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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-17.August 2013
84/500

(4) 剣を折ったもの

【お題】憂鬱、見返り、正義

 そこは、王都からも遠く離れた小さな村だった。

 清流と緑に囲まれた湖畔の村。齢三十過ぎになったカイウスはそんな集落の外れに小さな

小屋を建てて住んでいた。

「いーち、にー!」「いっち、にぃ!」

「ストップ。もっと脇を締めて、身体全体を常にコンパクトに畳んでおくイメージで。大振

りは力こそ出せるが、それだけ防御が手薄になる」

 本当は、もっと静かに暮らしたい。

 だがカイウスのそんな願いは、ある意味もう叶わないらしい。

 庭先で、十数人の子供達が一生懸命に木刀を振っている。

 持ち上げ振り下ろし、持ち上げては振り下ろす。庭というよりはただ余白な敷地も、こう

して若い生命力が集まるとそこに華というか、活気がやって来たかのように思えてくるのが

不思議だ。

「だからこちらが打つよりも、相手に打たせるよう小さく動く──揺さぶりを掛けてから動

くのが一番理想的だ。一旦正眼で止めてみるんだ。次はそこから私の指示する型を取れるか

見るぞ」

『はいっ!』

 期せずして、カイウスは週末にだけこうして子供達に剣を教えていた。

 素振りで汗がちらつく子供達の肌。彼はその汗を拭わせ小休止と取った後、次のメニュー

を告げる。

 軽く振り下ろしてから、中段に面々が構える。

 そこからカイウスは様々にある型の名を出し、彼らの正面に立ったその位置から木刀をつ

いっと振る真似をしてみせ、子供達がどれだけ反応できているかをみる。

「──遅い。これが実戦ほんものだったら胸が一突きだ」

「──まだ身体の使い方が大きいな。ほら、こうすると左肩ががら空きになるだろう?」

「──先ずはきちんと覚えような? それっぽいポーズで誤魔化しても駄目だぞ?」

 まだ幼いから、今はもう戦争中ではないから、当然といえば当然かもしれない。

 ざっと見るに、教わった通りに型で以って反応できているのは全体の三割から四割程度と

いったところだった。

 それでもカイウスは、特に感情をあらわにして怒ることはない。一見だけならとても落ち

着いた、良き師範とも映る。

「難しいなぁ……」「動きながらだもんねぇ」

「でも、結局のところは慣れさ。頭と身体を一緒に動かす。頭を動かしながら身体も動かし

ているというイメージだな」

「だけど、考えてたらその隙にやられちゃいませんか?」

「だから一緒に、なんだ。普段深く考えずに“動く”のを、ちゃんと意識した上で“動く”

