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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep1 開封 -Apertus-
10/80

邂逅 三

 鷲介のガンドは、男――暁人にとっては、完全な不意打ちとなった。当然だ。関係者だとは考えていたが、魔術師であるとは考えなかった。もし魔術師であるならば、当然今までの暁人の攻撃に対して、魔術をもって抗しようとするからだ。


 故に、その一撃を側頭部に完全に受けることとなった。受けたのは、ただのガンド撃ちでは無かった。物理的な破壊力を持つ、フィンの一撃だ。


「が――!」


 まるでボーリングの球でも投げつけられたかのように、暁人の首が捻じれ、バランスを失った肉体が吹き飛んでいく。


 それを確認した鷲介は、少女――セラフィーナに駆け寄った。


「大丈夫か!」


 そうして、無理矢理セラフィーナの肩に刺さった魔種を引き抜く。


「ん、ああ……が」


 魔種は抜けづらいように、変形して返しを持っていた。それを無理矢理引きぬいたことにより、肩の肉もまた諸共に持っていかれることになった。熱っぽい声を上げながら、噴水のような出血を、セラフィーナは手で抑えようとする。


 少し間を開けて、セラフィーナは一息吐いた。脂汗が光っているが、先よりは落ち着いたようだった。


「ありがとう……助かったわ」


 セラフィーナは息も絶え絶えにそう言う。


「い、いや、私の方こそ助かった」


 鷲介は、困惑していた。


 ――何故、魔術を……!


 使う気の無かった魔術を、使ってしまった。何故か、自分でも理解不能な衝動が身体を動かしたのだ。


 そんな鷲介の困惑を余所に、セラフィーナは片目を瞑ったまま、傷口を抑えたまま立ち上がった。傷口から、彼女の血管すら透けて見えそうな白い肌を通って赤い道が出来、ぽたり、ぽたりと雫が垂れ落ちている。


「お、おい、何を――」


「決まって、いるわ。あの男を、倒すのよ」


 その息が早い。顔色も青ざめている。当然だ。継続的に与えられる痛みは無くなったとは言え、ダメージは大きい。出血も酷い。魔術の行使が阻害されているなら、回復もままならないだろう。その激痛は、嘔吐感すら覚えるほどのはず。


 セラフィーナは、その視線を吹き飛んだ暁人の方へと向ける。男はまだ生きている。既に、体勢を直そうとしている。


 確かに、あの男は危険だと鷲介も理解している。しかし、こんな戦っても死ぬだけなのが見えている状況で、戦うのは無駄だ。頭に血が上る。


「ふざけるな! お前自分の状態が分かってるのか? さっきの男が言う事が確かなら、お前は賦活魔術もろくすっぽ使えないんだろ! 立ってるのだってやっとって顔してる! 戦う意味が無い!」


「それでも」


 セラフィーナは、震える声で言う。


「それでも、私がやらなくちゃいけないの」


「なんでだよ。お前が魔術師だからか? そんな事で命をぶん投げるなんてふざけてる。あり得ない!」


「私にとっては、そんな事じゃないの。責務を果たさなくちゃ、他人には認めて貰えない。そんなのは嫌。だから戦うの」


 でも、とセラフィーナを一度言葉を切り、青ざめた頬に僅かに紅を差した。


「ありがとう、あなた優しいのね」


 セラフィーナはそう言って、震える足取りのまま、鷲介に背を向ける。


 鷲介は呆けていた。セラフィーナの言葉が突き刺さっていた。


「一つだけ言っておくわ。私は『お前』じゃないわ。セラフィーナ。セラフィーナ・ディクスン。覚えておいて」


 痛みに耐えながらの声だったが、いや或いはそれ故か、鷲介にはセラフィーナの声に誇りの色を感じた。


 死に安らぎを――いや、逃げ場を求めた鷲介とは、まるで違う姿だった。


 そう思った時、一歩足を踏み出していた。一つの決意と共に。


「鷲介。黒神鷲介だ」


 そうして、彼女の横に並ぶと、魔術で強化した拳を、セラフィーナの腹部に叩き込んだ。


「え――」


 大きな目を丸くし、どうして? と言いたげな表情で、崩れるように倒れるセラフィーナを見ることもなく。鷲介はそのまま歩いた。その先には、立ち上がろうとしている暁人が居る。


 ――どうして、こんなことをしているのだろう。


 問う。


 少女――セラフィーナ・ディクスンが戦うことが無駄だからか? 少女に言った通り、無駄だから止めさせるべきだと考えたからか? 無意味に死なせたくなかったか?


