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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-18.September 2013
90/500

(5) 壊世記

【お題】人形、神様、物語

 彼は降り立ちました。


 とすん。彼が足場と認識したその空間は大地と為り、伝った波紋は徐々に大きくなり静か

な波を湛える海と為ります。

 彼は冷たく気持ちのいい感触のままそこに立ち、ふいっと頭上を仰ぎました。

 真っ暗です。そこには何もありません。

 ですが海と大地──下が創られたことで、彼の見上げるその先は空になりました。

 ぽつぽつ。やがて無数の瞬きが現れ星と為り、中でも特に強い輝きと大きさを持つものら

は世界を順繰りに照らし出す光と為りました。

 でも……彼は一人でした。

 足首と耳に伝わる潮騒、足裏に伝う柔らかな泥濘ぬかるみ、見上げた空で静かに瞬いている星々。

それでも独りでした。

『──成さねば』

 彼は身を屈め、泥濘から両手いっぱいの土をすくい上げました。

 掌に冷たい水の感触が伝わります。ひゅうっと、暗がりと眩さを繰り返す空から風が吹い

ています。

『手伝ってくれ。そして添い遂げてくれ』

 彼はその泥に祝福を与え、人形ひとかたとしました。

 美しい、とても美しい女性の姿です。彼は彼女を自身の妻としました。


 男と女、夫と妻。二人は愛し合い、多くの子を成しました。

 彼が寂しかったから……だけではありません。彼が口にしたように、成さねばならなかっ

たからです。世界を創ってゆく──その為に、手伝ってくれる仲間が欲しかったのです。

 子の一人は言いました。これではあまりにも殺風景だと。

 彼は頷きました。彼と彼女は、子と共に世界に色彩を与えました。

 子の一人は言いました。自分達以外にも住人が必要だと。

 彼は頷きました。彼と彼女と子らは、自分達によく似た人形を多く作りました。

 子の一人は言いました。もっと色んな住人がいるべきだと。

 彼は頷きました。彼と彼女は、子らに様々な生き物達を描かせ、祝福を与えました。

 子の一人は言いました。このままでは秩序が乱れてしまいますと。

 彼は頷きました。彼と彼女は、子らと共に多くの法を作り、管理させることにしました。

 子の一人は言いました。創った者達はいずれ朽ち、皆いなくなってしまいますと。

 彼は頷きました。彼と彼女は、住人らに自分達と同じよう、子を成す力を与えました。

 子の一人は言いました。貴方がたとこの世界のことを後世に伝えていくべきだと。

 彼は頷きました。彼と彼女と子らは、日々の記録をつけ、管理させることにしました。

 よく創ってくれました。よく生きてくれました。

 彼は妻を傍らに抱き、とても嬉しそうに微笑みます。

 もう一人ではない……。彼らがいる。我が子らも、様々な住人達も、豊かな色彩も。

『よくやってくれた。ありがとう。私は満足だ』

 彼と彼女と、子らは世界を創るという大仕事を成し遂げたのです。

 大きく安堵の息をついて一休み。

 彼らは世界の果てに館を建て、そこに住むことにしました。

 あとは皆がそれぞれに生まれ或いは産み、生き、思いを抱いて世界を彩ってくれる──。

 そう、信じて見守ることにしたのです。



 永いような刹那のみじかいような。

 ですが、彼の願った穏やかな日々は終わりなきものとはなりませんでした。

 住人達の中でも、彼らに近しい人形の──人の子らが次第に世界のあちこちに散らばるよ

うになりました。次第に知恵をつけ、道具を生み出し、自分達が豊かになる術を発見してい

きました。

 最初こそ、彼は“親心”に喜びました。

 成長している。私の生み落とした子らが、あんなに立派になっていく。

 ですがその破顔は、徐々に顰め面へと変わっていきました。人の子らが争うようになった