よう訓練するということなんだ」

 分かったような、分からないような。

 木刀を握った子供達は互いに顔を見合わせたり、意識のつもりか、ぎゅっと手を握ったり

開いたりしてそんなカイウスを見、その言葉に耳を傾けている。

「……ではもう一度型をおさらいしよう。君、こっちへ。皆はよく見て真似るように」

「あ、はい」『はいっ!』

 だが──本音を言うと、カイウスは剣を教えたくも村人と深く関わりたくもなかった。

 この名も、剣の使い手だったという武功も、教える気はなかったし知られたくなかった。

 ただもう、残りの時を静かに過ごしたかっただけなのだ。

 子供達は目を輝かせているから、村の親御らもしばしば尊敬の眼差しを向けてくるから言

い出せずにしまい込んでいるけれど。

 ……所詮、剣は武器なのだ。

 誰を殺傷する為の物でしかない。


 それは──今から二年ほど前のことだ。

 この村に流れ着いて五年目。大きな“事件”も起きず、当初の予定通りこちらから積極的

に村人達と付き合いを持たなかったこともあり、此処はいよいよ隠居場所に都合よくなって

きた……そう思いを固めていた、矢先のことだった。

『カイウス? いたっけそんな人?』

『カイさん、ならいますけど。村外れで日がなぼうっとしてる人で──』

 食料を補給しに村の中へと足を運んでいたその日、自分ははたと砂利道の向こうで彼らの

姿を見てしまったのだ。

 軍服──この国、ウェステリア王国軍の軍服に身を包んだ一団。人数からざっと見積もっ

て小隊規模か。何よりも……彼らを率いているその男に、私は見覚えがあった。

『カイ? ……そうか。よければその場所を教えては貰えないだろうか?』

 やはりか。私は慌てて物陰に隠れ、思案した。

 聞き耳を立てるに、尋ねれたその村人らも、国軍がわざわざという疑問を抱きながらも下

手に否を返すようなことはしなかった。

 ……当然か。こちらから成る丈接触を避けてきたのだから、何かしら不審を抱いたとして

も不思議ではない。

 前言撤回、私は食料補給は二の次三の次と小屋に駆け戻っていった。

 荷造りの余裕はなさそうだ。せめて貴重品だけでもまとめて──。

「逃がすと思ったかよ」

 だが、それすらも叶わなかった。

 こちらが逃げ出すことを予測していたかのように、軍服の彼らは既に小屋の前で私を待ち

構えていた。大方、近道のようなものも聞き出して先回りしたのだろう。

「……久しぶりだな、カイウス」

「……ああ。久しぶりだな、レヴァン」

 隊を率いている男には見覚えがある。いや、というよりも忘れる訳がない。

 レヴァン。かつて共に戦場を駆け回った傭兵仲間──特に自分の副官的存在だった男。

 私はゆっくりと、彼らに近づいて行った。

 剣こそ下げているが、彼らからはまるで殺気は感じない。

 というよりはもう、私自身、何故彼らが此処に──こんな王都から遠く離れた辺境まで来

たのかに勘付いてしまっているからなのだが。

「まさか、軍に入っていたなんてな」

「他の連中もそうさ。あん時生き残った面子もだ。俺としちゃ、何でリーダーの前がこんな

所で燻ってるのかの方が以外なんだけどよ」

 距離を詰めて──だけどどうにもすぐ近くまでは寄れなくて、私達は互いに暫く押し黙っ

ていた。新緑の向こうから涼しげな風が流れてくる。だがそれも、この状況では気休めにも

なりはしない。

「……もう俺の格好と状況で分かっていると思うが、他でもない。俺達はお前をずっと捜し

てたんだ。先の戦争最大の武功者“剣聖”カイウスを、俺達のリーダーを」

「……」

「やっと見つけたよ。頼む、戻ってきてくれ。軍部もお前の入隊を望んでる」

 やはりか。沈黙の後、言って小さく頭を下げた戦友ともに、私はすぐに返事を出せなかった。

 いや……態度は決まっている。だけどそれで彼がどうなるか、容易に想像もついていた。

「それは、できない」

 改めて自分に確かめ直すように、私は言った。ゆっくりと首を横に振り、半ば反射的に顔

を顰めて声を絞り出す。

「もう私は……戦いはしたくない」

 はたして、想像は現実のものとなった。

 ギリッと軋むほどに握り締められた拳と結ばれた唇。レヴァンの眼は間違いなく自分を非

難するものだった。同時に、失望──或いは侮蔑するようなものだったと思う。

「……。やっぱそうだったのかよ、噂には聞いてたがな」

「すまない。だがもう、私は戦──」

「分かってる。でも俺が何で傭兵から軍人になったのか、分かってるんだろ? 今度こそ勝

つ為だ。もう二度と負けない、侵されず守れる力をこの国に備えさせたいんだ。だからまだ

まだ、お前の力が必要なんだよ」

 嗚呼、やはりそうか。レヴァンともの叫びに、私はぎゅっと唇を結んでいた。

「もう……終わったんだ。イスターナ王国との戦争は、もう」

「いや。終わっちゃいない」

「? 何を……」

「……流石に辺境までは伝わってねぇか。じゃあ教えておいてやる。五年前、イスターナ王

が代替わりした。何でも弟一派に追い出されたらしい。で、今はその弟──アーグが新しい

