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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-15.June 2013
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(4) 英雄の後始末

【お題】銅像、告白、伝説

 その国は長らく、戦に次ぐ戦の日々でありました。

 かねてよりその国土の多くは荒地。一年の大半が強い日差しに晒され、決して作物の栽培

には向いていません。

 辛うじて在るのは、僅かな雨季によって支えられている緑。

 故に人々は、長らくそんな草地を大きなスパンで点々としながら放牧を営むという生活を

続けていたのです。

 ……争いの萌芽は、充分過ぎるほどでした。

 満足に食べられない。だけど何処どこの誰は自分よりもありつけている──そんな互いの

噂話と目の当たりにした不平等に、人は誰かを詰ります。胸倉を掴み、自分にもその富を寄

越せと迫ります。

 始めはいち個人同士の諍いでした。まだ同じ部族の仲間が施すことで、何とか収まりをみ

ることができていました。

 しかし諍いの単位が個人から部族に変わる時、部族から豪族(複数部族の連合体)に変わ

る時、萌芽は毒々しく咲き誇るのです。

 限られた富を巡り、戦乱の時代が訪れました。

 ある豪族は牧草地を独占せんとし、またある豪族は鉱資源──他国への輸出、富に変わり

うる山々を掌握しました。

 誰もが主張しました。この土地は俺達のものだと。

 誰もが主張しました。○○を滅ぼせば、俺達はもっと豊かになれるのだと。


 戦に次ぐ、戦の日々でありました。

 各地に散り、それぞれが独自に支配の正統性を訴える群雄割拠。

 元より決して多くはない大地の恵みを、彼らは互いに血走った眼で奪い、奪われを繰り返

しました。

 かつての旧き良き時代に戻れば……。しかしその願いは、叶うことはありません。

 時の流れは「進む」だけで「戻る」ことはないから、というだけではないのです。謂わば

彼らは“知識の木の実を食べた”後なのです。

 これまでのように、こじんまりと散らばらずとも、奪えば──それらが実は短期的なもの

でしかなくとも──味わえる豊かさは大きくなる。ただ漫然と、延々と均された貧しさの中

に閉じ込められるよりも、結束した盟友とも達と共により高みへと上る……。

 事実、その必要性はありました。時代と共に、奪い奪われる構図は何もこの国だけの話で

はなくなっていたからです。

 ただ富を得たい。豊かでありたい。

 その野望は、多くの群雄にとってあまり剥き出しにすべきものではありませんでした。

 故に、彼らは包み隠しました。

 このまま国が散り散りなままでは、いずれ大国に“喰われて”しまう……そう人々に訴え

掛け、自身の正当性を飾り立てました。

 豊かさを約束する内向性から、近隣──諸外国との力関係という外向性への転換。

 ですが、結局やっていることは、あまり変わってはいなかったと言えます。

『──この国を統一し、余所者に荒らされぬ強く豊かな国にする』

 人々も、何処かで解っていたのかもしれません。

 そんな彼らの言葉は所詮、建前──美辞麗句に過ぎないのだということを。

 即ち、諦観を。



 そんな時代にこの国に、彼は生まれ落ちました。

 詳しい出自は今もはっきりとはしていません。一応「公式」のそれは存在しています。

 ですが……それは「真実」ではないのでしょう。十中八九、後に周囲が彼の正当性を強め

る為に創作した、そう考えながら手に取った方が賢明であると思われます。

 彼は、戦乱続くこの国で、仲間達と小さな傭兵組織を立ち上げました。

 財力も兵力も、お世辞には潤沢とは言えない、そんな小さな勢力。

 しかし彼らはその立ち上げから十数年後、この戦乱に塗れた国を統一するという偉業を成

し遂げてみせたのです。

 彼は、所謂一騎当千の武を誇っている訳ではありませんでした。一応銃火器なども扱えは

しましたが、武人としては平凡だったと言われています。

 その代わりに……彼には優れた眼がありました。

 先を見通す戦略眼。彼は当代、類希な知将であったのです。

 内乱当時、多くの武装勢力は「外国からの脅威」を説き、その防波堤として自分達を人々

に売り込むという戦略を採っていました。

 ですが彼だけは違ったのです。むしろ彼は近隣諸国と積極的に接触し、そんな上辺だけの

外向きが意味を成してないことを悟ったのです。

『一体、どの勢力があの国を治めるのだろうか?』

『あそこは痩せた土地が多い。もし彼らが我が国に流入してきたらと思うと……』

 むしろ逆だったのです。

 侵攻。それはむしろ近隣諸国が抱く憂慮でした。

 元よりかの国は恵まれない土地。

 そこで統一された権力が生まれてしまえば、その者達が一度自分の国をその版図に──自

国民らを養う為の踏み台にしようとするのなら。かの内乱はもはや対岸の火事ではなくなる

だろう……。

 “貴方がたは、我々を如何する気でいるのだね──?”

