(1) バッドファーザー
【お題】テレビ、人形、脇役
精霊の力を操る聖戦士・ジャスティナー達と、数多の星々へ侵略を続ける宇宙帝国・シン
ダルツァとの戦いは日に日にその激しさを増していた。
幾度となく、帝国より繰り出される合成獣人や量産兵のコブリン達。
それでも五人の聖戦士たちは戦い続けた。
火・水・地・風・雷。それぞれに加護を受けた精霊の衣を身に纏い、万物への祈りを魔法
と変え、時に力を合わせ時に反発しあったりを繰り返し、五人は帝国の放つ刺客から地球の
平和を守り続けた。
そうして戦いに明け暮れるある日、五人は地球に潜んでいるというシンダルツァの一団が
いるという情報を掴み、意を決してそのアジトと思しき場所への奇襲を試みる。
だが……それは帝国の仕組んだ罠だったのだ。
いつものように合成獣人とコブリンの群れを撃破した直後、五人の前に現れたのはシン
ダルツァが誇る幹部・七跋将だった。
鈍重ながらその巨体であらゆる攻撃をものともしない肥満漢・ラトニィ。
爆薬と鞭を巧みに扱う、七跋将の紅一点・ルーストー。
そして、額の第三の眼に映したもの全てをコピーする戦闘狂・グリドーア。
この突然の幹部怪人らの出現に、五人は一方的な敗北を喫する他なかった。
直前まで戦闘をこなしており、相応に消耗をした後だったということもある。だが何より
も、かねてより打倒ジャスティナーに強い執着心を持っていたグリドーアの猛攻は留まる事
を知らず、遂には五人のリーダーであるジャスティナーレッド(火)が意識不明の重症を負
ってしまったのだ。
そしてリーダー不在となった四人は結局反撃もままならず、這う這うの体で自分達の本拠
地である≪星の祠≫まで逃げ延びたのだが──。
「ど、どうなんだ!? 緋村は治るのか?」
『気持チハ分カリマスケド……。ソンナニ焦ラナイデ下サイナ』
『僕達モ、今必死ニ治癒魔法ヲ掛ケテイルトコロデスネ』
祠の奥にずらりと並ぶ石のベッド。そこにレッドこと緋村は仲間達に見守られる中、祠に
棲む精霊達によって治療を受けていた。大柄だが気弱な内面のグリーン(地)が狼狽してい
るのを、もふもふのヌイグルミを連想させる精霊達はちらと見遣っては方々からレッドに治
癒の光を注いでいる。
「心配しているのは皆同じだよ。今は緋村君を信じるしかないよ」
「で、でも……! あいつは俺を庇って倒れたんだ。俺の、俺のせ──」
だがグリーンが先の戦い、己の不手際に負い目を感じて呟くのを、それまでじっと壁際で
黙っていたブルー(水)が遮った。
パァンッ! とグリーンの頬を打った彼の平手。
叩かれた当人は呆然としていたが、その突然の暴力に「信じよう」と励まそうとしていた
イエロー(雷)がその男勝りで勝気な性格を爆発させ食って掛かる。
「ちょっと、各務! いきなり殴るなんて酷いじゃない!」
「……だったら聞くが、そんな言葉だけの慰みで森野が立ち直ると思うか? こいつは前々
から打たれ弱いんだ。それを、緋村が倒れた後になってめそめそと……」
「だからってあんたねぇ。大体、あんたはいつも非協力的なのよ。そうやっていっつも自分
だけ格好つけて……」
「あ、あう……。な、鳴ちゃん、各務さん。喧嘩は止めようよ……。ね?」
そんな二人が始めた口論にピンク(風)は仲裁に入ろうとしたが、おしとやかな性格の彼
女には到底止められなかった。
逆に己の無力さを知り、しょぼくれる彼女。そんな彼女を、それまで張られた頬を擦って
いたグリーンが「大丈夫? ごめんね?」と慰めに掛かっている。
『──ッ!?』
そんな時だった。
突然、大きな爆音が響き渡った。現場が近いのだろうか、祠全体も大きく揺れる。
「な、何!?」
『大変ダヨ~! シンダルツァガ攻メテ来テル!』
精霊達が祠の中空に楕円状の映像を出現させた。
そこに映されていたのは、間違いなくシンダルツァの大軍勢。そして──彼らを率い、祠
の在る森を焼き払わせているグリドーアの姿。
「嘘でしょ……? 何で此処に……」
「どうやら追ってきたらしいな。あの時逃げ切れたのは、始めから向こうの計算の内だった
ということか……」
それまでいがみ合い動揺していた四人が、ある意味で同じ方向を見ていた。
