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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
12/80

機神 二

 ――私がこれに乗ることになるなんて。


 因果な事だ、と鷲介は思う。世の中何が起こるか分かったものではない。


 鷲介の足元に、猫の姿のままで座ったセラフィーナが口を開く。


「《ルベル》は《グラディウス》と同一のフレームを持った機体よ。基礎性能は一緒。ただし、《グラディウス》は術式兵装と追加装甲を装備しているわ」


「その所為か、少し重い気がするのは」


 機体自体の操作感覚を、操手である鷲介は身体感覚として受けている。鎧でも纏っているかのような、纏わりつく重さはその追加装甲の所為なのだろう。


 そんな中で、一番重量感が有るのが、左腕だった。装備の情報は、機体から鷲介へと送られている。それによると、左手に装備されているのは大盾と剣だ。


 術式兵装・霊剣フツヌシ。


 強力な斬断魔術を行使する術式兵装であるらしい。そしてそれが《グラディウス》本体に与える影響を最小限に抑えるための護符タリスマンとして、大盾を装備している。追加装甲も、同様だ。


 ――つまり、それぐらい危険度が高いということか。


 切り札になりうるが、その分慎重に扱う必要がありそうだ。


 《ルベル》との距離は、それほど開いていない。一歩でも踏み込めば、そのまま殴りかかることが出来る間合い。


「さて、まずは慣らしだ。着いて来いよ」


 《ルベル》から暁人の声が聞こえる。通信ではなく、拡声器のようなものを通した音声だ。


 駆動音を鳴らしながら、《ルベル》が踏み込んでくる。勢いを乗せて突き出される拳を、鷲介は左腕の盾で受ける。


 爆発的な衝撃と共に、《グラディウス》が押される。足底が床を削り、コンクリートの破片と火花を撒き散らす。


 派手な轟音や衝撃に反して、鷲介に送られてくる機体コンディションでは、拳を受け止めた盾に損傷はなかった。


「防御力に不安はない」


「当然でしょう? 《グラディウス》はスーパーロボットよ?」


 何故か妙に誇らしげなセラフィーナを余所に、鷲介は右拳で攻撃を返す。狙うのは当然、損傷を受けている胸部だ。


 それは《ルベル》の左掌に受け止められる。拳を叩きつけ合い、それで機能不全の一つも起こさない。魔術師が乗っている限り、代演機の手指はマニュピレーターなどという繊細なだけのものではないのだ。


「はん! 互いに頑丈だってことだけは良く分かった。じゃあ、次に行くぜ」


 暁人が言うと、《ルベル》の穴開きだった胸部が埋まった。元通りになったというわけではない。損傷部の切り口から触手型の魔種が生え、まるで古びた館を蔦が覆うようにして穴を埋めたのだ。


 代演機に搭乗した魔術師は、己が使う魔術をひと通り行使することが出来る。それも、搭乗前から遥かに威力を増して、である。


 《ルベル》の右腕から、魔種が生える。それは下腕部から発生し、一気に手首から貫手の形に揃えた手指までを覆い、更に伸びる。完成するのは、腕が直接出刃包丁に変化したかのような巨大な刃魔である。


 大きく弓を引き絞るかのようにその右腕を引く。


「ちぃ」


 受けるか? という脳内で自らが発した問いに、鷲介は否と応える。回避して攻撃に繋げる。そうしようとして、足に違和感を覚えた。


 魔種は《ルベル》の右腕だけに発生していたのではなかった。《ルベル》の足先からも発生しており、《グラディウス》の足へと絡みついていたのだ。


 引き千切るのは不可能ではないが、そんなことをしている間に攻撃を受ける。だがこのままにしては、回避の邪魔になる。


「どうするの!?」


「盾で受ける!」


 左腕を前に突き出す。しかし、それは先とは違い、拳を通さない壁のような突き出し方ではない。まっすぐ、突き出されようとする刃魔の軌道から僅かにずれる形だ。


 《ルベル》の突きが繰り出される。


 抉るような一撃が、盾の上を滑っていく。しかし、今度は盾も無傷というわけではない。ピーラーで削られるように表面が剥がされ、不快な金属音とともに表面の錬金物質アルケミー・マテリアルが火花とともに舞う。


 このままでは勝てない、と鷲介は確信する。


 《グラディウス》は、ルベルに比べると余計なものが付きすぎている。それがタフさに繋がっても居るのだが、デッドウェイトに感じられるのもまた事実。そして、純粋な戦闘者としての技量では、どうしてもあの男に鷲介は劣る。


 ならば、この機体に――《グラディウス》に頼るしか無い。


 《グラディウス》にあって、《ルベル》に無いもの。即ち、術式兵装・霊剣フツヌシ。


 慎重に使わなければならない。しかし、ここで使わなければ、間違いなく負ける。そして、殺される。


「使うしか――無い!」


「あなた!?」


 左腕を付き出したまま、そこに右腕を伸ばす。盾の先からは、術式兵装・霊剣フツヌシの柄が伸びている。


「何のつもりだ!」


「切り札を抜くのさ!」


 暁人にそう応じながら、《グラディウス》に霊剣フツヌシの柄を握らせる。


「術式兵装・霊剣フツヌシ――抜刀!」


 引き抜く。


 そうして刀身が僅かに露出した、まさにその時だった。


 鷲介の脳髄に、何かが走った。熱のようなそれは、膨大な情報の塊――《グラディウス》の電脳内を走る、共通化術式コモンコードだ。


 ――術式の、逆流か?