のです。豊かになっていく先──得られた富を誰が握るか、管理するかで激しい争いが始ま

っていたのです。

 ……土地を耕す道具が、他人を殺す道具に作り変えられていきます。


 彼は酷く驚きました、動揺しました。

 しかしそれでも人の子らは争い続けます。富を背景に幾つもの集団が生まれ、それらが世

界に身勝手な境界線を引いては、それに文句を言う誰かと争い、多くの血を流します。

 法がある筈でした。ですが彼らは既に知恵をつけていたのです。

 ○○には△△という形を取ればいい──抜け道など、とうに見出していました。

 彼と妻と、子らもまた意見を分かち中々纏まることができませんでした。

 彼は人の子らを止めようとしました。遡れば自分の所為だからです。

 でも子らは最早そんな介入をするべきではないと言いました。既に人の子らは彼らを遠い

過去の神々とみていました。

 妻は困り果てました。人の子らだけでなく、夫と我が子らまでもが、争っていました。


 ですが──遂に彼らがその意見を一致させる瞬間ときが来ました。

 人は殺し過ぎたのです。

 最初は強く激しく爆ぜる金属の球でした。次は巻き込んだ者を死に至らしめる煙でした。

そして行き着いた先は……全てを内から外から滅ぼし焼き殺す炎でした。

 惨状に、彼と彼女と子らは目を見張りました。

 知恵をつけることは、こういうことでもあるのだ。彼らは、知り過ぎてしまった。

『私達が争っている場合ではない。あれはこの世界に生きる全ての者達を脅かす。何として

でも、彼らを止めなければ……』

 話し合いの結果、子の一人が彼らの前に降り立つことになりました。

 かつて世界に法を設けることを進言し、長くその管理を任されてきた子です。

 彼は念入りにそれらを検め、彼らの非をまとめ上げました。そして館より変わり果てた地

上に降り、彼らにその言葉を伝えようとしたのです。

 ……それでも、人の子らは言うことを聞きませんでした。

 ある者達はこの子を“神”の再来とし、跪きました。

 ですが、それは敬服ではありません。この人の子らはまた争い始めました。……誰がこの

方のお言葉を人々に伝えるのかを。

 ある者達は逆に、既に“神”の存在を信じていませんでした。

 世界を規定する理──それが全て。故にそれらを把握し、利用できる自分達こそこの世界

を牛耳るに相応しいと信じて疑わなかったのです。

 或いは、ある者達はこう思っていました。

 ……もう誰が神だろうが、悪魔だろうが、どうだっていい。

 ただこの地獄を終わらせてくれさえすればいい。いっそあんな同胞達れんちゅうさえいなければ、

こんなに死と血が蔓延することはなかった……。

 故に誰からしも、この子への反応は『否』でした。

 子は狂信者らに追われ、傲慢者らに刃を向けられ、絶望者らに恨まれ──打ち破り棄てら

れた法と共に、遂にその生命を絶たれてしまったのです。



 彼は泣きました。天地が文字通り震えるほど、目を真っ赤にして泣き腫らしました。

 子が失われてしまったのです。それも……一人ではなく。

 かつて法を進言した子は、人の子に殺されてしまいました。

 そしてその報せを聞いた別の二人の子──かつて人の子らの原形を作る進言をした子が、

彼らの滅びを憂い、子を成す力を与えるよう進言した子らまでもが、それぞれ責任を感じて

自ら命を絶ってしまったのです。

 妻もまた酷く悲しみました。残った三人の子らもそれぞれに悲しみました。

『……許さない。生命とは貴様らだけのモノではないんだぞ……!』

『嫌だよ……。こんなことを、僕は記録し続けなければならないのかい?』

『こんなことなら、まだ殺風景な世界のままでよかった……』

 そんな時です。

 はたと、そこで不意に彼の慟哭が止まったのでした。

 彼女が残る子らが、彼を見ます。上座の席で、彼が肩を震わせ壊れて(わらって)いるの

が見えていました。

