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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-9.December 2012
42/500

(2) 猫の街

【お題】増える、猫、魔法

 最初の出会いは、まだ僕が小学生になったばかりの頃だったと思う。

 友達と一緒に下校している途中、通り掛かった空き地の片隅に僕らはあいつを見つけた。

 何故かは、分からない。多分他の野良と喧嘩でもしたのだろう。

 あいつは……小さな身体を傷だらけにしていた。

「うわっ。この猫、怪我してるよ」

「血がいっぱい……」

「ど、どうしよう?」

 まだ子供の──しかし当時から気の強い一匹のトラ猫だった。

 空き地の資材の陰。そこに息づく気配を感じた僕らは、その手負いの仔猫を見つけて動揺

していた。

 野生の厳しさなんて、あの時の僕らには分かる訳もなかった。

 人間と動物は違うんだっていう話を置いておいても、僕らがそういう荒波に呑まれるのは

きっともう少し大きくなってからだから。

 一体どうして? でも想像力は追いつかなくて。

 それでも……確かなことがある。この子は、今苦しんでいる。

 血に汚れた薄金色の毛並み。他の友達は怖がって触れようとしなかったが、僕は誰よりも

早く、衝き動かされたようにその仔猫を抱き上げる。

「僕が連れて帰るよ。お父さんとお母さんに話して、治して貰えるように頼んでみる!」

 そしてこの日、僕の家に新しい家族が増えることになった。



「──ゆうー! またあの子達が来てるわよ、何とかしなさい!」

 折角の休日だというのに、階下から母の声が聞こえた。

 機嫌の悪い怒鳴り声。ぼんやりとした感覚の中ではあったが、その言葉から何が起きてい

るのかをすぐに悟り、僕は名残惜しくもベッドから身を起こした。

「ふ~い、すぐに行く~。一応戸は閉めたままにしといてね~」

 寝惚け眼を擦りつつ、手早く着替えてリビングへ。

 テーブルには洗い物に戻った母と、じっと新聞を捲り目を通している父がいた。

 だが、やはり二人とも機嫌はよろしくない。とはいえ、もうこの反応には慣れている。

 僕はキッチンの棚を開けてキャットフードの袋を手に取ると、そのまま室内を横切って縁

側のガラス戸に手を掛ける。

「はい。お待たせ」

 縁側の先、申し訳程度の庭には猫がいた。

 それも数十匹単位。休日で僕が家にいると分かっているのだろうか、いつもよりも気持ち

多く集まっているような気もする。

 にゃーごにゃーご。僕の姿を認めて猫達が餌をせがむ。

(五月蝿ぇぞお前ら! 何度もユウの迷惑になる真似は止せと言っているだろうが!)

 そんな面々を、ピシャリと──傍目に威嚇するように甲高く鳴く一匹がいた。

 額にバッテン型の傷跡が残った、貫禄ある体躯のトラ猫。名前はハンゾー。

 ……そうだ。

 あの日、僕が必死の思いで連れ帰り、両親に頼み込んで獣医に命を救われたあの猫だ。

 バッテン傷が手裏剣みたいだから。手裏剣イコール忍者、なのでハンゾー。

 ちょっぴり当時の僕のネーミングセンスにツッコミたい所だが、まぁそれはいい。

 とにかくあの日以来、ハンゾーは家の飼い猫になった。そしてあの頃の弱々しい見た目は

何処にいったのか、すくすくと育ち、今やご近所の猫達のボス的存在にまでなっている。

 故に最初はごく数匹の集会だったものが、今やこんな大所帯な訳で。

「まぁまぁ。もう慣れたし。それじゃあ順番に並んでね」

 にゃーごにゃーご。猫達は僕の合図に五列縦隊に並び直した。

 袋からキャットフード(肉・野菜ミックス味)を一掴みしては地面に投げ、平らげられて

いく。そうしたら前五匹は下がり、次の五匹に交代する。

「こっちはハンゾーの分ね」

(おう。いただくぜ)

