蒐集者
機械が動く音がする。それは高所に移動するリフトが動く音であり、工具が作動する音であり、試作部品が動作テストをする音であった。
黒いロングコートに袖を通したセラフィーナは、そんな音で溢れる魔術工房の中でそれを見上げた。
「これが私の代演機……」
「おうよ、タイプ:プログレディエンス三番機の制式仕様、《コレクティオ》だ。どうだ嬢ちゃん」
セラフィーナの隣に立つ、熊のような男――ゴードンはセラフィーナにそう問いかける。暁人による怪我は、どうやら完治したようだ、とセラフィーナはその姿を見て判断した。
二人が見ているのは、横並びになった二機の代演機の内、青い方――《コレクティオ》だ。ベースとなるフレームは、隣に並んだ《グラディウス》や《ルベル》とほぼ同じ。相違点は《グラディウス》が白と灰色、《ルベル》が白と赤でカラーリングされているのに対して、《コレクティオ》は白と青でカラーリングされていることと、目に当たる部分に上からバイザーが掛けられていることだろう。
全体的なシルエットは人型だが、各部――肩上、肩横、胸部、両腕、膝、脚部側面等――に取り付けられた装備によって各部が肥大化している。最も特徴的なのは、大きく張り出した両肩脇から伸びる大砲型の術式兵装だ。
それらの所為で、《コレクティオ》は全体のボリュームとして、追加装甲を施された《グラディウス》と同程度の力強さを見せ付けていた。
「術式兵装のキャリアーとして特化させた代演機だ。まぁ全部扱うのは面倒だろうが、嬢ちゃんならどうにかなるだろ」
「何と言うか、これは……」
ゴードンの言を受けて、セラフィーナは顔をしかめた。
「どうした、嬢ちゃん?」
「凄く……二号ロボっぽいのね」
苦い飴を口に含んでいるかのように言うセラフィーナを見て、ゴードンは脱力した。
「二号ロボってなんだよ嬢ちゃん……おっちゃんにも分かるように言ってくれ」
「二号ロボっていうのは、なんというか主役機の後釜として出てきた機体の事よ」
「つまりは新型か。良い事じゃねぇか」
「主人公機の後に出てきた機体って意味ではそういう場合もあるんだけれども、この場合の二号ロボっていうのはちょっと違ったニュアンスがあるのよね」
セラフィーナは言葉を探して首を捻った。
「何と言うか、最初の機体の代役で、最後の機体までの繋ぎというか。主役なのに主役らしさが薄いというか。私後ろから攻撃するのが得意ですというか」
「要するに、二番手ってぇ事か」
同じように首を捻るゴードンに向かってセラフィーナは言う。
「そうなのよね……これはこれで良いと思うんだけれど、大砲が……この肩横に付いた大砲型の術式兵装が……」
「ふむ、気に入らなかったかね」
セラフィーナの背後から、駆動音に混じって男の声がした。
「教授」
「おっと、サイモンの旦那」
セラフィーナとゴードンが振り返った先に、壮年の白人男性が立っていた。
モノトーンで全体を構成された、ピアノの鍵盤のような男――というのが、セラフィーナがこの男を見て得た印象だった。
長身を黒のロングコートとスーツを身に纏い、インナーは白でネクタイは黒、髪は白髪で、黒いサングラス、そして白い口髭、黒い手袋。
唯一外に露出した顔面には、年輪のような皺が刻まれている。長身と合わせて、まるで枯れ木のような男でもある。
しかしその印象に反して、男は機械のようにしっかりとした足取りで二人のもとに歩いてきた。
サングラスの所為で目元を他人が見ることは出来ないが、男の口元は常に笑みを浮かべていた。
この男が、シギルムの十戒が一人、『機人教授』のサイモン・ディーヴァーである。
「両肩横の砲は術式兵装・ライトニングボルト。君がよく使うという、雷撃魔術を兎に角強力化した凄まじいものなんだがなー」
