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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-13.April 2013
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(1) 不毛都市

【お題】砂漠、禁止、主従

 後に何も生えない──育まれないことを不毛と呼ぶのなら、その意味では此処もまた同じ

なのかもしれない。

「全員、整列!」

 鈍く思い灰色の空、錆び付き剥き出しを呈する金属棟の群れ。

 それらの足元に停まる多数の大型車両を背後に、この日、現場監督を名乗る男性がそう声

を張っていた。

 対しているのは、老若問わず薄ぼけた青で統一された作業着姿の男達。

 申し訳程度に並び直し、彼を見る。

 有沢はそんな中にあって、ぼうっと普段とは異質なこの場所を眺め立っていた。

「今回はE1区画からH9区画までを“処分”する。位置関係と担当する区画は各自、配布

された端末で確認するように。作業内容その他分からないことがあれば、所属の班長に照会

すること」

 この日は有沢にとって、このアルバイトの現場初日だった。

 内容は“放棄指定地域”の清掃──即ちこの廃墟に転がる無数のゴミを取り除くこと。

 それにしては、随分とまぁ皆気が張っているなと思い、しかしその理由も分かっているが

故にその点を哂おうとも思えなかった。

 約五十年前、時の政府によって断行され全国各地に生まれることになった、無数の廃墟。

 自分達若い世代にとっては、もうそれが普通になってしまったこの国の形。

「……」

 ちらりと他の作業員達を見る。

 自分と同じ作業着、深々と被った帽子、防護ゴーグルと防塵マスク。

 この景色を注視しかねているのかもしれない。少なからぬ面々が、監督の諸注意をこれ幸

いとでもいうように、首から下がった端末へと自身の視線を落としている。

 律儀に再確認をしている……という訳ではないのだろう。有沢もやがておおよその周りの

様子に倣い、自身の端末を見る。

「何か質問はあるか?」

 目立ってはいけないのだと感じた。

 それに有沢自身、職を転々としてきた経験や直感が、ひしひしと告げてきている。

「……ないな。では、作業開始!」

 考えるな。ただこなせと。


 有沢が割り振られた班のリーダーは、向井と名乗る中年男性だった。

「端末にも載ってるが、作業に入る前に一応説明しとく」

 見るからに着続けくたびれたとみえる作業着、唾を山折りにした跡を残す帽子。彼は班の

一同数人を見渡すと、気だるい感じで言う。

「基本的流れは、そこの処分車──がゆるゆる担当する区画の中を走っていくから、それに

ついて行きながら瓦礫やゴミを拾って後ろの口に放り込めばいい。デカイのは作業ロボット

がやってくれるから、俺達はそのフォローに回ることになる。ロボットが取りこぼしたり、

ゴミと判断しなかったものを捨てる。重過ぎて無理だって時は端末で直接ロボットを呼べば

いい。……ま、大体そんな所だな。やってる内に分かるだろ」

 ういッス。班の面々が頷いていた。

 少なくともあの現場監督ほど、彼は堅苦しい人柄ではないらしい。尤も一方で当人からは

何処か近寄り難い、諦観のようなものも感じるのだが。

「それと、お前」

「はい?」

「確か新入りだったよな。えっと……」

「あっ。有沢です」

「……ん。有沢、お前は俺の一個前で動け。そこの柳田の後ろな」

「は、はい」

 なので突然フッと視線を向けられて、そう指示を受け、有沢は地味に焦った。

 彼に呼ばれた別の作業員──話からして中堅の者か──が片眉を上げてこちらに会釈、の

ようなものを寄越してくる。一応、こちらも小さく頭を下げ返しておく。

 どうやら向井は新人である自分を気遣ってくれたらしい。

 端末で確認できる作業内容を口頭で伝え直したのも、経験者で前後を挟むような位置取り

を指示してきたのも、フォローの為だと考えられる。

「じゃあ始めるぞ。……くれぐれも処分車から離れ過ぎないようにな」

 

 そもそも、何故“放棄指定地域”なるものが生まれたか?