王になってる」

「ああ、それは知っている。新聞で読んだ」

「じゃあ、アーグの野郎がここ二、三年で軍備をどんどん拡大させてることは? 国境周り

の領民達は震えてるぜ。また十年前と同じように、戦争が始まるんじゃないかってな」

「……」

 一度はかぶりを振った。

 だがレヴァンは、そういつの間にか近付いていた隣国の軍靴の音を説く。

 本当なのか? 言葉が出ず、眼だけでそう問い返している。

 だが戦友ともはそこで破顔などしない。こんな状況で冗談を言う訳もないし、たとえ自分を軍

に引き込む方便だとしても、それでは手段と目的が入れ替わってしまう。

「そう、か」

 私は短く呟き、森の遥か向こう──大河で隔たれたイスターナ側へと眼を遣っていた。

 十年前、イスターナとウェステリアの間で起きた戦争は終わった。だがそれはどちらかが

相手を屈服させた「勝ち」と「負け」が故ではない。お互いに消耗したが故の終結だった。

 だから今もわだかまりは残っている。大河一つを隔てて、今尚互いに──。

「……まぁ、一度ですんなりと頷いてくれるとは思ってなかったけどな」

 私の追憶をそっと遮るように、カツンとレヴァン達の靴音が鳴った。

「また来るよ。よくよく考えておいてくれ。俺達があの日、立ち上がったみたいに」

「……」

 憤っているような哀しんでいるような、そんなはっきりとしない表情かお

 私が俯いた顔を上げると、この戦友ともはそんな言葉を残し、あくまで毅然と部下達と共に

立ち去っていく。


「──せい、やっ!」

 だが本当に大変なのはその後だったのだ。

 レヴァンが意図してのことかは確かめてないが、こんな小さな村だ。カイと名乗る流れの

剣士が実は“剣聖”カイウスだったと知り、急に皆が畏まり始めたのである。

 曰く、イスターナからこの国を守ってくれた「英雄」──と見られているらしい。

 確かにそうした解釈を領民達から受けているのは、これまでの放浪生活の中でも無かった

訳ではない。ただ少なくとも、こうなってしまうと面倒なことになるというのは、既に旅路

の中で学んだ私の経験則でもあった。

 ──是非、剣を教えて欲しい。

 子も親も目を輝かせながらそう家を訪ねてきたのは、それから一月も経たぬ頃だったか。

 無碍にしてしまうのも何となく憚られ、何より“人殺し”である自分をはぐれ者として長

らく振舞ってきた自分を──実際、掌を返すような態度ではあれ──迎え入れてくれるよう

になった彼らの温かさに、結局私は承諾をしてしまった。

 そしてそれ以来、週末にはこうして子供達に剣の稽古をつけている……。

「左撫で!」

「ひ、左のいなし!」

 ひゅんと片手でカイウスが木刀を振ってやると、組み相手役の男の子は若干どもりながら

も両手で握った木刀を左に傾け、その一発を受け止めていた。

 とはいえ、何とか、である。

 大人と子供の体格差なども勿論だが、最終的には向かって左から抉り込まれた一撃は剣の

腹でいなし、そのまますれ違って相手の懐に潜り込む──というのが型の姿だ。だがこの男

の子は受け止めるのがやっとで、それでも一瞬、よろっと足元が揺らいでさえいた。

「……ん。反応は取れてるな。後は身体の強さで残りの動作まで持っていければいい」

「は、はい」

 それとなくカイウスは及第点を与えたつもりだったのだが、それでも男の子は少なからず

しょぼんとしているように思う。

 ちらと見れば、他の子供達もちらほらとそんな表情をみせていた。

 型を見様見真似で、中には二人組みを作って一緒に実践してみながら。

 熱心だな、とカイウスは内心で彼らの真面目さを思う。

 できればこの一生懸命さを、勉強なり何なり、もっと地に足をつけることに注いで欲しい

と思うのだが……。

「……カイ先生」

「うん?」

「あの、本当にこれでイスターナの軍隊に勝てますか?」

「う、うぅん? イスターナ……?」

「だって……戦争になるかもしれないんでしょ?」

「いっぱい痛くされるかもしれないんですよね?」

「だから、強くなりたいんです! カイ先生みたいに、剣で皆を守れるように」

「…………」

 カイウスは戸惑った。返す言葉が中々喉の奥から出てくれなかった。

 純粋な思いが故か、それとも──戦争の傷跡が、恐怖が尚残るこの時代だからこそか。

 ゆらりと木刀を手に下げる。そっと子供達に屈み込み、彼はどうしようもなく苦笑を漏ら

しながら言う。

「……いいかい? 君達にも、剣を向けた相手にも、家族や友達──大切な人達がいる。剣

を振るうということは、そうした人達も一緒に敵に回すことになるかもしれない。君達の勇

気は、本当に救いとなるのかな」

 そう諭す。

 子供達がきょとんとしていても、それでも静かに必死に、諭す。

「だから……力は、振るわずに済むに越したことはないんだ」



 もう十年前になる。いや、まだ十年だと言うべきなのだろうか。

 ウェステリア王国は、隣国イスターナと戦争状態にあった。

 理由はそもそも何だったか、はっきりとは自分は覚えていない。