『──ああ、そうだな。駆逐しよう。あの者達を、一人残らず』


 かくして彼は神から魔神となりました。

 ですが少なくともそれは自称ではありません。彼がその力で人の子らを殺す為に生み出し

た者達──“悪魔”の脅威に晒されるようになったことで、彼らから呼ばれるようになった

新しい名でした。

 残った子の内、様々な生き物を描くことを進言した子は、そんな彼の片腕となりました。

 この子とて同じだったのです。慈しんで生んだ筈の者達を、同じ生んだ者達──の末裔に

よって滅ぼされる。そのことに哀しみの余り狂ったのです。彼に悪魔を創るよう進言したの

もこの子でした。

 残った子の内、世界に色彩を与えるよう進言した子は、館から去りました。

 その後の行方はようとして知れません。世界の終わりまで放浪していたとも蟄居していた

とも言われていますし、繰り返される争いの火に呑まれ命を落としたとも言われています。

 残った子の内、世界の記録を残すよう進言した子もまた、館から去りました。

 ただ彼は他の兄弟(姉妹)のように明確な立場にはつきませんした。その晩年自ら語った

ように、変貌した家族から逃げたのです。

 ですがただ一つ、続けたことがあります。……世界を記録し続ける。その仕事でした。

『──本当に行くのだな? それがどういうことか、分かっているのか?』

『はい』

 そして最後に、かのじょが館を去りました。

 玉座の上で、片腕となった子と共に憎悪の眼で以って妻を見つめる彼。でもそれでも彼女

は固めた決心を揺るがすことはありません。

『確かに人は多くの過ちを犯しました。それらを無罪放免にできるとは思いません。ですが

だからといって私達が直接手を下して──滅ぼしてしまったいいとも思えません。過ちは、

彼ら自身が気付き、悔い改めるべきです。その余地すらなくしてしまってはいけない』

『……母上、貴女は甘いですよ。それでも母親ですか? 我が子が──兄弟達が殺された、

散り散りなった。……父上や私と敵対する、ということですよ』

『……。ええ』

 暫し三者は見つめ合っていました。或いは睨みつけていました。

 死んだような暗い瞳、燃えるような真っ赤な瞳、哀しみに浸った蒼い瞳。

『そうか。……行け、今まで苦労を掛けたな』

 それでも彼は最後に、そう言いました。彼女は一度ぺこりと頭を下げてから館を後にして

いきます。

『いいのですか、父上? あの人を野に放っては……』

『……』

 我が子が、最早参謀よろしく確認を取るように訊ねます。

 ですが彼は、そっと瞳を閉じるだけで声を出して答えることはせず、ただ自分達──悪魔

と人の子らとの戦いが続くのをそのままにしたのです。

 ──少なくとも。

 “共通の敵”さえいれば、彼らが互いを殺しあう機会は減る筈で……。



 そして子が憂いた案の定、彼女は反旗を翻しました。

 悪魔達との戦いの中、特に力のある者らを見つけ出し、彼らに創生者の知恵と力を分け与

えたのです。

 人の子らは大いに猛り立ちました。

 “勇者”の誕生──そして人類に手を差し伸べてくれた彼女・女神の出現。

 彼らは勇者達を先頭に、やがて勢力を盛り返します。

 無理もないでしょう。元々は同じ力なのです。そしてよりオリジナルなのです。悪魔達は

彼女の力の一端を得た勇者達の活躍によって次々と倒されていきました。

 奪還する領土、退却していく悪魔達しゅくてき、その度に気勢をあげる人の子ら。

 その反撃は遂に世界の果て──彼の下へと及び、勇者達は多くの犠牲を伴いながらも残す

はこの「魔神」ただ一人へと追い詰めます。

『覚悟しろ、魔神よ。お前の悪巧みもここまでだ!』

『ここで……貴様を倒すッ!』

『絶対この世界に平和を取り戻してみせる……!』

『……』

 剣を、拳を、或いは杖を。勇者達は片腕わがこ──最後の砦をも討ち取られた彼の玉座に押し

かけると、そのぼうっとダウナーになった瞳と片肘の姿勢を睨みます。