映像越しに状況を確認し、口元に手を当ててブルーが眉間に深い皺を寄せている。
グリーンがイエローが、くしゃりと表情を歪めて石ベッドの上のレッドに振り返っている。
「……このままじゃ祠も皆も失っちゃう。戦わなきゃ」
「で、でも私達で勝てるの? 今はグリドーア一人みたいだけど……」
「無謀だがな。しかし鳴瀬の言う通り、このまま立て篭もる訳にもいかないだろう。祠まで
破壊されてしまえば、それこそ俺達は精霊達を失い──完全敗北することになる」
ブルーの苦渋の決断に四人は、レッドを欠いた四人は、互いの顔を見合わせて頷いた。
石ベッドの上ではまだレッドが意識を失ったままだ。精霊達の治癒を受けているが、まだ
目を覚ます様子はない。
『行クノ、デスカ?』
「……うん。君達を失ったら、この地球もまた奴らの手に渡ってしまう。それだけは何と
してでも食い止めないと。それに……このままじゃ俺は緋村に顔向けできない」
「皆。お兄ちゃんの治療、お願いね?」
「それでももし、危なくなったらすぐに逃げるんだよ? いいね?」
『……ハイ』『皆サン、ドウカオ気ヲ付ケテ』
精霊達は止めたいようにも見えた。しかしブルーの言う通り、この状況を放置しておけば
間違いなく最悪の事態になる。
イエローの言葉を最後に、彼らはしゅんと黙り込んだ。レッドを治そうと必死な、治癒の
光だけが煌々と背後で静かに瞬いている。
「……行くぞ」
そうして、ブルーを先頭に、四人はもう一度戦いの場へと駆け出していく。
「──はい、カットぉ! オッケー! 次のシーンに移ろうか。それじゃあアクター陣は準
備が終わるまで待機。休憩を取っておいてくれ」
物語の世界から現実の世界へ。幕中最後の台詞が放ち終わったのを確認して、監督の声が
それまでピンと張り詰めていた場をふいっと緩ませた。
ここは某所にある自然公園の中。今作を始めとしたジャスティナーシリーズにて登場する
≪星の祠≫を演出する際に使われているロケ地である。
空は少し雲がちらつくものの、十分な快晴。絶好の撮影日和である。
物語も中盤。撮影は今日も順調に、そして常に真剣勝負で行われていた。
「……ふぅ」
了解と安堵の大合唱。
監督の言葉を受けて、怪人役のスーツアクターが次々にその着ぐるみを脱いでいく。当然
中はじっとりと蒸れ、汗もぐしょぐしょだ。昨今は大分制作技術が進歩しているとはいえ、
自分達“中の人”の大変さは古今そう変わりはしないだろう。
谷山は、そんなアクターの一人だった。
身に纏った着ぐるみはツンツン頭の幹部怪人・グリドーアのもの。彼は長らくこの業界で
演技を続ける、もうベテランの域に達しているともいえる人物だった
「お疲れ様です。どうぞ~」
「ああ、ありがとう」
マネージスタッフから濡れタオルと飲料水のボトルを受け取り、涼を取る。首筋に当てて
汗を拭うとひんやりとした感覚が実に気持ちいい。汗で濡った頭もしっかりと拭い、ボトル
のスポーツ飲料でしっかりと水分を補給する。
「……」
折り畳み式のミニチェアに座ったまま、谷山は暫くぼうっとしていた。
ロケ地に選ばれているだけのことはある。下手に人の手で飾ったものはなく、ただ昔なが
らの、それでいて神秘的な翠と陽だまりを宿す空間がゆったりを自分を包んでくれるような
気がする。
できることなら、こうした場所は家族揃って森林浴目的で来たいものなのだが……。
「どうしたんです? タニさん」
そうして休憩時間を無言で過ごす谷山に、ひょこっと一人の青年が顔を出してきた。
同じ事務所に所属する後輩アクターの能見だった。谷山はちらと彼を見たがすぐに返答で
きず、ただ「……いや。別に」とボトルに再度口を付けている。
「そうですか? 何か悩んでる顔してますよ。眉間に皺がギチギチ入ってますって」
「生憎元々こういう顔だよ。まぁお前にもバレているってことは、やはり俺にとって重い問
題なのかもしれんが……」
谷山の呟きに、能見は頭に疑問符を浮かべていた。
それでも妙に人好きのするのがこの青年の良くも悪くもな特徴で、彼は「何か悩み事でも
あるんですか?」と訊ねてきつつ、ちゃっかりと谷山の隣に腰掛け始める。
「悩み事っていうほどのもんじゃないと思うんだがな。……能見、お前には話したっけ?