 ただ向こうがこちらを気に入っていない、という話は今も昔もよく聞く。大河一つを隔て

ただけなのに、あっちは緑豊かでゆったりとした繁栄を築いてきた。なのに自分達は北方帝

国からの圧力を受け続け、政治も経済も、文化も安定しやしない──そんな、彼らの怨嗟と

言って差し支えないであろう、嘘か真かの話。

 それでもとにかく、戦争は始まってしまったのだ。イスターナの軍勢が、大河を伝ってあ

ちこちから迫ってくる。地理的に進軍は西からが体勢を占めたが、それでも相手はこちらよ

りもその歴史の上でも戦慣れしている。ウェステリアは迎撃の側であったが、次第に相手の

経験と物量で押され始めていた。

 ……つまりそれは、ウェステリア内の集落が少しずつ荒らされていくことを意味する。

 私が仲間達と武器を手に取ったのも、ある意味仕方の無いことだった。

 国土が無駄に幅広く、軍が王都を中心に防戦とならざる得ない中、彼らに頼っていては守

りたい人達を守れないのだと解っていた。

 私達は戦線に掛け合い、他の多くと同じ傭兵として戦場を駆け回った。一つ、また一つ、

イスターナ軍に侵攻を受けた集落を都市を、皆で力を合わせて奪い返していった。

 何人も殺した。何隻の船を沈め、何基の遠射台アーチを壊しただろう。

 でもそれが正しいのだと思っていたし、信じていた。この働きの一つ一つがイスターナか

らの侵攻を跳ね除け、故郷の祖国の人々を守ることだと信じていた。

「──上手く、いくかな?」

「いくかじゃない。やるんだよ」

 だけども、イスターナ軍は中々その数を減らさない。

 蛮族──理不尽な怨嗟を浴びせてくるその姿からも私達の間ではそんなフレーズがいつか

らか共有されていたと思う。

 なら、どうする?

 ……総大将を、叩くしかない。

「情報が正しいと信じるしかないな。確かにこの街道は王都へのルートの一つだけど……」

「しっ。……来るぞ」

 その夜こそが、転換期だったのだろうなと今では思う。

 私たち傭兵の大部隊は、その日闇と木々に紛れてじっと息を殺していた。

 目的はただ一つ。ここを進軍するという、イスターナ本軍を叩く為である。

 緊張の中、彼らは来た。控えめに明かりを点し、ぞろぞろと騎兵の群れが歩いてくる。

(結構長いな……。大将は何処だろう?)

(セオリーからしてど真ん中だろうな。よく目を凝らせ……守りの堅そうな所の筈だ)

 レヴァンが言って、私を含む皆がじっと目を凝らしていた。

 緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。武器に手を掛ける指先も、間違いなく震えている。

(──ッ! 見つけた!)

 それはとても長い時間のように思えたし、実際はそう長くはなかったのかもしれない。

 やがて仲間の一人が、声を殺しながら指を差した。

 ……いた。重騎兵に囲まれた、これまた図体のでかい鎧姿の男。周りには他列にはない程

に明かりが確保され、男の纏う鎧も随分手間が掛かっている高級品のように映る。

(間違い、ないな)

「よし……。いけぇぇぇ!!」

 皆に聞こえるように、レヴァンが敢えて叫んだ。同時に待機していた仲間達が火矢を飛ば

して馬を暴れさせ、向こうの陣形を崩させる。

「おぉぉぉッ!!」

 私達は木々の陰から一気に躍り出た。虚は突いた筈だった。

 だがそれでも向こうは軍の本隊。どれだけ周りが落馬しようとも、すぐに動けずとも、総

大将を守る重騎士だけは動じずに既に迎撃体勢に入っている。

「……ッ」

 この時点で半ば失敗、見通しが甘かったのかもしれない。

 だけど私達は誰一人逃げようとは叫ばなかった。慌てて踵を返し、取り囲まれ討たれてい

く仲間達を横目に、私の剣はレヴァンの槍は、鎧の隙間を狙ってねじ込まれる。

 守りは堅いとはいうが、中身は人間だ。

 あちこちの関節、首元と板金の付け根。つけ込める部分は必ずある。

 鎧の中から鮮血を噴き出し、側近達が倒れる。馬上の総大将は、最初こそ自身も長剣を抜

いてみせたものの、私達が迫るのを見て何と逃げ始めた。

「このっ……」「逃げんじゃねぇ!」

 逃がすものか。何より、仲間の犠牲すべてが無になる。

 レヴァンが槍で大将の長剣を叩き落し、馬上から落として兜もこぼさせる。


 その文字通り首に向かって私は。

 飛び掛って、剣を真っ直ぐに──。


「──」

 争いは、終わった。

 後から判明したことだが、私達があの夜奇襲を掛けた相手は他ならぬイスターナ王本人で

あったという。元から顔など知らないので、そう聞かされた時は半分ぼんやりしていたが。

 だがこれによって、イスターナが戦争を続けることは事実上不可能になった。

 程なくして政治家達は奔走し、両国の交戦を終結させる文書に調印が成された。

 それからまた程なくして、私達は救国の英雄として表彰された。

 実は自分達が止めていなければ、あのまま王都が強襲されていた──落とされていた可能

性すらあったのだという。

「──ぁ、アァ……」

 なのに何故だ?

