こっくりさん こっくりさん
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進みください。
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進みください。
こっくりさん。こっくりさん。どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、はいへお進みください。
数人の少女たちが、机を輪になって囲みながら、皆でそう囁いている。机の上に置いてあるのは、一枚の紙。そこには平仮名であいうえお表が書いてあり、その下には、はいといいえ、表の上には鳥居が描いてある。
紙の上には一枚の十円玉が乗せられており、周りを囲む少女たちがその上に人差し指を乗せていた。
そんな様子を、鷲介は文仁と机に着いて遠巻きに眺めていた。
「こっくりさんか……」
「小学生じゃあるまいし、何をやっているんだかな」
文仁は舌を打った。
全くだ、と鷲介は心中で同意する。
こっくりさんなど、小学生ぐらいで止めておくべき娯楽である。それを、高校生の少女達が行なっている。
滑稽な光景だと鷲介は思う。しかし、街中で魔術師が巨大なロボットを使って戦闘するのに比べれば、幾らかは正気な光景なのだろう。
こっくりさんは、極々簡単な降霊術であるとされている。そうであるにも関わらず、漢字で表記すれば狐狗狸さん、つまり動物系妖怪の事を指している。その程度の、適当な魔術である。
用意をして、数人で呼びかければ、誰も力を入れていないにも関わらずコインが動き出し、ボードの上の文字を移動することによって質問に答えてくれる。
この魔術は江戸時代には存在しておらず、開国と同時に西洋から入ってきたウィジャ盤やプランシェットをベースとした魔術であると言われている。
小学生でも出来るほど簡単でありながら、典礼魔術として一応の体を成しているため、それなりに効力が有ることが、魔術師である鷲介からすると恐ろしい。
「おー、動いた動いた―」
参加していた紅音が、のろのろと動く十円玉に声を上げた。目も口も丸くし、大きく身を乗り出した頭に、長いツーテールが付き従う。
「十円玉から指離しちゃ駄目だよ。こっくりさんがへそ曲げるからね。それにしても、やっぱり不思議だよね―、こういうの。やっぱり魔法とかそういうのってあるのかもって思っちゃうよね」
「別に、こんなの魔術でもなんでもないわよ」
同じく参加していたセラフィーナが、近くの女子生徒にそう言う。
「えっ、そうなの?」
「ええ。不覚筋動っていう、人間の意図しない筋肉の動作が、この十円玉を動かしてるのよ。この中の誰かが、無意識に引っ張ってね」
この不覚筋動は、ダウジングで棒が開く理由でもあるとされている。ダウジングは、探す人間と物によってはオカルトではない。
「無意識に引っ張ってるってどういうことー」
紅音の質問に、セラフィーナは簡単に答えた。
「つまり、答えを知ってる誰かが、無意識に動かしているのよ」
「じゃあ、この中の誰も知らないことは、こっくりさんは答えられないってこと?」
「そういう事。ですよね、こっくりさん?」
セラフィーナの言に従って、十円玉がそろりと紙の上を動き、その軌跡の中で止った文字を紅音が一文字ずつ読み上げる。
「ひ、み、つ……」
「なんだか、お茶目なのが来てるみたいね」
そう言って、セラフィーナは左手を口元に当てて微笑んだ。
セラフィーナの説明は、こっくりさんを科学的に説明するものである。恐らく、この説明も間違ってはいない。しかし、それだけではないのだ。
「ふーん」
「でも、結局分かる範囲のことでは説明に答えてくれるなら、それがこの中の誰かの潜在意識だろうと、幽霊だろうと構わない――小学生向けオマジナイ本研究会の私としては、そう思うの」
「貴女、確か人生ゲーム同好会所属だったんじゃ……」
「兼部よ兼部、あ、セラフィーナちゃんも入らない? ああ見えてなかなかこう奥が深いのよ?」
