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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-17.August 2013
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(3) イントゥ・グレー

【お題】灰色、地雷、増える

 とある時代のとある国。彼らは戦争に負けました。


 何故戦ったのか? 何故勝てなかったのか? 疑問は今も多くて、様々な角度から何度と

なく問い返されています。

 それでも、一つ確かなことがあります。

 それは踏み躙られたこと。彼らも彼らと戦った彼らも、多くの犠牲を伴いました。多くの

生命が散ってゆき、多くの心が翻弄された筈です。

 それでも、勝った者が正義です。そうして歴史は繰り返されてきました。

 幾年もの時間が巡ります。かつての日々を思い出し、或いは知識だけながら悼み、彼らは

そっと手を合わせます。

 ある人達は思いました。もう二度と、こんな戦いには巻き込まれるまいと。

 ある人達は思いました。もう二度と、戦っても負けない自分達になろうと。

 或いはもっと別の、多くの人達は思いました。

 もうあれは、終わったことなんだと。


 傷ついても尚、人は歩みます。

 勿論立ち呆けになって、傷を引き摺りながら生きていく人々もいます。

 それでも、全体としては「復興」の旗を必死に振り続けました。

 焼け荒れた大地を、再びかつての緑に。

 満足でなかった衣食住を、繰り返さないように。

 責任の取り方ではありました。首が、たくさんの首が飛びました。

 かつてその国を率い、戦っていた人々は駆逐されていきました。代わりにそこへ収まった

のはそんな彼らを毛嫌いしていた人々です。

 成り代わった彼らは「復興」の旗を振りました。

 あれは旧態依然だ。あれは時代遅れだ。これからはもっと、個人の自由を重んじるように

しなければならない──それが正しいと信じていました。

 仮にそこに異を唱えても、きっと足蹴りにされたでしょう。勝った側が正義なのです。

 総入れ替えでした。人々も掌を返しさえすれば、それっぽく振舞うことができました。

 ──色が一つ、失われていきます。


 旗は振られ続けました。復興こそが彼らの新しい目標でした。

 苦しみをバネに、とは言ったもので。

 実際は底辺へと堕ちたからこそ、それだけ伸びしろがあったとも言えるでしょう。

 戦争は、まだあちこちで続いていました。

 それでも彼らは、今度はそこには加わりません。新しい正義が、それを許さずに赤く赤く

なっていました。

 でも一面ではそれでもよかったのかもしれません。よくなかったのかもしれません。

 彼らの願いは、叶っていきました。

 再びこの国の大地に実りを。窮せぬ衣食住を。傷を癒す手段ともなり、突き進みました。

 そうしていると、大地が変貌していきます。

 緑がまた減り始めました。鉄の色をした塔が次々に建ち始めました。多くの人々がそこへ

居を構えました。衣食住、あの頃とは比べ物にならないほどの物資が満ち溢れました。

 どんどん作りました。どんどん手に取りました。

 復興ゆめは現実のものとなりました。故にその歓声の中に、小さな声は埋もれます。

 ──色が一つ、また一つと失われていきます。


 それでも、登り続けられる坂は在りません。

 空の上の雲に手を伸ばすよう。近づくことはできるけど、決してそれを掴む──満ち足り

て“終わる”ことはない。

 むしろ終わりは別の形です。登り続けた坂はやがて頂となり、あとは下り坂となります。

 最初は、誰も気付きませんでした。気付きたくありませんでした。明日もきっと、今日よ

り豊かな日々になる──そのことに人々は馴れ切っていました。

 悲鳴が上がります。

 振り続けてきた「復興」の旗。その下に押し込められた痛みが再びの生まれを迎えます。

 坂を下り始めたから聞こえるようになったのか、それとも聞こえるようになったから坂を

下り始めたのか? もう彼らには分かりません。何よりその問いは、おそらくあまり意味が

ありません。

 私はこんな苦しみを受けた。こんな痛みを強いられた。

 御旗の下に押し込めれていた人々は言いました。次々に声を大にしました。

 最初こそ、まだ多くの人々は「対決」していました。或いは「逃げ」ていました。

 しかし勢いは既についてしまったのです。閉じ込めるには、もう限界が来てしまっていた

のです。

 多くのものが、彼らより求められました。それまでの「色」を否定するように、あれを実

現しろこれを実現しろと声が上がっていきました。三度の──もっと過去を眺めればやはり

繰り返された反転。セカイが塗り替えられていきます。

 ──色が一つ、また一つと得られながらも失われていきます。


 長い時間が流れました。連綿と続いてきた歴史からみれば、所詮僅かな一時かもしれない

けれど、人が呑み込み適応するには激しく、故に長く感じる時流です。

 様々な「色」が現れました。それは御旗一つを振り続けたが故の反動だったのですが、そ

れ以上に人々をある思いに至らせます。


“正しいと思えば、自分も語っていいんだ”


