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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-2.May 2012
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(2) 道草を喰うひと

【お題】ピエロ、森、鍋

K:やぁこんにちは。季節はすっかり春だね!

S:そうね。各地の山野もあちこちで生命の息吹をみることができるようになったわ。

K:だろう? 僕らにとって、これほど嬉しい季節はないね。何たって冬の眠りから覚めて

  同胞みんなと再び顔を合わせることのできる時期だからね。

S:貴方って冬眠しているイメージってないのだけどね。年中騒いでいるイメージが。

K:はははっ! 良いジョークだね!

S:……冗談で言ったつもりはないのだけど。まぁいいわ、さっさと今日のお話に話題を戻

  しましょうか。貴方は馬鹿正直に春を喜んでいるけれど、最近は私達もそうおちおちと

  陽気の中でゆっくりともしていられなくなったのよね。

K:と、言うと?

S:ニンゲン達のことよ。この時期になると、彼らは待ってましたと言わんばかりに山野に

  分け入って来るでしょう? 私達を、狩ってゆく為にね。

K:あぁ……そうだったね。だけど別に春に限らず、ニンゲン達はよくこっちに来るように

  なった気がするなあ。確か「登山」というレジャーと云ったっけ。

S:それもあるわね。わざわざこちらの領域に“土足”で入って来てうろつくだけの一体何

  が楽しいのか、私には理解に苦しむのだけど……。だけど、今回はその話じゃないの。

K:違うのかい?

S:大きな括りで言えば似たようなものだけどね。さっきも言ったでしょう? あいつらが

  わざわざ私達を狩る為にやって来るって。彼らは「山菜ブーム」なんて云ってるけど。

K:ふむ。それなら僕も聞いたことがあるよ。何でも“素人”までもが混じって、僕らを手

  当たり次第に狩りとって愉しむ殺戮行事だとか。

S:ええ。何も山野は彼らの娯楽の為にある訳じゃないのだけど、彼らなりに言い分はある

  みたい。自然食ブームとか何とか。採れたてが一番美味しいんだとか。

K:程度を知らないとはこの事だね!

S:貴方が言ったら世話ないと思うのだけど。

K:ん?

S:……何でもないわ。まぁ彼らが私達を食料にすること自体は、何も今に始まったことで

  はないのだけど。単にその人数が増えたから、犠牲者も増えているってことかしらね。

K:ふぅむ……。お? そうやって噂をすれば何とやらだ。向こうからニンゲン達がやって

  来るみたいだよ。

S:あら本当。じゃあ暫く息を潜めた方が良さそうね……。



K:お~、いっぱい来てるねぇ。

S:そして案の定、次から次へと皆を……ああ。

K:昔はもっと遠慮ってものがあったんだけどねえ。今となっては僕らが苦労して根を張る

  ことすら彼らにしては“面倒”になったのかもしれない。あ、また一人──。

S:珍しくまともな事言うじゃない。そうね。山だけじゃなくって、ニンゲンは海でも自分

  達が採り過ぎたことで遅過ぎる後悔をしているし、同じぐらい未だに採る採らないで揉

  めているし……。

K:学習しないものだねぇ。

S:ええ、本当に。自ら『知恵のある人』と名乗っているというのにね。

K:じゃあ彼らはその知恵でちゃんと見分けているのかな? 話に聞く限りだと彼らは僕ら

  を食す為にわざわざ出向いて来ている訳だろう? 僕らの中には“尖った”気性の奴も

  いる訳だから……。

S:知らない、ということはないでしょうね。少なくともね。ほらあそこを見て、わらわら

  とやって来ているニンゲン達の中であれこれと質問をされている者がいるでしょう?

K:本当だね。彼らは周りのニンゲン達に比べると、装備がしっかりしている。あれは山野

  を知っているってかおだ。

S:そりゃそうよ。彼らは案内人──いえ専門家と名乗るニンゲンらしいわ。知識の浅い他

  のニンゲン達に、私達のことを詳しく教えたりするのが仕事みたいよ。

K:へぇ。物好きなニンゲンもいるものだねぇ。でも、結局は同じニンゲンだろう? 幾ら

  彼らがそのセンモンカという人種でも、似たり寄ったりな仲間達の見分けがつくのか、

  僕にはとてもじゃないけど思えないなあ。

S:……そこまで私達が心配してやる義理なんてないわ。あいつらは無遠慮にやって来ては

  仲間を笑いながら狩ってゆくのよ。逃げる術がない私達を容赦なく、ね。

K:根張ってるねばってるのにね!

