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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
20/80

魔術の夜

 太陽はとうに地に埋もれた。生徒も教師もとうに帰った学校に、鷲介とセラフィーナは足を踏み入れた。笠原高校は、警備が厳重な学校というわけではない。校門すら閉まっていないので、堂々と入ることが出来る。


 大規模異界展開魔術の仕掛けは、笠原高校に全てある。鷲介とセラフィーナの二人で、この三日で仕掛けておいた。


 建物の内部に入る必要はない。魔術を行使する場所は、笠原高校のグラウンドだ。底に向かって、並んで歩きながら、鷲介は問う。


「あの男が来なかったらどうする? その可能性は、無いわけじゃない」


「考慮する必要はないと思うわ」


 答えるセラフィーナは、制服の上から黒いロングコートを羽織っていた。それはシギルムの戦闘魔術師である証、現代の魔術師が纏うマントである。


「その理由は?」


「持久戦はどっちも望まないから。私達としては、あの男の野放しにしておけばその分無駄に犠牲者が増える可能性がある。あの男からしてみたら、外に逃げられないのに潜伏を続けたら、余計な証拠が残るし、私達が増援を呼ぶ可能性も否定出来ない」


「罠を警戒して出てこない可能性は?」


「普通はあり得るけれど、あの男は罠でも突っ込んでくるタイプだと思うわ」


 言いながら、セラフィーナはコートの内側に手を入れた。そして、何かを取り出す。


「違いない――なんだそれ」


「ヘアゴム。貰ったから付けようかなって」


 セラフィーナは飾りつきのヘアゴムを口に咥えると、前髪の一部、彼女から見て右側を軽く束ねた。そこにヘアゴムを付ける。


「付けてみたは良い物の、自分でどうなってるか見えないから微妙な所ね。ちゃんと鏡の前で付けるべきだった気がするわ」


「そういうもののことはよく分からないけど、似合ってる……と思う」


 鷲介の言葉を聞いて、セラフィーナはそっぽを向いた。


「あ、ありがとう?」


 セラフィーナの声は妙に上ずっており、その頬は微かに紅が差していた。


「……大丈夫か?」


「な、なんでもないのよ! なんでもないってば!」


 セラフィーナは慌てた様子で両の手を振る。あまりにも分かりやすく、不安定なその態度に、鷲介は頭を押さえて溜息を吐いた。


 ――なんでこんなに引きずってるんだ。気にする必要は無いのに。


 鷲介としては、軽くからかっただけのつもりだった。答える気がないなどと最初からは言いづらかったから口に出しただけの話に過ぎない。


 ――なんというか、妙なところで純粋というか。子供というか。


 魔術の研鑽以外なにもやってこなかった箱入り娘、という感じがする。シギルムの戦闘魔術師になってから、さして時間が経っていないのかもしれない。


 大丈夫なのだろうか――などと考えている内に、グラウンドの中央に着いてしまった。不安を止めたまま足を止め、隣を見る。セラフィーナの表情は、しっかりと引き締まっていた。


「手を出して」


「分かった」


 セラフィーナの声も、もう安定している。鷲介は安心して手を出すと、それにセラフィーナが手を重ねた。そこから流れこんでくる魔術に、鷲介は力を添わせる。


 二人を中心に光が生まれ、その光が線となって魔法陣を形作る。その魔法陣から光の線が伸び、校舎の内部へ入っていった。


 光は蛇のように校舎内部を這い回り、予め設置された呪具アーティファクトへ到達する。そこで光の勢いを増してまた次の呪具アーティファクトへと向かう。それを繰り返し、光は増幅されてまた大きな魔法陣を作り出すのだ。校舎という建造物を用いた、大規模魔術である。魔術の光が、校舎の窓から漏れ出てくる。


 それを横目で見ながら、セラフィーナは呟いた。


「さぁ、魔術を始めましょうか。準備はいい?」


「問題ない」


「では――」


 セラフィーナが大きく息を吸い込んだ。


「異界展開開始」


 その声に、魔術の光が従う。光は一時的に大きく膨張し、校舎はおろか学校の敷地内を覆い尽くすほどになる。しかしそれも一瞬のこと。まるで、空気を入れられすぎた風船ででもあるかのように、それは限界を迎えた。


 光は破裂し、粒子となってまるで雪のようにこの街に降り注ぐ。降り注いでいる場所は、既に元の街ではない。それをモデルとした、異界である。


 全く何もない異界の次に、コピー元となる物を利用した異界は、構成が楽である。何もない空間ではなく、この街をコピー元としたのは、鷲介の土地勘が有利に働く可能性を考慮に入れてのことだ。


「異界の構成完了。後は、あの男次第ね」


 これだけの大規模魔術を行使すれば、その影響は広範囲へと広がる。実際に何か影響が出るわけではないが、勘の良い人間ならば違和感を覚えるだろう。魔術師ならば、半ば挑発行為として受け止めるかもしれない。


 あの男が来るとしても、何時来るかは分からない。神経は常に張り詰めておかなくてはならない。奇襲が何時来るかは分からないのだから。


 この異界は、元の街と似て非なる空間だ。一番の特徴は、とにかく静かなことだ。音を立てる人間が居ないのだから、それもあたりまえのことだろうと鷲介は考える。


「勝ちたいわね」


 痛いほどの静寂の中、呟きが響く。呟いたセラフィーナは、右手でヘアゴムを弄っていた。


「負けたくないな」


 そう思う。勝って、生き延びて、それでやっと次に繋ぐことが出来る。セラフィーナを守ることも出来る。


 しかし、と鷲介は考えてしまう。ここで守った所で、何の意味があるのだろう、と。セラフィーナは何時まで汚れずに居られるだろう。結局、自分とセラフィーナは行きずりの関係に過ぎない。この戦いが終われば、縁は切れる。