俺の息子のこと」
「はい何度か。えっと、大河君でしたっけ? 今年から小学校に上がってるんですよね?」
「ああ。その大河のことなんだが……」
『ただいま~……って、起きてたのか。大河は?』
『おかえりなさい。もう流石に寝てるわよ。それよりも、これ』
先週のことだ。その日の現場が終わって家に帰って来たんだが、その時にカミさんに厄介
なものを見せられちまってさ。
『ん、プリント? 何々? “お父さんのおしごとをしらべましょう”……。えっ?』
大河が学校で貰ってきた宿題のプリントでな。
カミさんが当人から聞いた所によると、どうやら社会科の授業で父親の仕事について調べ
てくる課題ってのが出たらしい。まぁ提出は今月中だそうなんだが、よりにもよってそれを
各々がクラスの面子の前で発表することになっているらしい。
『俺の仕事を? 大河が?』
『ええ。それであなたが帰って来るのを待って相談したくって。……これって正直話した方
がいいと思う?』
『……。それは……』
そうだよ。俺達の仕事はスーツアクター、特撮ヒーローやらの“中の人”だ。それを正直
に話してやるってことは、あの年頃の子供に本当は現実にヒーローなんていないんだって事
をバラすようなもんだろ? それに俺が今やってる役は敵の怪人だし、もしそこまで割れち
まったら、最悪クラスの子供達からいじめに遭う可能性だってある。
『……大河に、どれだけ話した?』
『いいえ、まだ何も。あなた自身のことだから私が勝手に話しちゃうのもなと思って』
『……。賢明な判断ありがとよ』
正直俺は迷ってる。いや、怖いのかもなあ。
その日も大河は、お気に入りのジャスティナーレッドのぬいぐるみを抱いて寝てた。もし
かしたら夢の中でヒーロー達と遊んでるかもしれない。
夢を、壊したくないんだよ。
成長していければそりゃあ自分でホンモノとニセモノの違いくらい分かるだろうさ。でも
それまでに俺たち大人が種明かしするなんざ、無粋の極みだろ。
飯の種ってのもあるが、夢を与える、夢を持つ経験を育ませることもこの仕事の役割だと
俺は思ってる。でもどこまで嘘をついていいものかも踏ん切りがつかねえ。
……まぁ、そういう感じで結局今日まであいつにちゃんと答えてやれてなくてさ……。
「そうでしたか……。自分は独り身なんであまり考えたことなかったですね」
気付けば、能見以外のアクター仲間達が周りを囲んでいた。
最初こそ好奇心・野次馬根性だったのかもしれない。だが今や仲間達の表情は谷山の抱く
それと同系の悩ましげに染まっていた。
特に谷山のような妻子持ちには共感の大きい悩みだったらしい。
それから休憩が終わるまでの間、一同はこの息子にどういった回答をしてやるのがベスト
なのかを話し合っていた。
まだ大河が幼いこともあって、意見の多くは「嘘」側に傾いていた。
中にはたとえ現実から見れば偽りでも、想像の中で楽しんでいるならその子にとっては現
実なんだと、顔に似合わずロマンチックな意見を述べる者もいた(そう谷山が苦笑すると彼
は「ほっとけ」と心なし落ち込んでいたが)。
「う~ん……やっぱ『お父さんは役者なんだよ』って答えておけばいいんじゃないか?」
「まぁザックリだが嘘……ではないな」
「騙してる感ありありだけどなー。でも実際問題、子供の夢を壊さぬようにって考えるなら
それがベターじゃないかねぇ」
「ふむ……」
結果、直球にスーツアクターと答えるより、広義な意味で「役者」と回答しておけばいい
のではという結論に至った。
