連絡
「大体こんなもんだろ。嬢ちゃん、出てきていいぞ」
「了解よ」
《コレクティオ》のコクピット内で、セラフィーナはゴードンに対してそう返答する。それなりに長い時間コクピットの中に居てシミュレーター上で《コレクティオ》を動かしていたにしては、驚くほど疲労がなかった。
「で、触ってみた感じとしてはどうだね? 《コレクティオ》は?」
「私向きの機体みたいね、確かに――っと」
サイモンからの問いかけに、セラフィーナはそう答えながら、コクピットハッチを開けて、外に身を乗り出した。高所では有るが、異界内部であるために風はない。特に恐怖は感じなかった。
シミュレーター上で触ってみた印象としては、ゴードンが言う通り、《コレクティオ》はセラフィーナが動かすのに向いているようだった。
代演機は操手と類感魔術によって同調する事によって動く。その都合上、どうしても操手自身の運動技術が機体の行動に反映される。生身での戦闘技術が、そのまま戦闘力として加算されるのだ。だが――
――どうも、私体術苦手なのよね。
運動神経が無いわけでも、体力が無いわけでもない。ただ、身体を動かして戦闘をするということに関して、セラフィーナは今一つセンスが無い。
本格的に実力者の元で鍛錬を積めばある程度はものになるかもしれないが、その習得効率はあまりいいとはいえないだろう。
セラフィーナに関しては、そんなことをする位ならば魔術の修練を行ったほうが余程効率良く戦闘力が上がる。術式兵装の扱いも相応に慣れているし、単一系統に留まらない様々な魔術を行使することにも優れている。
そういう意味では、術式兵装を満載した《コレクティオ》はセラフィーナに向いた代演機だ。《コレクティオ》に搭載された多種多様な術式兵装は、代演機の機動兵器としての性能を切り捨てて余りある。これ等をフルに活用することが出来れば、魔術を撒き散らす機動要塞として戦うことも出来るだろう。
――私も、《コレクティオ》に乗って戦うことが有るのかしら。
セラフィーナはふと疑問に思う。
アペルトゥスの戦闘方法は、基本的にゲリラ戦だ。組織としての規模も、人員の質もシギルムが勝っている以上、アペルトゥスは唯一持っている利点――機会の利を使うしか無いから、必然そう仕掛けてくる。
そんな相手に対して戦力として使うには、代演機は強力すぎる。基本的には乗らず、電脳だけの使用ということになるだろう。
――ちょっと勿体無い気もするわね。
そんな事を考えながら、セラフィーナは《コレクティオ》のコクピット、二十メートルを遥かに超える高さから身を躍らせた。
重力と速度を感じながら、セラフィーナは魔術を用いて空中で駒のように回転しながら体勢を整え、右拳と両足の三点を打ち付けて着地した。音が収まるのと同時に、セラフィーナは顔だけで前を見た。
「おー、見事見事」
「ブラボー」
そんなセラフィーナを見て、サイモンとゴードンはぱちぱちと手を打ち鳴らす。
「ありがとう、ありがとう」
セラフィーナが立ち上がり、右手を上げて答えた時だった。セラフィーナのポケットから、ロボットアニメのオープニングテーマが流れだしたのは。
「なっ、なんで異界なのに電波が!」
「あー、それは私が電波を引っ張ってきてるからだな。我々が魔術師だと言っても、何だかんだで、電波がないと困ることも多いわけで……電話出たら?」
サイモンがそう答えるのを他所に、セラフィーナは慌てながらポケットから携帯電話を取り出し、電話に出る。
「はい、セラフィーナです」
「あ、セラちゃん? 僕僕」
「詐欺師ですか、通報しますね」
「はいはーい、声で分かってるのに大人を虐めるのは良くないよ? それとも何かい? 君は成人男性を虐めて楽しむタイプの性癖持ちだって言うのかい? でも残念なことに、僕は虐められて楽しいタイプじゃないから君には付き合ってあげられないんだ!」
いつも通りといえばいつも通りの調子で喋る有羅に、セラフィーナは思わず半目になった。
「……で、一体何の用があって電話を掛けてきたんですか? 私、一応は仕事に来てるんですけど」
「おっと、そうだったそうだった。その仕事場に、鷲介君来てないかい?」
