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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-8.November 2012
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(1) 書棚サミット

【お題】本、絨毯、脇役

 とあるアパートの一室に、一つの本棚がありました。

 部屋の主である青年がここへ引っ越してくる際に持ち込んだ家具の一つです。

 本棚には文豪とされる著者の本や新書の類、はたまた雑多な娯楽小説などが詰め込まれて

いました。

 とはいえ、その整理具合はお世辞にもきちんとしているとは言えません。

 何せこの本棚はその容量の四分の一も「本棚」として使われていなかったのですから。

 残りの四分の三のスペースは、実質の物置と化していました。

 小物入れや薬箱、ひいては面倒臭くなってとりあえずと放り込んだガラクタ類が詰まった

ままのダンボールなど。正直な所、今や本棚というよりはむしろ物置としての割合が多いよ

うに見受けられます。

 主はどうやら外出中のようです。部屋の中も電気が消されて薄暗くなっています。

 

 ……おや?

 どうやら、この機を狙って蔵書達が話し込んでいるようですよ?


「全く……最近の若い奴らはなっとらんのう。先達をまるで敬おうともせん」

 辛うじて「本棚」な書棚の一角。

 そこで深いため息と共にそう嘆いていたのは、文豪の代表作を表紙に掲げている《古典》

さんです。作品と同様、相応の歳月を経たらしい彼の身はすっかり黄ばみを生じて皺が目立

つようになっており、蔵書達の中でも一際存在感を放っています。

「読書の真髄とは古典からじゃろうが。それを読書感想文に使うためだけに買い、あまつさ

え最後まで読まずにその感想文自体は他人の書評の切り貼りなど……文学を馬鹿にするにも

程がある」

 何より≪古典≫さんが憤っていたのは、自身に対する扱いでした。

 長い年月を経ても読まれ続けている自分達。それだけ多くの人々の共感を得、評価をされ

てきた自負を、この部屋の主はあっさりと軽んじているのだと嘆くのです。

「まぁ、お爺ちゃんの気持ちは分からなくもないかなぁ……。私も基本的に一度読まれたら

ポイされることが多いし」

 そんな古参の嘆きに応じたのは、世の中の雑多な知識を伝える≪新書≫さんでした。

 声色は若い女性。でも紡ぐ言葉の力は何処か弱り気味のようです。

「私達の性質さだめではあるんだけどねぇ。確かに色んな情報とか、考えとか、纏めて伝えるのが

役目だけど、実際問題そういう肝心な所を理解してくれてる──吸収しようとしてくれる

人間って、今の時代そう多くないは気がするんだよねえ。ぶっちゃけ“読んだ気になった”

だけが多いっていうか」

「……。そうかも、しれんの」

 ≪古典≫さんも≪新書≫さんも、そこまで言って黙り込んでしまいました。

 沈んだ気分を共有しても、往々にしてそれは根本的解決にはなりません。

 傷の舐め合いと言ってしまえば少々酷かもしれませんが、嘆きをどれだけ重ねてもこうし

たいは彼らに理解して貰えないのだろうと、心の何処か──いえ、決して狭くない部分で分

かっていることだから。

「確かに、否めませんね。今日は一々考え込ませる書よりも娯楽として手に取る人間が多い

ように感じます」

 そんな中で同意を示したのは、一般文藝──≪文藝≫さんでした。

 真面目な青年といった感じの声色は沈んだ感情の面々を見つめ、じっと含んだ分析の眼で

言葉を紡ぎます。

 ですが、その言葉は決して楽観的ではありませんでした。

 ≪文藝≫さん当人も含め、皆が知っている事です。

 かつては文壇と云われ大きな勢力と時代を作った彼らも、今では世俗とは少なからず距離

が離れてしまった、一種の“変わり者の集団”と為っている現状を。

「……そういう意味じゃあ、今や君が時代の寵児って奴だよねぇ」

 再び、沈黙。

 そして≪新書≫さんが口を開き三者がじとーっと見遣った先には、

「え? うーん、まぁ確かに僕らも色々出版されてるでてるけど……」

 青少年向け娯楽小説──≪ラノベ≫君がちょこんと座っていました。

 実際、この部屋の主が持っている蔵書じぶん達の半分近くは彼のような比較的新参なグループで

占められています。三者が半眼、もとい羨望の眼を寄越すしてくるのも無理からぬことなの

です。

「でも、僕らだって色々ジレンマはあるんだよ?」

 ですが、当の≪ラノベ≫君本人は何処か苦々しい声色で応えるのでした。

「ジレンマ? 何言ってんの? 主から一番可愛がられてるのはあんた達じゃない。この前

だって赤絨毯ブックカバーに収まって一緒に出て行ったしさ?」

「あの時はね。でも僕らだって皆と似たようなものだよ? こうして手に取ってくれた理由

僕の文章なかみっていうよりはみためだし。一度読み終わったら本棚ここに押し込まれるか古本屋に渡さ

れるかだし。……所詮は“消耗品”なんだよ」

『…………』

 その言葉に、一同は最大級の衝撃と共に押し黙るざるを得ませんでした。

 そう、自分達はあくまで商品なのです。少なくとも今日の人間達に芸術という価値の眼で

見られることは稀でしょう。多くは一時の娯楽──或いは「読んだよ」と言える面子の為だ

けに求められ、味わうこともそこそこにまた別の誰かへと彼らの指は伸びていく。

 書だけではなく、それは世のモノ全てにおける宿命なのかもしれません。

 ですが……当人達にとって、そんな価値観でしか生きられないのは、ある種の獄であると

言えるのかもしれません。

「文章を愉しむとは、最早人間にとって旧い営みなのやもしれんな……」

「否定し切れないのが辛い所ですね。今やテキストは労働の中にも溢れていますから……。

お腹一杯、という節はあるのかもしれません」

「うーん……やっぱりなのかなぁ。主も毎日忙しそうだしねぇ」

「そうだね。一応僕らを電車の中で開いてはいても、結構目が虚ろになってる時があるし」

 四者四様の声が、嘆息が重なりました。

 嘆いても変わる訳じゃない。だけど、嘆かずにはいられぬ世知辛さ──。

『ッ!?』

 そんな時でした。突然、ガチャガチャという物音の直後の部屋の電気が点いたのです。

(主が帰って来たようだの)

(ええ。……相変わらず気だるい声だ)

 とすとすと、惰性に任せた足音と気配がします。この部屋の主が帰って来ました。皆は本

棚の会議をお開きとし、またじっと仮初に眠りに就こうとします。

「ん? ねぇ皆。あれって……」

 ですが≪ラノベ≫君があることに気付きました。一同が視線を向けます。

 そこには、主によって造作無く置かれたテーブルの上には──かの携帯端末○Padが。

 途中買い物にでも寄っていたのでしょうか、主たる青年はそのまま踵を返して台所の方へ

と姿を消していきます。

 すると、フッと液晶画面に電源が入りデジタルの笑顔が現れたのでした。

「やあやあ、始めまして先輩方。この度主にインストールされました者です。今後とも宜し

くお願いしますね?」

「お、お主はまさか……!」

『で──電子書籍っ!?』

                                      (了)

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