それでも皆、一抹のやり切れなさを覚えているように見える。
夢はいつかは醒めるもの。夢は得てして現実にはならないもの。とはいえ、それを表立っ
て認めてしまえば自分達に跳ね返ってくるのは寂寥感しかない。
「……。ありがとな、お陰で踏ん切りがついたよ」
それでも我が子に答えないままではいられないのも事実で。
谷山は苦笑を無理やりに綻ばせ、仲間達にそう礼と侘びを述べていた。
『──』
そんな一連の話し合いを、監督とレッドを演じる俳優が遠巻きに見ていたのを最後まで気
付くこともなく。
大河はその週の日曜日も早起きをして、お待ちかねの聖戦士ジャスティナーの放送を観る
べくテレビの前にスタンバイしていた。
前回の展開が展開だったので、そわそわもぞもぞ。
その隣には二人分のホットココアを居間のテーブルに置き、焼き終わった食パンにバター
を塗っている母も一緒だ。
「──……。ここは……?」
重症を負って意識を失っていた筈のジャスティナーレッド。
彼は気付いた時、眩しい光の煌く空に浮かんでいた。
落ちる!? だがその身は、まるで水中に沈んでいるかのようにゆらゆらと留まっている
ままだ。そして彼は、ややあってこの周りの光が全て精霊であることに気付き始める。
『気付イタカ。緋村勇冶』
すると呼び掛けてくる声があった。
辺りを見渡してみる。だが明確に喋っている姿はない。これまで精霊といえば祠に棲んで
いるあのぬいぐるみのようなものか、聖戦士の力を引き出す際に脳裏に過ぎる光の粒子かで
あったから、多分後者なのだろうとレッドは思った。
「お前は……誰だ? いや、それより皆は何処に? 確か僕は桐介への攻撃を逸らそうと──」
『今、四人ノ聖戦士達ハ戦ッテイル。地球ノ≪星の祠≫ヲ、侵略者ノ群レガ襲ッテ来タカラダ』
言って精霊──達の集合体はレッドに映像を見せた。
それは、ブルーら仲間達が襲い掛かるシンダルツァの軍勢を前に奮戦している様だった。
しかしこちらは四人。状況は多勢に無勢であり、今こうして映像越しに見ている間も仲間
達は執拗な攻撃に苦しめられている。
「な、なんて無茶を……。それに、あいつはグリドーア? 拙い、このままじゃ……!」
『ソウダ。今ノオ前達デハアノ侵略者ラニハ勝テナイデアロウ。背負ッテイルモノガ、彼ノ
者トオ前達デハ違ウノダ』
「それでもっ! それでも戦わなくちゃいけないんだ! 僕らが戦わなきゃ、地球は奴らに
乗っ取られてしまう。たくさんの人々が悲しむんだ!」
レッドは半ば苛立つように声の方へと振り向き、叫んだ。
背負っているもの? 星の侵略者と星の守護者に、そんな差があるというのか。
声、精霊の集合体は暫し黙っていた。
それはまるでこちらからは知れぬ思考を深めているような、或いは値踏みをしているかの
ような。それでも緩やかに光はグラデーションを描き、やがて声は問う。
『……力ガ欲シイカ? アノ侵略者ヲ打チ破ル力ヲ』
「ッ!? くれる、のか……? でも僕達は以前から精霊の加護を得て──」
『加護カ。ソウダナ、ソウシテ他人ノ力ヲ借リテイルダケデハ至ラヌ境地ダロウ』
どうにも思わせぶりだった。
精霊とは、こんなに尊大な性格であったろうか? 幼い頃、精霊と心を通わせ、そしてあ
の日、聖戦士として叙勲を受けてからもずっと、精霊とは良き他人だったのに。
『……オ前達ニ足リヌモノハ、意志ダ。何カヲ成ス、ソノ為に持テル自身ヲ擲ツ意志ダ』
「意志……」
まるで導かれる──いや、ゆっくりと自覚するようにレッドは自らの掌を見下ろした。