「鷲介が?」
セラフィーナは首を捻った。鷲介が何故こんな所に来るというのだろう。鷲介はコロッケの材料を買いに行った筈だ。
「いえ別に来てませんけど、どうかしたんですか」
「いやそれがさぁ、夕飯の材料買いに行ったのは良いんだけど、それっきり帰って来なくなっちゃってね。携帯電話も通じないし、もしかしたらそっちと合流してるんじゃないかなぁと思ったんだよ。異界なら携帯電話とか通じなくても当たり前だからね、そう言う可能性も有るかなぁって」
「いや、その理屈だと私にかけても通じないのでは……いや、ここは異界なのに通じるんですけど」
「おっと、それもそうだった。有羅ちゃん不覚」
てへっ、などと巫山戯た可愛げアピールに、さすがのセラフィーナもイラッとする。こめかみ辺りがひくひくと痙攣していた。
「閑話休題、鷲介君が帰ってこないのも事実だし、携帯電話が繋がらないのも事実なんだよなぁ。出先で携帯電話の電池が切れた上に、迷った。なんてこともないと思うんだよねぇ、鷲介君の場合は。あの子神経質だからさぁ、携帯電話の電池が切れそうになるまで放置しておかないと思うんだよ」
「それは確かに」
鷲介は妙な所で神経質というか、細かい所を気にし過ぎるきらいが有るようには、セラフィーナも思っている。あんな様子では、呼吸するだけで段々磨り減ってしまうのではないだろうか、そう思えてならない。
「とまぁ、そういうワケなんだけど、なんか心当たりあったら、セラちゃんからも連絡お願いね。このままじゃ、晩御飯がどうなるか分かったもんじゃないしね」
「……もしかして、このままだと私のコロッケが」
「君はどれだけコロッケが食べたいのさ。コロッケを食べないと死ぬ病にでもかかっているのかい? だったらも死ぬしか無いね。葬式はうちでは上げないから、自分で手配しておいたほうがいいよ。ついでに言うと香典もあげない」
「何言ってるんですか、切りますよ」
「はいはーい。でも、多分そっちのほうが早く掴めると思うし、ちゃんと頭に入れておいたほうがいいよ」
「えっ、それはどういう」
驚きをそのまま出すセラフィーナに返ってきたのは、有羅の笑い声だった。
――この人は、どうしていつも楽しそうなんだろう。
そんな事を、セラフィーナが思わずにはいられない、ピンポン球が跳ねまわるような笑い声。
「きっと、トラブルに巻き込まれてるよ。だから、そっちのほうが、鷲介君の居場所は早く分かる筈」
「え、なんでそんなことが」
「そうでもなきゃ、鷲介君が連絡不能になるなんてことは無いだろうからね。というわけで後はお願いね」
「え、あ、ちょっと! 有羅さん!」
通話は既に切れた後だった。舌を打って、セラフィーナは携帯電話をポケットに仕舞い直す。
「嬢ちゃん、やっぱコロッケ食いたいんじゃねぇの」
「……食べたい事を否定はしてないわ」
そっぽを向きながら答えるセラフィーナに、笑いかけながらサイモンが問う。
「《グラディウス》の操手が行方知れずとはね。彼もまた代演機を駆るに相応しい人間であるのなら、相応の魔術師なのだろう? 簡単に何かに引っかかるようなことは無いと思うのだけれどね。どういう事だと思う?」
――何かがおかしいような?
疑問を覚えながらも、セラフィーナは返答した。
「単純に電池が切れたか、電話を落としたか、或いは……ということなのでしょうか」
最後の可能性は、無いではない。アペルトゥスとの抗争状態にある以上、どんなことがあってもおかしくはない。セラフィーナは思わず視線を落とした。
「ふむ、もしも最後の一つ、或いは……だったとしたら、ここで待っているのが正解かもしれないな」
「どういうこと何だい、サイモンの旦那?」
サイモンはきりりとゴードンの方に向き直って答える。
「もし、彼――《グラディウス》の操手が、対応不可能な相手によって異界に閉じ込められるような状況ならば、最終的にこれに頼るはずだからね」
サイモンは視線を上げる。ゴードンも、セラフィーナも、それを追った。
その視線の先に有るのは、代演機。《コレクティオ》の隣に立つ《グラディウス》だった。