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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
11/80

機神 一

「クソアマ、てめぇ変身魔術まで使いやがるのか……!」


「その通り。まだまだ負けるわけにはいかないわ」


 白金色プラチナの猫――セラフィーナは鷲介の肩まで駆け上がると、そう言う。


 暁人は、両足を震わせながら、白目を剥いていた。体の所々から、白い煙が立ち上っている。それも無理は無い。真水以上に電気をよく通す血液に、電撃を流されたのだ。全身を電流が駆け巡り、その後は抵抗によって発生した熱が血液を凝固させ、血栓を作り出す。


 真っ当な人間なら死んでいる。


「あれで死なないのかよ」


 鷲介は吐き捨て、歯を噛む。


 真っ当な人間ならば死んでいる。しかし、魔術師は真っ当な人間ではない。暁人は受けたダメージを、即座に魔術で修復していく。


 代演機の操手を倒すのは、並大抵のことではない。


「ははは……楽しませてくれるじゃねぇか! だがよぉ、お前後どれだけ魔術を制御出来る? 良い感じに回ってるんじゃねぇか?」


 傷口を高速で修復させながらそう言う暁人に、猫の姿になったセラフィーナは何も言い返さなかった。


 暁人が先に言っていたことを、鷲介は思い出す。魔術行使を阻害する毒を、セラフィーナは受けているのだ。そんな状態で猫に変身し、雷撃魔術を行使した。後どれだけ魔術が行使出来るのか。鷲介は冷や汗を垂らす。


 雷撃は暁人にダメージを与えはしただろう。しかし、それ以上はどうしようもない。


「どうすれば……」


「代演機に勝つには、代演機が必要。だから」


 猫の姿のまま、セラフィーナは言う。鷲介はその声に、深刻な響きとある種の決意を感じ取った。


「一体何を――」


 鷲介が言い終わるよりも、セラフィーナが口を挟む方が早い。


「あなたを信じる。私を手助けしてくれた、あなたを」


 鷲介の首筋に、刺すような、それでいてどこか甘い痛みが走る。


「う――」


 左の首筋に感じるのは、痛みだけでは無かった。口付けにも似た柔らかさと暖かさ。それが首筋から全身へと拡散していく。


 セラフィーナが首筋に噛み付いたのだ。それだけではない。噛み付くと同時に、何かを流し込まれた、という感覚がある。それは鷲介の体内を高速で循環し、内面を変質させていく。まるでコーヒーにミルクを垂らしたかのような変質、或いは侵食。


「唱えて――《グラディウス》、トリガーオープン」


 染みこむようなその言葉に誘われ、鷲介は口を開く。


「《グラディウス》、トリガーオープン」


 瞬間、鷲介は奇妙な感覚に襲われた。知るはずのない知識を詰め込まれ、同時に知覚と自我が拡大していくような感覚。空気の色が、触れていない床の温度が、肉体の軋みが、時間と空間が、全て自明のものとして理解できるかのような感覚。


 代演機の電脳、その莫大な処理能力が自分に接続されている。怖気すら覚えるほどの、拡張感覚。自分が別の生物種に進化しているのではないかと思えるほどだ。


「あ、あ、あ――」


「私の代演機を、あなたに渡すわ。お願い、あの男を倒して」


 それはおそらく、切実な願いだった。


 それに、鷲介は答えようとした。


 猫になったセラフィーナを乗せたまま、鷲介は跳躍した。跳躍した後に、自らを加速させる。まるでロケットミサイルのような多段式の加速。


 暁人はまだ完全に回復しきっていなかった。立ち上がっては居るが、攻撃に来ることは恐らく出来ない。


 右腕の手指で刀印を作り、魔剣を形成。刺突する。人間には恐らく反応不可能な程の高速の刺突。


 破砕音と共に、それが止まる。防護魔術だ。だが、と鷲介は思う。


「防がせ無い」


 《グラディウス》の電脳内にある共通化術式コモンコードを走らせる。魔術解体ディスペルの魔術が行使され、防護魔術がステンドグラスのように弾け飛ぶ。


「か――!」


 更にもう一度破裂音がして、刺突が停止する。貼り直された防護魔術だ。魔術の解体は、暗号解読にも似ている。魔術師というスクランブラーにかけられた構造を読み、それに合わせて魔術を解体する。先とは違う魔術解体ディスペルの魔術が行使され、防護魔術が割れる。


