(2) イクサウタ
【お題】戦争、歌い手、城
ある所に二つの国がありました。
一つは自然の恵みと共に生きる《森の国》、一つは製鉄技術に長けた《鉄の国》です。
ある時《鉄の国》は山を隔てた隣国である《森の国》へ戦争を仕掛けました。
理由は複雑なようで単純──鉱物は多くとも耕地に恵まれない同国が、工業で栄え増えて
ゆく人口を養う為に彼の国の豊かな土地を欲したからです。
最初の内は《鉄の国》の圧勝が続きました。
製鉄業などの工業は、運用次第では強い軍隊を実現するのに一役を買います。実際この国
でも、豊かな土地を手に入れる為、日々国を挙げてたくさんの銃器が作られていました。
徴兵された人々は支給されたそれらを手にし、周辺国へ版図を広げる戦いに赴きました。
痛いのは嫌です。死ぬのはもっと嫌です。
ですが……故郷に戻っても、在るのは堅くかさついた土地ばかりです。
欲望が人々を動かしていました。ただ自分達の手で、満足に食べたかったのです。
羨望が人々を動かしていました。山一つ違うだけでこんなにも違うことが、心の何処かで
許せなかったのかもしれません。そんな感情は、工業による繁栄に比例して膨らんでいたと
も言えます。
しかし《森の国》の人々も黙ってやられる気はありません。
武力でこそ劣るものの、彼らは地の利を活かして立ち回りました。整然と隊列を組みなが
ら進む《鉄の国》の兵隊らを、森に身を隠しつつあちこちからゲリラさながらに突付いては
退散するという戦法を取ったのです。
また、彼らには確信と算段がありました。
《鉄の国》の目的がこの土地(の豊かさ)だということは彼らにも分かっていました。
だからこそ、安心して森を隠れ蓑にすることができたのです。
邪魔だと焼き払うことは、きっとしないしできない。それは本末転倒であるから……。
故に、両国の戦いはいたずらに長引くこととなりました。
戦線は小競り合いの中で押し引きを繰り返し、いつしか各地に建てられた《森の国》陣営
の砦を挟んで、両軍は終わりの見えない膠着状態に沈むこととなったのです。
「──おい。駄目じゃないか、ここは戦線内だぞ? 一般人は近付くんじゃない」
お話は、そんな情勢の中にあるとある砦の──両軍の戦線付近で紡がれます。
いつものようにテリトリの保守・点検に巡回していた《鉄の国》の兵士らがある日、人気
のなくなった村の跡にとある二人組の旅人を見つけたのです。
「……。本当にこの国は戦争中だったのですね」
「すみません。あちこちを旅している身なので、よく知らずに……」
一人は、民族六弦琴を抱えた吟遊詩人風の男性でした。
もう一人は、美しい容姿をした踊り子風の女性でした。
「旅人か。この辺りで宿を取るつもりだったのか?」
「なら諦めた方がいい。近隣の住人達はとうの昔に元の集落を捨てて何処かへ移ってしまっ
たようだからな」
「そう、ですか……」
兵士達は内心戸惑っていました。
外国の人間らしいとはいえ、こんな戦地にのこのこ足を伸ばしてくるなど……。
ですが彼らが口にした言葉は、威圧するようなそれではありません。むしろこの二人組と
いう旅人の存在が、彼らの内面をそっと冷たく撫でるようであったのです。
何処かで気付いていた──のに見て見ぬふりを続けてきたからです。
この戦いが、今や当初の“情熱”を失いかけていることに。
捨て置く訳にもいかず、兵士達は二人を自分達の本陣に連れて帰ることにしました。
場所は、砦から南にある森の中の一角。
こっそりと砦の様子を窺える位置取りであるそこに、緑や茶色といった迷彩でカモフラー
ジュした幕が張られ、その中にたくさんの兵士が交替で周囲の警戒に当たっています。
最初、本陣の仲間達は難色を示しました。
余所者を連れ込むなんてけしからん、そうした頭があったからです。
それでも、宿代わりになるものがここ以外にないのもまた事実でした。兵士達が不憫に思
って連れてきたのもそれ故でした。
「……もう日も暮れてきているし仕方ない。一晩だけだぞ? ここは戦場なんだ。朝になっ
たらすぐにここから去るんだ。いいね?」
その日の夜は、兵士達にとっていつもと違う夜となりました。
慰問のような一夜だったのです。
この二人の旅人は寝床と夕食を提供してくれた礼にと、自分達の特技を披露しました。
