猫すら殺すもの
月下――
仕事帰りのサラリーマンが家路を急ぎ、飲み屋が騒がしくなる。人通りは昼より余程多く、どの建物も光を大きく漏らしている。
いつも通りの、ただの夜だった。
それが出現するまでは。
「何アレ……?」「デカッ」「なんか人型の」「ロボット?」「いやロボットって、アニメじゃないんだからさ」「ああ、日曜とかにやってるよね」「結局アレ何なんだよ。実際ロボットだろ」
それを見た道行く人々は足を止めた。そして見上げた。
それは見なかったことにするには、あまりにも強烈過ぎる存在だった。足を止め、ざわつきながら人々はそれを――笠原高校のグラウンドに出現した三十メートルほどの人型機械、代演機を見ていた。
ビルほどではないとはいえ、その巨体は遠くからでも視認が可能であった。
出現した代演機は二機――《グラディウス》と《ルベル》。二機は向かい合い、相対していた。
「うわっすご」
二機の代演機を、伊坂紅音は自室の窓から見ていた。彼女の家は、学校からは程近く、部屋は二階にある。代演機を見るのに、不都合は存在しなかった。しかし、紅音はそれで満足しない。
「近くまで行けば、もっとよく見えるな」
好奇心が服を着て歩いているような少女である。カーディガンを手に、階段を駆け下りた。
「ちょっとロボット見に行ってくる!」
「あんまり遅くならない内に帰ってくるのよー……ロボット?」
母親の疑問を置いてきぼりに、紅音はサンダルをつっかけて家から走り出した。息を切らして街を走る。あれは一体何なのだろう? 疑問が燃料となって、少女の体を走らせる。世界は分からないことだらけで、知りたいことだらけだ。だから、毎日が楽しくて仕方がない。
ひとっ走りで学校の近くまで寄る。紅音が確保した立ち位置は学校の敷地外の沿道ではあるが、それぐらい離れたほうが、あの巨体はよく見える。
そこに居たのは、紅音だけではなかった。笠原高校を取り囲むようにして、人の群れがぽつぽつと出来ている。
「どーみてもロボットだこれ! なんかの撮影か!」
興奮しながら、紅音はグラウンドに立つ巨体を観察する。
片方は白地に赤いラインが入っており、パンダのように所々に灰色――修復後だろうか? がある。
もう片方は、白地に灰のライン。形状は赤ラインの機体と似ているような感じもするが、上から追加されている鎧のほうが、印象が強い。
「アニメなら、灰色のほうがいいもんっぽいな!」
紅音は息を荒げる。
この二体のロボットは本当に何なのだろうか。映画の撮影? にしても、こんないきなりにロボットを出現させることは出来ない。
不可思議な、あまりにも不可思議な存在だった。
――どうするんだ! 二体居るけど、やっぱり戦うのか! それともどっかに消えるのか!
胸を躍らせている紅音の視線の先で、それは起こった。
赤いラインのロボット――《ルベル》が、後方へと大きく跳躍したのだ。