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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-9.December 2012
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(4) 遊戯の終わり

【お題】玩具、コーヒーカップ、欠片

 ──まさか、よりにもよって今更此処に戻ってくるとは思いもしなかった。

 

 あの頃に比べて明らかに、すっかり寂れて果ててしまった構内をゆっくりと歩く。

 コンクリートと申し訳程度の緑を設え、日常から少し外れた娯楽を提供──していた筈の

この場所。

 だが今や薄灰色の地面はあちこちがひび割れて汚れ、点在していた緑もすっかり枯れて色

彩を失って久しいとみえる。

 これが、歳月の成せる業だと言えばそれまでだ。

 実際今の自分はそれを当然とし、むしろその残滓すら消し去ることが仕事なのだ。

『おお……誰かと思えば。久しぶりじゃないか』

 すると、しゃがれた声で私を呼ぶ声があった。

 嗚呼、そうだ。彼らはまだ此処にいるいきている

 それまで俯き加減だった私はスッと顔を上げ、久しぶりの対面に内心ギクシャクしながら

も彼らと暫し語らうことにした。

「覚えていたんですね。自分以外にもいっぱい子供はいたでしょうに」

『ふふ。人間の記憶力と一緒にしてもらっては困るよ。私はずっと長い間子供達──だけで

なく多くの者達を乗せて愉しませてきたんだ。もうそれが叶わないと分かっていても、あの

感触や声はずっと覚えているさ』

「……」

 ギシッと軋むように笑いながら、≪滑車≫は言った。

 しみじみと、空を見上げて過ぎし日々を語る老いた身体。その姿に私はえもいわれぬ寂寥

感を覚えていたが、そこはぐっと堪えて出かかった言葉を押し込める。

『そうだねぇ……あの頃は楽しかった。皆、いっぱい笑ってくれた。まぁ怖いって泣きなが

ら乗せられていた子もいたけど』

 そうしていると他の皆も私がやって来たのを認め、声を掛けてきた。

 のんびりと、同じく軋む身体を寒風に任せているのは≪秋千≫だ。

 先の彼と同じく思い出を脳裏に呼び起こしているようだったが、こちらは声色がのんびり

としている所為か、あまり辛さの類は感じられない(内心はそうでもないのだろうが)。

『だが、時代の変化はどんどん速くなるな。……分かっているよ。とうとう私達もお役御免

なのだろう?』

 ≪滑車≫が言った。

 確認するように、静かに。

 だがそこに込められている感情は怒りではなかった。こちらで無理やりに形容するなら、

諦観……なのだろうか。私はどうしても彼らを直視できず、睫毛を伏せがちになる。

「ええ。今は、そういう仕事に就いていますから」

『……なるほど。やはり老いには勝てんな。私達ではもう彼らは満足できぬか』

『うーん、残念だけど……』

 彼らはそれぞれに呟いていた。いや、露骨にではないが嘆いていた。

 人とはどんな対象であれ、それが長く続けば慣れっこになってしまう。その状態とは即ち

感性の鈍化であり、長い目でみれば衰退の始まりでもある。

 方法はいくつかあるだろう。

 だが多くの場合、人はその問題しゅくめいを“挿げ替える”ことで解決しようとするようだ。

 鈍化している、その事実を直視して悶々とするよりも、新たな刺激を導入することで自ら

を慰めているのではないか──。そう私は常日頃考えていたりする。

『ま、貴方達は特に入れ替えの時期が激しいからね』

『それに比べてボクらの場合、基本的に似たり寄ったりで替わりようがないからねー。ある

意味もっと悲惨だよ?』

 そう言って自嘲気味に笑ったのは≪造馬≫と≪茶器≫だ。

 私は「ええ……」と眉を顰めて哀しくなる他なかった。

 入れ替わりが激しい──つまり変化の容易な場合もあれば、逆に中々変わることができな

い者もいる。

 疎外される哀しみ、追いつけない哀しみ。

 どちらがより不幸な星の下にあるのか、それは私には分からない。

 ……私は、どうやっても“彼ら”には為れない。

 むしろ今の私は、彼らを侵奪していく立場にさえあるのだから。

『いえ……そもそも今の時代に私達が必要なのかすら、私には疑問です。娯楽の選択肢は今

や多方面に渡っています。ただ人々を待つだけの“受身”では、私達に限らずそう遠くない

将来に必要とされなくなる──或いはそもそも認識さえされないでしょう』

 なのに、彼らはこちらが哀しくなる程に自分達の命運を知っていた。

 冷静に淡々と語るのは≪屋敷≫だ。

 流石は当時も、客寄せの第一波を張っていただけのことはある。常に人々の欲求──彼の

場合は如何に肌を刺すようなスリルを与えられるか──を研究しては改善を加え、その度に

リニューアルを繰り返してきた、その実績が過去の彼を作っている。

 だが……そんな彼もまた諦観を抱いている。

 どれだけニーズを研究しても、それに応えようとしても、世の人の欲求は我がままで留ま

ることを知らないからだ。

 焦って「個性」に走れば奇を衒っているとして冷められるし、かといって彼らの欲求全て

に「従順」過ぎれば迎合だと指弾される。……だから衰退はいつか必ずやって来るのだと。

『かといって、新しいコンテンツを入れたよーって宣伝しても、それはそれで“煩い”って

言われちゃうんだよねぇ。何というか、与える側おれたちの方が四六時中顔色を窺ってビクビクして

たっていうか……』

 そんな一方で≪遊舎≫の見解は何処か楽観的だった。

 ……いや、そういう表現は厳密ではないのだろう。もう疲れた──もう愉しませる義務は

自分達にはないんだという、一種の安堵に似た感覚か。

 しかし、と私は思う。

 だったら今日までの隆盛と衰退、消滅へと推移してきた日々は何だったのだろう? 