 相変わらずがっつく野良たちを見下ろすように、縁側に座ったハンゾーには金属器に盛っ

た同餌を。彼は悠然と身を起こし、もしゃもしゃと食べ始める。


 ──ハンゾー達、猫の言葉が分かるようになったのは、いつだろう。

 未だにはっきりとは分からない。だがすっかり怪我の治ったハンゾーと寝食を共にしてい

る内に、気づけば僕は彼の、彼らの意思を感じ取ることができるようになっていた。

 そりゃあ確かに最初は驚いた。幻聴かと思った。猫だけに化かされているのかと思った。

 でも確かにハンゾーは語りかけてくる。周りからは僕ににゃーにゃーと鳴いているだけに

しか聞こえないが、確かに僕はその意思を頭の中で言語化できていたのだ。

 ハンゾーが出会った時の印象そのままに、かなり硬派な性格をしていること。

 すくすくと育った体格で以ってご近所のボスと認められ、しばしば野良や他の飼い猫達の

相談に乗っている兄貴肌であること。

 その相談に、僕もしばしば加わって人間からの意見を聞かせてあげた日々。

 当たり前といえば当たり前だけど、猫達にも猫達の社会がある。人間の築き上げた文明の

合間を縫いながら、飼われる者・野良を貫く者・双方を行き交う者と、彼らも個々に悩みが

尽きない「心」ある者達なのだと、今の僕は胸を張って言える。

 でも──それが“おかしい”ことも、また分かっているつもりだ。

 ハンゾー達との語らいに夢中になっている間に、一人また一人、僕の“奇行”を理由にし

て離れていく元・友人達。いつしか勝手に自宅の庭が猫達の溜まり場になったことを快く思

っていない両親。

 猫達との距離が近付いた分、僕は他人との距離を失ってきたのかもしれない。

 でも、だからこそ、僕は一層こちら側にのめり込んでいた。

 元々動物好きだからというのもあるけれど、多分人間どうぞくよりも彼らの方が言葉を偽らない

から。そう一応は、理屈付けているつもりだけれど。

(……すまねぇな)

「うん?」

(……。何でもねぇよ)



 だけど、変わらないものなんて何処にもない。

 何より人間と猫では、その身に流れる時の速さが違い過ぎるのだ。僕が十二年の歳月を過

ごすことは、彼らにとって六十年ほどの歳月に等しい。

 ──ハンゾーが、倒れた。

 別に彼だけには限らないだろう。動物というのは、野生の心が残っている者は、基本的に

ギリギリまで他人に弱みを見せようとはしない。自然の中ではイコール死に繋がるからだ。

 友達なんだから、言ってくれてよかったのに……。

 異変に気付き、両親の重い腰を上げさせた頃には、ハンゾーは酷く苦しんでいた。

「肝臓が弱っていますね。栄養が上手く取り込めていないと思われます」

 獣医は淡々と言った。病だと言った。

 もしこれが人間だったら、医者はもっと必死になって手を施すのだろうか? だが所詮は

猫だと、獣医ですら思っている。そんな気が僕にはした。

 多分僕以外に深刻さを纏っていなかったせいもあるのだろう。実際、急かされて同行した

両親もまたあっさりと「そうですか」と応えるだけだった。

「まったく……。動物は保険が効かないから無駄にお金が掛かるわね」

「優、ハンゾーの面倒はお前が看ろよ。父さん、また明日から仕事だからな」

 帰りの車中、そう両親は“本音”をぶちまけてきた。

 正直後部座席から襲い掛かってやろうかとさえ思った。あんた達にはただの穀潰しにしか

見えないのか、猫だって生きてるんだぞって。

(……止めとけ。お袋さんにも、親父さんにも……俺はもう期待してねぇ)

 でもそれをにゃーうとか細く鳴いて止めたのは、他ならぬハンゾーだった。

 両親がいる手前、いつものように会話する訳にはいかず、僕は唇をきゅっと結んで俯くし

かなかった。

 分かっているのだ。ハンゾーは猫だ、番犬にはならない。精々残飯を食べてくれるとか鼠

を捕ってくれるといった──そんな「利益」でしか、少なくともうちの両親は見ていない。

 何よりも皆が、折に触れて庭に集まってくることが二人には面白くない。

 騒音や飛びつきといったトラブルがないよう、僕やハンゾーがしっかり周知撤退させてい

ても、人間の空間に許可なく動物が入り込むことそれ自体が彼らには許せないのだ。

「……うん。ごめん」

 だから僕は小さく呟いた。

 傍からみれば両親への申し訳なさだが、僕自身はハンゾーに詫びるつもりだった。

 もぞりと、果物籠に毛布を敷いた即席のゲージの中で彼は身を動かしていた。かつてはず

んぐりとしてた体躯も、当時と比べてみれば随分痩せたなとの感慨が沸いてくる。

(ユウ。帰ったら、一度皆を集めてきてくれないか? 大事な話がある)

 僕がそんな小さな疑問符を浮かべるのを余所に、友は言った。



(親分!)

