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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-6.September 2012
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(4) 消えない焔

【お題】炎、銅像、砂漠

 砂と荒野の大地に春が来た。

 といっても、それはあくまで比喩的表現だ。長らく独裁政治を続けていたとある国がその

日、不満を募らせた民衆の力によって遂に倒れたのである。

 当時、私もそのニュースを映像を観ていた。

 首都の広場を埋め尽くさんが如き人の波。彼らが向かった先は大統領府。その路中に在る

国の指導者──独裁者の銅像が、彼らの手によって力づくに引き摺り落とされ、滅茶苦茶に

破壊されてゆく。

 目前まで迫った時代のうねりに、長らくかの国を支配していた男──かつて弱小だったそ

の国を、石油や鉱資源を梃子に大きな国にした指導者は、身の危険を憂い国外に逃亡した。

 解放された、自由を勝ち取ったと、人々は勝鬨を上げていた。

 主要メディアも、当時新時代の幕開けと称して大々的に報道合戦を繰り広げた。

 従来の、特定の勢力による妥当ではなく、SNS──ソーシャルネットサービスを通じた

広範な層の人々による(不満という)エネルギーの集結。それがこれまでになかった傾向だ

と評されたのである。


 だが私は……何故かそんな世間の“熱”に浮かされなかった。いや、単に私個人が戸惑っ

ていただけだというべきなのか。

 保守的であり、旧き価値観と戒律を重んじる伝統。

 日々無数の情報が流れ込み、外のセカイへの憧れを掻き立てる(良くも悪くもな)自由。

 情報技術が進歩し、広くセカイに普及することは、元よりこうした乖離に拍車を掛ける定

めにあったのではないのか? そんな事をぼやっと思った。

 既存の権力を引っくり返す「正義」──を標榜する人々の熱情。

 ややあって、私のはたと抱いた不安は現実のものとなった。

 この「革命」の炎は、周辺各国に次々と引火し始めたのである。

 元よりあの地域一帯は古くより戒律によって支配された「王国」が林立していた。民主政

治と資本主義が幅を利かせるようになった今日でも、その面影は今尚少なからず残っていた

からだ。

 旧きものを屠る、正義の狩猟が始まっていた。

 あの国が独裁者を排せたなら、自分達にも出来る筈だ──。

 そんなロジック──パッションで以って、種々の情報ツールを駆使して、民衆は蠢いた。

 密閉した瓶の中で火が燃え続ければ、いずれ既存の器はもたなくなる。ある国は身の危険

を思い、この時代のうねりに従順とした。また別の国では彼らの革命を「不逞の輩」と指弾

し、徹底的に鎮圧・抗戦する選択を採った。


 ……その頃からだ。徐々に人々が狂い始めたのは。

 分からなくなっていたのだ。

 長引く混乱、激化する両者の争い。

 それだけならまだ、世界の大多数の人々にとっては対岸の火事だったのかもしれない。

 だが、あの地域は豊富な資源を有している。

 故にかの地の不安定さは、遠からず全世界の経済を暮らしを脅かす。

 燃料の高騰から始まり、食料供給の遅れ、或いはそれを見越した投資家達による関連銘柄

の釣り上がり。

 悪循環だった。遠い場所の筈の出来事が、徐々に確実に多くの人々を苦しめていた。

 これもまた保身であるのだろう。故に大国の連合が動き出した。

 最初は両者の調停──というのは名ばかりで、実際は「民主的」を標榜する革命勢力へ肩

入れする格好だったのだが──。しかし頑なに政権を手放さないかの地の指導者らに対して

は、遂に彼らは軍事介入に踏み切った。そうでもしないと……終わらないと考えた。

 春の到来とは……何だったのか。

 季節は流れた。大地を文字通り焼き尽くす夏から、その実りすらも葬る秋へ。更に人々を

自縛し続ける長い長い冬へと。

 争いの炎は燃え続けた。炎を炎で消せる筈がなかったのだ。水のように柔軟で冷静な心が

理性が、本当は多くの者達にとって必要だった筈なのだ。

 しかし、一度燃え上がり焼け落ちた事実までは掻き消せない。

 嘆きばかりが積み重なった。大切なものを奪い去った“敵”への憎しみばかりが募った。

 この頃には最早、独裁政権打倒を訴える革命側すら、その正義を失いつつあった。

 伝統と安定を守る。自由と発展の国を目指す。

 魅力など、色褪せていた。

 闘えば、きっと明日は良くなる──その熱情は今や戦火となり、群列に加わらなかった者

達をも暴力的なまでに巻き込んでいく。理不尽ばかりが世を席巻する。

 敵愾心のぶつかり合いで悪化するばかりの治安、深まるばかりの経済的困窮。