 貼り直しと解体が連続し、何重ものガラスを破壊し続けるようにして刺突が進む。


「ならこうだ!」


 急に、暁人が防護魔術の展開を辞める。代わりに、一歩踏み込む。ゆらりとした動きでありながら、早い踏み込み。脳天を狙ったはずの刺突が、ずれる。


 魔剣の刺突は、暁人の肩を抉った。


「何!?」


「気付くのがおせぇ!」


 傷口から血を噴出させながら、魔剣の刺突を受けながら、暁人の踏み込みは止まらなかった。まるで魔剣を自らの内に押し込んでいくかのように。


 それは最終的に、鷲介の手指にまで達する。暁人は傷口で刀印を咥え込んだのだ。ぬちゃり、という生肉と血の感覚とぬるさが、敏感な手指に強く感じられる。


 傷口を直接弄ばれる激痛――自分がセラフィーナに与えたのと同じ激痛を受けているはずなのに、暁人はそれを顔に出さなかった。むしろ激痛すらも楽しんでいるかのように笑っていた。


 怪物――という言葉が、鷲介の脳内に浮かぶ。こいつは本当に人間なのだろうか。魔術師は大なり小なり人間から外れる。しかし、この男の人間からの外れ方は、魔術師としてのソレを除いても異常だ。魔種を生み出す造魔師であるこの男は、本当は自らが魔種――人の形に収められた怪物なのではないか。そんなことを、冷や汗と共に考えてしまう。


 予想外の行動に不意を付かれ、さらに拘束を受けた鷲介よりも、暁人が動くほうが早かった。


「左!」


 肩に乗るセラフィーナの悲鳴のような声で、鷲介はそれに気づいた。


 右手の拳が、フック気味に飛んできた。魔術による身体能力の強化で反射神経や動体視力までも強化されていなければ、直撃を受けてそのまま脳漿を撒き散らすことになっていたであろう拳撃。それを鷲介は左腕を裏拳気味に振り回して受ける。


 骨まで痺れる衝撃。身体強化魔術は乗算式だ。同じレベルの身体強化魔術を用いていたならば、元の肉体が強固な方が勝つ。そして、体格からして当然だが、素の身体能力では、暁人が圧倒している。


「次を受けるのは不味いわ!」


「言われるまでも無い!」


 右手指を暁人の肩から引き抜きながら、背後に飛ぶ。泥をかき回したかのような音と共に血が手指の後を引き、距離が再び離れる。


 追えるはずの鷲介の動きを、暁人は追わなかった。代わりに、肩を震わせていた。


「くくく……」


「笑う余裕など無いはずだ」


 不気味さを覚え、鷲介は思わずそんなことを言う


「あー、いやすまんすまん。でもよぉ、それなりに互角の戦いって奴は、やっぱり楽しいもんだぜ。賭け金がデカイとなれば、尚更さ」


「私は、楽しくなんて無い」


 鷲介の言葉を聞き、暁人は両手を叩き合わせる。ぱしり、という軽い音が響いた。


「一般論じゃなくて、俺の持論だからな。拮抗した実力で、命懸けのギリギリってーのは良い、一方的な殺戮の次ぐらいにいいぜ」


「あなたは――!」


 セラフィーナの、歯ぎしりすら聞こえそうな憤りの声。


「だがよぉ、命懸けのギリギリやるなら、全力でいかなきゃいけねぇよなぁ!」


 そう言うと、暁人は大きく両の手を叩き合わせた。音が周囲に拡散するのと同期して、暁人の足元に魔法陣が形成される。


 それは転送魔術のためのもの。それも、自分や周囲の物を何処かに送るためのもの《テレポート》ではなく、こちらに引き寄せるためのもの《アポート》だ。その証拠として、暁人の頭上には空間をシェイカーにかけたかのような歪みが生まれている。