確かに、今までの自分達は精霊の加護に頼り切っていたのかもしれない。それはこれまで
何度も合成獣人達を退けてきたが、今まさにそれだけでは足りない現実がある。
『精霊トハ、形トナラザル生命……。同ジ力ハオ前達一人一人ノ中ニ在ル』
「僕らの、中に……?」
そうして呟いた、次の瞬間だった。
突如としてレッドの周りに炎のような光が沸き上がったのだ。
……いや、違う。これは自分自身の……?
『使ウガヨイ。求メルガヨイ。意志ハ我ラノ意味トナル。……信ジルモノヲ、見極メヨ』
「?? それは、どういう──」
問い直そうとした。
だがそれよりも早く、ほぼ同時に視界を意識を覆う光は強く激しくなっていった。期を同
じくしてこの声の気配もどんどん遠ざかっていく。
まるで精霊そのものを、大量に抱え込むように身体が奥底から熱い。
奴らに対抗できるだけの力が、僕にもある?
もうこれ以上、皆を傷つけないだけの……力が──。
「ッ!? 何だ……?」
精霊の森、その焼き払われようとしている最前線で、満身創痍で倒れていた聖戦士とシン
ダルツァの軍勢の双方が突然の出来事に思わず空を見上げた。
祠の方向。そこから飛び立ったのは、一条の紅い光。
その光は一旦上空高く飛び上がったかと思うと、まるでこちらを確認するかのようにピタ
と止まってからこちらに向かって突っ込んできたのである。
「ぐあっ!!」
「きゃあっ!?」
両者の間に、それは落ちた。
ゴウッと紅い光、炎の魔力がコブリンらを巻き込んで渦巻く。
グリドーア、そして途中で加勢に追いついたラトニィとルーストーの一団が間合いを取り
直して身構えている。
「……やあ。お待たせ」
「!? 緋村?」「お、お兄ちゃん!?」
そうして次第に霧散していく紅い光。
そこに、ブルーら仲間達を庇うように立っていたのは、聖戦士に変身した状態のレッドで
あった。
しかしその姿はそれまでのものとは違う。
聖衣は金と銀のラインが新たに随所に加えられ、それまでは無かった紅いマントと肩当て
などの防具が、彼の身体を大きく包んでいる。
「お、おい。一体どうしたんだ?」
「祠で治療を受けていた筈なのに……」
「それが僕もよく分からないんだけど……何だか凄く大っきな精霊と出会ってね。色々話を
していて、気付いたらこんな風になってたんだ」
苦笑するレッドに、仲間達は唖然としていた。
きっと彼らも感じていたのだろう。我らがリーダーが纏う、これまでとは比べ物にならな
い大きな力を。
「くっ……。要するにしぶとく生き残っていた訳か。ならば今度こそ始末するまで!」
グリドーアが腰の剣を抜き、コブリン達をけしかけた。
不恰好な仮面に身体が生えたような、雑兵の合成獣人。
だがそれの質より量の大群を、
「……。ふっ!」
レッドはかざした掌、そこから放出される巨大な炎の一撃で以って跡形も無く消し炭にし
てしまう。
仲間達もグリドーア達も、一瞬驚きを隠せずに硬直していた。
だがその隙をレッドは見逃さなかった。新しく加わったマントが瞬時に紅い翼となり、彼
は炎の剣を両手一本ずつの二刀流にして三人の怪人へと切り込んでいく。
そこから先は──レッドの圧倒的攻勢だった。
虚を衝かれたこともあろう。だがパワーアップした、ジャスティナーレッドブレイズへと
進化を遂げた彼に、今やシンダルツァの幹部達もが苦戦する。
ラトニィの大鎚は軽々とかわされ、ルーストーの鞭や爆薬は中空に迸る魔力によって次々
と迎撃された。グリドーアはその力を我が物にしようと第三の眼で睨むが、今度はその魔力
