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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep0 魔王 -Satanas Ex Machina-
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雨音

 針のような細い雨が降り注ぐのを、鷲介しゅうすけは車の後部座席の窓から見ていた。


 草木に突き刺さっていくかのような、長く冷たい雨が降り続いている。さして激しい勢いではないが、止む気配もない。永遠に続いて地を冷やし続けるのではないかと、鷲介には思える。


 車は山道を走っていた。くねりながら下る道路は、右側が斜面、左側がガードレールに覆われている。ガードレールの外には下りの斜面が広がり、針葉樹が並んでいた。途切れることのない針葉樹に、途切れることのない雨が降り注ぐ。


 そんな光景を、鷲介は首だけを動かして見ていた。


 首から下は、動かすことが出来ない。といっても、物理的に鷲介を拘束しているのはシートベルトだけだ。


 鷲介を縛っているのは、精神拘束ゲアス――魔術である。首から下を動かす気にならない、なれない。そういう状態を強制されている。猿轡や拘束衣などより、遥かに強力な拘束手段である。


 しかし仮に、精神拘束ゲアスが施術されていなくとも、鷲介は動こうという気にはならなかっただろう。


 皮膚の下には筋肉ではなく、熱い泥が詰まっているのではないか――そう思っていた。その皮膚もあちこちに傷が付き、包帯を巻いている部分もある。痛みは既に無い。ただ、じくじくと熟れるような熱が各部にあるだけだ。身体賦活フィジカル・エンチャントの魔術が勝手に働き、傷を治しているからこそである。


 肉体と同様に、鷲介の精神も疲弊していた。


 ――何も出来なかった。


 僅かに残った力が、するりとすり抜けていく。


 何かが、いや何もかもが出来るのだと思っていた。皆からもそう思われていたし、自分もそう思っていた。しかし、現実はどうだ。そう思っていた人間で、残ったのは自分一人だけではないか。


 悔しさで拳を握り締める力すら無かった。そのうえ、精神拘束ゲアスで首から下の自由は奪われている。支配されている。


 ふと、鷲介の前方――運転席から男の声がした。


「この子さぁ、これからどうするんだい?」


「さて、な。まぁ、どこかに放り出すわけにはいかないだろうが」


 答えるのは助手席に座っている男だ。


 どちらも二十代の後半から三十代の前半。運転席のほうが日本人――東洋系で、助手席のほうが彫りの深い顔立ちをしている。


 運転している男は、和服に眼鏡。妙ににへらと締まらない表情を浮かべた優男。


 助手席に座っている男は、黒いスーツと黒いロングコートで身を包んだ引き締まった肉体の長身。両腕を組み、目を閉じた姿はガーゴイルのようでもある。


「そうだよねぇ。適当に扱っていいんなら、わざわざ精神拘束ゲアスをかける必要も、君がわざわざ日本まで足を伸ばす必要もないわけでさ」


「……何が言いたい、有羅ゆうら


 運転席の男――有羅の口ぶりは、吹けば飛ぶような軽さであり、助手席の男の言葉は単語の一つ一つが岩のように重い。


 何もかもが対称的な二人の男達。


「うーん、うちで引き取ろうかな、なんて思ってね」


「お前の古本屋でか」


「そうそう。人手は欲しいところだし、どうせ他の所に預けたら、碌な事にならなさそうだしねぇ」


 そう言って、有羅は軽く笑う。


「僕はね、人道にもとる行為ってあんま好きじゃないんだよ」


「魔術師が、それも研究筋の人間が言うことか」


「だから本ばかり読むことになって、出世も出来ないのさ。まぁいいんだけどね」


 二人の男達の会話を、鷲介は聞くともなしに聞いていた。正直な所、どうでもいいとしか思えなかった。


 自分など、風に吹かれるばかりの草や、急流で削られて丸くなっていく石のようなものなのだとしか思えなかった。大きなもの、多いもの、出来上がってしまっている流れ――そういうものには、抗えない。


 それは自分だけなのだろうか。あるいは、人間というもの全てがそうなのであろうか。


 ――いや、どうでもいい。


 どちらでも同じ事だ。結局、自分は何も出来はしない。ならば、流れには身を任せるだけだ。勝手に、好きにすればいい。もう、どうでもいいのだから。


「そういうわけで、上の方にはよろしく頼むよ。君が言えば、大抵のことは通るからさ」


「勝手なことを言ってくれる」


「仕方ないだろう? 僕の権力なんて、そんなものなんだからさ」


 鷲介が思考している間にも、二人の会話は進んでいる。


 有羅は笑いを混ぜながら助手席の男に話しかけ、助手席の男は表情を動かすこと無くそれに応じる。


 大きく溜息を吐きながら、助手席の男が口を開く。


「まぁ、分かった。私としても、この少年を無碍に扱うのは本位ではない」


「よろしく頼むよ。さぁて、うちで暮らすなら、苗字を付けないとなぁ。確か名簿見る限り、苗字無かったよね、この子」


「内藤にはしないのか?」


「折角だからね。苗字ぐらいつけても良いんじゃないかなぁ、と思ってね」


 そう言うと、有羅はああでもないこうでもないと、一人で苗字の候補を挙げ始める。何分かそうやって候補を挙げた後、有羅は呟く。


「決めた」


「ほう、なんという姓にするんだ」


「黒神」


「黒神……ブラックゴッド、いやスピリットか?」


「僕の創作した苗字って言う訳じゃないよ。確か、九州あたりの地名から来た苗字だった覚えがあるかな。この子にピッタリじゃないかい。黒祠の神――望まれぬ、許されぬ神っていうネーミングはさ」


 そう言って、有羅は笑った。


 今までで一番大きく、高く。

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