 それもある。だが、それだけではないとも思っている。先程のセラフィーナの言葉を思い出す。


 ――責務を果たさなくちゃ、他人には認めて貰えない。そんなのは嫌。だから戦うの。


 気の迷いのような気もする。自棄糞のような気もする。


 だが、自らの意志で戦いに臨もうとしている。それもまた事実だと鷲介は認識していた。


 セラフィーナの言葉に共感したわけではない。しかし、思うところがあったのも事実だ。


 頭を振りながら立ち上がる暁人に、鷲介は拳銃を抜くように自分の手指を突きつける。


「代打、私だ」


 魔術を行使。人差し指の先端からフィンの一撃を発射。弾丸と化した精神は、矢のような速さで暁人に殺到する。


 しかしそれは先とは違い、暁人に命中する寸前で破砕音を残して破裂する。防護魔術の展開だ。


「さっきはやってくれたじゃねぇか。まさか魔術師だとは思わなかったぜ」


「魔術師じゃ無い。少なくともさっきまでは魔術師じゃなかった」


「てめぇの事情なんか知るかよ。まぁ、ぶん殴られた借りは返して――」


 暁人の手に刃魔が生み出される。


「やるよぉ!」


 投擲された。刃魔は口を開け、歯を剥き出しにして鷲介に向かって飛んでくる。その射線上――顔の前に、鷲介は右手を突き出す。その形は、人差指と中指を揃えて立てたもの。洋の東西を問わず、刀剣のサインとして扱われる呪印、刀印である。


 指から、魔術の刃が伸びる。それに正面から衝突した魔種は、二つに裂かれて左右に吹き飛んでいく。


「あまり舐めないほうが良い」


「へぇ」


 暁人が片頬を釣り上げる。


 二人が地を蹴るのは同時。中間点で二人は交錯する。


 暁人の右腕に握られた刃魔と、鷲介の右手から伸びる魔剣の軌跡が重なる。


 二人共同じように片足で着地、それを軸足としてブレーキを掛けながら、ターンして向き合う。


 鷲介の魔剣は無傷。暁人の刃魔は両断されていた。刃魔は魔種に刃としての性質をもたせたものである。魔種として応用が効く代わりに、より純粋な斬断の魔術である魔剣には、刀剣としては劣る。


「はっはぁ! お前ェ! あのクソアマよりは楽しませてくれるよ!」


 哄笑を上げ、暁人は両手首をくるりと回転させる。次の瞬間には、その指の股に、今まで使っていた刃魔を更に短くしたものが握られていた。片手に各四本ずつ、合計八本。両手を叩きつけるように振り下ろすと同時、それが全て投擲される。


 投擲された刃魔は空中で形状を変質させる。ブーメランや戦輪チャクラム、或いは戦斧、その形状変化によって、投擲の軌道も変化する。


 その只中へ、鷲介は駆け込んでいく。左手にも刀印を結び、魔剣を構成。二振りの魔剣で刃魔を切り払う。刃魔は正面、側面、背面と様々な方向から鷲介に襲い掛かってくる。変形を繰り返すことで、投擲の軌道を何度も変化させているのだ。しかし、それら全てを鷲介は切り捨てていた。


 後ろから飛んでこようと横から飛んでこようと、風切り音は消えない。投擲された刃魔は、その縦横無尽なコントロールと引き換えに、速度はそれほどではない。飛んでくる方向さえ分かっていれば、目を向けずとも回避は不可能ではない。


 暁人は無防備だった。歯を剥き出しにした笑みを浮かべたまま、両手を投げ出して突っ立っている。


 ――誘っているのか?