 なのに何故、自分の故郷はこんなにも荒れ果てている?

 いや、荒れ果ててというレベルじゃない。

 ……焼き払われている。緑豊かだった田畑、内気ながら気の置けない村の皆が暮らしてい

た集落、あちこちにあった動植物の息遣い。その全てが灰と燻る熱の中へとボロボロに溶け

てしまっていた。

「……何でだよ? 俺達、イスターナを追い返したんだぞ……?」

 レヴァンら最初の頃の仲間達も、また同じように瞳をぐらぐらさせて、かつて故郷だった

場所を呆然としてうろつく。どれだけ手にすくってみても、ただ灰だけが静かに風にさらわ

れていく。……いや、それ以前に自分達の人数だって、半分以上も減ってしまった。

「なぁ! カイ──」

 記憶はこの辺りでぼやけ、ぷつんと切れてしまっている。多分心が、自分を壊さないよう

にとブレーキを掛けたんだと思う。


 灰と瓦礫の中にそれは在った。

 レヴァンの実家だった筈の場所、そこから掘り起こせた女性……らしき醜くなった遺体の

残骸、見覚えのある、お気に入りの首飾りだったろう焼け焦げたモノ。

「……ァ、ァア……ッ」

 そうなのか。

 レイナ。君も──。



「──。また、か……」

 あの日の自分の咆哮、狂ったような哀しみ。

 寝汗をびっしょりとかいてハッと目を覚ましたにも関わらず、カイウスはそれがこれまで

何度もみてきた──みせられてきた過去ゆめだと悟るとすぐ、そう極めて静かに嘆息を交えて

ごちる。

 辺りはすっかり暗くなっていた。部屋の中には僅かに月明かりが零れ、夜闇を薄く照らし

て沈黙している。

「……」

 いつもの静かな夜、この湖畔の村が迎える夜。

 最初の内は寝直そうとベッドの中で何度か寝返りを打っていたが、結局カイウスは諦める

と這い出し、夜風に当たりに行くことにした。

 薄闇の下ぶらりと、小屋を後にする。

 隠居のつもりで選んだ場所なので、そもそも村内と繋がる明確な道がある訳ではない。

 辛うじて踏み均された林の中の一路──稽古の為にやって来る子供達や村人らがよく使う

ようになった路を見遣ったが、結局それだけでカイウスはぐるりとそこから迂回、木々が集

落とをもさり隔てる河原沿いを歩いていく。

「…………」

 思えば、随分と遠くまで来たものだと思う。十年前の戦いで自分は、実に多くのもの

を失ってしまった。

 故郷、家族、恋人──そもそも仲間達と武器を取ったのは、そんな大切な人達を戦火に巻

き込むまいとした自衛意識だった筈だ。

 なのに、守れなかった。……いや、自分達自身、戦う中で要らぬ高揚に酔っていたのだ。

その報いがあの結末だったと、言葉にしてしまえばあっさりとし過ぎるけれど。

 だから、離れようと思った。

 他人に“剣聖”などを称えられても、空虚さが増すだけでしかなかった。

 家族やレイナを弔ってから暫くして、自分は一人各地を転々としてきた。

 西──イスターナ方面には、足を向けることさえできなかった。

 戦争が終結しても、あそこはこれからもずっと、自分の中では敵国なのである。もし仮に

自分の素性が知れれば、知られなくても、彼らの憎しみの眼の中で暮らしていくような自信

など、とうに折れてしまっていたから。

 そうして……流れ着いた東の僻地、このウェステリア北東、小さな湖畔の村。

 最初は今までのように、あまり長いはせずにいようと思っていた。

 憎しみを向けられるのは何もイスターナだけではない。戦火で傷ついた人々にとっては、

戦いに関わった者達であること、それだけで充分なことも珍しくない。

 だから積極的に関わらないようにしてきた。情が移らないようにしてきた。その方が自分

にも村人達にも、きっと不利益にはならないと思っていた。

 なのに……この村の皆は近付いてくる。

 レヴァンが訪ねてきたことで、自分が英雄その人であると知ったからか。実際、まだイス

ターナへの恐怖が残るが故に子供達は剣の教えを請い、皆を守ろうとしているらしい。

 違う──。

 いや、違うというのは少々語弊があるか。それだけじゃないだろ? とでも言うべきか。

 繰り返すだけではないのかと思った。

 自分がかつてそうであったように、正義を掲げて得られるものは……願ったそのものより

も大きく違っていて、虚しいと思うから。

 なのに自分は、この村ここにいる。未だにこの村ここにいる。

 解ってはいるのだ。逃げたって過去は変えられないし、内心自分は温かく迎えてくれたこ

の村の人達に、情を持ち始めてさえいる──。

(……。出よう)

 潮時だと思った。これ以上此処に留まってはいけない、このぬるま湯から抜け出さねば。

 砂利を踏む音がする。川の上流から林へと夜風が流れて込んでいく。

 カイウスはそれまでゆっくりと歩いていた足を止め、曇りがちな空を見上げた。

 そうと決まれば早速、気が変わってしまう前に荷造りを始めよう。……本来ならレヴァン

が最初、この村を訪れた時にそうすべきだったこと。それだけだ。

(……ん?)