優しい声色の歌声と、女性の麗しい舞い。
兵士達の多くが半ば無意識にフッと頬を緩めていました。この予期せぬ客人らのステージ
を眺めながら、互いに控えめながら、穏やかに酒を飲み交わしていました。
何処かでその理由は分かっていたのでしょう。
緊張の糸です。長引く戦いの中、彼らの精神力は確実にちびて鈍色に為っていました。
そんな中で訪れた二人組、音楽の徒。
彼らも思い出していたのかもしれません。
かつては自分達も、一人の市民として音楽や芸術といった余暇に身を委ねて穏やかな時間
を過ごしていたことを。そんなかつての日常の中で笑う、他でもない自分達を。
「……ありがとう、旅の方。今夜は我が軍にとってもよい気分転換になっただろう」
そうして宴もたけなわとなった頃、この軍の司令官が席を立ちながら二人に言いました。
「だがそろそろお開きにして貰いたい。きっと《森の国》の軍もこちらの宴会を聞きつけて
いるだろう。夜明け前には我々は陣の移設準備を始めなくてならない。すぐに君達の寝床も
用意させよう」
「……。まだ、戦いを続けるのですか?」
「そうだ。もう退くことは許されない。……そうでなければ、ここまで領地を拡げるのに力
を尽くしてくれた同志達に我々は顔向けできんよ」
司令官の重苦しい声色に、詩人の男性はきゅっと唇を結んで黙っていました。
どうしたいかなんて、とっくに分かり切っている。
でも諦めてしまったら、今までに逝った戦友らの意味を何処に求めるのだ……?
そんな目に見えない分厚い壁が、彼に兵士達にぎゅっと圧し掛かっているようで。
「……司令官さん」
すると、詩人の男性は踊り子の女性と顔を見合わせ何やら頷き合うと、訊ねます。
「相手方の砦の場所を教えて下さい」
「私たちにも、戦いを終わらせるお手伝いができないしょうか?」
翌日、二人は頼み込んで教えて貰った《森の国》の砦の前に来ていました。
既に別れた昨夜の面々は、陣を移すべく動き出しています。
それでも兵を何人か、遠巻きの物陰に遣ってくれているのは、完全に自分達を見捨てられ
ない気持ちがあったからなのでしょうか。
一宿一飯の礼、安らぎをくれた恩。一度結ばれた縁はそう容易く切れないものです。
『……』
砦の門を守る兵士達が何だろうと見つめていました。
それでも詩人と踊り子、二人の旅人はもう一度互いの顔を見合わせると、奏でるのです。
“見てみよう、笑顔で満ちるこの世界。
何一つ、黒きを腹に溜めぬ世界。
皆は一人、一人は皆。互いに手取れば握れない。
かつて何処にも武器はなく。かつて何処にも敵はなく。
螺旋のように巡るもの。それは憎しみ? いいえ生命。
灯を点す。それは光で熱で暖、人を育む知恵だった。
頑張りは、皆がきっと幸せの為。誰かを蹴飛ばすものじゃない。
自分とは、他人がいるから判るもの。違うからこそ自分が見える。
止めようよ。同じ色に塗り直す。いろんな色でいいじゃない。
苦しむ表情は蜜の味?
憎い相手には手を取れない。代わりに握るは殺める道具。
気付いてよ。哂う君への、手向けは何色だい? 赤い血の色、黒い憎しみ。
ろくでもないと、覚めようよ──”
その詩は呼び掛けでした。
穏やかなテンポに乗せながらも、そこに込められたのは平和への祈りでした。
長らく続く《鉄の国》と《森の国》の戦争──いえ、この両国だけではなく世界中で起こ
っている全ての争いに対して。
歌い上げ、ワンフレーズごとに掻き鳴らされるギターの小気味良い音。
その一つ一つの間に艶かしく左右上下に立ち回る、踊り子の舞い。
門を守る兵士も、隠れて成り行きを見守っていた見守り役の兵士達も、暫くぽかんとその
美声と音色に心を奪われて。
「……っ。五月蝿い、出てゆけ! 詩人風情が!」
しかし結果は伴いませんでした。
ぐぐっと、惚けていた自身に鞭を打ち直すように、次の瞬間門の兵士らが二人に威嚇と本
気が入り混じった攻撃を放ってきたのです。
次々と飛んでくる矢。詩人の男性は慌てて踊り子の彼女の手を取り、逃げ出しました。
地面にザクザクと刺さる音。その度に離れる距離。
前髪と鍔広帽子の陰に隠れた表情は、何処か──いえ、間違いなく辛そうに見えます。
(お、おい。大丈夫か?)