 その理由は今から五十年以上も前に遡る。

 当時、この国はまだ全国各地に都市を形成していた。

 どれだけ司法がそれらが持つ格差を弾じようとも、カネはカネの在る処へ流れていく。

 持つ者は都会へ、持たざる者は地方へ。更に同じ都会でも、持つ持たざるの峻別は容赦な

く人々を襲う。

 故に怒声が巻き起こるようになった。都市を中心に、各地でデモが続発したのだ。

 曰く格差を無くせ、給料を上げろ、偏向や利権構造を許すな──。

 正義感ではなかった。むしろ切迫した現実が故の、怨嗟だと言って間違いはない。

 攻撃の矛先は、持つ者達だった。或いは様々な恩恵を受ける特定の集団だった。

 彼らを排除すれば……というのはまたきっと別問題でも、彼らが怒号を上げるにはもうそ

れだけで十分だった。

 最初の内こそは、まだ人々は冷笑を向けるだけ──というのも哀しい現象だが──で済ん

でいた。暇人の僻みだ。そんな事をしている暇があれば、もっと働け。努力しろ。

 しかし怨憎の持つ威力を、人は舐めていたのかもしれない。

 元よりデモというのは威圧の効果、本質のところ暴力に他ならない。何よりもそんな行動

に出ざるを得ない事実がある、という思考を、尚も安寧にすがり付こうとする人々に突きつ

ける性質がある。

 デモに反対するデモが生まれた。

 理知的な意思表明ではない。排外主義──差別的だとの声も多く上った。

 しかし、人間は標榜するほど根っこは理知的ではありえないのだと、人々は知らされる事

になる。

 とうとう、衝突してしまったのだ。

 繰り返されるデモの集団、それを止めにやってきた反デモの集団。双方が遂に力づくで互

いの排除を始めてしまったのである。

 ほらそれみたことかと、ある人は言った。

 ああいう輩には関わらないのが一番だと、またある人は言った。

 だがそれは、結局誰しも怨嗟なのだ。

 社会の歪みを許さない。その歪みによって不利益を被っているという恨み。

 騒ぎ立てるな。薄氷の上でも、極力事を荒立てず日々を生きたいのにという不快感。

 或いはその双方の主張すら、自分の「日常」を揺さぶるのだという厭気。

 誰にも「正しさ」なんてなかった。

 ただ「不快」だから──その表明と姿勢の違いがあるだけで、誰もが根っこに暗澹とした

黒い炎が燻っているのだと、この衝突で露見・自覚せざるをえなかったのだ。

 故に、事態はあっという間に“延焼”してゆくことになる。

 インターネットを介してデモと暴動の様子が広まり、あちこちで暴徒が生まれた。

 ある人はデモに不快感を示し、ある人はデモを叩きのめす者らに反感を持った。だがそれ

以上の割合で生まれたのは、このうねりに慄き眉を顰める人々だった。

 ──格差。偏向。利権。

 もう隠し切れなかった。お茶を濁して幕引きを図ることは事実上不可能だった。

 だからこそ、時の政府はある思い切った政策を断行することを決める。

 それが“放棄指定地域”だ。

 彼らは考えた。要するに格差を感じ難くなればいいのだろうと。

 しかし現実問題、競争型経済が世界を覆っている以上、自分達だけがそこから離脱するの

はどだい非現実的な注文だ。故に彼らは、当時の人々すら度肝を抜かす方向転換をする。


 “全ての人と物を、各主要都市に移します”


 それは、スリム化であった。

 格差だ利権だと騒ぐのは、そもそも国民おまえたちがバラバラにいるからだ。ならばいっそのこと、

一番豊かな所に皆が集まってしまえばいいではないか──。

 勿論、あまりに無茶だとの声も少なくなかった。政府は一連の事件を梃子に、地方を文字

通り「切り捨て」ようとしているとの非難も上がった。

 しかし、時の政府は退かなかった。

 これからもあのような惨事を繰り返すのか──?