 だが異変に気付いたのは、ちょうどそんな時だったのだ。

 夜闇の向こう、まるで浮き草の茂みを隠れ蓑とするように、数隻の船が村側へ渡っていく

のを見つけたのだ。

 村の誰かか? そう最初は思ったが、すぐに内々で打ち消す。もう村の皆はとうに寝入っ

ている時間の筈だ。

 だからこそ、カイウスは目を凝らし──そして見つけてしまう。

 彼らは軍隊だった。鎧を纏い剣や弓を携えている。何よりも、まだ船の中に寝かせて立て

掛けてこそいなかったが、あの旗印は……イスターナの。


『──国境周りの領民達は震えてるぜ。また十年前と同じように、戦争が始まるんじゃない

かってな』


 静かに目を丸くしていた。瞳が大きく揺らいでいた。心臓が激しく打ち始めていた。

 まさか。でも何故……?

「ッ……!」

 だがカイウスにそれほど長考する余裕は残されていなかった。

 遠くでイスターナ兵らが上陸し始めている。ざらり。剣を抜き、弓に矢を番えながら彼ら

は間違いなく村の方へと向かっていく。


 夜なのに明るかった。村のあちこちが赤く染まり始めていた。

 兵らの後を追って林の中を駆け抜け、村の中心部に出た時、カイウスは自分の見通しの甘

さを強く悔いることになった。

 村が──焼かれていた。

 敷地内に入り込んだイスターナ兵達によって、村の皆が焼き討ちに遭っていた。

「……くっ!」

 カイウスは、遠目に目の当たりにしたその光景に顔をしかめながら走っていた。

 あの時と同じだ。同じになってしまう。

 焼き払われた家々、人々。壊されてゆく営みと、生命と……。

「ひぃ……っ!」

 脳裏を掠める過去の像。

 そんな幻影と重なるように、また一人村人が襲われようとしていた。

 一人は若い母親だった。もう一人は幼い男の子で、彼女を庇うように木刀を構えながらも

本物の敵──イスターナ兵を前に震えが止まらないでいる。

 暗闇と燃える火の影ではっきりと見えた訳ではない。

 だが、この隣国の兵に躊躇いの類は持ち合わされていないようにみえた。

 大きく振り上げた長剣。鈍く光る刃。

 まるで少年の蛮勇を哂うように、その手を。

「お、おぉぉぉーッ!!」

 その寸前で、カイウスは彼らの間に割り込んでいた。この兵士に、その腕と胸を目掛けて

全力を込めた体当たりを喰らわせる。

 がっ!? 鎖帷子に身を包んでいたこの兵士はそう短く叫び、吹き飛ばされていた。剣も

その時に弾き落とされ、ガギンッと重たい音を鳴らして地面に転ぶ。

「大丈夫か!?」

「カ、カイ先生……」

「だ……大丈夫です。あ、ありがとうございます」

 母子は怯え切っていた。仕方のないことだろう。

 カイウスは二人の無事を確認すると少しだけ笑い掛け、ぽんと男の子の頭を撫でてやりな

がら、そっとこの木刀を回収していた。

「……遊びじゃないんだ。逃げなさい。生きるんだ」

 震えた彼の瞳がじわっと潤んだ。ぼろぼろと、恐怖が感情を支配して涙と為っていく。逃

げ惑う他の村人達の中にその姿が消えていく。

「か、カイさん!?」

「……すみません。私の」

「だ、駄目です! 貴方がここに来ちゃいけない!」

「えっ?」

 だが、こちらに気付き慌てて駆け寄ってきた顔見知りの老人の叫びに、カイウスは一瞬思

考を妨げられてしまう。

「──カイ?」

 ゆたり。こちらに気付いたのは、何も村人達だけではなかったのだ。

 黒馬に乗り、まるで草刈りでもするかのように戦斧で逃げる村人達を斬り殺していた一人

の若い男。

 その後ろ姿が一瞬、ぴくりと引き締まると、彼とその部下らしき完全装備の騎兵達がサッ

と手綱を引いてこちらに身を返してくる。

「……。見ぃつけた」

 青年は、この狼藉の軍勢、イスターナ軍のリーダー格のようだった。

 肩に担いだのは、血でべっとりと汚れた大振りの戦斧。鎧は黒を基調に金の装飾が僅かば