(ご無事ですか!?)

 倒れる前から既に仲間達には話していたのかもしれない。

 帰宅後、ご近所を回って顔見知りの猫達に一通り声を掛けて戻ってくると、庭には既に病

でやつれたハンゾーを見舞いに多くの皆が集まり始めていた。

 だが、にゃーごにゃーごにゃーご。繰り返されるその泣き声は。

「五月蝿いわね!! 優、何とかしないさい!!」

 多くの人間にとっては騒音でしかなく。

(……全く、大袈裟なんだよ。ちったガタがきてるだけでぎゃあぎゃあ騒ぐな……)

 ピシャンと苛立ち気に戸を閉めていった母を見送り、ハンゾーは嘆息をついた。

 しかしその様子にかつての強靭さは目に見えて薄れて始めていた。だからこそ皆は、ボス

と慕う彼を心配して集まってきたのだが……それでも、彼は務めて気丈であろうとした。

「そういえば……さ。車の中で言ってたことって、何なの?」

(ああ。そのことなんだがな)

 故に僕はそこに触れようとはしなかった。まだ彼は気高きボスなのだ。

 確か最初に出会ったあの頃も、傷だらけでも尚、始めの内は僕を警戒していたっけ……。

(ユウに、俺達の“街”をみせてやろうと思うんだ)

 次の瞬間、皆の表情が──身体中の毛が逆立ち尻尾にビンと力が入って──硬くなった。

 何の事だろう? 僕がぱちくりと目を瞬くのを余所に、皆は口々に言う。

(ほ、本気ですか親分!?)

(あそこは猫族おれたちだけの秘密の場所で──)

(分かってらあ。でもこいつは信用できる。せめて手向けに教えておきたいんだ)

 僕はハッとなってハンゾーを見た。

 それは、つまり──。

(じゃあオイラ達を呼んだってのは……)

(ああ。皆で案内してやって欲しいんだよ。……俺はもう、満足に歩けねぇ)

 野良も飼いも、皆がハンゾーに驚愕の眼を遣っていた。

 何やら彼らの秘密の場所とやらに僕を連れて行く、そのことにではない。ずっと強く気高

く生きてきた彼が、この瞬間はっきりと己の衰えを告白したからだ。

(……分かりました)

(それじゃあ、顔を出してない奴にも伝えに行って来まさあ。おい)

(ああ、手分けしよう。パニックにならないように“街”にいる連中には特に徹底させろ)

 決意と覚悟。皆は「弱み」をなじることなどしなかった。

 分かっているのだ。彼らも、僕と同じく。だからこそ……。

(ユウ。悪いが道中)

「……うん。僕が抱いててあげるよ。待ってて、支度してくるから)


 久しぶりに抱き上げたハンゾーの身体は大きく、だけど妙に軽い気がした。

 皆が塀の上や歩道をちょこちょこと顔を出しながら案内してくれ、僕は街の中を進む。

 あまりに大人数(の猫)がまとまると不審に思われるという“人間の常識”はハンゾーの

教育の賜物もあって徹底されており、パッと見僕は彼を抱いたまま、気持ち遠めに歩き交替

で案内してくれる猫の後をゆるゆるついて行く格好になっていた。

 住宅街を、繁華街の端を抜け、どんどん人気は少なくなっていく。

 確かこちらの方向は開発が放棄された区域だった筈──。

 途中のアーケード街の店先で犬猫を始めとした動物達みんながゲージに囲われて売られ、口々に

「どうしたんだい?」と声を掛けてきたりしたが、僕は「ちょっと、ね」と苦笑だけを返し

て通り過ぎた。

 人間の慰み物のために彼らがこれから売られていくんだと思うと、自分も人間の癖に胸奥

が焼けるような心地になる。だから務めて、思考を無理やり向かっている先についての記憶

に振り分け続ける。

(着きましたよ、ユウさん)

 それから、どれだけの時間が過ぎただろう。

 確かにそこは“街”だった。

 とはいえ、それはあくまで器の欠片だけがあるだけで、所謂ゴーストタウンだ。

 確か開発途中で政権が代わり、大型事業関係の予算が凍結。それによって建設が立ち行か

なくなり、結局長らく放置された廃墟群。

「……なるほど。これなら雨風も凌げて人も来ない、か」

 皆の案内で、僕はおずおずと廃墟の奥へと歩を進めていった。胸元に抱いたハンゾーに気

を配る。普段は気の強い彼も、今だけはじっと黙り込んで成すがままになっている。

(──お。来た来た)

(へぇ……。彼がハンゾー親分の飼い主か)

(確か私達の言葉が通じるのよね? 変わった人……)

(しっ。そういう言い方するなって。親分に八つ裂きにされてぇのか?)