『愚か者が……。本当に、愚か者が……』

 それでも、彼の力は強大でした。

 一笑に付した正義の口上。ぎんと目を見張った彼から繰り出されるのは、これまでとは桁

違いの力の波動。

 どんなに巧みな剣技も見切られ、へし折られました。

 どんなに屈強な体術も通用せず、打ち返されました。

 どんなに策略も魔道も看破され、反撃を受けました。

 ……それでも、それでも、勇者達はめげません。挫けることをしません。

 彼らにも背負うものがありました。これまで繰り返し繰り返し目の当たりにしてきた悪魔

達の犠牲者、戦いの中で散っていった仲間達。

 三人は視線を合わせ、頷きます。もう一度、攻め込みます。

 最初は拳の勇者が飛び込みました。それを彼は見えない壁で防ぎます。それでも彼は叩き

続けました。同じ所を何度も何度も叩き続けました。

 次にそこへ杖の勇者が槍のような魔道を撃ち込みました。

 相変わらず見えない壁が防ぎます。……ですが、そこに少しずつ、ヒビが入り出します。

 彼が僅かに目を見開いた──その瞬間でした。

 三番目。剣の勇者がそのひび割れに向かって飛び込んだのでした。

 弾き返される力の奔流に耐え続け……そしてとうとうボロ雑巾のようになって崩れ落ちて

いく仲間。そんな彼を横目に、涙を零し、遂に剣は魔神──彼の胸元を貫いたのです。

『……ガッ!?』

『やったぞ……。僕らは、やったんだ……』

 ただの剣ではなく。女神──かつて同等の力と愛を注いだ女性かのじょがその祝福を与えた聖なる刃。

 効かない訳はありませんでした。ボタボタッと、彼からは大量の血が噴き出し、流れ落ち

ます。刀身はその身体を深々と刺し貫いていました。彼の口からも赤が零れ続けます。

『──ふっ』

 ですが、笑っていました。彼は自嘲わらっていたのです。

 ゆっくりと勇者が剣を抜きます。より激しく大量に血が噴き出します。

『は、はははははは!』

 勇者達は階段の下に転げ落ち、目を見張っていました。

 どう見てもボロボロの、死にゆく魔神。

 なのに……何故? 何故この男は、笑っていられるのだろう?

『嗚呼、失敗した失敗した。間違っていたのだ。そうだ……あの時、人さえ創らなければ、

或いは……』

『──なっ!?』

 狂ったように笑い──いや泣き、彼が両手を広げて天を仰いだ次の瞬間でした。


 “崩れる”


 世界が崩れ始めていました。

 それは地面がどうこうではなく、まるで“外側”から衝撃を受けてひび割れ破片に為って

いく窓ガラスのような、目の前の空間。この世界そのもの。

『ど、どうなって──』

『……愚か者とはお前達であり、同時に私でもあったのだ。子の不始末は親の責任、という

訳か。嗚呼、そうだ。そうだよなぁ……』

『? 何を──』

 勇者達は戸惑います、異変を察知して光と共に転移してきた女神──彼女が血相を変えて

何やら叫んでいます。

 ですがもう駄目でした。遅かったのです。彼にはもう他の声は聞こえず、世界はあっとい

う間にひび割れ砕け、虚無の黒の中へと吸い込まれていきます。

『──こんなことなら、ずっと一人でいればよかった』


 その世界の全ては、無へと還っていきました。

 かつての栄華、穏やかだった日々、争いに明け暮れ、共通の敵を作り出してやった後尚も

戦い続けた凋落の風景。赤き戦火。

 勇者達が、館の残骸が呑まれていきます。

 女神も呑まれ──る前に身体が泥に還って四散していきます。

 身体中のあちこちが、肉体が、無の中へ戻っていく。ただ頬を伝う彼の涙だけが、束の間

虚無において輝きを残していきました。


 伝えてくれ、外側の者達よ。

 もう、同じような哀しみを、二度と──。

                                      (了)

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