていることを意味する。それも、代演機を使用しなければならないような相手とである。
――一体何してるのよ、鷲介……
焦燥感が、セラフィーナの胸を毟る。
鷲介の戦闘魔術師としての実力を、セラフィーナは理解している。強いことには違いがないが、上の実力を持った人間は幾らでも居る。敗北する可能性は、ある。
――私達が行くまで、死なないでよ。
《グラディウス》の周囲に、魔法陣が展開される。それはあのとき暁人が展開したものと同じ、大規模転送魔術に用いるものだ。
つまり、鷲介は《グラディウス》を自らの元に呼び寄せようとしている。代演機そのものが必要となる相手など、早々は居ない。つまり、鷲介は早々は居ない相手と戦っていると言う事だ。
「行くわ」
魔法陣に巻き込まれれば、鷲介の元へ行くことが出来る。そうしようとして身を乗り出したセラフィーナは、後ろから肩を掴まれた。
「止める積り!?」
噛み付くように勢い良く振り向いた先には、手をかけるサイモンの姿があった。サングラスで隠れた目から表情を窺うことは出来ないが、口元は笑みの形を作っている。
「無論、そのつもりさ」
「なんでよ!?」
「落ち着けよ、お嬢。サイモンの旦那だって、何の考えもなくそんな事をするわけがねぇだろう」
興奮するセラフィーナにゴードンが声をかける。
「その通り、まぁ私にいい考えがある、という奴さ。少しばかり待つといい」
「一体何があるっていうのよ! そんなことしてる間に、鷲介がやられるかもしれないのよ!」
何故、こんな単純な事を理解してくれないのだ、とセラフィーナは苛立つ。それとも、鷲介がどうなっても構わないというのだろうか。
「魔術師が異界に囚われているんだ。それを甘く見ちゃあいけない。無策に後を追っても、自分もその異界に取り込まれるだけだね。だから、対処はしっかりしなくちゃいけない」
「だったら、どうすれば!」
「慌てることはないさ。《グラディウス》には私の目がもう張り付いている」
「目?」
セラフィーナの問いに、サイモンはその笑みを深くした。
「私は独自開発の術式兵装を幾つか持っていてね。そのうちの一つ――のようなもの事さ」
「ようなもの……」
言葉は濁したが、なるほど、とセラフィーナは思っていた。サイモンは戦闘魔術師である以上に、技術者である。そんなサイモンならば、特殊な術式兵装の一つや二つ持っていてもおかしくはない。
――だったら、大丈夫。
そう理解しては居ても、セラフィーナの気は逸る。広がっていく魔法陣を見詰めながら、思わず手を握ったり開いたりし続けてしまっている。
「嬢ちゃん、あんまり焦るなよ」
「分かってる、分かってるわ……」
ゴードンに向かってそう気忙しく返したセラフィーナの行動は変わっていない。そんなセラフィーナを見て、ゴードンは苦笑した。
「全然分かってねぇじゃねぇか。なんだいなんだい、その小僧の事がそんなに気に入ったのか」
「ほほう。中々興味深い」
「そ、そういうのじゃないのよ!」
「慌てる所が」
「余計に怪しい、という所だね」
「ま、真面目にやって! 今鷲介はどうなってるか分からないのよ!」
二人に詰め寄られて、セラフィーナは顔を真っ赤にしながら声を上げた。
セラフィーナにとって、鷲介の存在は未だによく分からない。だが、軽く見ても居ない。鷲介には、あの時助けてもらった。
――あの借りは返しておきたいわ。
助けてもらったままにはしておきたくない。そういう借りが有る内は、対等の関係ではないようにセラフィーナには思えるからだ。
実力ではなく、精神性の上で、鷲介の隣に立ちたい。戦闘魔術師としては、自分のほうが先達なのだからという気持ちもある。だが、それだけではないとも思っている。
セラフィーナがそんな事を考えていた時だった。《グラディウス》の姿が、魔術工房から消失した。転送魔術が行使されたのだ。
「……消えたわね」
「目はきっちり着いて行っている。安心し給え」
「で、実際目っていうのは何なんだ、サイモンの旦那?」
ゴードンの問いに、サイモンは笑って答える。
「だから、私が有する、情報収集端末型の術式兵装――のようなものだよ」
「ようなもの……」
二度もそこで言葉を濁す理由は何だ、とセラフィーナは眉間に皺を寄せながら考えてしまう。実際は、もっと奇妙なものなのかもしれない。簡単には口に出したくないようなレベルで。
――そうだとしても、私に何も言うことはないわ。
サイモンがその一人として数えられているシギルムの十戒は、ある意味でシギルムそのものと言っていい。
魔術師の法に於いて、人の上に立つ条件は年齢でも経歴でもなく、魔術師としての技量、そして位階――即ち実力である。シギルムの十戒は、その両方が他の構成員とは隔絶している。故に、一人一人がシギルムという魔術結社の法と言えるほどの特権を持っている。
「ふむふむ、どうやら突っ込まなかったのは正解だったみたいだ」
「どういう事なんです?」
サイモンの呟きに、セラフィーナはそう問う。
「しっかりと罠が仕掛けられていると言う事さ。しかしこれで対処法は分かったし、異界の場所も分かった。あとは突入するだけだね」
「なら早速!」
「おっと待った、嬢ちゃん」
「え、あ、お……」
身を前に大きく乗り出していたセラフィーナは、ゴードンの声につんのめりそうになった。体勢を戻しながら、セラフィーナはゴードンに向き直る。
「なんなの!? 今度こそ急がなくちゃいけないのに!?」
「戦いに行くなら、これを持って行きな」
ゴードンはそう言って、何かをセラフィーナに向かって放った。放られたそれは、回転しながら弧を描いてセラフィーナが作った手の椀に収まった。
「拳銃……型の術式兵装?」
金属の重さと冷たさを備えたそれは、拳銃のような形をしていた。しかし、一般的にイメージされる拳銃に比べると銃把がやや細く、銃爪の全部に大型の部品――弾倉にしても大きめの部品が備え付けられている。
「ハンドブルームって言ってな、術符使いの嬢ちゃん向けの試作型術式兵装だ。銃爪の前にある部分がデッキケースになってて、そこに術符を収められるようになってる」
その話を聞いて、セラフィーナが拳銃――ハンドブルームの銃爪前にある部位を弄ると、その部分の機構が作動して、内部からカードが入れられそうなスペースが、自動拳銃の弾倉のように引き出された。
「なるほど……」
「銃爪を引けば、そこにセットされた術符から術者が望んだ物を作動できる。袖から抜き打つよりは、大分使い勝手が良いはずだぜ」
「有り難く使わせてもらうわ」
「まだ試作品だから、後で使用感のレポートなんかくれると有難いかな」
そう言ったのは、ゴードンではなくサイモンである。
「教授に?」
「ハンドブルームの基礎設計はサイモンの旦那がやってるからな」
「まぁ、さらっとやっただけで、実際に手を動かしたのはゴードン君だが」
そんな二人のやり取りを聞きながら、セラフィーナは所持している術符の束を、ケース部分にセットした。左手で下から弾倉部分を叩き上げるように打つと、それは元の位置に綺麗に戻っていた。
「分かりました。それじゃあ、今度こそ行きましょう!」
「うむ、久々の実戦と行こうか」
そう言うと、セラフィーナとサイモン、二人の魔術師は戦闘魔術師の証である黒いロングコートを翻して歩き出した。