 やがて、視界が開けた。

 何処だろう? 周囲が無機質な廃ビルに囲まれ、それらが形作る空間の隙間にごちゃまん

と建材が積み上げられている。……建設途中の現場だったのだろうか。

 そこに、皆が──“街”の住民がいた。勿論(?)全員が猫だ。

 僕は度肝を抜かれていた。

 見渡す限りの、猫・猫・猫。一見して不安定そうな足場に、彼らは気ままに乗り掛かりな

がら、各々にハンゾーを抱いた僕に試すようなそれでいて恐れるような複雑な眼を向けてき

ている。

(……ユウ、そろそろ降ろしてくれ。ああ、そこでいい)

 言われて僕は彼を重機の昇降口ステップ辺りに降ろした。日がそっと差している気がする。友は

たっぷりと沈黙を作ると、集まった“街”の皆に宣言する。

(話は既に聞いているな? こいつが俺の飼い主ダチ──ユウだ)

 皆がやはり、と再び僕を見てくる。

 彼らと話せると気付いてからその視線や動物的感情には慣れていた筈だが、流石にこうも

大人数が集結されると何だか針のむしろ状態だ。……間違いなく、この場には既に数百匹単

位の猫がいると思われる。

(……。今日集まって貰ったのは他でもない。次のボスを決めるためだ)

 皆がざわついていた。戸惑いの鳴き声があちこちから残響する。

 ふと見遣ったその背中は、随分小さくなったような気がして。でもハンゾー親分は最後の

最後まで己の威圧感を自ら消すことはしなかった。くわっと場の面々を睨んで黙らせ、再び

ゆっくりと口を開く。

(腕の立つ奴は分かるだろう? 俺も随分歳を取っちまった。顔を出せなかった間、病院っ

て所に行ってたんだが、やはり俺はそう長くはもたないらしい。……だからその前に、この

シマをまとめる者を決めておきたくってな)

「なっ……!?」

 僕は言葉を詰まらせていた。

 言葉が通じているとはいっても、彼らは猫だ。野生だ。

 集団のリーダーを決める、それは即ちハンゾーが今ここで──。

「だ、駄目だハンゾー! 今のお前が決闘なんかしちゃ……!」

 叫んでいた。

 彼は病気なのだ。ここで若い猫らと矛を交えて無事で済む筈がない。

(……フッ)

 だが、当の本人は笑っていた。まるで僕がそう言葉を挟むのを待っていたかのように。

 そして一度こちらを肩越しに見遣ると、彼は視線を面々に戻して宣言する。

(ユウ。お前達人間はボスを決める時に変わった仕組みを使うらしいな?)

「変わった仕組み……? それって、選挙のこと?」

(ああ、それだ。これからは俺達もそのセンキョというもので決めようかと思っている)

 その言葉に、再び皆がどよめいた。

 特に色めき立ったのは、まだ歳若い血気盛んな猫達だ。

(ふざけんな! 何で人間の真似事なんざしねぇといけねぇんだよ!)

(そうだ! あんた、まさか俺達と戦うのが怖──)

 だが、その荒々しい抗議の言葉は一瞬にして封殺された。ざわめいた彼らにハンゾーが強

烈な睨みを効かせ、あっという間に黙らせてしまったからだ。

(……語るつけて俺を臆病呼ばわりか? 舐めるなよ、若造ども。やり合いたいってなら別

に俺は止めねぇ。だが今の俺を倒した所で“病人の首を跳ねた卑怯者”と呼ばれ続けるぞ?

それでもいいのか?)

 若猫らは黙り込んでしまった。

 老いて尚衰えぬ眼力、そして冷静に告げられた今の状況に、彼らは研いだ爪を引っ込めざ

るを得なくなる。猫にだって──いや猫だからこそ、プライドなるものはあるのだから。

(……。俺はガキん頃、そうやって勇んで死にかけた事がある)

 暫しの沈黙。そしてハンゾーは語り始めた。

(今思えば馬鹿だったよ。ろくに“力”もない癖に威勢だけは一丁前で、結局ろくにシマを

護れやしねぇ。むしろ根気よくシマん中にいる連中の悩みに応えてやることの方がよっぽど

皆を護れるって、俺は知った)