が炎となってその眼を焼き、彼を悲鳴と共に地面に転がらせる。
『グリドーア!?』
そして、それがまた大きな隙となった。
思わず同胞のダウンに振り向いてしまう残り二人。その隙を突いてレッドはぐんと炎の剣
を引っさげて突撃しようとする。
「しまっ──」
狙われたのは、前衛側だったラトニィ。
すぐに彼は反応して迎撃しようとしたが、その巨漢──鈍重さが決定的な欠点を呈した。
慌てて鎚を握り直す。
それよりも早く、レッドの剣先が伸びて、
「ぐ……ッ!!」
串刺しにされていたのは、グリドーアだった。同胞が切り込まれる寸前に彼を庇い、自分
が代わりにその炎剣に刺されたのだ。
「グ、グリドーアぁぁ!」「し、しっかりして!」
「……」
刺さったまま、グリドーアは最後の力を振り絞ってレッドを弾き飛ばした。直後どうっと
膝をつき倒れ込む。ラトニィとルーストーが、血相を変えて駆け寄り抱き支える。
「ったく。おまえはとろいんだよ……。やっぱ俺が、いねぇとなあ」
ラトニィがふるふると首を振って口をパクパクさせていた。ルーストーはそんな中ではっ
きりと目撃する。聖戦士の魔力をもろに受け、彼の身体が徐々に炭化していくのを。
「……すまん。後は任せた。母星の皆を、頼……む──」
それが彼の紡いだ最期の言葉だった。
二人の叫びも虚しく、彼はそのまま身体中が細かい炭の粒となって空に散っていく。
「た、倒した……。あのグリドーアを……」
「……里? 帝国の本拠地のことか……?」
グリーンの驚き、イエロー・ピンクのハイタッチ、そしてブルーの思案顔。
妙に引っ掛かるような。自分達が戦っているのは“残虐な侵略集団”ではないのか。
「ぉ、お前らぁぁぁ! よくもっ! よくもグリドーアをッ!!」
だが一同の思考はそこで中断される。次に響いたのは、ラトニィの怒りの咆哮だった。
それまでは何処となくのんびりとしていた彼。しかしその表情は今やまさに鬼の形相へと
変わっており、踏みしめる地面に大きなヒビを走らせながら、ぐんと大鎚を振り上げようと
する。
「──落ち着きなさい! ここは退くのよ。連れて来たコブリンもキメラも全滅した。ここ
であたし達までやられたら……グリドーアが、犬死にになる」
「……ッ!?」
だがその猛進を止めたのは、他ならぬルーストー。
肩を取られたラトニィの表情が、目に見えて引き攣っていた。
怒りで震えている巨体。だが彼女の放ったその言葉が大きなブレーキとなったのか、やが
て振り上げられた大鎚はガコンッと地面に叩き落ちる。
「……。今日の所は退いてあげる。でも覚えていなさい。貴様らは、必ず倒す……」
ラトニィを伴って、憎悪の形相で吐き捨てると、ルーストー達は発生させた黒鉄色の魔法
陣の中へと消えていった。
それは間違いなく劣勢に追い遣られた自分たち聖戦士の勝利。
だがぽつねんと残された五人に、その余韻に悦する気力は沸いてこなかった。
「……」
腰が抜けたようにへたり込んでいる仲間達を遠巻きに、レッドは大きな力を得た末に至っ
たこの結末に、只々風に吹かれるがままに立ち尽くすだけで──。
「──それでは今作の主役、ジャスティナーフレア役の谷山大河さんよりコメントを頂きま
しょう。どうぞ」
歳月は物語達よりも流れる。ずっと早く、留まることを知らずに流れる。
その日、とあるホテルの催事場を借りて一つの特撮作品の制作発表が行われていた。
十数年前から続く人気シリーズ・聖戦士ジャスティナー。その最新シリーズの放送を控え
ての、出演者達の記者会見だった。
