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邪宗の機神、月に吠える  作者: 下降現状
Ep0 魔王 -Satanas Ex Machina-
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魔王

 風に煽られる、炎の草原。生み出された炎は全方位に広がり、周囲にあった建造物や森を松明に変えていく。炎の海という、地獄そのものの光景。赤く染まる世界の果て。


 その只中に少年はへたり込んでいた。歳は十を超えたばかりか。あどけない、と言える顔立ちが、今は煤で汚れた上に酷く歪んでいた。怒りが、憎悪が、少年の表情を歪ませている。


 少年は歯を食いしばり、涙で滲んだ燃える瞳で黒天の空を見上げていた。正確には空に浮かぶものを、睨みつけていた。


 視線の先に存在するのは、巨大な人型だった。


 黒光りする、金属の装甲。甲冑のようにそれを全身に纏い空中に君臨する巨大な人型の機械――ロボット。機体の何処にも接続されてないにも関わらず、その背後には複数のバインダー状のユニットが、まるで翼のように付き従っている。


 魔王――魔王が居る。少年は、そう思う。この焦熱地獄に君臨する、機械仕掛けの魔王。それが空中に君臨している。


 地を舐める炎が生み出す熱で、炙られた大気が揺らめいて、歪んでいる。その中で、機械仕掛けの魔王が持つ二つの目が、赤く発光した。


「もうやめろ」


 男の声が響いてくるのを、少年は聞いた。恐らくは、あの機械仕掛けの魔王からのものなのだろう。


 男の声が続く。


「こんなことに何の意味がある」


 その言葉が、少年の憎悪と怒りに薪をくべた。


 ――何の意味がある、だって?


 何様のつもりだ。全て、お前が原因だろうに。憎悪と怒りが炎となって、少年の中で燃え上がる。


 自らの身を焼く狂熱に煽られて、少年は立ち上がった。


 少年はその右掌を天に向けて、掲げる。その動きに呼応して、周囲の炎が渦を巻く。炎が爆ぜる蛇としてのたくり、うねり、集まっていく。まるで、少年の意に突き動かされているかのように。


 いや、ように、ではない。この炎は少年の意志によって操られているのだ。少年はその額に汗を垂らし、青筋を立てながらもその手を掲げ続ける。


「集まれ!」


 怒声に呼応して、轟音を上げながら炎が少年の頭上に吸い込まれていく。それに伴って、炎熱の竜巻による暴威は、静まっていった。いや、それは力が周囲に漏れ出すことが無くなったから、そう見えているに過ぎない。炎はより強固で濃密な存在として、凝縮されていっている。


 少年の意によって、炎熱は個体として形を成した。その姿はまるで巨大な炎の剣か矢である。あまりの高熱で、炎の剣周辺の空間が揺らめいていた。熱だけではない。


「まだだ……」


 少年が僅かに手首を捻ると、炎の剣が回転を始めた。漆黒の剣に向けた切っ先を中心とした、螺旋回転だ。その速度は爆発的に上がっていく。速度に着いていけなくなった外縁の炎が火の粉となって吹き飛ばされるが、それは直ぐ様炎の剣に吸い込まれて元に戻る。回転の速度が上がらなくなってきた瞬間、少年は吐き捨てた。


「喰らえッ!」


 野球ボールを投げるように、少年は右手を振るう。それに連動して、少年の身体に数倍する大きさの、炎の剣が飛んでいく。


 その先に存在するのは、漆黒の機体――機械仕掛けの魔王である。稲妻の如き高速で、後に陽炎を残しながら、炎の剣は魔王に向かう。


「無駄だ」


 漆黒の機体は、左の掌を炎の剣へと向けた。刹那、漆黒の機体の掌に、炎の剣が衝突する。爆裂的な速度と熱量を持った炎の剣だったが、漆黒の機体に損傷を与えることはなかった。ただ、火の粉だけが弾けて散っていた。


 漆黒の機体が突き出した掌中央部には、機体色や夜の闇よりも尚暗い、漆黒の球体――いや、球状の何かが生まれていた。その何かが、炎の剣を弾き散らしているのだ。


 その光景を見て、少年は一瞬呆然とした。しかし直ぐ様、歯を食いしばって再度右腕を掲げる。炎は燃え広がり続けている。剣を作る材料を集めるのは容易い。だが、何よりもこの炎であの魔王に一矢報いなければならない。


