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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
17/80

覚悟は有るか

「テレビが……無いのね」


 鷲介によって案内された、内藤古書堂の空き部屋。セラフィーナは荷物を下ろしながら、残念そうにそう言った。確かに、この部屋にはテレビは無かった。というより、窓と畳と押入れ以外何もなかった。


「もともと空いているだけの部屋だから、仕方ない。布団は有るから、それで我慢してくれ」


「週末までには、部屋を見つけるわ」


 セラフィーナは右手を固く握りしめていた。


「……何か理由があるのか」


「いや、その、ちょっと恥ずかしいんだけれど……」


 目を泳がせ、人差し指で真っ赤にした頬を掻いている。口は苦笑いのような半開きのような、曖昧な形。


 様子から見て、本当に何かしらの恥ずかしい事情――と言っても、深刻性はないものがあるのだろうと、鷲介は推測する。


「言いたくないなら、言わなくて構わない」


「えーっとそのー、凄く恥ずかしいんだけどー……」


 鷲介の言の後も、そう言って、先と同じ動作をセラフィーナは繰り返していた。


 ――ああ、要するに、本当はその理由を言いたいのか。


 恥ずかしがっているのは、ある意味でポーズという事だ、と鷲介は認識し、半眼になってセラフィーナを見た。別に付き合うのはやぶさかではない。


「で、どんな理由でテレビが見たくて、週末までに部屋を見つけたいんだ」


 問うと、セラフィーナはりんごのように真っ赤になって、小声で返した。


「アニメが見たいの」


「は?」


「だから、アニメが見たいの。日曜の朝からの! 機装魔獣グランシェールが!」


「あっはい」


 日曜朝と言えば、そう言えば特撮やら何やらの子供向け番組が固まっている時間帯――だったような気がする。機装魔獣グランシェールは確か――と、思い出して、顔をしかめた。


 そんな鷲介の様子に頓着すること無く、セラフィーナは喋りだす。言葉が、生まれるのが待ちきれないとでも言うかのように、妙に早口で頬も上記している。


「こう、今時珍しいぐらいのストレートなスーパーロボットアニメでね! ロボットがね、カッコイイのよ! 別にすらっとスマートな運動神経良さそうなロボットが嫌いってわけじゃないしむしろあれはあれで好きなんだけど、やっぱりスーパーロボットはああいうちょっとガッシリしてて殴り合い向いてそうな方がいいっていうかね!」


「お、おう……」


 先までと違い、目をきらきらと輝かせ、身を乗り出して熱っぽく語りかけてくる。パッと見ただけでは、恋する乙女か何かのようだ。


「変形合体玩具の出来も良くてね! 実はスポンサーやってるシギルム・ホビーが作ってるんだけど!」


「本当に手広いなシギルム……」


「錬金術を応用して作った新素材の形状記憶系超合金のお陰で、一見物理的に無理そうな変形をきっちり再現しつつ、各形態でのプロポーション再現も完璧なのよ!」


「魔術をなんだと思ってるんだ……」


「三つ買ったわ!」


「それはない……」


「そういうわけなので、ワイドな液晶と録画環境のある部屋に引っ越すわ」


「最悪、ポータブルテレビとかでも構わないのでは」


 鷲介の言に、セラフィーナはきょとんとした表情を向ける。


「え? なんでそんなちっちゃい画面で見なきゃいけないの? 録画できないし、片手落ちじゃすまないわ」


「この娘、面倒臭い……」


「あなたが言うの? それを」


「……どういう事だ」


 セラフィーナの表情からは、先までの浮かれは消えていた。射抜くような、あまりに真っ直ぐな視線が鷲介に突き刺さる。


「鷲介、あなた本当に私に協力していいの?」


 一瞬言葉に詰まる。


「何が、言いたい」


「あなたは私に協力してくれると言ったわ。でも、本当に大丈夫なの、あなたを信じて」


 その疑問は、試すようなものでもなく、純粋に疑問として投げかけられた。表情には不信も嘲りもない。ただただ透明な問いかけ。


 透明な問いかけを間に、和室に二人、立ったまま僅かな間見つめ合っていた。


「どうして、あなたは私を助けてくれたの?」


 その問いかけに、鷲介は何も返答できない。言葉が詰まる。どう考えてみても、自分にはよく分からない事だったからだ。何故セラフィーナを助けてしまったのか。


「あなたが良い人なのは分かる。結構世話焼きなのも分かる。魔術師なのも分かる。でもきっとそれだけで、魔術師の戦いに首を突っ込もうなんて、思わないでしょう?」


「それがなんだって言うんだ」


 冷たい汗が一筋流れる。どうしても心が揺さぶられる。セラフィーナの問いかけは、人を揺さぶって楽しむかのような、有羅のそれとは違う。まっすぐ背筋と視線を伸ばした、美しさすら感じる問いかけだ。


