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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-12.March 2013
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(1) 語らずの華

【お題】桜、諺、荒ぶる

 私は写真撮影を趣味としている。

 勿論、四六時中という訳にはいかないが、私は休日を利用してはしばしば美麗な景色を誇

る観光地へと足を運ぶこともあった。妻には、それよりも家族サービスをと頬を膨らませら

れてしまうのだが。

 それでも……遠方に足を運ぶことだけが、心の琴線に触れる訳ではない。

 家族のこともあり、むしろ撮影活動の多くは地元の自然を題材にすることが多かった。

 自然物にも人工物にも、宿るものはある。何かしらのメッセージをファインダー越しに読

み取ることができる。

 それだけ私もそこそこに歳を重ねて、あと五・六年すれば中年扱いになるが故の境地──

要するに感傷的になってきているのかもしれないけれど。

 

 そんな私がここ二年ほどお気に入りとしている撮影スポットがある。

 とはいっても、そこは何処ぞの整備された観光地などではない。

 ごく普通の一般家庭、中々に年季の入り風情のある戸建ての一軒屋。私達の住むアパート

からは電車で三駅ほどの、川向こうの昔ながらの町並みが広がる区画である。

 その一角にある、大きな桜の木だった。

 最初は辺りを何気なく散策していて、はたと目を遣り足を止めて見惚れたものだ。

 鮮やかな桃色。その花弁が、まるで見上げた空の視界全体を覆い隠すほどに広がり、自重

によって程よく花びらを散らす。

 春の陽気に誘われて……など男の私が言うと臭い台詞かもしれないが、実際あの時は思わ

ず暫くの間、そんな桜色の視界を愉しみ、気付けば夢中で肩に下げていたカメラからその景

色を写し撮っていた。

『──おや。私の家に何用ですかな?』

 それが、最初の出会いだった。

 はたと声を掛けられ振り返ると、そこには老齢と言って差し支えないとみる男性が一人、

ほっほっと静かに笑いながら立っていた。

 どうやら、この古民家の住人であるらしい。

 一方で私は何とも言えぬ苦笑を漏らして茶を濁すしかなく、そっと握っていたカメラを腰

の後ろに隠そうとする。

『す、すみません。奇麗な桜だったものでつい……』

 何とか弁明を。

 しかしそう詰まり気味に答えた私に、老人は変わらぬ微笑を湛えていた。真横にずらっと

並ぶ生垣を一瞥し、先ほど私がしていたのと同じように、風で静かに梢を揺らす桜の木を見

上げて言う。

『立派なもんですじゃろ。話では私の爺さんが若い頃に植えたのだそうですが、いやはや今

年も良い花を咲かせてくれたものです』

 どうやら勝手に家の木を撮られて気を悪くした、という訳ではないらしい。

 私は内心、安堵する。それでもつい隠してしまった背中のカメラが後ろめたい。

『まぁ立ち話もなんですな。どうです、一杯茶でも?』

 すると彼は、

『よければこの暇な老いぼれの話し相手にでも、なってくだされば』

 そう私に笑いかけると、ついっと顎先で我が家の玄関を指し示してくる。


 それからというもの、私はしばしばこの古民家に足を運ぶようになった。

 最初は、話し相手になれば勝手に撮っていたこともチャラにしてくれるのだろうかと軽い

気持ちや後ろめたさ故に安請け合いした訳だが、彼とご夫人の身の上を聞く(聞かされる)

