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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-15.June 2013
73/500

(3) 謝命節

【お題】野菜、最速、喜劇

 長かった猛暑もようやくなりを潜め始め、季節は確実に実りの時を迎えようとしている。

 今年も散々な気候だったなぁと、マシューは納屋で農具を準備しながら思い起こす。

 雲一つない忌々しいほどの快晴──日照りが続いていたかと思えば、はたとみるみる内に

空が暗雲に包まれ、まるでバケツをひっくり返したかのような集中豪雨が通り過ぎていく。

 ……流石に極端過ぎる。そう常々思う。

 一介の農夫にお天道様の機嫌など分かる筈もないが、少なくとも穏やかに地上の自分達を

慈しむという気概、余裕があるようには思えない。

 それでもまだ、一点集中型とはいえ、雨が降るだけ農家としてはありがたく思うしかない

のかもしれないと只々己を宥める他ないのだろうと思う。

 ともあれ、今年もやって来た。

 確かに豪雨によって痛んでしまったものもあるが、それでもたっぷりの日差しと水、そし

て自分達の手入れを受けた作物達は大きく育ってくれた。量より質、とでも言うべきか。

「マシュー、そろそろ準備できたか?」

 そうして一通りの道具一式を揃え終えた頃、納屋に両親と祖父母、あとお手伝いさん達が

覗きに来てくれた。

 蓋付きの手籠を数個入れた大きな籠を背負い、両手にももう一つ同じそれを抱える。

「うん。……畑の方は?」

 いよいよだ。マシューは改めて気を引き締め、父にそう問う。

「ああ、もぞもぞと動き始めてるぞ。柵も囲ってある、準備は万端だ」

 今年も始まるのだ。

 収穫という名の、追いかけっこが。


『──ッ!?』

 案の定、マシュー達が敷地内の畑に足を踏み入れると、彼らはビクついていた。

 野菜達である。

 設えられずらり並ぶ複数の盛り土、そのライン。そこに埋まっていた彼らは、今まさに大

きく育ち、巣立ち──ならぬ畑立ちをせんとしているのだ。

 だが、そうされては困る。それは即ちせっかく育てた作物に逃げられることであるから。

「マシュー。ロットとアヴー、マリオンと向こうに回ってくれ。俺達が追い立てる」

「うん。分かった」

「よぉし、腕が鳴るぜ!」

「しーっ! あんまり声を立てちゃ駄目だって」

「……列を乱したら抜けられる。踏ん張れよ」

 父の指示を受け、マシュー達は畑を挟んで向かい側、三重に設えられた柵の前に立つ。

 各々その両手には蓋を開いた状態の手籠。握る手元のレバーと金属のバネによってすぐに

閉じ、施錠もされる安心設計である。

 ぐるりと、一同が畑を囲い込むように建てられた柵の前に陣取った。

 日差しが一頃よりも緩やかになっている気がする。

 ひたすらに焼け付くのではない、実りを祝う慈しみの暖かさ。

 そしてまるでそんな外気の変化とマシュー達の包囲に反応するかのように、野菜達はその

デフォルメされた手を、足を、ずぼっと土から抜き出して、

『──!』

 駆けた。

 人参、玉葱、ジャガイモ、牛蒡、椎茸、その他秋が旬の野菜諸々。

 それら丸々と太った野菜達は畑の土から巣立つと、トテテッと散り散りになって柵の向こ

う側──飼われることのない自由へと向かって走っていこうとする。

「掛かれっ!」

 父の合図で、マシュー達は前のめりになっていた身体に更に体重を掛けた。

 向かってくる(突破しようとする)野菜たち目掛けて、両手の籠を振り抜こうとする。

「よし、捕まえた!」

「次、次の籠持ってきて!」

「ぬおっ!? フェイント……だと?」

 実際、マシュー達は脱走を図る野菜達を次々に手籠の中に“収穫”していた。

 だがそれでも全てという訳にはいかず、野菜達の方もちょこまかと蛇行しながら、或いは

別の者をそれとなく蹴飛ばして囮にしたりして、その包囲網の隙間を縫おうとしてくる。

「ははっ、速い速い。こりゃ今年も活きのいいのが揃いそうだ。もしかすると今までで一番

足の速い部類かもしれん」

「わ、笑ってる場合ですか、おやっさん!?」

「ああっ! あの子達逃げちゃう!」

 収穫という名の追いかけっこ。

 もう何十年も続けてきて慣れっこなのもあるのだろう。折角手塩にかけて育てた作物たち