 もう待ってはいられない。格差が嫌だというのなら、皆同じ土俵に立てばいい。

 ……かくして、前人未到の大改革は始まった。

 集住先として選ばれた大都市圏は急ピッチで拡張を施され、同時に残りの地方都市は全て

放棄された。連日国民らは各集住都市に運ばれた。

 ただ、それでもこの方針を拒む者らは少なからずいた。

 故郷で一生を終えたいと望む者。地縁も何もない遠方を不安がる者。……何より、俺達は

こんな解決を望んだんじゃないと訴えた者。

 それでも、彼らの声は届かなかった。文字通り「切り捨て」られ、置き去りにされた。

 ──文句があるなら、出てゆけばいい。


 実際、国丸ごとをスリム化したことで得た恩恵は大きかったらしい。

 先ずもって地方という概念がなくなり、そこへ流れていた予算が丸々戻ってきたのだ。

 政府はその資金を元手に集住地域の「豊かさ」を吊り上げる政策を次々と取った。

 今や当たり前となった定期的な炊き出し、各種就業支援もその一つである。

 少なくとも“同じ”にはなった。

 少なくとも集積地域からあぶれさえしなければ、最低限の衣食住は保障される。

「……よっ、と」

 しかしそれでも格差がなくなった、という訳ではない。

 相変わらず持つ者持たざる者はいる。集積政策によってギリギリまで効率化が図られた事

業者らはより儲かり、多くの庶民はその労働力になることが一層当たり前となった。

 サラリーマンだけはなく、こうしたアルバイトも然りだ。

 有沢はまだ慣れないながらも、一つ一つ瓦礫やゴミを拾っては大型車の後ろで蠢く破砕口

に放り込んでいった。

 ガリガリバキバキッと、無数の金属の刃が容赦なくそれらを咀嚼し内臓するタンクの中へ

と押し込んでいく。

 そんなすぐ傍では、円筒型の作業用ロボットが走り回り、その三対のアームで人間には手

に余る瓦礫を見事なチームワークで運び続けている。

(大したもんだな……)

 ゆるゆるとルートを進む、白く味気ないペイントの車体を横目に有沢は何だか苦笑を禁じ

えなかった。

 これだけ働いてくれるのなら、別に人の手じぶんたちなど要らないだろうに……。

「手が止まってるぞ、有沢」

「あ。す、すみません」

 またもやぼやっとしていたらしい。ややあって、はたと背中に向井の声が飛んできた。

 慌てて振り返る。だが当の彼は、ゴーグルとマスクを装着した姿で黙々と瓦礫やゴミを拾

い続けていた。その後にはやはり一々、破砕口が食事を得た子供のようにやかましく鳴る。

 少しずつ前に進んでくる彼に追いつかれぬよう、有沢は作業に戻った。暫し廃棄物らの物

音と処分車の機械音だけが辺りにこだまする。

「……」

 あまり和気藹々とした職場ではないな、と有沢は思った。尤も、仕事というものにそんな

要素を求める方がおかしいのかもしれないが。

 汗でくもるゴーグルを少し緩めて、また着け直す。

 おかしいといえば、もう一つあるのだ。

 そもそも、何故わざわざ放棄地域を掃除せねばならないのだろう?

