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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
4/80

襲撃者 二

 浮き足立つ、という言葉そのままの光景だった。


 野球が出来そうな程に広く、非常に高い天井――いや、天井は肉眼では確認出来ない――を持つ空間を、白衣や作業服を着た男達が慌てふためいて逃げ惑っている。バックアップの無い資料、研究データをかき集めるもの、身一つで逃げ出すもの。


 そんな中で一人、微動だにしない少女が居た。


 シャツにミニスカート、その上から黒いロングコートを羽織っている。背まで垂れるつややかな髪は白金色プラチナ。整った眉も、切れ長の髪と同じ色の目も、今は険しく歪んでいる。


 ――当然といえば当然ね。


 思考しながら、少女は美しい――本人としてはちょっとした自慢でも有る――髪を流す。


 ここ、シギルム第五魔術工房は、ただの研究施設だ。造っているものの関係上、戦闘要員である魔術師は、少女も含めて数人在籍してはいるが、十分に防護対策が練られているとはいえない。場所と、入る方法を秘すことで安全を守っている。


 そしてその僅かな戦闘魔術師も、出動してから連絡がない。その上、敵の目的が分からないとくれば、研究職に出来る事は、データを奪われないように持って逃げるくらいだろう、と少女は考える。


 連絡がない四人は無事なのだろうか、と少女は細い眉を潜める。


 指揮官のルーカスは、とかく腕が立つ。大抵の相手――逆恨みで襲ってきた、魔術師崩れ程度なら、彼一人で住んでしまうだろう。


 オージとセドリックの連携は、一度捕まったが最後、脱出困難。単純なガンド撃ちによる連携だが、それゆえにシンプルな強力さを持っている。


 エドワードは臆病だが、多くの戦いで一人生き残ってきた。逃げ延び、情報を持ち帰ることに関しては一流と言っていい。


 ――全く連絡がないということは、侵入者が有るという事自体が間違いだったか。もしかして――


 戦闘魔術師であっても、少女である。嫌な想像を、目を固く結び、頭と髪を振って吹き払う。


「ったく、慌てやがって」


 後ろから声をかけられて、少女は振り向いた。そこに立っているのは、少女より大分背の高い男性だ。プロレスラーのように大柄な肉体が作業着を内側から圧迫しており、腕も指も唇も眉も太い。しかし、印象としては威圧感よりも愛嬌が先に立つ、熊のような男だった。そんな男が、険のある表情を浮かべ、腕を組んで立っていた。


「ゴードンさん」


 おう、と手を上げながら、男――ゴードンは応ずる。上げた手の指は、ところどころひび割れたり、カサついていたりする。錬金術に用いる薬品を、規定に違反して素手で扱うためだ。手袋で感覚が狂うのが嫌だ――と、少女には言っていた。


「あたふたしてるんじゃねぇってんだ。魔術師なのに肝が座ってねぇ。精神鍛錬は基礎中の基礎だろうがよ」


「研究職だもの、仕方ないわ。ルーカス達からの連絡がないのも事実だし――ゴードンさんも逃げたほうがいいと思うわよ、私としてはね」


 ゴードンの戦闘能力は、研究職としては悪くない、程度のものでしか無い。少女からしてみると、逃げてもらったほうが有難い。


「こいつらを置いて、逃げるわけにゃ行かねぇだろ、嬢ちゃん」


「嬢ちゃんじゃなくて、セラフィーナです。いい加減に覚えてください、ゴードンさん」


「おっと、悪かったな、嬢ちゃん」


 口を尖らせるセラフィーナを見て、ゴードンはにやりと笑う。それから、視線を横に、上に向ける。少女――セラフィーナもまた、視線を同じくした。


 見上げた先には、三つの巨体があった。


 とかく、巨大である。近寄れば、頂上を見上げるのが困難になるほどの大きさ。重さと頑強さを兼ね備えたそれは、鋼の巨人――ロボットだ。


 三機は、白地に各機色違いのラインが入った塗装の同一機体だが、その中の一機――灰色のラインが入った機体だけが別の装備をしている。


 他の二機――赤いラインの機体と、青いラインの機体はシンプルな、スポーツカーなどにも似た滑らかな外装をしているだけだが、灰色ラインの機体だけが、多くの角ばった――それでいて装飾性の高い、騎士甲冑めいた外装を増加装甲としてつけている。首と肩の付け根や腰からは、後方に流れるような管が数本、バイクのマフラーのように装備されていた。


 それらの中で一番特徴的なのは、左腕だろう。下腕部に、手の甲から肩まで覆い隠さんとする大きさと長さを持ったシールドが備え付けられている。手の甲――袖口からは、別のものが更に突き出している。それは握り手だ。このシールドには、剣がマウントされているのだ。