「……今回も遠慮しておくわ」
セラフィーナは苦笑いを浮かべていた。
「なぁ、文仁」
鷲介はこっくりさんをしている机の方に視線を向けたまま、文仁に問うた。
「なんだ」
「お前はどう思う? あの動画が出まわってから、魔術がどうこうって話は増えたと思うけど」
「そう言うお前はどうなんだ、黒神」
問われて、鷲介は文仁の方に視線を戻す。
「私、私は……」
しかし、言葉に詰まり、机に頬杖を着いて顔を背けた。
魔術は実在する。自分が魔術師なのだから、これは別に疑う事も考える必要も無い。だが、それとここでどう答えるかは別の問題である。
「よく、分からない」
結局、そう返すしか無かった。それを聞いて、文仁は鼻を鳴らす。
「なんとも歯切れの悪い答えだな黒神鷲介。だがまぁ、疑問が有るからこそ俺に質問した、というのは自然な流れだ。だから答えてやろう。俺はどうでもいいと思っている」
「どうでもいい、とは」
鷲介の問いに、文仁は流れるような言葉を返す。
「さっきあの兼部女が言っていただろう、俺もあれに同意する。入力に対して出力が有るならば、それが科学の産物だろうと怪しげなオカルトだろうと何も変わらないと言うことさ。現に、何故パソコンのキーボードを打つとモニターに文字が表示されるのかなんて、俺は把握していない」
「高度に発展した科学技術は、魔法と見分けが付かない――という奴か」
「アーサー・C・クラークだな。残念だが、それだけの問題じゃない。政治、経済、人間関係、日々の生活、全てに言えることだ。それがどうしてそうなのか、なんて事を把握しなくても、それを利用することは出来る」
大げさな身振りを加え、文仁は鼻を鳴らした。
「更にどの入力に対して何が出力されるか知っている事のほうが、どうしてその結果が出るのかを知るよりも有益な事のほうが多い。三角関数等もそうだろうし、あいつらのこっくりさんもそうだろう。そういう意味で、魔術などあった所で何も変わらんからどうでもいいと言う事だ。精々、利用できてあれぐらいがいい所だろう」
そう言って、文仁もまたこっくりさんをしている机に視線を向けた。セラフィーナ達は、こっくりさんの結果を見て騒いでいる。
「結構当たってる気がするなー」
「それじゃ、次はあれ聞いてみよう。こっくりさん、こっくりさん、セラフィーナちゃんが好きな人は誰ですかー?」
「さ、させるかぁ!」
セラフィーナが必死の形相で、十円玉を押さえつけた。妙なところに力が入っている所為か、下に敷いた紙に大きく皺が寄っている。
「破れる! セラ、紙が破れる!」
「セラフィーナちゃん! 動かないように十円玉を押さえつけるのはズルい! ズルいって!」
「ふはは! こっくりさん、こっくりさん、あなたがオカルトパワー満載な存在なら、小娘一人の腕力ぐらい押しのけてみなさい!」
「おーう。セラ、大人気ねー」
「紅音ちゃんにこんなこと言われたら終わりだわ、セラフィーナちゃん……」
半目で呆れる二人を尻目に、胸を張って得意げな笑みを見せるセラフィーナを見て、鷲介と文仁も半目になった。
「あいつら、楽しい人生送ってるな――まぁ、魔術だろうとなんだろうと、入力と出力の因果関係さえしっかりしていれば、人間はなんでも使うものだ」
「……本当に、そうか」
魔術という力が何なのかを知らなければ、そう言う結論になるのかもしれない。代演機の戦闘能力は現代兵器と一線を画しているが、そんな事はあの動画からは分からないだろう。現代兵器でも、都市破壊ぐらいならやってのける。脅威度としては、どれだけの差があるのかは分かり辛いだろう。蟻から見れば、鯨も山も実際のサイズに差こそあれど、とてつもなく大きい物でしかないのと同じだ。
そして性能以上に、代演機と魔術には現代兵器とは異なっている部分がある。それは、代演機も魔術も、最終的には個人に依った力だということだ。
フェイルセーフが魔術師の人格以外に存在しない、爆発的な力。そんなものを、人間が使うことは正しいいのだろうか。