 この状況で何を呼ぶつもりなのか。


 ――一つしか無い。


「応じましょう」


「それしか無い」


 セラフィーナの声に、鷲介は応じる。そして、《グラディウス》の電脳で共通化術式コモンコードを走らせる。


 走らせたのは当然、転送魔術の共通化術式コモンコード。転送するのは当然、代演機グラディウスだ。鷲介達の足元にも魔法陣、頭上には歪みが発生する。


 然程間を置くこともなく、二機の鋼が歪みの向こうから現れる。


 赤いラインの代演機――《ルベル》。


 灰のラインに、剣盾と装甲を追加した代演機――《グラディウス》。


 二機は歪みから生まれ出ると、異界の床にその質量を押し付けた。局所的な地震のような震えが、波としてぶつかり合い、轟音とともに相殺される。


 転送魔術は鷲介達にも効果を及ぼす。


 鷲介は《グラディウス》の内部――コクピットの座席へと座っていた。猫の姿のままのセラフィーナも一緒だ。奇妙な場所だった。座席自体はアンティークのような装飾が施されているのに、それを囲むモニタ類は戦艦の艦橋のように機械的。しかし、それらは全て光を失っていた。


 座席のアームレスト先端に、血のように赤い球体がある。鷲介はそうするのが当然のように、その中に手を突っ込む。ぬるり、と球体の中に手が入り、そこから何かが読み取られていく。


「ぎっ!」


 突然の痛みに、鷲介は悲鳴を漏らして目を瞑った。首の裏に、針のような何かが差し込まれる。それが何かは、代演機の操手である鷲介には良く分かる。代演機とその操手である魔術師を接続するためのケーブルだ。


 代演機の電脳と鷲介の脳がダイレクトに接続された事により、鷲介の感覚は再び肥大化した。先ほど《グラディウス》の操手となったときの数倍する勢い。強制的な双方向コミュニケーションが、二つのもの――鷲介と《グラディウス》――の間に存在している齟齬を、暴力的な勢いで駆逐していく。


 形の似ているものから魔力を見出す――魔術の基本の一つである、類感魔術。それが、代演機と操手の間に働いているのである。今、《グラディウス》と鷲介は魔術的には同一の存在となっている。これこそが、代演機が人型をしている最大の理由である。


 代演機と操手が同一化することにより、代演機は操手の手足も同じ動きをすることができる。さらに、代演機という巨大な人型と同一化することにより、魔術師という小宇宙ミクロコスモスは肥大化し、宇宙マクロコスモスへと近づく。それだけ、魔術の効力も増大化する。


 先程までの痛みは消えていた。代わりに、何処までもクリアな、汚れ一つない水面のような思考だけが広がっていた。


 ――こんなにも涼やかな気分なのはいつ以来だろう。


「《グラディウス》――トリガーオープン」


 鷲介が目を開いてそう言うと、《グラディウス》もそれに応える。言葉によって、《グラディウス》は完全に鷲介と同一化する。光を失っていた周囲のモニタが完全に起動し、そこには機体のコンディションや周囲の状況が映し出される。


 そう言った通常の肉体による視覚と同時に、鷲介は《グラディウス》の目が捉えた映像も、まるで自分の目が捉えたものであるかのように認識していた。


 その《グラディウス》の眼前で、《ルベル》も同様にラインアイを発光させる。


 ――向こうも戦闘に問題はない、か。


 異界の中で、代演機同士の戦闘が始まろうとしていた。

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