「嬢ちゃんが使う予定の《カエシウス》以外――《ルベル》と《カエルレウス》は、装備レイアウト用の資材も届いてないからなぁ。どうするかは一応決まってるってぇのによ」


「私の機体は《カエシウス》ではなく、もう《グラディウス》でしょう」


 頬を膨らませて言うセラフィーナを見て、ゴードンは自らの額を叩いた。


「おっと、そうだったな。しかし、譲ちゃんは《カエシウス》もとい《グラディウス》がお気に入りみたいだな」


「当然よ、私の代演機だもの! それに、カッコいいじゃない。なんていうか、ヒーローロボット! って感じで!」


「嬢ちゃんが、そういうのが良いって言ったからな。それっぽく仕上げてみたぜ」


「後は、トリコロールカラーなら完璧だったわ」


「嬢ちゃん、なんかすげぇ男の子回路ついてんなぁ」


 両手を使って身振りをつけるセラフィーナにゴードンが呆れたように言う。するとセラフィーナは顔を赤らめた。


「い、いいじゃない! ロボットアニメとか特撮とか好きだって! ……似合わないのはわかってる、わよ……」


 段々と語調が弱くなるのは、セラフィーナ自身、似合わないことを嫌というほど自覚し、指摘されているからだ。

 窓際で名作文学集を読んでいるのが、あるいは恋愛小説を読んで頬を赤らめるのが似合うような少女が、日曜の朝はテレビに直行だ。録画もしているのに。


「いや別に悪いたぁ言わねぇよ。それに、この三機――タイプ:プログレディエンスは俺が作ったもんだ。それが気に入ったっていうんなら、悪い気はしねぇさ」


 そういうゴードンの表情に浮かんでいるのは、誇りと自負、そして責任感である。モノを作る人間に共通するそれを見て、セラフィーナは溜息を吐いた。


 ――これは、動きそうにないわね。


 面倒なことだ。もしも敵が来たら、自分が何とか守るしかないだろう。しかし、ゴードンのこういう気質が、自分の代演機である《グラディウス》や多くの術式兵装を生み出す源なのだ。


 そうセラフィーナが考えたときだった。異様な金属音が工房内に響いてきたのは。明確に金属が鳴らしている高温だが、その引き攣れるような音色はまるで、黒板を引っ掻いているかのよう。


 入り口の扉から奏でられるその異音に、一瞬、時が止まったかのようにすべての人間が足を止めた。


「来やがったみたいだな」


 それに言葉を返すこと無く、セラフィーナは扉を凝視する。


 分厚い錬金物質アルケミー・マテリアル製の扉だ。対魔術防御もしっかりしている。しかし、本気になれば、戦闘が専門の魔術師なら破れないというほどではない。自分でも破壊は容易だろうとセラフィーナは見積っている。


 金属音が一度途切れ、また引き攣れ音が鳴る。今度は先よりも鳴り終わるまでの間が、とかく短い。それが二重になり、更に高速化する。


 その音に合わせて、扉に線が走る。外側から、なにか刀剣のようなもので斬りつけているのだ。それで扉を斬り破ろうとしているのだ。


 セラフィーナは拳を握り締める。敵は目の前に来ているのだ。機先を制して、攻撃を仕掛ける。四人を無力化してきたというのなら、相応の覚悟が必要だ。


 扉に走る線は、既に無軌道なパターンによる、塗りつぶしに近い状態になっている。決壊するのは時間の問題だろう。


 ――敵が入ってきた瞬間、先制攻撃を仕掛ける。


 袖の中を、確認し攻撃の準備を整える。


 金属音が停止した。


 その代わりに、がらり、と何かが崩れ落ちるような音だ。今まで積み上げられたものが、崩壊する。


 ブロック状になった金属片が散らばった。高音が連続して轟音となり、おもちゃ箱をひっくり返したかのような有様となる。皆がその光景を注目していた。逃げるべきなのだと分かって、それでも動けないでいた。


 ――さぁ、来なさい。相手になるわ。


 唾を飲み込む。冷や汗が垂れるのを実感する。


 入ってきたら、抜き撃つ。そう決めて、足に力を込める。


 ひょい、と扉の外側から、何かが投げ入れられた。


 ――ハンドグレネード、或いはそれに近い何らかの術式兵装!?


 すぐに処理しなくては、と踏み出そうとして、セラフィーナは出来なかった。


 ごろごろと転がるそれは、武器でも無ければ術式兵装でもなかったからだ。


「ルーカス!?」


 それは人間の首だった。白目を剥き、絶叫を上げているかのように大口を上げ、肌は土気色をしていても、その首が誰のものか、セラフィーナには良く分かった。


 その首は間違いなく、先ほど侵入者の迎撃に出た四人の魔術師の内、指揮官格であったルーカスのものだった。


 セラフィーナの声と同時、動きを止めていた研究員達が、蜘蛛の子を散らすような勢いで四方八方に逃げ始める。足音、叫び、肉体の流れ――それら全てが作り出す、混沌の川。


 その川の中に、扉の向こうから影が飛び込んできた。


 ――速い!


 驚愕しながらも、セラフィーナは袖口から右手でカード――呪符を規格化、大量生産したものである――を抜く。


 それを前に向けた瞬間、防護魔術による強烈な破裂音が響いた。受け止めきれなかった衝撃が周囲に伝播し、セラフィーナのロングコートが翻る。


「はん。良い反応だ。さっきの四人に比べたら、上等じゃねぇの」


 カードと僅かに空間を開けて、刃魔が、そしてそれを握る長身の男の姿があった。


「貴方が――ルーカス達をッ!」


「言わなくても分かんだろ?」


 そう言って、男――高原暁人は笑った。

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