につれ、私はそんな打算的思考すらも恥じる思いになった。

 曰く夫妻には子供が二人いたそうだ。

 だが内一人はまだ若い盛りに命を落とし、もう一人は街に出て独立したまま。

 たまに顔を見せてくるかと思えば、浴びせられる言葉は一にも二にも自分の体裁で、隠居

老人の癖にあちこち出歩くんじゃないとすら言ってくるのだという。

『……まぁ、昔からの恨み辛みが消えていないんでしょうねぇ。うちはお世辞にもそう裕福

じゃなかったから、あの子達にも小さい頃から苦労ばかりさせてしまいましたし』

『あの子の仕事中毒も、きっとそんな同じ轍を踏まないよう、必死に自身に鞭を打っている

からなのでしょうな。だからこそ、こうして今になって悠々と暮らしている私達が気に食わ

ないのだと思います』

『……』

 夫妻はあくまで穏便に苦笑するだけだったが、あまりに酷いと思った。

 体裁も何も、それは単なる当てつけじゃないか。

 自分も胸を張れるほど親孝行をしているとは言い難いが、そこまで怨嗟をぶつけるような

真似はしていない。育てて貰った恩を──いや、だからこその憎さも割り増しなのか。

 私という、少しばかりの縁が出来た通りすがりを夫妻が捉まえたのも、きっとそんな中で

の寂しさ故なのだろうと思う。

 とはいえ、確かにあの一件以来この桜の木を自由に撮れる許しを得たものの、こうした話

を聞いた後ではもう、一番最初にファインダー越しから見ていたものと同じ景色を観ること

は最早叶わなくなっていた。

 ただ奇麗だなと風雅を愛でる心持ち以上に、そんな親子のすれ違いを見つめてきた歴史が

宿っているのだと、自分も何処か哀しい気持ちに誘われてしまうからだ。

 ……夫妻の息子は、何も感じなかったのだろうか?

 庭先に咲き誇るこの桜の美しさに。癒しの風音に──。


「へぇ、ここが……」

 それからまた一つ歳月が巡って、桜の咲き誇る季節になる。

 この日私は同じ写真趣味仲間数人を連れて件の古民家を訪ねようとしていた。尚、念の為

断っておくが、ちゃんと事前に夫妻の許可は取ってある。

「いいもんだろ。本当は私だけの穴場にしたかったが……」

「水臭ぇこと言うなよ。俺達の仲だろ~?」

「まぁまぁ。こうして案内してくれたんだからよしとしようじゃないか」

 目的は勿論、あの桜の撮影会だ。

 道向かいから歩き、見上げているが、今年も中々に風情のある咲きっぷりだ。

(……ん?)