 脂汗が流れる。鷲介の脳髄を焼き切らんとするほどの、莫大な情報の洪水。熱い塊が脳の中を縦横無尽に暴れまわる。一体それが何を意味するのかすらよく分からない、ただ量が多いということだけが分かる分量。


 ――う……


 頭痛、そして加熱。


 そうして、脳内に流し込まれる情報は、以前から存在した情報と新しく流れ込んだ情報を結合させ、魔術を完成させていく。まるで、この術式兵装を使用するための、ドライバをインストールさせられているかのようだ。


「う、お、おぉぉぉぉぉ!」


 鷲介は咆哮する。


 喉が引き攣れるほどの咆哮。光の軌跡を残しながら、フツヌシを完全に引き抜く。そのときだった。


 刀剣が光を放ち、爆発した。


「え、これって一体」


「なんだ、おい!」


 その爆発は光が広がるだけのものではない。《グラディウス》と《ルベル》の間に発生した爆発は、二機を大きく後方へと弾き飛ばした。総統な重量を持つはずの二機が、まるで小学生に投げつけられたドッジボールのように地を跳ねまわる。


「にゃあ!」


 衝撃で、セラフィーナがコクピット内でピンボールのように吹き飛ぶ。


 しかし、鷲介はそれに気を向ける余裕すらなかった。


 ――なんだ、この剣……


 《グラディウス》を立ち上がらせ、両手でフツヌシを構えさせる。ただ、それだけで凄まじく神経をすり減らす。勝手にあらぬ方向へと進もうとする車輪を、常時修正し続けるような感覚だ。


 その馬鹿げた出力をコントロールするためか、機体後方へと伸びている管――ハイロゥ・マフラーが、余剰出力を光にして吐き出している。弾けるようにして、光の粒子が機体背面に吐き出されていた。


 先ほどの爆発は、鷲介がそのエネルギーを制御せずに解き放ったことによる暴発、ということのようだった。


「はん! その剣がどんだけのもんか、見せてみろよぉ!」


 暁人が《ルベル》の各部から魔種を発生させる。一本一本が人間の胴体より太い、針持つ触手のような無数の魔種が、ミサイルのような速度で迫って来る。


 それに向かって、《グラディウス》はゆっくりと一歩踏み込んだ。それだけで、機体の外に漏れる余剰エネルギーが床を砕いて――否、斬り裂いて、その破片を巻き上げる。


 触手が《グラディウス》に迫る。


 しかし、それは《グラディウス》の装甲に達することはなかった。それよりも早く、フツヌシから漏れ出る余剰の斬断魔術によって、粉微塵に斬り裂かれていくのだ。


 それは同時に、《グラディウス》自身にも細かい傷を与えている。追加装甲、大盾、防護魔術――それら全てを使っても、尚ダメージを受ける。


「まともじゃ、ない……」


 過剰過ぎる出力。過剰過ぎる威力。まだ一度も振るってすら居ないというのに、鷲介はそれを実感していた。《グラディウス》という機体自体が、この術式兵装を使うためだけに全てを投げ出すような機体構成になっているだけのことは有る。


 だが、何故ここまでしてこんな強力な武器を運用しようとしたのか。それが分からない。


 ――いや、今はそんなことは重要じゃない。


 この出力過剰とも言える霊剣ならば、《ルベル》を斬り裂くことも不可能ではないだろう。


「鷲介、あなた大丈夫なの?」


 鷲介の顔色を見て、セラフィーナが言う。


「一発斬りつければ良いだけだ。問題ない」


 言いながら、《グラディウス》を歩ませる。一歩一歩、間合いが縮まる。その間にも、《ルベル》からの攻撃は続いていた。


 巨大な手裏剣型をした刃魔の投擲。触手型の魔種による叩き付け。あるいは、雷撃や火炎。手を変え品を変え繰り出されるそれらを、《グラディウス》は――いや、フツヌシは全て斬り裂いていた。フツヌシが用いているのは、物理的な切断ではなく、切断という概念を相手に押し付ける斬断魔術である。物理的に斬り裂けないものだろうと、関係なく斬り捨てる。


「糞、バケモノが!」


 全ての攻撃を防がれた暁人はそう吐き捨てる。


「だったら、なんだ。何も問題はない」


「バケモノはよぉ……ぶっ殺さなきゃ駄目だろうがァ!」


 突如、《ルベル》の全身が変質する。先ほど、腕をまるごと刃魔と化した際の変化とほぼ同質のもの。魔種の展開である。しかし今度のそれは規模が違いすぎる。全身を覆い尽くし、原型が消えるほどの変化。それは代演機を核とした、巨大な魔種そのものである。