 所詮彼らは使い捨ての宿命からは逃れられず、その終焉で以ってようやく救われるという

のか。今の私の立場で言う資格がないのは分かっているが……あんまりではないか。

『顔を上げなさい。そう落ち込むことはないよ』

 それでも、皆を代表するかのように≪滑車≫は私に語り掛けてきた。

 気付いてみれば、私の周りには最期の時を迎えようとする面々が集まっている。

 これから自分達がどうなってしまうのか知らない筈はないのに、私という“死神”を温か

く見守ってくれている。

 違和感──いや、罪悪感。何よりも、躊躇い。

『如何なるものにも常などない。時が経てば皆等しく朽ち果ててゆくものだ。誰にどのよう

にという違いはあっても、その辿り着く先は変わらんよ』

『そうさ。ボクらには思い出がある。昔、皆を愉しませ、育んだという誇りがある』

『……無駄ではないと信じたいですね。現在は過去の上にあります。そして現在は未来の為

にまた敷かれてゆくもの。少しでもその一部となれたなら、まぁ上々でしょう』

「……」

 だから私の頬には、いつしか一条の涙が伝っていた。

 脳裏に蘇るのは、まだこの場所が華やかだった頃の記憶。

 まだ幼子だった私は、両親に連れられて何度もこの園にやって来た。他の親子連れと同様

に、私は日が暮れるまで目一杯遊び、笑い、明日が来るのを瞳を輝かせて待ち構えた。

 なのに……今はどうだろう?

 少なくとも輝きはどんどんと褪せてしまったように思う。

 常に道往く先に光がある訳ではないと、それを知り受け入れることが即ち大人になること

なのだと、自分に言い聞かせながらこの歳月を過ごしてきた。

「すみません……。こんな、恩を仇で返すような真似になるなんて……」

 だから、せめて紡ぐ。

 運命の巡り合せ、その性悪さに悔しさの唇を噛む。

『気にするな。君は大きくなった。君は君の未来これからを生きればいい』

『だからさ、もし俺達の後輩に会ったら伝えて欲しいんだ。子供も大人も、いっぱい愉しま

せてやれって』

『最近は皆忙しないみたいだから……。もっと、もう少し、のんびり優しい顔になってくれ

ればいいなあ……』

 自己犠牲の精神。エンターテイメントとはそういうものなのかもしれない。

 でも、だけど、それを当たり前として彼らを使い潰し続けるなんて──。


「お~い、新見! 何やってんだ、そろそろ始めるぞー!」

 そんな時だった。

 青年がぼんやりと空を見上げていると、彼の上司である男性が遠巻きから声を掛ける。

 傍には同僚達と複数の重機。そこには同じ社印を塗装した一団が出来上がっている。

「……はい。今行きます」

 促されて青年はゆっくりと向き直り、歩き始めた。

 ガシャガコッと、足元に散乱したコンクリートの瓦礫が、その歩みを受けるごとに物言わ

ぬ軋みを放って転がっていく。

 そんな彼の背後には、朽ちた大型遊具が鎮座している。

 錆び付いた旧式のジェットコースター、以前落下事故を起こして問題となった物と同系の

ブランコ型アトラクション。汚れの目立つメリーゴーランドやコーヒーカップに加え、それ

自体が廃墟になったお化け屋敷、時代遅れの筐体が放置されたゲームセンター館。

 此処は、今や営業すらされずに閉鎖された元・遊園地だった。

 青年達はこの日、地主から依頼を受けてこの場所を訪れていた。

 話では、後日最新鋭の大型ショッピングモールが建てられる予定なのだそうだ。その為に

長らく放置していたこの場所を“解体”すべく、その専門業者である青年達に仕事が舞い込

んだ訳である。

「……」

 もう一度、もう一度だけ、青年は後ろを振り返った。

 かつてこの場所は幼き日に遊んだ娯楽の園。だがその姿は廃れ、今日という日を以って存

在すら消し去られる。

 鈍化する感覚、衰退する世の常。

 それでも人間は新たな刺激を快楽を求め続け、かつて在ったものを次々に壊しては先端を

名乗るものを築き直す。まるで始めからなかったように、されど時折、都合のよい時だけは

はたと思い出してありし日々を──壊しけし続けるその業を省みずに──美化する。

(……ありがとう。さようなら)

 故に、ふっと虚ろな哀しみが胸奥を衝く。

 最期にかつての、幼き日々に別れを告げると、青年は再び前を向いて歩き始めた。

                                      (了)

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