 ――それではあまりにも――


「上よ!」


 セラフィーナの焦った声に、鷲介はハッとして上を見る。一部だけ、空がガラスのように割れていた。その少し下――空中には、あの男、高原暁人がサメのように歯をむき出しにして、刃魔を両手に構えながら存在していた。空中から侵入し、落下しながら強襲をかけようというのだ。


「グラディウスッ!」


 鷲介は左手を前に突き出す。すると、横から巨大な鋼の左腕が出現し、猛然たる速度で暁人を殴り上げる。代演機の部分的な召喚である。


「ルベルゥ!」


 暁人も同様の方法で応じる。空中に鋼の右腕が現れ、稲妻のように打ち落とされる。鋼と鋼が衝突し、轟音が静寂を破壊する。莫大な質量と速度の衝突が衝撃波となってグラウンドの土を跳ね上げる。


 歯を食いしばりながら衝撃に耐えて、鷲介は暁人を睨む。男は獣の愉悦を浮かべながら、《ルベル》の腕に直立していた。


「よう、来てやったぜ」


「ご苦労な事だ……ッ!」


 《グラディウス》も《ルベル》もまるで水面から浮かび上がるかのように、魔法陣とともに空間を波打たせながら、その姿を現してきている。ぶつかり合った拳同士は、今は手四つの形で組み合わせられていた。


「鷲介!」


 言われずとも分かっている。鷲介は声を張り上げる。


「トリガー!」


「――オープン!」


 鷲介と暁人の声が同じ言葉を放つ。同時に、鷲介はセラフィーナの手を取って跳躍する。着地する先は、《グラディウス》のコクピットだ。セラフィーナは猫の姿になって、足元に座っている。


 アームレスト先端の球体に、両手を突っ込む。《グラディウス》の電脳と鷲介の脳がダイレクトに接続され、鷲介の感覚は肥大化する。


「先手必勝よ!」


 言われるまでも無い、と鷲介は《グラディウス》の右手を貫手の形で突き出す。狙うのは、先の戦闘からずっと損傷しているはずのコクピットだ。


「通さねぇ!」


 必殺の手槍を、《ルベル》の腕が受ける。火花が散って、手槍の軌道が逸れる。


「何!?」


 鷲介が驚きの声を上げたのは、手槍が防がれたからではない。手槍が突き刺すだった場所を、認識したからだ。


「なんで、そんな……!?」


 セラフィーナもまた、それを見て驚く。損傷を受けたはずの胸部は、色や形状、恐らくは材質も歪とはいえ、紛れもなく錬金物質アルケミー・マテリアルによって修復がなされていたからだ。


「あり得ない! 代演機の修復なんて、個人でやれることじゃ……!」


「はん! 手前勝手な理屈と納得で相手を測るなんてのはよぉ、二流のやることなんだよ!」


 言いながら、暁人は《ルベル》に前蹴りを繰り出させる。反応が間に合わず、左手を離しながら《グラディウス》は吹き飛ばされる。土埃を上げながら、《グラディウス》はコピーされた笠原高校に激突。轟音とともに、笠原高校が震えた。


「糞ッ!」


 衝撃を受けながらも、鷲介は機体を立ち上がらせる。笠原高校は、まるで隕石でも衝突したかのように、全体にヒビが入っていた。《グラディウス》が衝突した周辺などは、瓦礫が残っているばかりである。


「コクピットだけじゃないのね……」


 セラフィーナが慄く。確かに、《ルベル》が先に受けた損傷は、コクピット以外も別種の錬金物質アルケミー・マテリアルによって、まるでモザイクのようなパターンで修復されている。


「あなた、何者なの……?」


「教えてやんねぇよ! ただ、見せてはやるぜ」


「何をする気だ!」


「楽しいショウだよクソガキ!」


 暁人が吼えるのに合わせるようにして《ルベル》の各部――修復された部分が展開する。修復の際に、何かを増設していたようだ。


 ――攻撃用の術式兵装か!?


 修復だけではなく、強化までされているとは。鷲介は即座に防護魔術を発動させて、《グラディウス》を保護しようとする。


「違うわ! 鷲介! あの男を――あの装置を止めて!」


「どういう事だ!?」


「あれは――」


 セラフィーナが慌てている間も、《ルベル》は稼働している。展開された各部の下から、ギョロつく目玉のようなパーツが覗く。次の瞬間にはそれは光を――魔術の光を生み出す。各部より生まれた光は、まるでサーチライトのように異界全体へと放射された。


「あれは限定的な術式解体ディスペル――異界を構成する魔術を破壊する魔術よ!」


 放たれた光が空間に突き刺さり、異界に穴が開いた。まるで、袋の内側から針を刺してでもいるかのように。


「何のつもりだ!」


 鷲介は慌てて、《グラディウス》を走らせようとした。異界を破壊するということは、外に――現実世界に代演機が現れるということになる。それは、ある意味では核が落ちるよりも余程恐ろしいことだ。


 だが――


「もうおせぇ!」


 破砕音が聞こえた。何かが、決定的な何かが破壊される音が。異界を構成している空間自体が、まるで鏡のように砕け散る。魔術の光によって構成された空間が、また光へと帰っていく。


 白い闇にも似た爆発的な光によって、鷲介の視界は完全に閉ざされた。

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