「初めまして。この度フレア役を賜りました、谷山大河です」
かつてジャスティナーに憧れた少年は、成長して俳優の卵として活動していた。
そこへ舞い込んできたのは、子供に強い人気を誇る当シリーズ最新作の主役という大役。
今や若手俳優の登竜門の一つであるそのオファーに、事務所は色めき立った。勿論彼自身
もそのオファーを快諾し、こうして今に至っている。
「僕自身、ジャスティナーのいちファンでもありまして、今回の抜擢には戸惑いもあります
が凄く楽しみでワクワクしています」
他のメンバーらと共に席上に着いた十九歳の彼は、司会進行役のアナウンサーにマイクを
手渡されると、一度そっと深呼吸をしてから穏やかな声で場に集まったメディア──越しに
いるであろう視聴者達に呼びかけ始めた。
「……僕の父は、特撮関係者でした。所謂スーツアクターで、時には物語の重要キャラクタ
や敵幹部を演じることもあるベテランだったそうです」
少しばかり、共演者やカメラを向けるメディアが頭に疑問符を浮かべていた。
昔話だろうか。それにしては、語るその瞳はとても“愛しさ”を伴っている……。
「だからでしょう。父は僕が成長するまで、自分の仕事のことを詳しく話すことはしません
でした。きっと分かっていたんだと思います。この業界について話してしまうことで、子供
の夢を壊してしまうんじゃないかと」
司会の女子アナウンサーがきょろきょろとスタッフらと目配せをしていた。
突っ込んだ話に過ぎないか? 止めた方がいいだろうか?
だがそんな迷いも、やがて場の面々は要らぬ節介だったと思うようになる。
「……その罪滅ぼしだったのかもしれません。これはのちに父の同僚の方々から聞いたお話
なのですが、ある時、当時の制作スタッフの皆が父の演技に予定にはなかった展開を加えた
そうです。その頃父は敵幹部の一人を演じていました。元々は“強くなった正義の味方に倒
される悪役”だったんですが、その変更によって敵ながら仲間を思いやる一面が垣間見れる
展開になったんです」
嗚呼。場にいた少なからぬ人々が思い出し、頷いていた。
確か……ジャスティナーレッドブレイズの回。強化変身を遂げた主人公に圧倒される中、
幹部怪人グリドーアが止めを刺される仲間を庇って討ち死にするという、シリーズでも今や
有名なシーンの一つである。
「善悪の難しさを上手く描いたとか、子供には複雑な内容ではないかとか、賛否両論はある
だろうと思います。でも僕はあのシーンを観て、大きくなってから父に向けられた仲間達の
気遣いを知って、とても感動しました。今こうして役者の世界にいるのも、思えば幼い頃に
憧れていたジャスティナーの影響が大きいんだと思うのです。……きっと僕は、あの時から
学んでいたのでしょう。夢はただ与えるものではなくて、自ら抱くものなんだと」
もう彼のスピーチを止める者はいなかった。
司会の女子アナはぽかんと彼を眺め、共演者らは優しい眼差しを向けている。集まってい
たメディア関係者も、この主演俳優の独白にようやく我に返り、急いでメモを起こしている
姿が散見される。
「──だから僕は、そんな夢の欠片を担える、父と同じ道を歩んでいける、この作品に携わ
れることを心から誇りに思います。本作品をご家族一緒にお楽しみくだされば、幸いです」
ぺこりと下げられる頭。数拍を経て、どっと溢れる場内の拍手。
にっこりと、とても優しい満面の笑み。
かつてヒーローに憧れた少年は、歳月を経て父親達の意思を継いでいく。
(了)