が目の前で逃げ出そうとしているのに、父は嬉しそうに笑っている。

 アヴーやマリオン、この時期に雇った手伝いがあくせくしているのに、そんな中でも次々

と手籠へと彼らを“収穫”していくさまは熟練のなせる技であろうか。

『──! ──!』

 野菜達も必死だった。

 椎茸らは包囲を抜けた先で人──もとい野菜の梯子を作って柵を乗り越えようとし、ジャ

ガイモや玉葱らは集団タックルで柵そのものを倒そうとしている。人参たちは逆にマシュー

達人間の身体を踏み台にしようと突っ込んで来、牛蒡に至ってはおろおろとしてコケている

者もいる。

「こんのっ!」

 ぴょんと、自身の肩を踏み台にしようとした人参をまた一体、マシューは振り抜いた手籠

に閉じ込め鍵をしていた。

 それでも、野菜達の反抗は終わる素振りがない。

 手伝いらが寄って集って、柵をどうにかしようとしている者らを優先的に“収穫”しよう

とする中、尚も畑内では自由を求める野菜達が逃げ場を求めて駆け回っている。

「……流石に骨が折れますね」

「なぁに、毎年の事じゃないか」

 言いつつも、淡々と“収穫”しては新しく籠を持ち替えていくロットに、父はそれでも笑

みを浮かべていた。背後を通ろうとする人参をまた一体、素早い手さばきで籠の中にすくい

上げる。

「それに──」

 ちょうど、そんな時だった。

 まるで期を予め読み取っていたかのような父の視線。すると閉じていた柵の入口から、ず

らりとマシュー達と同じ装備をした農夫達が姿を見せたのである。

「よう、加勢に来たぜ!」

「こっちは“収穫”が済みました。あと大きなのはマクレーンさんの所ですからね」

「ん……。助かるよ」

 野菜達がビクッと、そのデフォルメされた手足、身体を震わせた。

 ぞろぞろと数十人単位で新しく人間が、収穫者が参戦してくる。

 ……どうやら今年も無事に収穫が済みそうだと、マシューは大きく安堵する。


「は~い、出来ましたよ~」

 その夜。今年の収穫を済ませた食卓には、採れたて野菜をふんだんに使った料理がずらり

と並べられていた。

 奇麗に盛り付けたサラダに始まり、カラッと揚げた天ぷらまで。

 更にそこにこんがり焼かれた猪肉のスライスが添えられ、見るからに栄養満点である。

「いやぁ……。今年も兄貴のとこは豊作だなぁ」

「だな。ここ数年お天道様はご機嫌ななめだが、それでもこうやって恵みが確保されている

ことには感謝せねば。勿論、お前の獲ってきてくれた肉も、な」

 マシューら一家と収穫に関わったお手伝いさん達、そしてこの猪肉を持って来てくれた父

の弟──つまりマシューの叔父。

 食卓はいつにも増して賑やかだ。

 尤もそれはこの時期、この大仕事の後の恒例行事であり、何より収穫に力を貸してくれた

皆への労いとお礼も兼ねていることは言うまでもない。

 マシューの父は村一番の農家だった。

 その弟、叔父は腕利きの猟師だった。

 育てた恵みと育った自然の恵み。二人は毎年この時期になるとそれぞれを持ち寄り、皆に

振舞うことを大きな喜びとした。

「ふふっ。それじゃあ、料理が冷めない内に頂きましょうか。……主よ、今日も我々に恵み

を与えてくださり感謝します」

 母もまたそんな夫らを微笑ましく見守り、そう皆に促して祈りの言葉を紡ぐ。

『……』

 マシュー達もその所作に倣った。

 約一名アヴーが片目にうずうずと目の前の肉を狙っていたが、まぁ彼はこういう性格なので気に

しないでおく。暫しの間、一同は母を筆頭に文言を復唱し、縦長の食卓を見下ろす決して広く

はないダイニングにはその声が重なり響く。


 感謝しよう。この一時を。

 作物達すら裸足で逃げ出す──何とも活きがよく滑稽な世界でも、僕らはそんな彼らの命

を取り込んで生きている。食べるというはそういうことだ。生きるとは自覚の有無に関わら

ず、全てが何処かで繋がっていることなのだと思う。

『──』

 祈りが終わり、マシューが皆がそっと目を開けた。

 目の前には、変わらず香ばしい匂いと料理が並んでいる。

 ぱんっと、マシュー達は自ずと環を作るようにその両手を合わせると、そう誰からともな

く静かな笑みを零していたのだった。

                                      (了)

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