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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-7.October 2012
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(2) 車輪ヒストリア

【お題】影、車、歪み

 ヒトという種が大地に足を踏み出した時、歯車もまた回り始めた。

 有史以来、人類は多くの技術を見出し我が物とし、己が文明を築き上げてきた。

 始めはシンプルな、ほんの些細な機構ギミックでしかなかった。

 しかし時代が次のステージに進む過渡期を何度となく迎える中、それらは大いに進化を果

たす事になる。一つだった歯車は二つ三つ……気付けばヒトは数え切れない歯車が互いに複

雑に噛み合いながら巨大化していった。

 一つを回せば百が、二つを回せば千が、三つを回せば万が。

 かつては発揮されるその力に純朴に驚嘆し、やがて人々が自分達の豊かさを願い託した筈

だった。車輪が回り続けるように、皆をまだ見ぬ未来へ連れて行ってくれる筈だった。

 歯車という巨大で複雑怪奇なシステムの束。

 それらは、今や──。


 歴史を遡り、掻い摘んでいこう。

 原初、文明が興ったのは概して大河を擁く流域であったとされる。

 狩猟採集──元ある恵みをその日暮らし的に摘み取る暮らしではなく、発生する恵みの仕

組みを理解し、自分達の手で生み出す。農耕の始まりとそれらは切っても切り離せない。

 ここで一つ特筆すべき点がある。

 それは文明とは即ち、身分という概念の興りでもあるからだ。

 長らく狩猟採集によって暮らしていた頃は、皆がその日々の生と格闘していた。

 当時の彼らにとって第一の原理は生存であり、可能な限り“皆と生きる”ことに収斂して

いたと言っていい。

 だが、自力での食糧生産──その為の流域文明は人々を確実に変革してゆく。

 食料を始め、人々は喫緊の欠乏から着実に遠退いていった。蓄えは充分にある。やがて力

点はそれらを如何に多く安定して持っているかに移行し始めていた。

 持つ者、持たざる者──これが身分の興りである。

 食料を保管する術を持つ者は、やがて集団の中で発言力を強めていった。

 安定をもたらす術を知る者は、やがて集団を率いる「王」と為った。

 始めはただ、多くの物資を運ぶ“コロ”だった。対の歯車が箱を動かし、物資を運ぶ簡単

な機構でしかなかった。

 しかし「王」の誕生は緩やかな歯車を更に大きなものにする。

 王とて人間だ。しかしただ単に埋葬するだけという末路を生前の彼らは許さなかったのだ

ろう。今尚各地に遺っている巨大墳墓である。

 当時は今日のようなハイテクノロジーは無い(と考えられている)。

 故に緻密に積み上げられた巨大な岩は全て、建造に従事した持たざる者達が無数のコロを

下に敷き、汗水を垂らしながら運んだものと推測されている。

 ──歯車は、徐々に変質していった。

 皆の為ではなく、特定の強き者の為に。

 自らを強大に見せたがる王がいればいるほど、その傾向は強くなった。

 かくして墳墓は今や放棄された地に点々と存在し、長い歳月の中に佇み続けている。


 時代は緩やかに、しかし加速度的に流れる。

 王はやがて飾りと為っていた。

 食料という実物資は富の証ではなくなり、時代は貨幣という交換券を中心に回り始める。

 経済の時代だ。

 富は金を指標に手繰り寄せられ、権力もまたそれらによって担保される。

 多数の王を擁くようになった世界は、大地から海へと食指を伸ばし始めていた。

 足りない……もっと多くを……。

 有り余る財をより多くの人々の間で行き交わせ、その仲立ちに金を蔓延らせる。

 その歯車ループが彼らをより一層持つ者へと強化していく。

 ──そうした繰り返しの中、技術もまた彼らの欲望を取り込みながら進化を遂げていた。

 かつて木や石で出来ていた歯車は金属へ。青銅から鉄へ、鉄から鋼へと。

 小さなコロを取り付けた台車は、巨大な金属製の走者──列車に。

 牛や馬に引っ張って貰っていた戦の車は、鋼の弾丸を放つ巨大な金属の装甲へと。

 帆で風を受けて進んでいた木の船は、互いを海の藻屑へと押し合う金属の軍艦へと。

 歯車システムが急かしたのは、欲望だった。

 より多くを、より広くを。いつしか持つ者達はその力を振るい、かつての同胞同士による

殺し合いを始めた。犠牲になるのは、概して本来無関係な持たざる者達だった。

 武器とは誰かを護る以上に、誰かから奪う為に生み出されたものである。

(……尤も今日は“あいつは駄目だが、自分達はよい”という正義なる概念がまた一つ複雑

歯車ループを作り出しているのだが)