S:……何であんたはそう笑っていられるのよ。まぁ私達よりも“生え易い”身体をしてる

  からなんでしょうけど……。



K:お? ここはいつもの山野じゃないね。木がない木がない木がない。即ち森じゃない。

S:どうやらあんたが騒いでる内に私達も狩られてしまったみたいね。見てみなさい、酷く

  生命がないでしょう? ニンゲンというのはこんな無機質な箱の中に暮らしているの。

K:だねぇ。木がない木が──ああ、分かってるよ。どうもニンゲンというものは空間を区

  切るのが大好きみたいだね。でも僕らがいる此処は……。

S:台所、という場所でしょうね。言ったでしょう? 彼らは狩って来た私達を食べること

  をその蹂躙の総仕上げにするのよ。

K:ほうほう。いよいよ僕らもニンゲンの餌食になる訳だ。道理でさっきから身体が軽過ぎ

  るわけだよ。いつもねば

S:五月蝿い黙れ。

K:……。お? どうやらニンゲン達が準備を始めたようだね。身体に布をぶら下げている

  ようだけれど、うーん……?

S:料理、というものよ。ニンゲンは食料にしたものを自分達の理屈で捏ね繰り回して見た

  目から全てを変えてしまうの。

K:流石にこれはグロテスク、だね。見てみなよ。君の仲間達がとろりとした液体に浸され

  ているよ? そして金属の入れ物に──おぉう!? なんだぁ、この音は!?

S:聞いた事があるわ。あれがニンゲン達、特にニホンジンと呼ばれている者が好むという

 「天ぷら」という熱湯責めよ。さっきの液体はコロモといって、私達の身体中に熱のエネ

  ルギィを効率よく篭らせる為のものらしいわ。

K:嗚呼……。改めてニンゲンとは恐ろしいね。

S:だけどニンゲン達にとって山菜わたしたちは、狩りたてをこの天ぷらで食べるのが一番ツウだそうよ。

K:へぇ? 僕には理解に苦し──あぁっ! 今度は僕の仲間達がまた入れ物に! ん? 

  でも今度はコロモとやらは塗さないようだね。茶色っぽい……泥、やら何やらと一緒に

  掻き混ぜて……あああっ。

S:どうやら、あなたたちに対しては「なめこ汁」という熱湯責めを施すみたいね。

  貴方達を斬り刻んだ葱ちゃんと、トーフという白く柔らかい食材と一緒に熱湯責めにし

  てから食べるそうよ。

K:葱ちゃん……。あんなに元気にしてた娘なのに、あんな細かくなっちゃって……。

S:あら? もうニンゲン達は食べ出すみたいよ。

K:え? じゃあ僕達は助かったのかな?

S:さぁそれはどうかしら? 別に狩って来た全員を一気に食べるとは限らないから。

K:ふふっつ、手を合わせて「いただきます」か。……同胞よ、君達の犠牲は忘れな──。

  ん? どうした。何だか急にニンゲン達が苦しみ始めたぞ?

S:……やっぱりね。

K:? どういう事だい?

S:前に貴方も言ったでしょう? 私達の中にも“尖った”奴はいるのにどうやって判断し

  ているのだろうって。その結末が、これよ。

K:結末……。あ、一人木の台から転げ落ちたね。傍目から見ても苦しそうだ。

S:どうやら“尖った”仲間を口にしてしまったようね。知ってる? ニンゲンが彼らを口

  にして今みたいに苦しむことをショクチュードクと、ニンゲン達は呼んでいるそうよ。

K:ああ。それなら僕も聞いた事があるなぁ。僕らにも毒を持ったとがった仲間がいるけれど、

  ニンゲン達は僕らを警戒していても、君達には割合警戒心が薄いよね。

S:彼らの云う「山菜ブーム」とやらで、私達に対する素人が増えているからよ。どれだけ

  傍にセンモンカがいても彼らでも私達を正確無比に見抜けないし、何よりそうした人種

  を抜きにして自分達だけで山野こっちに踏み込んでくる輩もいるから……。

K:ふぅむ。無謀、だね。

S:全くもってね。……でもそれは彼らの落ち度よ。知らない、じゃあ済まない。

K:教えてあげようにも、僕らの言葉は分からないようだしねえ。……お? 他のニンゲン

  達がドタバタし始めたね。何やら長細い塊に話し掛けているようだけど。

S:助けを呼ぼうとしているのでしょうね。所詮、ここにいる彼らは“素人”だから。

K:なるほど。

S:……。

K:……。

S:とりあえず、私は彼らに言いたいわ。

K:お? 奇遇だね。僕もちょうど同じ事を思っていた所だ。

S:じゃあ、一緒に言ってみましょうか。

K:はは。そうだね。まぁきっと聞こえないんだろうけど。


S&K:──自然わたし・ぼくたちを、舐めるな。

                                      (了)

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