作ったの私な、と続けて自分の顔を指差しながら、サイモンは声を上げて笑った。
「いえ、気に入らなかったわけではなくてですね、その……」
サイモンの言葉に、セラフィーナはしどろもどろになる他なかった。
シギルムの十戒であるサイモンは当然先頭魔術師でも有るが、それ以上に技術者でも有る。多くの強力な術式兵装を開発しており、代演機もそのうちの一つである。立場としては、セラフィーナの師であるジェイナスに並ぶ。
「ははは、虐めて済まないね……ところでアルフレッド、一番機と三番機の仕上げご苦労だった。随分と任せてしまったな。フレームの図面を引いた私がもうちょっと手を出すべきかと思ったんだがね」
「いやいや旦那が術式兵装用意してくれてるし、楽なもんだったぜ」
「二番機に関しては、まぁ仕方ないだろうな。その分有益なデータが取れたよ。セラフィーナ、君の報告も資料として使わせて貰っているよ。なかなかいい出来だ。一つ、面白いアイディアが浮かんだよ」
「いえ、そんな……結局二番機は奪われて破壊されてしまったわけですし」
「いやいや、予想できないことは何時だって起こるものだよ。残骸も回収出来たし、出来る事はやれているよ。しかし――」
サイモンは一度言葉を切って髭を弄んだ。
「二番機を倒せたことに関しては、まぁ、運が良かった。かの少年がフツヌシを扱えるとは」
「確かに旦那の言う通りだな」
笑顔で髭を弄び続けるサイモンの言を、ゴードンが首肯する。
「フツヌシは、何と言うか人を選ぶ術式兵装だからね。魔術師でも起動まで至らない人間のほうが多いぐらいだ。ある種の適正が要る」
「えっ、そうなんですか?」
きょとんとして、セラフィーナはサイモンに問いかけた。もしそれが本当だとしたら、鷲介がその適性を持っていたことは、幸運としか言いようが無いだろう。あの時もし《グラディウス》がフツヌシを扱えなかったとしたら、《ルベル》を破壊することは不可能だった。
――幸運なのかしら、それとも……
何者かの介入の結果なのだろうか、とセラフィーナは考えてしまう。
或いは、これもまた運命なのだろうか、とも。
「そうなんです――というわけで、かの少年がちょっと見てみたかったんだけど――」
セラフィーナにそう返答しながら、サイモンは辺りを見回した。
「来てないみたいだね」
「はい、今頃はコロッケの材料を買いに行っている頃かと」
「はあ? コロッケ?」
怪訝そうに表情を歪めるゴードンに向かって、セラフィーナは頷いた。
「ええ、揚げ物が食べたかったから、晩御飯にお願いしてみたの」
「何夕飯作らせてるんだよ……なんつぅか、嬢ちゃんも大概自由だよな。いや、戦闘魔術師なんてそんなもんかもしれんけどよ」
額に手を当ててゴードンは呆れていた。
「居ないのなら仕方がない。出来れば、データではなく彼自身を見ておきたかったんだけどね」
そんなサイモンを見て、ゴードンが手を叩いた。
「おっと、そうだった。サイモンの旦那。折角居るんだから、ちょいと手伝って欲しいことが有るんだが、構わねぇかい?」
ゴードンに問われて、サイモンは三日月形に口を開いて笑いながら返答する。
「まぁ、構わないさ。術式兵装の最終調整かね?」
「折角来て貰ってるんだし、嬢ちゃん用にフィッティングしても良いだろうと思ってな」
「そうなると、私も何かしたほうがいいのかしら?」
そう言うセラフィーナに、ゴードンが答える。
「シミュレーション上で、《コレクティオ》を動かして貰えれば大丈夫だ。んで、その結果を各種術式兵装に反映させる。というわけで、多少時間はかかるかもしれねぇな」
サイモンがニヤリと歯を見せて笑った。
「まぁ、コロッケには間に合わせるから安心し給え」
「そ、そこまでコロッケに執着してません!」
真っ赤になるセラフィーナを見て、サイモンとゴードンが笑い声を上げた。