 全身が肉のように脈動し、各部の口からは牙が覗き、無数の目が《グラディウス》を睨めつける。その両腕は、先のものと同じ大型の刃魔だ。


「どっちが、バケモノだ……」


「両方に決まってんだろうがよぉ!」


 変質した《ルベル》が、《グラディウス》に飛び掛る。獣の如き跳躍速度。


 それを、《グラディウス》が迎え撃つ。フツヌシを下段に構え、打ち上げるような斬撃。


「斬り裂く――!」


「ブッ殺す!」


 《ルベル》の斬撃と、《グラディウス》の斬撃が空中でぶつかり合う――


「黙って斬り裂かれろ!」


「うるせぇ! てめぇこそさっさと死にやがれ!」


 二機の間で、斬断魔術と防護魔術と純粋な物理的衝撃とがせめぎ合い、周囲にそれらが破砕する光と音が溢れる。耐え切れなくなったほうが、真っ二つにされる。


 先に耐えられなくなったのは――


「いけないわ」


 セラフィーナが口を開く。その目は、モニターに表示された周辺コンディションに向けられており、猫の姿にも関わらず冷や汗を流している。


「フツヌシの斬断魔術が強力過ぎる!」


「そんな事言われるまでも無い!」


 凌ぎ合うのに必死で、鷲介はそれらを見ることが出来ないでいた。向こうも代演機に備えられた魔術の全てを持って攻撃に来ている。とは言え、純粋な破壊力ではこちらが優っているのも確かだ。僅かながら、向こうの防護魔術が破砕される速度が早くなってきている。


 鷲介の精神が磨り減り切る前に、押しきれば勝てる――


「そういうことじゃないの! 周辺に与える影響が大きすぎるわ。このままじゃ、この異界を構成している魔術が――」


 セラフィーナが言い終わるよりも、ぴしり、という音のような感覚を、鷲介が得るほうが早かった。


 それからは一瞬だった。


 足場が、周囲の空間が、まるで鏡が割れ、それに写った世界が粉砕されるようにばらばらに砕け散ったのだ。


「うぁ!」


「ぬぉ!」


 《グラディウス》も《ルベル》も、安定を失って体勢を崩す。その際に、フツヌシが大きく振りぬかれた。斬断魔術が完全に行使される。


 《ルベル》を覆う魔種が、まるで振り払われた霧のように消失する。コクピットの穴を覆うものまで含めて、である。


「糞、やってくれるじゃねぇか! 勝負は一旦預けるぜ!」


 崩壊する異界の中に、魔法陣が展開される。それは転送用のものだ。


「やらせ、ない……」


 そうは言ったものの、先からのフツヌシ制御で、鷲介は疲れきっていた。今、転送魔術を斬り捨てる事は出来ない。


「ええ、そう簡単に逃がしてはあげないわ!」


 そう言うと、セラフィーナは、にゃあと鳴いた。


 それに呼応して、《グラディウス》の目が煌めいた。そこから、魔術が行使される。《グラディウス》の視線の先には、《ルベル》の胸部、剥き出しになった暁人の姿があった。


「まだ、《グラディウス》に干渉する程度の権限は残っているわ。と言っても、この程度だけれども」


「てめぇ、何しやがった!」


 魔術を受けて、暁人は左胸を押さえた。その表情には、苦痛と、それ以上の屈辱が塗りたくられている。


「さぁて、何かしらね」


 言いながら、セラフィーナは前足で顔を拭うように擦った。


「ふざけやがって! ふざけやがって! 許さぜねぇぞこのクソアマがぁ! そのクソガキもだ! まとめてタタキにしてやる! 死ね! 死ねぇ!」


 咆哮と共に転送魔術が行使され、《ルベル》の姿が消える。


 ときを同じくして、異界の安定は完全に崩壊した。残ったのは、宇宙のような何もない空間。そして、そこに浮く一機の代演機だけだった。


 フツヌシを盾に収めると、鷲介は座席に崩れ落ちた。緊張から開放されて、身体から完全に力が抜けていた。


 その場の勢いのようなもので魔術師と戦い、代演機に乗り、そしてこうなっている。


 どうしてこうなったのだろう。こんな激動からは、離れようと考えていたのに。どうせ何も出来ないのだから。


「ありがとう」


 足元からの声に、びくりと身体が反応した。ゆっくりとそこに目を向けると、猫――セラフィーナの姿があった。


「私は何もしてない」


「いいえ」


 セラフィーナは首を横に振った。ゆっくりと、諭すように。


「あなたのお陰で、私は今、生きている。だから、ありがとう」


 笑うことなど無いはずの猫の顔のまま、セラフィーナは柔らかく微笑んだ。


 それを見た鷲介は涙を一筋流していた。


 何故だろう、理由は鷲介自身にも分からない。ただ、涙を流すのは、とても気持ちが良かった。

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