 各国は明言こそせずとも、そう警戒を強めていた最中だったのです。

 ──故に、彼とその仲間達はある手を打ちました。

 この国の内乱を自国民じぶんたちだけで片付けるのではなく、彼ら諸外国からの支援を取り付け始めた

のです。

 曰く、私達が国を平定した暁には、貴方がたとの交易をもっと盛んにしましょう。

 曰く、私達が国を平定した暁には、二度とこんな争いの起こらない民主的な国にします。

 曰く、私達が国を平定した暁には、土地欲しさの為に他国を侵略しないと誓います──。

 彼は理解していました。内乱というカオスが陥らせる視界狭窄を。

 どれだけ正義を掲げようとも、これまでの豪族らの争いは井の中のそれだったのです。

 故に彼は、直接豪族達かれらとぶつかることを避け、先ずは「外堀」を埋めることに力を注ぎ

ました。

 ただ戦うことばかりを目的とせず、先ずは本拠地を豊かにすることを目的としました。

 不毛な土地、そんな筈の大地に緑を蘇らせ人々を飢えさせないように努める彼の下には、

徐々に周辺の勢力が教えを請いに現れ──やがて彼の仲間となっていきました。

 他の、好戦的な勢力らが気付いた時にはもう遅かったのです。

 磐石の構え──豊かな内政によって人々の支持を集め、一方で口説き落とした諸外国から

のヒト・モノの支援も相まって、彼らの慌てた末の進撃は大失敗に終わりました。

 苦節十数年。

 柔が剛を制した瞬間でした。



 ようやく統一を果たした彼は、新しいその国の初代大統領になりました。

 大統領です。国王ではありません。

 長らくこの国──だけに限らず、当時の周辺国の多くは──は昔ながらの王権、宗教的な

権威が国を治めていました。

 しかし彼は、そうした旧来のシステムを一度解体させたのです。

 人々から代表を選び、彼らによって国の大事を決める。民主主義国の誕生でした。

 それは内乱の折、武力が肥大化することを懸念した諸国へ、その協力を取り付ける為に提

示した約束でもありましたが、彼はもう一つ別の意図を持っていました。

 近代化です。

 その是非はともかく、世界は既に民主主義の御旗を掲げて動き始めていました。

 実際に大国と呼ばれる国々は、実質強力な指導者という頂点を持ちながらも、形の上では

その政治形態を是として広く世界に流布しようとしていました。

 彼も、その流れに寄り添う必要があると考えたのです。

 もっと具体的に言うと、民主化──彼らの云う近代化を果たさなければ、いつまで経って

も自分達は“蛮族”扱いされると理解していたのです。

 戦乱が集束し、これから復興と発展を目指す自分達にとって、民主的でないとのレッテル

を貼られることは他国の支援を呼び込めないこととイコールであったからです。

 決して武勇に長けている訳ではない。

 しかし聡明なかつての知将は、次々に国の姿を整える為の手腕を振るい、いつしか人々に

名君と呼ばれ慕われるようになりました。

 決して勝ち取った地位に驕らず、国──人々の豊かさの為に考え、時に揺り戻しのような

保守勢力の反撃に対してもじっくりと話し合う……。

 建国後こそ選挙が行われたとはいえ、国家統一の立役者なのに。

 その選挙で自分達が選び、間違いなく正統に権力をその手にしたのに。

 人々は暫くの間、彼を讃えるムーブメントに浮かされていました。

 我らの名君だ──そう(もう正式には“王”ではないのですが)声を重ね、遂には首都の

大広場には彼の銅像までが建てられました。

『大袈裟だなぁ……』

 当の彼自身は、建立を聞いてそう苦笑してたといいます。

 ぐんと加速する革新、それでいて穏やかな治世が、長く続きました。


 それでも──彼とて人間であるのです。

 彼は制度上可能な限り政権にいましたが、やがて老齢とすっかり豊かに発展した自国の姿

を眺めて、遂に引退を発表しました。……そしてまるで、その時を待っていたかのように、

彼は老いの中で抱えていた病に射抜かれ、静かにこの世を去ったのです。

 問題は、後継者でした。

 彼には二人の息子がいました。

 一人は父譲りのカリスマを持つものの、腕っ節にものを言わせるきらいがある長男。

 もう一人は兄のような武勇に恵まれてこそいないものの、賢く温厚な性格の次男でした。

 国を挙げての彼の葬儀の後、人々は多いに悩みました。

 長男か、次男か。どちらが次代の名君となるのか。

 されど頼みの綱である亡きかれは、どちらをという指名をしないまま逝っていたのです。代

わりに遺されたのは『我が国にはもう民主的な制度がある。私の血脈が治めなければならな

い謂われは、もう無い』というメッセージ。

 人々は混乱しました。

 彼亡き後には、作り上げたシステムによって代表を選べばいい。彼の伝えたかった思いは

頭では理解できていた筈でした。

 それでも……繰り返されてしまったのでした。

 嫡子である長男を推す声がありました。