 故に、不真面目な答えもはぐらかしも許されないように鷲介には思えた。それでも、鷲介は逃げて答えた。逃げることしか出来なかった。


「どんな理由だろうと、関係無い。結局、君一人じゃあの男は倒せないんだ。それで私が協力すると言っている。問題はない」


「そう、確かにそうなのでしょうね。でも、それでも、と思うの。あなたは迷いなく、私に協力しようとしてくれているわけではないって」


 真摯な目をしていた。だから、何も言えなかった。セラフィーナの存在自体に気圧されているような気がした。


 セラフィーナは続ける。


「昼休み。あなたは、答えることを躊躇った。それはきっと、自分の中できっちりと整理が出来てないからだと思う。自分の心に沿うことが出来ていないから」


 自分の心に沿う。嫌な言葉だと、鷲介は思う。そんなものに何の意味がある。自分の心も、世の流れも、全てままならないものだ。それらに流されて行くことの何が悪い。


「なら、君は出来ているって言うのか? 自分の心に沿うことが」


「ええ」


 セラフィーナはこくりと頷く。セラフィーナは自分の胸に手を当て、目を伏せる。


「私は、私の父が死んでから立場を失ったディクスンの家名を再興したい。その為に、魔術師として研鑽を積んで、戦闘魔術師として立場を認められる。もしかしたら、ここにいてもいいって認められたいだけかもしれない。私が、私が戦う理由。私の心」


 そう言って、セラフィーナはまた鷲介に視線を向ける。


「あなたは、どうなの? 鷲介、あなたは何故私を助けてくれたの? きっと、あの時のあなたは、自分の心に沿っていたと思うけれど」


 即答出来れば良かったのに、と鷲介は思う。セラフィーナの真っ直ぐさが、憎らしくすらあった。ギリと歯噛みをして、噛み付くように言い返す。


「そんなの関係ない。君の目的だって、結局は私が居なくちゃ果たせないんだ。黙って協力されていろよ。それでいいだろ」


 セラフィーナはそれを聞いて、寂しそうな目をして、拳をゆるく握った。


「いえ、あなたが嫌だって言うなら。私は一人であの男と戦う」


「何言ってるんだよ!」


 セラフィーナは今、代演機を扱うことはおろか、真っ当に魔術を行使することすら不可能なはずだ。その状態であの男と戦うなど、自殺に等しい。それなのに、何故戦おうとする。思わず、語調が荒くなった。


「そんなに自分の家をどうこうしたいのかよ! 命をかけてまで! あの男にしたって、この街から離れて逃げればいいだけの話じゃないか! あいつだって、この街から逃げているかもしれない!」


 セラフィーナはゆっくりと首を横に振る。


「私はシギルムの戦闘魔術師として務めを果たして、皆に認められて立っていたい。そのためには、逃げる訳にはいかないの。それに、あの男は今、間違いなくこの街に居るわ」


「どうしてそんなことが言える!」


 セラフィーナは語調を変えず、さも当然のように言う。


「私が呪ったからよ」


「――」


 そう言われて、鷲介は思い出す。あの戦闘の最後、セラフィーナがあの男に対して何かしていたのを。あれはあの男に呪いをかけていたのか。


 セラフィーナが続ける声は、先と同じ当然の響きを含んでいた。薄い桃色の唇が、静かに言葉を作る。


「土地縛りの呪い。呪者が対象を、土地から出られなくする呪いよ。呪いを解く方法は、呪者が呪いをかけた土地を離れるか、呪者が死ぬこと」


 自分の顔から血の気が引いて青ざめていくのが、鷲介には分かる。セラフィーナが言ったことをそのまま受け取れば、それはつまり、それはあの男がセラフィーナを殺しに来るということと同義だ。セラフィーナは、そんな呪いを、鷲介が協力するかどうかわからない内にかけているのだ。


「なんでそんなことを!」


「どうあろうと、私はあの男と戦わなくちゃいけないから。確実に戦いは起こるわ。だから、もう一度よく考えてから答えて。一緒に戦ってくれるなら、私は嬉しい。でも、仕方なくとか、もう降りられないからとか、そういうのじゃなくて、何故そうしようとしているのかがあなたに分かっているならの話だけど」


 そう言って、セラフィーナは儚く微笑んだ。手を触れれば崩れてしまいそうな微笑みに、思わず鷲介は吐き捨てる。


「勝手だ」


 自覚が合ったのか、セラフィーナは目を伏せた。長い睫毛がよく見える。自分で言っておいて、その辛そうな姿に鷲介は胸を突かれたような気になった。なぜ、この少女はやることなすこと全てで自分の胸をかき乱してくるのか。


 目を伏せたまま、セラフィーナは続ける。


「勝手なのは分かっているわ。ただ、私は、戦うなら覚悟を決めてほしいの」


「覚悟――」


 覚悟とはなんだろう、と鷲介は思う。覚悟を決めるとはどういうことだろう。思わずセラフィーナを助けてしまったとき、自分は覚悟が決まっていただろうか。目を伏せて考える。


 出来ていなかった、と思う。だからこそ、こうして考えてしまう。覚悟が決まっていたならば、愚問で切り捨てるような事を。


「三日よ」


 思考の迷宮に入った鷲介を突き放すように、声が響く。鷲介が顔を上げると、セラフィーナが今度は目を逸らしていた。斜め下を見て、顔を歪めている。まるで、痛みに耐えているかのように。


 セラフィーナは続ける。寂しそうで、それでもしっかりした声音で。


「三日後に、異界を作ってそこにあの男を呼び寄せるわ。だから、それまでに決めて。あなたが本当に戦っていけるのかを」

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