 周囲の人々が冷める──醒める頃には、もう遅過ぎた。炎は燃え続け、皆の幸せに資する

べき筈の財貨が縮こまった争いの中へと放り込まれていく。

 人々が無関心を、辟易を起こしても、それらは容易には変わらない。変わるべきは周囲と

いうよりも、争い続ける彼ら自身でなければならないからだ。むしろ周囲がそんな冷や水を

浴びせることで、もしかしなくても彼らは“焦る”のかもしれない。自分達の「正義」が否

定されると怖れるのかもしれない。

 ……尤も、そんな思考に陥っているのなら、既に彼らに「革命」を名乗る資格はないと私

は強く思っている。

 それは“革新”ではない。只の見てくれを変えた“保身”でしかない。

 それは少なくとも、広く誰か他人ひとの為の志ではなくなっている筈だから──。



「……ふぅ」

 思考がどんどん曇天の色彩のように重みを増し、私はキーボードを打つ手を止めた。

 途端、聴覚にざわっと反動のように強調されるのは、周囲の同僚らの声や物音。

 私はこのオフィスで新聞記者をしている。

 今日も今日とて、数年スパンに及び始めているあの戦火についてコラムを書くよう順番が

回ってきている……のだが、肝心のディスプレイにはお世辞ながらも納得いく文面は起こせ

ていない。小さく嘆息をつき、私は仮初に並べたデジタルの文字達を削除する。

 清く正しい「正義」なんて何処にも無い。

 それが、あの争いを見遣りながら──いや、記者生活を続けてきて想うことだ。

 当初の民主化を求める運動を、情熱を、私個人の一存で否定する訳にはいかないだろう。

ましてや私はジャーナリズムに身を置く一人だ。人間を否定するような記事を、組織はきっ

と認めはしない。

 だが、やはりこの胸奥の虚しさは拭い去れないでいた。自分は卑怯者だとも思った。

 争いの当事者達は勿論、周囲で被害を被った多くの人々の嘆きを私は少なからず見聞きし

てきた筈だ。なのに私達がしていることは、それを言葉にしたため、世界に発信することで

しかない。──直接彼らを救いもせず、ただ正義や公正を謳って愉悦に浸るだけだ。

 広く世界に伝える。それ自体は何処かで人々を動かし、結果的に物事を好転させる切欠に

はなるのかもしれない。

 しかし、それは間違いなくごくごく一部の事例であると私達は知っている。

 多くの場合、氾濫する情報はむしろ諍う人々を燃え上がらせ、或いは周囲の第三者への引

火を促している結果に終わるものだ。私達は水を掛けているのではない。実は油を注いでい

るのではないかと、ずっと疑っている。

(どうしようもないのか……)

 歴史は繰り返す。そう言ってしまえばそれだけかもしれないが……私は怖い。

 日々技術が進歩する私達人類が、この虚しい繰り返しの先に果たして幸福を掴むことが出

来るのかと問うと、それは中々想像に難いからだ。

 火消しに走っている者は確かにいる。でも、それが根本的な──。

「お、おい! あれっ!」

「……?」 

 そんな時だった。ふとオフィス内が異質にざわめき始めたのは。

 私はじっと自分のデスク──パソコンの画面に向き合っていた視線を翻し、同僚らのそれ

に倣って窓の外を見た。

 

 ──迫ってくる飛行機ものが、あった。


 やや遠巻きだが、あの機影は間違いない。

 だが妙だ。いくら此処が高層ビルだといっても、飛行機が通常航行する高度とはもっと上

空である筈だが……。

「こ、こっちに来るっ!?」

「逃げろーーッ!!」

 それが“通常”ではない事に理解が及んだのは、ほんの数秒後。だが致命的な数秒間。

 同僚達は散り散りになって我先にオフィスの出口へと走っていた。このままではあの鋼鉄

の巨体はこのビルに激突する。それは間違いなく、大惨事へのカウントダウンだ。

「……」

 だが私は、そんな中にあって動けなかった。

 恐れで竦んで? いや、違う。むしろ「納得」出来てしまっていたからだった。

 どんなに遠く砂と荒野の大地で勃発した争いの火が世界中に広まっていると報じても、実

の所自分には相変わらず対岸の火事と思っていた節があったのだろう。

 どうせ、また彼らの虚しい争いか。

 どうせ、自分は言葉を弄するだけの偽善者だ。

 そんな諦観と目の前に迫る厄災が、不思議と私の中でカチリと組み合わさっていたのだ。

 加速度的に距離を詰め、視界一杯に迫ってくる鋼の巨体。轟々と唸って揺れる窓ガラス。

 何処か私は安堵さえしていた。誰かは知らないが、連れて来たのだと思った。 

 

 嗚呼、やっと私の所にも──あの炎がやって来たのだと。

                                      (了)

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