 人々をまとめ上げる力を受け継いでいる。そして今や、隣国は新興国となった我が国を狙

っている、とも。

 穏健である次男を推す声がありました。

 いや彼が次の大統領であるべきだ。国を治めるのは武勇ではなく知性、理性である。その

点で言えばこの方は彼の多くを受け継いでいるのです、とも。

 選挙という形の、戦が勃発しました。

 自分達で代表を選んでくれ──。そんな亡き彼の願いは知らぬ間に霧散し、彼らを巻き込

んでいったのは、英雄を失い必死に火を灯し直そうともがく人々の姿だったのです。

 長男か、次男か。

 他にも候補者自体はいたにも関わらず、大統領選はこの二子の争いと化していました。

 建国の時とはまた別の、そして異様な熱に彼らは浮かされていました。

 ……僅差ながら、勝ったのは長男でした。



『ご覧ください! 建国の父、ファジャフ大統領の像が押し倒されていきます!』

 長い長い時間が過ぎました。

 そして今、この国は再びの暗黒に突入しようとしています。

 彼の長男──ラディオは大統領となり、右肩上がりの国を治める権力者となりました。

 しかしその選択が過ちであったと人々が知った時には……もう遅かったのです。

 ラディオは、決して名君には為れませんでした。即ち、暴君です。

 彼は得た権力の下で次々に国力増強政策を断行──その影で親類や業者との癒着を横行さ

せていったのです。

 繁栄の陰で徐々に明るみになってきた負の姿。

 それを人々が批判し始めた時、彼は独裁者へと変貌しました。

 先ずは政敵を様々な手を用いて排除、権力の中枢から追放した上で、自分達が得をするよ

う法律を次々と作り変えていったのです。

 次に、同時に併行していったのは、そんな手法にやはり批判を浴びせる人々への弾圧。

 彼は持ち前の武勇を活かし、次々に“邪魔者”を排除していきました。

 それは批判的な市民だけではなく、かつて自分と権力の座を巡って争った弟・モダレーと

その親族らも例外ではありませんでした。

 締め付けられ続ける圧政。やがて人々は各地で蜂起しました。

 当初は強硬姿勢を崩さなかったラディオ政権も、経過の中でこの反政府勢力に支援を始め

た諸外国らの影響もあり、遂には首都──すらも掌握できずに降伏したのです。

 司法の裁きを──。

 しかし諸国の援軍が大統領府に踏み込んだ時には、既に当の本人は惨たらしい亡骸に成り

果てていました。ラディオ憎しと猛攻をした者達によって、彼とその側近達は殺害されてし

まっていたのです。


 報道関係者を乗せたヘリが、何機も空を飛び回っていました。

 彼らのカメラが向けているのは、その眼下で乱暴に押し倒されていくファジャフ──かつ

ての建国の英雄を祭った銅像。何本ものワイヤーが巻きつけられたそれは、最早暴徒に限り

なく近くなった人々により、今や根元からバキリと圧し折られようとしています。

「うぉぉぉぉー! 倒した! 俺達は自由を手に入れたんだ!」

「断ち切った、もう俺達はあの親子に怯えなくていいんだ……!」

 大きな音を立てて崩れ落ちた銅像。その周りを囲むように人々が吼えていました。

 腰元から折れ、頭を広場の石畳に押し付けたあの彼の像。

 その姿はまるで、暴君と成り果てた息子のことを謝罪しているかのようで──。

「ん? おい、中に何か入ってるぞ」

「えっ? 銅像に?」

「おーい、手伝ってくれー! 取り出すぞー!」

 そんな時でした。ふと彼らは、そんな二つに折れ分離した銅像の中に、何かがびっしりと

詰まっていることに気付いたのです。

 彼らは何だろうと、その熱気を冷ますようにバケツリレー方式よろしく破片を除けつつ中

を探って……驚愕しました。

「お、おい。これって……」

「きっ、金だ。金の延べ棒だ!」

「十、二十、三十、四十、五十……。か、数え切れねぇ……」

 その正体は、無数の金でした。

 銅像の中に在った地下に続く横穴。その中には所狭しと積み上げられた金の延べ棒が収め

られていたのです。

「何だよ……。ファジャフって、こんなとこにヘソクリを隠してたのか……?」

「でも何で、またこんな街のど真ん中に……ん?」

 人々は戸惑いながらも暗がりの横穴を見渡します。

 込み上げる羨望と畏怖。かつての英雄は、一体何を考えてこんな事を──。

「どうした?」

「いや。ここ、何か書いてないか?」

「うん? どれどれ……?」

 そして彼らは仲間の一人が気付き、指差した一角──壁に嵌め込まれた金属のプレートを

懐中電灯で照らしてみて、またもや言葉を失ったのです。


“この場所が暴かれる時、私とこの国は再び困難の中に墜ちていくだろう。

 願わくば、このばいこくどに残された財全てが、善き未来の為に使われんことを”


                                      (了)

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