OOPARTS
光が収まってすぐ、鷲介は状況を確認した。地形的には、先程までとそれほど違いがないように見える。しかし、笠原高校の校舎は破壊されていないし、音と光がそこかしこに溢れている。建物からは光が溢れているし、道路を走る車の姿も確認できた。
「現実……なのか」
「異界構成の魔術は完全に解体されたわ。再展開は――」
セラフィーナは前方を睨む。視線の先には、《ルベル》が立っている。
「出来そうにないわね」
「違いない」
わざわざあんな術式兵装を積んできているぐらいだ。初めから、こうして現実世界に代演機を引きずり出すのが目的だったのだろう――と鷲介は推測する。大規模異界の展開と誘いこみは、完全に読まれていたのだ。
《ルベル》は術式解体機構を元に戻していた。
「何のつもりだ、お前」
それに応えること無く、《ルベル》は後方に大跳躍した。学校の敷地外へと、吹き飛ぶように。そして、住宅地の一部――民家の上に着地した。
重い音を響かせ、民家がゆっくりと踏み抜かれる。まるで、薄いプラスチックの箱を踏みつぶしたかのようだ。
「な、何て事を……」
「はん! いちいち細かいことを気にするんじゃねぇよ!」
暁人の声に、鷲介は違和感を覚えた。これは先までの、魔術による念話とは違う。ただの、外部音声だ。
「スピーカーだって? お前何を考えている」
「言っただろうが。教えてやんねぇって!」
《ルベル》が変質する。先の術式解体に使用した部分や、関節から魔種が染み出し、全身を覆っていく。それだけではない。前回戦闘した際は魔種の鎧で覆われた、という程度の変化だったが、今回はフレーム単位で《ルベル》が変形している。
両手を付き、変形した頭部を大きく展開してブレードを煌めかせるその姿は、人間のそれではあり得ない。
「そんな、代演機が人型でなくなるなんて……」
「中の人間も一緒に変形している。それ以外に考えられない」
操手が人型という有り様を変形すれば、代演機もそれと同じ形状を得なければ相似形を維持できなくなってしまう。故の、変形である。
「それにしても、あれはなんて――なんて、醜いの」
様々な負の感情を混じらせて、セラフィーナは言う。代演機という、魔術の極点、ある種の芸術品から出たにしては、今の《ルベル》は醜悪に過ぎた。骨格レベルから獣に変形し、その表面は脈動する肉で出来ている。所々で裂け目が出来ており、そこからは眼球が覗いている。
無数の目がこちらを見ている――
鷲介は背に怖気が走るのを感じた。吐き気がこみ上げてくるのが分かる。
「こんな街中で代演機や魔術を使えばどうなるか、分かっているのか!? 社会的影響は計り知れないぞ!」
鷲介の叫びに、暁人は笑いを携えて返答した。
「何言ってんだ、俺達は魔術師だぜ? 世界と自分が等しいって幻想で、世界をねじ曲げる存在だ。社会的影響? 馬鹿じゃねぇの。社会なんてもんエゴで捻り潰してなんぼだろうがよ!」
獣と化した《ルベル》が咆哮を上げる。
「押し通して、薙ぎ払って、捻り潰す! そのための魔術だ! そのための力だ! そうじゃねぇのか、お前にとってはよぉ!」
胸を突かれたような気が、鷲介はした。
「何を言っているの、あの男は……」
セラフィーナは声を震わせていた。しかしそれも無理は無い。暁人の思考は、セラフィーナには理解の外にあるだろうからだ。
だが、鷲介にとっては、それはあまりにも理解しやすい思考だった。この男も、自分と同じなのだ。ただ、鷲介が逃げようとした、逃げようとしているのに対して、この男はあくまで戦って叩き潰そうとしているだけで。
「お前だけは――」
冷や汗が流れる。暁人の有り様は、理解が出来る。セラフィーナの有り様よりも、余程理解出来てしまう。逃げようとしている自分からすれば、ある意味敬意すら払いたくなる有り様だ。だが、それ故に。
「“俺”が倒す」
あの男は否定しなければならない。理解して、選ばなかった、選べなかった有り様だからこそ、どうしても自らの手で否定しなければならない。
「やってみろよ、出来るもんならなぁ!」
《ルベル》の頭部が――顎が展開する。そしてそこに生えている牙が、触腕として伸びた。《ルベル》を覆っているのが魔種である以上、その程度のことは容易い。
何本もの牙が勢い良く伸びて、大気を切り裂きながら《グラディウス》に迫る。
「早く回避を!」
「それは出来ない……!」
後ろには笠原高校がある。その上、学校の敷地外には無関係の人間も大勢居る。ここから出れば、それら全てを危険に晒すことになるのだ。
《グラディウス》の左掌を前に突き出す。フツヌシを封じているシールドから魔術が流れ込み防護魔術が行使され、障壁を展開。
機体前面に展開された障壁に、《ルベル》の触腕が到達する。まるで見えない網を破ろうとしているかのように触腕の動きがゆっくりとしたものになり、《グラディウス》に届く前に停止した。しかし、それでも触腕はまだ、障壁を突き破ろうとして暴れ続けている。
「このシールド、こういう使い方も出来ないことはない!」
「やるじゃねぇの。じゃあよ、こうやったらどうする!」
そう言って、暁人は《ルベル》の手――いや、前足の爪を伸ばした。
「同じ攻撃じゃ――!?」
鷲介は言葉を途中で切らざるを得なかった。
それは、《グラディウス》に向けられたものではい。それに気付いた鷲介は、即座に防護魔術の行使を止めて、別の前足の爪触腕が飛ぶ先へと防護魔術を張り直す。当然、触腕は伸びて《グラディウス》の胴体や肩部へと突き刺さる。錬金物質製の装甲が突き破られ、内部構造を魔種が食い散らかした。衝撃がコクピット内まで響き渡る。
それを受け入れて尚、鷲介は防護魔術を別の場所に向ける必要があった。
「あなたって人は……!」
セラフィーナの身体が震えていた。間違いなく、怒りによるものだ。
それも無理は無い。《ルベル》の爪が向けられた先は、歩道。二機の代演機を見物に来た人だかりが有る場所だった。ただそこに居ただけの人間をわざと狙ったのだ。
「無関係な人間を巻き込んで、なんとも思わないというの!」
「無関係な人間を無駄に守ろうとする方が、俺にはよっぽど理解出来ねぇけどな! 馬鹿じゃねぇの、お前ら。正義の味方にでもなったつもりかよ!」
言って、暁人は哄笑する。けたたましいその笑い声に、鷲介は神経を掻き毟られるような思いがした。力と勝利、そのためならなんでもするというのか、この男は。
魔種の触腕は一つ一つが深く食い込み、《グラディウス》の傷を広げている。そんな機体コンディションを確認しながら、鷲介は吐き出す。
「少なくとも、私は正義の味方になるつもりなんて無い――!」
そんな綺麗なものになれるとは思っていないし、なりたいとも思わない。鷲介が戦うのは、もっと醜い理由からだ。
だが、守らなくてはならないものも大いにある。鷲介は防護魔術で守っている人だかりを見た。大部分は慌てふためいて逃げ惑っているが、何人かは呆気にとられているのか腰が抜けているのか知らないが、動かないでいる。
そんな動かない人々の中に、鷲介のよく見知った少女――伊坂紅音は居た。