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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-1.April 2012
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(4) 創世のパビリオン

【お題】海、自動販売機、宇宙

 初めに、闇が在った。

 そこには彼の者以外の誰もいなかった。

 見渡す限りの自分の色だけで、色彩というものがなかった。

 見渡す限りの自分の色だけで、空間というものがなかった。

 彼の者は、ただ独りでそこに在った。

 故に──彼の者は酷く寂しかった。

 何処を見渡しても誰もない。何処を見上げても見下ろしても、すぐにただ自分の闇の色だ

けが意識の全体に渡って覆い被さってくる。

 長い長い、しかし彼の者にとっては酷く苦痛な時間だけが、ただ只管に流れていく。

 その感覚だけが、辛うじて自身が存在するということを示している。

 故に辛かった。独りぼっちだと、彼の者は知ってしまったのだから。

 長い長い、孤独の時だけが流れていた。

 だが彼の者は何もできない。意識だけがあった。ただ存在するだけだった。


 しかしその孤独は、他ならぬ彼の者自身が打破したのだ。

 どれだけ長い時間を独りで過ごしたのだろう?

 気付いた時、彼の者から一筋の涙が零れたのだった。

 つぅっと一筋の、淡い光をまとったそれは、やがて“底”に辿り着くと同心円状に広がっ

てゆく波紋となった。

 故に、初めて彼の者の目の前に上下左右が──天と地が生まれた。

 そして何よりも、彼の者が零した涙は消え去ることなく、大きな海になった。

 その存在が、それまで曖昧としていた天と地の境界を定めることになった。

 その存在が、それまで闇色だけの世界に一抹の輝きを湛えることになった。

 

 彼の者は、心の底からこの者を──我が子の創造を喜び、祝福した。

 もう独りぼっちではない。この子がいる。それだけでどれほどこの自我が励まされたこと

か知れない。

 彼の者は大層この海を、我が子を大切にした。

 初めはただゆらゆらと水面をみせているだけ子に、彼の者は優しく語り掛けていた。

 紡がれていったのは、無数の物語。

 ある者は神として世に現れ万物を産み落とし、またある者は他の神を屠って興じる。

 ある者は英雄として悪しき者を退治し、またある者は己が欲望のままに貪った。

 それでも、語られる皆には愛があった。

 自分を大切にする心。誰かのために在ろうとする心。

 それは彼の者の生き写しでもあった。彼の者の言の葉より出でる分身でもあった。

 そして──長く長く語り続けられた物語達は、彼の者とその子を天よりそっと見守り輝き

を放つ、この世界に光を与える星々となった。

 彼の者の周りに、数え切れない色彩が満ちていったのだ。


 そして、子たる海もまた、彼の者の愛おしみによってすくすくと育っていった。

 元は涙から生まれた水の大質量。しかしその内部には、少しずつ新たな存在らが芽生え始

めていたのである。

 それは、彼の者の子が母なる海となった瞬間とき

 彼女が優しく──かつて彼の者に慈しまれた時を同じくように擁いたその無数の萌芽は、

時を経て試行錯誤という名の成長の道を只管に進んでゆく。

 最初は小さな小さな泡沫のような者だった。

 しかしそこから小が集まり大となり、やがて多彩な存在へとなっていった。

 その中で時に手を取り合い、時に捕食し合う仲ともなり、消え去ってゆく孫らも決して少

なからずいた。それでも彼の者と彼女は彷徨としつつもめげず、愛しい彼らを育み続けた。


 やがて、彼らは母なる海から未開の大地へと独り立ちを始めていった。

 ある者は果敢にまだ見ぬ世界に想いを馳せ、流れ行く時の中で姿を変えていった。

 またある者は母との思い出を大切にし、大地と彼女の狭間で生きてゆくと誓った。

 そしてまたある者は、母と寄り添う彼の者を目指し、高く高く天を駆ける存在となった。

 