かり刻まれ、背には赤茶色のマントがはためく。

 憎悪──カイウスの直感は、そう強烈な悪寒を伴って自身に知らせてきた。

 逆立った黒髪、血走った狂気の目。そんな彼の視線は、今間違いなく自分ただ一人に注が

れている。

 空いたもう片方の手で、男は強く口笛を吹いた。

 それまで各々に村に火を放ち、逃げ惑う村人らを手当たり次第殺していた兵達が、それを

合図にして一斉に彼の下へと集まり始める。

 紅蓮を背後に、ぞろぞろ。滾る力と眼に在るのは──やはり狂気。

「──殺れ」

 口笛を吹いた手をピッと水平に払う。すると左右から一斉に弓兵らが現れ、こちらに向か

って矢を番えてくる。

 鏃に火は点されていない。だがこの状況で射掛けられたら、周りの皆が。

「っ……!」

 肩越しに逃げる背後の村人達を見る。

 逃げろ──!

 だけど、叫ぶことも防ぐことも、今からではもう──。

「そこまでだッ!」

 しかし矢の雨はカイウスの身体を穴だらけにすることはなかった。射掛けれたその寸前、

背後から文字通り駆けつけてきた騎兵達の構えた盾がそれらを防いでいたのである。

「……悪ぃ。遅くなった」

 白と青を基調とした騎士達。掲げられた旗印はウェステリア国軍のもの。

 真剣な眼差しを敵方に遣ったまま、その部隊を率いてレヴァンがそう短く言う。

「いや……こっちこそ助かった。それで、あいつらは」

「イスターナだよ。それも、アーグ王直々の出撃だ」

 騎士と為った戦友ともの言葉にカイウスは思わず目を丸くしていた。

 アーグ王。戦後処理に追われてた兄王を放逐し、その玉座を奪った男……。

「はははっ! そっちはカイウスの副官だな? いや、今は騎士様か」

 黒鎧の男──アーグ王は笑っていた。

 だがそれは明らかに正気のものではない。返り血に塗れても一顧だにしない、戦いに魅入

られたそれである。

 ぶんっと斧を振ってその切っ先がカイウス達に向けられた。血走った瞳で、先の戦争から

三代目となった彼は言う。

「待ちかねたぜ、この日を! 親父を殺したてめぇらに復讐できる日を──半端に終わった

あの戦いに白黒はっきりつけられる日をっ!」

 やはりそうなのか……? カイウスはちらと馬上のレヴァンと目配せをし、その無言の首

肯を受け取った。

 それで合点がいった。何故ウェステリア王都ではなく、こんな辺境の村から侵攻を始めた

のか? 理由は明白、既に宣言されている。──自分達に対する復讐だ。

「……こんな、筈じゃ」

「ぶつくさ言うのは後にしろ。現にやっこさんは攻めて来た。言ったろ? あの戦争は終わっちゃ

いなかったんだよ。一応、お前がいるこっちにも部下を遣らせて見張らせてはおいたんだ

がな……」

 足元が大きく揺らぐ錯覚がする。

 だがそれでもレヴァンはこの相棒をぴしゃりと繋ぎ止め、しかし言葉の端に悔恨をそっと

忍ばせていた。

 同じものを喪った、だからこそ分かる。

 ただその後の態度が違っただけだ。二度と繰り返すまいと内を向き続けていたのか、牙を

研ぎ直しじっと外を睨み続けていたのか。

「……アーグ王。これは明確な条約違反だ。分かっているのか?」

「はん、さっきも言ったろーが。じきにそっちにも宣戦布告は通達される手筈だ。お互い、

力いっぱい殺し合おうぜ? 俺は、この日の為に玉座に就いた!」

 カイウスが思考を巡らし、背後の村人達との距離を図る中で、レヴァンはぎりぎりまでそ

う冷静な対応を貫こうとしていた。

 しかしそれはあまりにも呆気なく跳ね返された。もう見れば分かり切ったことではあった

が、実際にこうして拳を振り上げてくるのを止められないのは……如何ともし難い悔しさが

全身を撃つ。

 再びの合図。アーグ王率いるイスターナの軍勢が猛然と駆け出してくる。

「ちっ……。仕方ない、迎え撃つぞ!」

 伝令役を二・三騎ほど先に遣らせ、レヴァンも彼らに倣って飛び出していく。

(……っ)