 だとしても、鷲介に出来る事は多くない。


 誘いだろうと、乗るしか無い。暁人までの左手を振る。暁人は魔剣の間合いからは外れているが、魔剣は斬断の魔術であり、ただの剣ではない。そのまま放てば、触れたものを斬り裂く矢となりうる。斬断魔術を追いかけるように、鷲介は走る。


 破砕音。魔剣は暁人が展開した防護魔術と衝突する。しかし、それは完全に防がれたわけではなかった。防護魔術は、今、完全に消滅していた。斬断魔術と対消滅したのだ。そこに、鷲介が走り込む。


「死ね!」


 魔剣の刺突が、暁人の脳天に飛ぶ。


「それじゃ死んでやれねぇなぁ」


 暁人はそれを、身を反らして回避する。突き出された魔剣と並行になるほどの反り。そこから体勢を戻そうとせず、更に見を反らせる。そのまま手を地に付き、マット運動の容量で足を振り子のように振るい上げる。


 暁人の靴先が鷲介の顎に入った。


「あがぁッ!」


 痛みと衝撃が稲妻のように走り、首が上を向く。無限の高さを持つ天井が目に入った。


 ――体制を立て直す? いや、間に合わない!


 足音。それも走る足音が聞こえる。


 暁人の次の攻撃が来る方が早い。それを防ぐには、読みしか無い。考えろ。次にあの男が狙うとしたら、何処だ。自分があの男なら、何処を狙う?


 鷲介は左手で刀印を結び、それで見えていない下を高速で薙ぎ払った。


「ち」


 舌打ちと、擦過音が。


 どうやら、上手く暁人の狙いを潰すことが出来たようだ。顎をかち上げ、視線を上げた上で下から攻める。分かりやすいが効果的だった。


 暁人が動き始めるよりも早く後ろに飛び跳ねて、鷲介は体勢を立て直す。


 両手を払うように叩き合わせながら、暁人は立ち上がる。鷲介がその表情を見ても、そこから動揺や焦燥を見出すことは出来なかった。


「思ったよりはやるじゃねぇか。なら、もうちょっと上げていくぜ――《ルベル》! トリガーオープン!」


 暁人がそう言うと同時、鷲介の視界から消える。


 即座に、鷲介は跳躍する。寸残まで居た場所を、背後から暁人の刃魔が斬り裂く。歩法すら用いない、無拍子での短距離空間転移だ。


 暁人は鷲介の方に顔を向け、歯を見せる。その姿がまた掻き消える。


 冷や汗を垂らしながら、今度は前に跳躍する。低く飛び込むように地を蹴り、回転しながらの受け身で直ぐ様体勢を直す。


 高速で、動作や呪文を必要としない魔術。鷲介はこれを、知っている。これは、代演機の共通化術式コモンコードによるものだ。


 顔色が青ざめていくのが自分でも分かる。


 やはり、無謀だったのか。


 怯える兎のように飛び跳ねながら、鷲介は思う。代演機の操手なのは分かっていた、代演機の操手がどのような強さを持っているかも分かっていた。


 なのにどうして、戦おうとしたのか。無駄だ、意味が無い、どうせ潰される――そんなことは、分かりきっていたのに。


 迷いが肉体へと伝播し、足が縺れた。


 正面に、暁人が現れる。両手の指の股全てに捩れた刃魔が挟められていた。まるで、獣の爪のように。


「さよならだ、糞ガキィ!」


 振り下ろされるそれに、鷲介は目を瞑って両腕を交差させつつ防御しようとする。意思よりも本能が先に立つ動きだった。


 自分の両腕がずたずたに斬り裂かれる様を、鷲介は幻視した。


 その幻視は直ぐ様現実と重なるはずだった。しかし、そうなったことを告げる激痛は訪れなかった。


 代わりに聞こえたのは、にゃあ、という猫の鳴き声だった。


 目を開けると、暁人の足首に、白金色プラチナの毛並みをした猫が噛み付いているのが見えた。


 暁人は見るからに困惑していた。鷲介もそれは同様だった。何故、こんなところに猫が居る――?


 困惑を斬り裂くように、噛み付いた猫の口からぱちぱちという炸裂音が鳴った。同時に、やや青みを帯びた光も生まれる。


「まさか――」


「てめぇッ!」


 暁人と鷲介の驚愕を余所にして、猫はその口から光と音――雷光を迸らせた。猫の歯は、僅かとはいえ暁人の皮膚を破り、血管に達している。血管を導線として、雷撃が暁人の体内を駆け巡る。


「が……糞が!」


 噛み付かれた足を振り払い、猫を吹き飛ばす暁人。


 その間に鷲介は距離を取り、吹き飛ばされた猫は空中で体勢を整えて着地する。


「どう? 一矢報いてやったわ」


 猫のその声は、間違いなくセラフィーナのものだった。

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