 長い長い、彼の者と彼女の見守った行く末達。

 何度となく猛火と寒波が繰り返した。飽きることなく彼女と彼に区切られた大地は荒ぶっ

ては多くの犠牲と次なる芽生えを創り出した。

 天は輝き続けていた。地は蠢き続けていた。

 ──それからどれだけ、時間が流れていったのだろう。

 彼と彼女の眼の先で、また変化の兆しが起きた。

 永く繰り返されてきた同胞はらからの切磋琢磨。そこにある一点の決着が見えた。

 その者は四つの足の内前半分を技巧と変え、後半分をしかと大地に立ち己を支える旅の供

としていた。

 その者はその業と類稀なる行動力で多くの大地を踏破していった。

 豊かな森から草原へ、草原から荒野へ、荒野から内海へ、内海から外海へ。

 寒さも暑さも、彼らはものともしなかった。その毛は徐々に整理されていったが、代わり

にその技巧が作り出した衣が、屋が、彼らを雨風から守っていた。


 ニューマン。

 彼の者と彼女は、やがて彼らにそう名を与えた。

 二人は期待を寄せた。これほど逞しくなった子なら、きっと他の子らも良く導いてくれる

筈だと思った。

 しかし……その後の実際は違ったのである。

 強過ぎたのだ。何より高慢過ぎたのだ。

 彼らニューマンは、畏れるものを次々に己が言の葉で封じてゆくと、次々に各地に自分達

だけの箱庭を作り始めた。自分達だけの大地を切り取り始めた。

 そして更に、彼らの暴挙は止まらない。

 今度はお互いに、その力を振るい合って命を奪い始めたのである。

 理由は酷く禍々しいものだったと、二人は語った。

 高慢・高慢・強欲・嫉妬・暴食・怠惰・邪淫──彼らは手を取り合ってはその互いの手を

赤く汚し、また取り合おうとして汚し続けた。そしてその争いに、彼らの欲望の為に、多く

の他の子らが犠牲になっていった。


 ──彼の者は怒り、彼女は咽び泣いた。

 見守り続けた、育んできた者らをこうも容易く奪ってしまうなんて。

 彼の者は怒りを爆発させていった。故に天は乱れ、大地はその怒号に身震いをする。

 彼女は深い悲しみで我を見失っていった。故に海は乱れ、幾度となく我が子らをその懐の

中で溺れさせるかえらせる

 それでも尚、ニューマンの名を持つ子らは抗い続けた。只管に力を開拓し続けた。

 鋼鉄の走る殺戮者。五臓六腑に至る殺し屋。天より業火を落とす者。そして──彼ら自身

が“神の火”と云い、最期の最期まで捨て切れなかったもの。

 

 最期に、二人は云った。

 確かに私達は世界わがこらを殺した。

 でも、あの子達は……それよりももっと激しく残酷に、自らをも含めて全てを滅ぼしてし

まったのだと──。



「──……あ~、またかぁ」

 無機質で殺風景な室内だった。

 設置してあるのは複数の大型デスクとその上にごちゃまんと配置された機材だけであり、

おそらくは何かしらの研究室ラボだと思われる。

 そんな中にあって、一人の白衣の男性が覗き口以外を密閉された分厚いフラスコを覗き込

みながらそんな嘆息を漏らした。

「なんだ? また駄目だったのか?」

「ああ……。AgE試薬を今度は31.4パーセント。今度は上手くいくと思ったんだが、

第七フェイズ終盤でとうとう自壊しちまったよ」

「その割合でも駄目か……。もっと別の試薬の配合量も計算し直した方がいいのかもしれな

いなぁ」

「また計算し直すのか? この前の再計算で十八ケ月掛かってるんだぞ? これ以上期間を

延ばしたら今度こそ予算が打ち切られちまう」

「だからって、そう簡単に成果が出れば苦労しないよ……」

 わらわらと寄り集まってくる男達。

 背格好や髪型、眼鏡の有無などはまちまちだったが、皆同じ此処の所属員であるらしく、

等しく大きめの白衣を引っ掛けている。

 先程の男性を中心に、大きなため息が重なった。

 もうどれだけこの研究は失敗を重ねているのだろう。さっき出た意見のように、早く上層

部に“成果”を示さなければ、此処は──。

「どうしたどうした。そんな浮かない顔して。また失敗か?」

 すると、部屋のドアを開けてまた別の白衣の男が入ってきた。

 その言葉──また、に少なからぬ彼らが苦虫を噛み潰したような、不機嫌な表情をする。

「お前はよくそう気楽でいられるよなぁ」

「それでまた、一人こっそりフケてたってか?」

「ははは。まぁまぁそうカリカリするなって。ほれ、頃合だしちょっとブレイクタイムと行

こうじゃないか」

 言って、この入ってきた研究員は抱えていたジュースやコーヒーの缶を皆に配り始めた。

 思わず「お、おぅ」と受け取る面々。

 この量と品揃え……嗚呼、やっぱりこいつ階下したの休憩スペースに居たな? 全部あそこの

自販機で買えるものばっかりじゃないか。

 ちらちらと、同僚達の無言の非難の視線が飛んでくる。

 だが当の本人は何処吹く風という感じで笑い、実に気安く、だが何処か達観した様子でそ

のプルタブを開いていた。

「そう簡単に創れるなんて思っちゃいけねぇや。それこそ“神のみぞ知る”……ってね」

                                      (了)

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