 向こう側で両軍がぶつかっていた。カイウスは、また一人残されて辺りを見渡す。

 紅蓮に包まれる村、逃げ惑う人々。どれだけ願っても戦いは止められなかった。むしろ自

分がいたことで、また憎しみが繰り返されようとしている。

 やはりそうなのか? 自覚はあった。

 敵将だからとはいえ、自分達は一度──いや何度も、隣国の人々を殺したのだ。

 今更、戻れる筈もなかったのだ。ただ一人で断ち切れる筈もなかったのだ。

 逃げていただけだったのだ。自分だけ……身勝手に脱落ドロップアウトしてみせて。

「ッ!?」

 しかしそんな後悔の時間も、懺悔の時間も、戦いの場は許さない。

 イスターナの兵がこちらに溢れ出始めていた。

 元より向こうの方が数が多く、こちらはレヴァンの騎兵達しか戦力はいない。故に歩兵が

弓兵が、大回りしながらこちら──村人達に狙いを定めようとしている。

「カイウスっ!」

 馬上で戦友ともが叫ぶのが聞こえた。

 足元には、先ほど吹き飛ばした騎兵から零れ落ちた長剣。背後にはまだ村人達。

 いつしか──大切な存在になっていた、人達。

「戦え! お前はそれでいいのか!? このまま逃げ続けて、蹂躙されるのを見て見ぬふり

を続けるのか!?」

 そんな訳じゃない。だけど、今更剣を?

 手が……震えている。瞳の中に弓を番える兵達が、剣を払って迫ってくる兵達が、いる。

「戦ってくれよ! お前の恋人ねえさんの仇を──とってくれぇッ!!」

「──ッ!?」

 それは、数秒の早業だった。

 かつて愛した女性ひとの名。もしかしたら義弟になっていたかもしれない相棒の声。

 ざりっと、土の地面を蹴って剣を浮かばせた。まるで吸い付いてくるように、一瞬だけ重

いと感じた感触があっという間に消え、手に馴染む。

 一射。先ずはその矢を切り上げ一発で叩き落していた。次いで二射・三射。背後の村人達

に届きそうなそれを、カイウスは跳躍と回転をしながらやはり叩き落す。

 だむっと地面に着地する。

 だが、驚いたイスターナ兵達の意識は次の瞬間、次々と失せていくことになる。

 彼が地面を蹴っていた。全身にバネのように力を伝わせ、爆発的な加速。こちらに飛び込

んで来ようとしていた先頭の剣兵を、その首と両手ごと斬り飛ばす。

「──」

 再びカイウスは身を捻った。ぐらりと崩れるこの兵士だった身体を盾のように使い、後続

の射掛けを防ぐ。思わずたじろいた残りの剣兵をすれ違いざまに斬り捨てる。

 狙ったのは執拗に首と手、或いは胸。最初の死体ごと貫いて、最後の剣兵を絶命させる。

 顔を真っ青にして、弓兵らが後退るのが分かった。

 それでも、カイウスは足を止めない。対照的に赤くなった顔を身体を、そのままにして再

び地面を蹴る。身を先程とは逆回転させながら刺さっていた剣を抜き、崩れていく剣兵の腰

から予備の剣をもう一本抜き取ると、逆手・順手の左右の剣が次々と弓兵を斃し尽くす。

「す、すっげー……」

「あれが“剣聖”の実力……」

「凄い! 凄いよ、カイ先生!」

 背中の向こう側で、村人達が度肝を抜かされていた。

 だが、どうでもいい。剣に顔に身体に、返り血がびしょりと跳ね付いている。

 イスターナ軍の騎兵達も、レヴィン達も、また驚いていた。

 ただ両者には若干違いがある。前者はこのカイウスの力量への素直な驚愕だが、後者は少

なからず、彼が再び剣を取った──その鬼気迫る表情かおに戻ったことへのそれであったと言っ

ていい。

「やっと“こっち”に来たか。そうだよ、そうでなくっちゃなぁ……」

「……」

 なのにただ一人、アーグ王だけは尚も笑っていた。

 いや、悦んでいた。それでこそ殺し甲斐が──復讐のし甲斐がある。あたかもそう言って

いるかのような。

 じゅるり。その舌を舐め回し、血に染まった戦斧が微かに揺れる。

「……お前達、よく見ておけ」

 そして尚も彼はアーグ王らを睨み、村人達に背を向けたまま、

「これが剣だ。武力というものだ。お前達が憧れで歪ませてきた……殺しの技だ」

 二本の剣を共に順手に持ち直すと、そう返り血そのままの姿で言ったのだった。

                                      (了)

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