 様々な「色」が現れました。言の葉は一見して豊かで多量の極みへと突き進みます。

 明日は今日より良くなる、そう熱く夢を語る人々がいました。

 そんなことはない、もう下るだけさ。そう冷たくセカイを見つめる人々がいました。

 気付けば、富を食う猿でした。

 政治について考え、語れば「怖い」色を人々は彼の者に観ました。

 宗教について考え、語れば「危ない」色を人々は彼の者に観ました。

 文化について考え、語れば「物好き」な色を人々は彼の者に観ました。

 一見して、歳月を経た彼らの「色」は多彩に見えました。ですが、その本質はきっと違っ

ていたのです。

 少なくとも許しませんでした。自分の見る以外の「色」を、彼が彼女が見ることも、語る

ことも認めたくはなかったのです。赤を見ていたい人々は赤が、青を見ていたい人は青が、

緑を見ていたい人は緑が、セカイを隈なく覆うことを認識の有無に関わらず願ったのです。


「痛いっ……」

 そう顔を顰めて声をあげた人がいました。すると周りの人々は言います。

「五月蝿い」

 ある人々はその声自体を無かったことにしたがります。

「そういう言い方はしない方がいい」

 またある人々はその声にそう眉を顰めます。

「いや、傷つけるつもりはなかったかもしれないよ」

 別のある人々は寄り添ってみせながらも、手を差し出す訳ではなく、

「それで? 君はそう言って満足かい? 何が解決したんだい?」

 中には分析家の姿をして小首を傾げ、冷えた眼を貫く人もいます。

「いや、貴方は確かに傷ついたんだ! 一体誰だ、けしからん!」

「どうなんだろう……? 本当に貴方は傷つけられたの?」

 またそれとは別な人々もいます。

 一方では頼みもしないのに怒って、相手方へと駆け出していく人々がいました。

 一方では世界に懐疑的で、その人の感じるもの・考えるもの自体に疑問を呈します。

 

 様々な「色」が現れては消えていきます。消されていきます。

 もうセカイが下り坂であることは、誰にも否定できないものとなっていました。

 では、どうするか?

 いやまだ持ち直せる。下りがあるなら上りもある筈だと言う人々もいます。

 いやもう下っていくしかないんだ。だからそれに見合う姿になろうと言う人々もいます。

 大本を作り変えないといけない──その意味では多分一致しています。だけども「色」が

多彩である故に、彼らは噛み合いません。少なくとも相手を許さないのです。

 歴史は、繰り返されます。

 そもそもあの時負けたのが──弱かったからいけないんだ。流石にその過去を変えること

はできなくても、また強い自分達を作ろう、正しい自分達を作ろう──そうと語れば、一方

でそれを時代錯誤だと拒絶する声が大音量になっていきます。交わることを知りません。

 高き座ですらこうでした。

 況や、低き座をや。人々は「色」を巡って争い続けます。自分の求める「色」でセカイを

塗り潰すため──ただその為に振りかざすのです。

 強きを貶し、弱きを哂い続けました。勝者の粗を探し出してはこれを叩き、敗者の弱き面

を見つければこれを叩きます。

 それはきっと黒い「色」でありましょう。

 粗探しが弱めるの嫉妬の色、弱き心を叩くことで得られるものはささやかな優越感。

 皆無でした。そこに手を取り合うという概念は皆無だったのです。

 実は在ったのかもしれません。ですが、その色はすっかり塗り潰されています。

 坂道を転がる自分達を、誰も止められませんでした。

 憂う人々ならきっといたのでしょう。ですが、グラデーションを知らぬ彼らの前はそうし

た曖昧さは霞み、埋没するのです。


 ……それでも学ぶことはありました。悟ることはありました。

 それは「不毛」という感情です。沈黙という美徳、無難という名の防御壁です。

 何かを語れば攻撃されます。それでも同じく握手を求めてくれる誰かはいるかもしれませ

んし、実際個別の記憶には在った筈なのです。

 ですが、そうして何か「色」を語ることは争いの種と為りました。即ちその「色」を認め

たくない人々にとってそれらは憎悪を燃やす、不快を拗らす燃料でもあったのです。

 故に人々は幾つかに分かれてゆきました。

 一つは、尚も「色」を巡って争う戦線に立つことでした。

 二つは、そんな彼らに未来はないと遠く海を渡っていくことでした。

 そして三つは、そんなセカイを厭った上で「日常」を小さく小さく折り畳み、その維持だ

けにじっと心を消費することでした。


 今日もまた、色が失われていきます。きっと明日も失われるのでしょう。

 ──また一つ、人々が灰色に為っていきます。

                                      (了)

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