「燃えろ、渦を巻け、奴を倒せ――」


 怨念を込めて、少年は言う。先よりも熱く、先よりも速く、先よりも鋭い炎の剣を鍛えあげるために。少年の口の端から、血が一筋垂れる。少年の脳髄では、タンパク質が沸騰しそうなほどの熱が暴れまわっていた。構わない。狂気に身を焦がさなくては、力は得られない。


 狂熱だ。狂気の熱に、その身を任せるのだ。


「もうよせ。こんなことをしても何もならない」


 男の声とともに、漆黒の機体が右手で少年を指さした。同時に、まるで雪が溶けるように少年の頭上で渦を巻いていた炎が、雲散霧消していく。美しくすら有る光景だった。


「あ、あ、あ――」


 大口を開け、目を丸くしながら、少年はその光景を見ていた。自分が集めて鍛えあげた炎の剣が、再度ただの火の粉へと解体されていくのを見ていた。自分の全てを、命すらもかけた一振りが、まるで砂糖菓子のように解体されていく――


「戻れ……戻れ……戻ってくれ……」


 両手を伸ばして、火の粉を掻き集めようとする。しかし、そんな事をしても何もならない。何も変わらない。少年の頭上で、炎は消え失せて、再び周囲を炙る災禍へと姿を変えた。炎の剣は幻のように消え失せた。


 全身から力が抜けるのを、少年は感じていた。肩を落とし視線を地に落として、崩れ落ちるように膝を着く。


 冷めていく。身を焦がす狂熱が、冷えきっていく。マグマが冷えて固まっていくように、身体がエネルギーを失っていく。


「ようやく大人しくしてくれたか」


 その声と同時に。少年の周囲が薄暗くなった。黒い照明で照らすという行為が可能ならば、きっとこういう状態になるだろう。その黒い光が身体に纏わりつくと、少年の体は重さを増したようになった。関節の一つ一つが悲鳴を上げるほど、重たい。


 自重に耐え切れず、少年は肩と顎から地面に倒れこんだ。まるで後ろ手に縛られて転がされたかのように、視線を前にしてうつ伏せに這いつくばる。屈辱を感じることすら無かった。無力感で塗りつぶされていた。


 この身に降りかかる重みが無かったとしても、少年は最早立ち上がることは出来なかっただろう。それほどの無力感だった。


 少年は全てを失い、全てを打ち砕かれ、全てを否定された。


 力を持っていると、力を与えられたと思っていた。この力は万事に通じる、至高のものであると信じていた。そう、神にも等しい力を持ったのだと。


 だが、現実はどうだ。少年は井戸の中で泳ぐ蛙に過ぎなかった。至高と信じた力は、より大きな力によって蹂躙される程度のものでしか無かった。有り触れた餓鬼の思い上がりでしか無かった。


 ぽたり、と今の今まで目に貯めていた涙が、雫となって地に落ちた。もはやそれを堪えるものは存在しなかった。何かが切れたかのように、少年の目からは涙が零れ落ちていく。


 涙で歪み、ボヤけた少年の視界の中で、漆黒の機体が、ゆっくりと地に降り立った。


 漆黒の機体が跪くような姿勢を取り、その胸部が展開した。中から、男が降り立ってくる。


 男はゆっくりと少年の元まで歩いてくると、その左手を少年に翳した。


「済まないが、拘束させてもらうぞ」


 少年はその言葉と同時に、自分の脳髄に何かが染みこんでくるのを感じた。まるでコーヒーにミルクを垂らしたかのように、それは少年の中に浸透し、少年の一部を侵食していく。


 それは、元から存在していなかった「抵抗する気」を、少年の脳髄から綺麗に洗い流していた。


 自分の中の何かが現れていくのを感じながら、少年は目を閉じた。


 少年は、その背に雨が降ってくるのを感じていた。燃え盛っていた炎は、この雨でいずれ鎮火するだろう。


 涙も炎も、雨によって洗い流される。


 その程度のことでしか無い。

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