(やっぱりそう簡単に聞き入れはしないよなあ……)
(気は済んだかい? ほら、行こう。送っていくように頼まれるからな)
遠く草むらの中に逃げ隠れた二人に、おどおどと様子を見ていた見守り役の兵士達が近付
いてきます。
「……はい」
「ご迷惑を、お掛けしました……」
吟遊詩人らしく踊り子らしく、二人は音楽で思いを届けようとしました。
ですが一度憎しみ合った者達の溝は、往々にして深く、そして声を届けぬほど高く分厚い
ものなのです。
しかし異変は、その翌日の夜半に起きました。
二人を出立を見送った後、移設作業の真っ只中にあった《鉄の国》の仮陣に、突如として
《森の国》の部隊が奇襲を掛けてきたのです。
普段は基礎的な武力の差で迎撃であってもしっかりとこなす彼らも、この時は武装に抜か
りがありました。慌てて銃を取ろうにも陣が定まっておらず、また灯していた明かりも襲撃
の中で叩き消されており、同士討ちを恐れてまともに引き金をひくこともできません。
その間にも《鉄の国》の兵士達は次々と襲われていきました。
散発的なゲリラ──ではなかったと、後に生き残った兵は暗い表情で語ります。
四方八方からまるで申し合わせたように、逃げ惑う彼らの退路を断つように次々と躍り出
てくる《森の国》の兵士達。
地の利と相手の強みを発揮させない状況。戦禍は歴然としていました。
翌朝、陽が昇った時、新しく陣を張り直す筈だったこの《鉄の国》の一団はほぼ壊滅状態
の憂き目に遭っていたのでした。
豊かな緑を染めるのは、遠慮を知らずに飛び散った赤と残された人肌。
そんな彼らの亡骸を囲んで、《森の国》の軍勢は皆、勝鬨をあげていて──。
「任務ご苦労だったな。これで我が軍もまた一つ国土奪還に近づける」
そうした部下達の様子を、砦のバルコニーから見下ろしている人影がありました。
そんな彼らを、背後からやって来て声を掛けるのはこの砦を任されている司令官。
カツンと鳴るブーツの音。その音にこの人影──《森の国》の軍服を着たあの詩人風の男
性と踊り古風の女性が振り返ります。
「勿体無いお言葉です」
「ちゃんと、私達の暗号が届いていたようで安心しました」
「勿論見聞きさせてもらったさ。“ミナミカラヒガシ、ヤクニキロ”──君の踊りで順路も
ばっちり把握した。あれだけ迅速に敵の虚を叩けたのは君達のおかげだよ」
司令官の言葉に二人はそっと低頭してみせました。
──旅人に扮して鉄の国に接触、その配置を本隊に報告する。
直接叩けばこちらも大きな損害が出る以上、ならばこちらから相手が体勢を崩すように仕
向けるのが得策だという算段。
そう。宴の音色と灯りが敵に位置を知らせてしまうと、彼らの危機管理能力に訴えかける
ようにして……。
「作戦は、今どの辺りまで進んでいるのですか?」
「ああ。本部には全作戦案件の内、六割ほどの成功報告が届いているらしい。君達工作部隊
さまさまさ。予定通りこの勢いに乗じて、後は我々が総力を以って《鉄の国》の連中をこの
国から追い出してみせる」
司令官の機嫌はすこぶる良いものでした。
無理もありません。長らく膠着していた戦況──それもこちらの多大な犠牲でようやく辿
り着けた均衡を、自分達にとって待望の方向で打破することができたのですから。
「……はい。宜しくお願いします」
元詩人と元踊り子は真剣な面持ちで彼に言いました。
ビシリと軍服に身を包んだ身体を正して立ち、敬礼を一つ。当の司令官も「うむ」と力強
く頷きます。
「自分達はただ、連中の侵略を一日でも早く終わらせたいのですから」
(了)