 僕は意外だった。てっきり腕っ節で鳴らしてきたと思っていたのに、実の所内政(?)を

彼は重視していたのだ。

(いいか? 俺達と人間はどう足掻いても“同じ”にゃなれねぇんだ。そうやってお前らが

気に入らない奴に誰彼構わず爪を向けりゃあ、待ってるのはシマごと潰される──駆除だ。

それだけは何が何でも防がないといけねぇんだよ)

 ……だがそれで合点はいく。僕という人間を折につけ彼が頼ってきたことが。

 彼は知っていたからだ。暴力だけでは、憎悪こんげんまでは取り払えないことを。

(ユウはまだガキの頃の俺を助けてくれた。……今でも覚えてるぜ。必死になって俺を病院

に連れて行ってくれたよ。あれが、俺にとっての原点さ。護るってのは……ああいうことを

云うんだ)

「……。ハン、ゾー……」

 僕ははたと頬に涙が伝うのを感じていた。

 最初は「あれ……?」と違和感。だがややあってこの正体に僕は気付く。

 悟ったからだ。これは、いわば“遺言”なのだと。

 僕に向けて、傘下に加えた同胞達に向けて。それまでずっと強面のボスとして振舞ってい

た、しかしその内面を今、迫る最期を控えて打ち明けているのだ。

 そう皆が気付き始めるのにも、時間は掛からなかった。

 静かに戸惑うじゅうみん達。それは頼れる親分とて一人(一匹)分の心であり、いずれ彼もまた

逝ってしまう、二重の意味で。

 気付けば、ハンゾーは僕に向き直っていた。

 随分と痩せ細ったなと、改めて思った。それでも彼が清々しい表情かおをしているような気が

するのは……僕の思い違いではない筈だ。

(ユウ。俺の信頼できる人間ダチとしてこいつらに教えてやってくれ。爪を使わずともリーダー

を決められる、センキョっていう奴を)

「……うんっ!」



 ハンゾーは、それから二月ほどで遠くに旅立っていった。

 両親はこれであの猫の集会がなくなると頬を緩ませていて正直腹が立ったが、僕にはやる

べきことがあった。

 彼のあの依頼があってから、何度も僕は“街”に足を運んだ。

 猫に文字はないが、それに代わる手段ならいくらでも思いつく。次代のリーダーに名乗り

を挙げたものらを一堂に会させ、皆に向けて主張を語らせる。不慣れさは否めなかったが、

僕もハンゾーも“街”の面々が誰を選ぶ──板に爪で印を付けるかを見届けた。

 何とか二代目が決まった後も、皆は僕が教えたように定期的に「センキョ」を行っていた

ようだ。学生時代、卒業後、暇を作っては足を運ぶと「私が今の親分です」と嬉しそうに語

ってくれる出迎えを何度か受けた。

「──代表、こちらにおられましたか。そろそろ朝礼を……」

「ん? ああ、分かった。すぐ行く」

 ハンゾーを失ってからまた何度か四季が巡った。

 高校生だった僕は進学し、大学に進んだ。在学中は法律と社会学を中心に学び漁り、卒業

後はある目的の為に自ら就職というレールを外れた。

「おはよう。皆」

 そこは小さな賃貸の事務所だった。

 だけど、ここには同志がいる。あの日からずっと奔走して得た仲間達がいる。

 経営、法律、獣医、或いは権力とコネクションを持つ元有名企業のサラリーマン。

 全ては……本心では彼の望んでいたであろう世界を少しでも引き寄せたいから。

 彼は人間と猫──動物とは同じにはなれないと云ったけれど、僕は諦めたくなくって。

 人間が動物を「道具」とするばかりの今の価値観を、根っこから変えてゆく為に。

「……いよいよ旗揚げだね。今まで僕の我がままについてきてくれてありがとう。でも本当

の闘いはこれからだ。だから、これからも僕に力を貸して欲しい」

 僕は改めて頭を下げる。

「こ、こちらこそっ。が、頑張りましょう!」

「ははっ。遂に本当に作っちまったんだもんなあ……。忙しくなるぜ、これからはよ?」

 仲間達の中には恐縮して慌てる者もいたが、一方でニカッと笑う偉丈夫もいて……。

 ゆっくりと頭を上げる。目を細めて窓の向こうの空を見る。

 ハンゾー、聞こえるかい? 見ているかい? これから、僕らは──。

「……」

 僕は一度大きく深呼吸をした。

 当団体代表として、今ここに謳い上げる。

「今この瞬間を以って、NPO≪HANZO会≫の立ち上げを宣言します!」

                                      (了)

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