 歯車は、噛み合わさり続ける。

 時代の流れを前へ前へと進める推進力として、ヒトの社会を動かすシステムとして。

 だがそれらが招くのは、何も流血ばかりではないと付け加えたく思う。

 歯車が回すのは破壊だけではなく、再生のエネルギーもまた然りなのである。

 炎の吹き上げる蒸気、水が流れ落ちる勢い、風の力、或いは……際限なき神の火。

 歯車がひとたびそれらによって回されれば、数多のエネルギーが生まれた。それらは無数

の管を通って人々へと届けられ、彼らを豊かにする。豊かさを担保する栄養と為るのだ。

 ──恵みをただ漫然と採るのではなく、自ら生み出すこと。

 それが、今生きる私達、そして貴方達が未来へと成すべきことなのだから──。



「……と、このように歴史的観点からシステムの変遷を紹介した訳ですが」

 カツンとディスプレイに映る資料を短い指示棒で叩き、眼鏡の女性講師はそこで一旦言葉

を区切った。

 見渡した室内には、年端もいかぬ少年少女達。

 彼らは皆、びしりと礼儀正しく席に着き──しかし彼女の視線にはあまり目を合わせる事

はなく、じっと各々のデスク上に用意された端末から同じ資料映像を見遣っている。

「ここまで視聴して、大事なことがあります。分かりますか?」

 数秒間。でもたっぷりと彼女は間を置き、ややあって指示棒を一人の少年へと向けた。

 瞬間、赤く光るその先端。すると同時、指し示された少年の端末画面に彼女と教卓の映像

がリアルタイムで映し出される。

 少年はスッと顔を持ち上げ、

「……人間の作り出すシステムは偉大ということ、ですか」

 歳相応な感情すら見せず、言う。

「四十五点ですね。間違ってはいませんが、本講での論旨はまた別です」

 それは女性講師もまた同じだった。

 眼鏡の縁を片手で触り、一言。少年は数回瞬きをしたものの、特に反応することもなく再

び端末画面に目を落としてしまう。

「では、貴女」

 今度は別の少女が指名された。同じく彼女端末画面にはこの講師の姿が映り、こちらを指

してくる様子が新しくポップアップする。

「……常に行使する側とされる側がいることです」

「正解です。よく出来ました」

 やはり少女もまた、感情を持たないかのように淡々としていた。

 紡がれる返答。その言葉にもこの講師は眉一つ動かさず、しかし先程の青年とは別の反応

で以って少女にそう告げる。

「いいですか、皆さん」

 今度は、教室内にいる少年少女全員分の端末に彼女の姿が映っていた。

 指示棒をぴしり。背後の壁に映し出された、繰り返しヒトの歴史を映し続けるスクリーン

をコツコツと叩きながら彼女は言う。

「システムとは、私達が“使わなければならない”のです。使われること、それは即ちシス

テムの奉仕者であり──持たざる者の醜態です」

 少年少女達の無機質な表情に、ほんの少しだけ息を呑む様子が垣間見えた。

 ただそれは感心ではない。……“恐怖”に限りなく近かった。

「これまでも繰り返し述べている通り、貴方達は将来この都市の運営を担う幹部候補です。

システムを使いなさい。使われるのではなく。貴方達は『歯車』に成り下がるのを良しとし

ますか? 違いますね? 貴方達は、眼下に広がる『歯車』を使う側なのです」

 彼らは黙したまま一様に頷いていた。

 常に勤勉であれ。常に高潔であれ。常に管理者であれ。

 それが彼らの──未来のエリート達に叩き込まれていた精神だった。

「では前置きはこれくらいにして実務といきましょう。管理者読本テキストの二百七十ページを開い

て下さい」

 女性講師の言葉で、少年少女らは端末内のデータを開く。そこには無数のテキスト・図面

が所狭しと広がっている。彼らは若い内からこれら全てを把握しなければならないのだ。


 教室の窓を、数羽の鳥が通り過ぎていった。

 視界をその向こうへと遣ってみる。

 そこには、雲海。更に鳥達と共にぐんと引いてゆけば……聳え立つのは巨大な空中都市。

 濃い雲らの合間に、無機質で継ぎ目の見えない金属の構造体が何十にも延びていた。今や

人類は地上を捨て、空中へと自ら大地を造っている。

 その奥底には無数に蠢き、噛み合う『歯車』がある。更にその眼下には点々と前時代的な

荒地の中に佇むスラムが小さく見える。

 ──システムは、持つ者と持たざる者を完全に隔てることを選んだ。

 不満を撒き散らして暴れるのは、いつの時代でも後者だ。

 ならば彼らは、その野蛮さと比例した地上で暮らすがいい。ただ天上より支給されるエネ

ルギーでサービスで生きればいいと。

 徹底的に管理する。経済も産業も、心も身体も。余計な事をするから“バグ”が生じる。


 歯車システムは、今日もまた粛々と回るのだ。

                                      (了)

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