 負の遺産──とでもいうべきものだからか。少なくとも此処を再開発するということには

ならない筈だ。だとすれば、臭いものには蓋をし、且つ使えそうな建材などがあれば回収を

する……といった理由なのかもしれない。

「有沢」

「えっ? あ。すみません……」

 するとまた向井から声が投げられた。どうやらまた手が等閑になっていたらしい。

 二度もとなると拙い。

 慌てて有沢は作業に集中しようとしたが、向井はその寡黙な仏頂面で何かを思案したかと

思うと一度瓦礫を破砕口に投げ入れ、のしっとこちらに近付いてくる。

「あまり、考えない方がいい」

 あくまで遠目からは一緒にゴミを拾うように。

 向井は有沢にしか聞こえない程度の声色で言うと、虚を突かれたように目を見開く有沢を

じっと見上げていた。

「基本的にロボットがやってくれるのは事実だ。だが、これは俺の予想だが、お偉いさんや

世間様は丸っきり機械任せにしておくのは不安なんだろうと思ってる」

「不、安?」

「……一応訊くが、お前は集積政策の歴史をどれだけ知ってる?」

「えっ。ま、まぁ人並みには。ウェブにはあちこちで載ってますし」

「……そうか。そういや、もう学校教育では教えていないんだったな」

 もう一度、瓦礫を破砕口に食わせて向井はそう呟いていた。

 何処となく眺める視線が“遠い”ように思える。帽子から覗く白髪が、その遠さがある種

の歳月に近いものだと、それとなく教えてくれているような気がする。

「不安、というか疑り深さみたいなものだな。放棄地域ってのはかつて俺達が見捨てた場所

なんだよ。もしそこで、自分達の与り知らぬ所で、また昔みたいな暴動の火種が燻ってると

したら……そりゃあ負い目もあるし気が気じゃねぇよ」

 有沢は目を瞬かせつつも、彼が何を言わんとしているかは理解できていた。

 要するに身代りの確認係といった役目なのだろう。

 確かウェブの資料にもあった。

 集住地域からあぶれた者達は──流れ流れて放棄地域ここに戻って来ていると。

「だからさっさと“処分”したいのが本音なんだろう。だいぶ朽ち果ててるって言っても元

は大人数を抱えていた街、その成れの果てだ。アウトローな連中が隠れ家にするにはもって

こいの場所だからな」

「……だから、このバイトの給料が太っ腹なんですか」

「太っ腹、ねえ……。若いな、給料ってのは半分は慰み料だろうに。まぁあながち──」

 それはちょうどそんな時だった。

 有沢が眉根を寄せて訊ね、向井が苦笑したその次の瞬間、突如として作業に従事していた

ロボット達の丸い一つ目が真っ赤に点灯し、けたたましい警報音を鳴らし始めたのである。

「な、何が──」

 ほんの数十秒のことだった。

 一つ目を真っ赤にしたロボット達が一斉に路地裏、車両を挟んで向かいに飛んでいったか

と思うと、僅かにだが自分達ではない、別の誰かの駆け出す足音が聞こえた。

 しかし他人のそれだと気付いた時には既に事は済んでいた。

 有沢が認識した直前、或いは直後。

 路地裏に、ロボット達が放ったと思われる機銃の音が響き渡り──そして静かになった。

「……ッ。あ……っ」

 理解してしまう意識を情動が必死に押し留めようとする。

 誰かが、撃ち殺された。

 まるで自分がそうなったかのように、思考の中を一面真っ白な眩しさが覆う。

「……ま、こういう事もあるから、あながち間違ってないんだよ。ロボットあいつらは全部“掃除”

するんだ。人も、物も、放棄地域ここに残すを事を許さない」

 立ち尽くす有沢に、数拍黙祷のような沈黙を経てから向井が言った。

 曰く自分達作業員は、その制服の名札がIDカードになっていてロボット達の攻撃対象に

はならないそこは安心していいと聞かされたが、正直そんな情報は今はどうでもよかった。

 ややあって、別の区画から応援の車両がやって来た。

 その車体はゴミを砕く白塗りではなく、黒。

 ……おそらく、駆除したはみ出し者ヒトを処分する為の専用機体れいきゅうしゃなのだろう。

 ロボット達は何事もなかったかのように持ち場に戻り、再びゆるゆると進み続ける白い車

両と並行して瓦礫やゴミを運び始めていた。

 はたして機械だから、という理由だけで納得していいものなのか。

 だって……他の作業員だって、まるで他人事のようにまた作業に戻っているじゃないか。

「……だから慰み料って言ったろ。ああなりたくなきゃ、平凡でも稼げよ」

 ポンと、向井が自分の肩を軽く叩いて先に歩いていった。

 加えてこっそりと「しんどいなら、今の内に辞めてもいいぞ?」とも言われた。

 どうやら呆然としていた間にも車両はしっかり進んでいたらしい。ゆっくりと視線を動か

す有沢の眼には、少しずつ廃墟の景色に遠ざかる皆の姿が在る。

「──ッ」

 恐れだった。正義感とか、そんなものよりもずっと強烈に。

 自分が撃ち殺されない理由。

 その金属質な名札をぎゅっと胸元で強く握り締めると、有沢はまるで置いてきぼりにされ

た子供のように駆け出し、彼らの背中を追い始めていた。

                                      (了)

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