 だが、そうして玄関門の前までやって来た所で、私は少し眉根を寄せた。

 軒下に車が一台、停めてあったのだ。

 夫妻も古びた乗用車を一台所有しているが、これは明らかに別物だ。車種も青い軽ワゴン

と私が見間違う要素はない。

「おーい、どうしたー?」

「ん。ああ……」

 しかしその場でふと抱いた一抹の疑念は、すぐに呼び掛けてくる仲間達の声で寸断される

ことになる。

 面識があり言い出しっぺの私が勿論というように、私達四人は約束していた時刻になった

のを確認すると呼び鈴を押す。

「──あらあら。いらっしゃい」

 ぱたぱたと足音がして、出迎えてくれたのは奥さんの方だった。

 私にとってはすっかり見慣れた、物静かな佇まいだ。

 だが……。

『──何のつもりだよ、親父! 自分達のことを分かってるのか!?』

 そんな彼女の背後、多分家の中の何処かから、ビリビリッと激しい怒声が聞こえてくる。

「? 何だ?」

「男の声……?」

「……あの。もしかして、お邪魔だったんでしょうか」

「いいえ。気になさらないでください。ちょうど息子が顔を出しに来ているんですよ。ああ

やって小言を言ってくるのはいつもの事なので……。ささ、どうぞこちらへ」

 仲間達が顔を見合わせ、私も間が悪かったかとつい小さくなった。

 だが夫人はむしろ、粗相を見せてしまったと苦笑するだけで、丁寧に自分達を家の中へと

上げてくれる。

 案内されたのは、家の奥まった場所にある客間だった。

 畳敷き六枚のこじんまりとした和室。だが夫人の性格なのか予め自分達が来ると分かって

いたからなのか、手入れ自体は感心するほどに行き届いている。

「ふぅ~……いいなあ、こういうの。やっぱ日本人は和室だな」

「同感。うちも基本フローリングだからなあ」

 テーブルを囲み、人数分の座布団にそれぞれ腰掛け、私達は暫し談笑をする。

 私を含めた二人は妻帯者で、あと二人はバツイチと長らくの独り身。他人様の家で家庭の

温もりを噛み締めるというのは如何なものかとは思うが、それも古民家の成せる“味”なの

であろうか。

 廊下側の襖を開ければ、庭へと通じる。ここからでもあの桜は見える筈だ。

 実際に内一人は既にカメラを取り出しており、いつでも撮れるといったポーズ。だが誰も

率先して襖を開けようとはしない。

「……やっぱ、迷惑だったのかなあ?」

「おばあちゃんはああ言ってくれたけどな……。二度目は多分無いと考えていいだろ」

「だな。ま、今の内に撮影プランを詰めておくか」

 案内してくれた夫人は、一度母屋の方へと引っ込んでしまった。

 お茶を淹れて来ますとは言っていたが、もしかしたら機嫌を損ねた息子を夫と共に宥めて

いるのかもしれない。

 私達は暫し、事前に話し合っていた内容を確認する作業に移った。

 どだいフィルム数には限界がある。だからこそ人数を揃え、各人が特定幾つかのアングル

を担当する。出来た写真自体は後日交換して楽しめばいい。

 できることなら気の向くままに撮りたいのが正直な所だが、マナーを守らぬ愛好家はただ

の迷惑な余所者でしかない。

「……そういやさ」

 そう、話し合いも大方済んで夫人が戻ってくるのを待つ寡黙の中で、ふと仲間の一人が何

か思い出したように口を開いた。

「昔、この辺で行方不明事件があったよな。十五年……くらい前だったっけ」

「え? あったか、そんなの?」

「あ~……あったあった。あの時は警官が街中にうろうろしてたっけ。俺、あの頃から写真

やってたんだけど、運悪く職質に引っ掛かっちゃってさー。当時はガキだからカメラも親父

の物で、危うく取り上げられそうになったって聞いて随分どやされたもんだよ」

 別の仲間の思い出話に、私達は思わず苦笑していた。

 自身すっかり忘れていたが、確かにそんなことがあったっけ……。

 時代が移っても、人の心が荒み、物騒な事件が絶えないのは変わらないのか。

 苦笑いの下で、質量を持ったかのような闇の黒さが胸奥を引きずり落とそうとする。

「……しかし、あの事件って結局どうなったんだ? 保護されたとかって話を聞いた覚えが

ないんだが……」

「ああ。確か迷宮入りになっちまったんじゃなかったけ。俺も逐一ニュース見てた訳じゃな

いんだけどよ」

 だからフッと、私は不安になった。

「まぁでも、行方不明になったあんちゃんってのが道楽息子だったって話もあるんだよなあ。

言っちゃ悪いけど、因果応報って奴なのかも」

「へえ……」

「おいおい、流石に不謹慎だぞ?」

「はは、悪ぃ悪ぃ」

(……?)

 嫌な気配を感じた気がした。

 誰かに──もしかして息子を喪った遺族に、睨まれたんじゃないかと。


「全く……。何処の誰とも知らない人間を家に上げるなんて、警戒心がなさ過ぎる」

 夫人が台所に足を運んだ時、そこではテーブルを囲んで息子と夫が口論をしていた。

 尤も口論と言っても、実際は息子による一方的な怒声であったのだが。

「……秀二、その辺りにしてあげて。お父さんもずっと篭もりっ放しじゃおかしくなっちゃ

うのよ」

「おかしくなるだ? 何を今更……」

 吐き捨てるように言葉を切る息子と、しょんぼりとなる夫を見かねて、夫人は控えめなが

らにも口を挟もうとした。

 だがこのスーツ姿息子は、片眉を上げるとはんっとそんな懇願を鼻で笑ってみせる。

「人を殺した人間に正常もなにもあるかよ」

 瞬間、老夫妻の表情が青褪めた。

 慌てて四人分の湯のみを乗せた──彼らに届けようにも届けられなかった盆をテーブルに

置き、夫人が母屋のずっと奥、あの客人らのいるであろう和室の気配を探り始める。

「しゅ、秀二! 今は他人が来てるんだ。お前こそ口を滑らすな……」

「そ、そうよ。あの人達は……関係、ないわ」

 だが息子は見逃さなかった。

 ちちの言葉に続いた夫人ははの、言いよどんだその語尾を。

「……何かあったのか」

「えっ」

「何かあったのかって訊いてるんだよ。大体、あの連中に茶を出しに行ってたんじゃなかっ

たのか? なんでまた戻ってきた?」

 夫人の動揺は明らかだった。瞳はぐらぐらと揺れ、形のないプレッシャーが眼球もろとも

彼女を押し潰してしまいそうなほどに。

「……聞いちゃったの。あの人達が、悠一のことを話しているのを」

 今度は息子が、夫が目を見開く番だった。

 まさか。怯える彼女を前に二人は警戒と恐れ、それぞれの表情で顔を見合わせる。

「……さっき親父から聞いた。あいつらは、あの桜を撮りに来てるんだよな?」

 暫くの重く冷たい沈黙があった。

 だがそれを、息子はじわりとそして一気に突き破り、鋭い眼差しで両親を──いや確保す

べき秘密の対象を見る。

「もしかしたら見つけるかもしれねぇ。連中が帰るまで見張るぞ」

 ゆっくりと歩きながら開いたのは、流しの下にある収納の開き戸の一つ。

 そこに収められている数本の包丁に目を落として、彼はギラついた双眸で言った。

「……場合によっちゃあ、また消さないといけないかもしれないぞ? あんたらが昔、あの

道楽兄貴を始末したクソやろうをやったみたいによ……」


 美麗に咲き誇る桜。

 その根深くには、相反するが如く暗がりの理由があるとも云う。

                                      (了)

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