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週刊三題  作者: 長岡壱月
Train-6.September 2012
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(3) 落日の瞬間(とき)

【お題】陰、昆虫、柱

 私が生まれ物心ついた頃には、此処が私にとっての世界の全てだった。

 勿論、外にも世界が広がっている。その事は知識として知っていた。

 だが誰しも役割分担──領分というものがある。

 毎日のように外界に赴き、食料と調達してくる者。この「城」に住む皆の為に種々の務め

を果たす者。そして城の主・女王の御側に仕え、その御意思を現実のものにする者。

 私はそんな中の一人だった。

 といっても、陛下と共に朝議に加わる元老という訳ではない。

 ただ彼らの側に仕え、その身辺警護を行う兵士──近衛兵の一人に過ぎない。

 王宮は、命の声で満ちていた。

 外周警備の者、狩猟採集の者、城下で暮らす者。そして女王が産み育てる次代の子供達。

 私達はそんな幼子らを護る役目を仰せつかっていた。といっても、子育ては侍女達が担っ

ていたので実際にやっていた事といえば、そんな彼女達を見守りつつ時間を潰すというもの

だったのだが……。

 それでも、私個人は満ち足りた気分だった。

 次代の子らが育っていくのを、そんな我が子を愛しく抱きかかえる陛下を見ているだけで

私はホッと胸奥が温かさで撫でられていくような心地を覚えた。

 両親のことは、殆ど記憶に無い。聞いて回った訳ではないが他の同僚達もそうだろう。

 もしかしたら陛下が産んだ子も中にはいたのかもしれない。或いは先代以前からの血筋も

少なからず混じっているのかもしれない。

 それでも……よかった。ただこうして穏やかな日々を、忙しなくとも平和な日々が続けば

いいと思っていた。


 しかし、その平穏はいとも容易く打ち破られる。

 突然の敵襲だった。王宮や城下をまとめて揺るがす巨大な揺れ。それらが何度も何度も波

打つように襲い掛かったのだ。

 混乱し逃げ惑う城下の住人達、或いはこの襲撃者を撃退すべく次々に出撃してゆく兵達。

 穏やかな日々は、確実に奪われようとしていた。

 耳をつんざく警鐘が何度も鳴っている。我が子や侍女らと共に一塊になり、陛下は不安そ

うに静かに震えている。

「報告します! 外周警備隊の約八割が全滅! 襲撃者は毒煙を駆使している模様!」

「既に外周付近の住人達が炙り出され始めています。奴らは、彼らを片っ端から……っ」

 そんな中で、ようやく此処王宮ちゅうすうにも事態の報告が届いてくる。

 だが、それは総じて絶望ばかりを運んできた。

 傷付いた兵士、満身創痍な同僚。彼らは私達の所に駆け寄ると、次々にこの突然の襲撃者

が繰り出す卑劣な所業を伝え──中にはそのまま息耐える者も出始める。

『……』

 我々近衛隊は心持ち……いや確かに、陛下らの周りを護り固めるように立ち位置を変えて

いた。此処にまで魔手が届くのは時間の問題だ。そう互いに語らずとも理解し始めていたか

らなのだろう。

「陛下……」

 私は皆の首肯を受け止め、代表して我らが主君の指示を仰いだ。

 既に“生き延びて下さい”との勅は、城下の者にも行き渡っている筈だ。

 それでも……敵はその願いをも踏み躙っている。奴らはこの街を王宮を取り囲み、じわじ

わとしかし着実に毒を焚きながらこの中枢へと迫ってきている。

「……ここまでのようですね。皆さん、この子達を連れて逃げて下さい」

 そんな中で、我らが主の下した決断は──あまりにも哀し過ぎて。

「陛下は……陛下はどうなさるのですか?」

「私は此処に残ります。どうやら“私の代”はここで朽ちるようですから。……だから貴方

達は、どうかこの子達をできるだけ遠くへ逃れさせて下さい。次の代へ、命を繋ぐのです」

「そんな……!」

「どうかお考え直し下さい! 陛下を捨てて逃げるなど……!」

 勿論、私達は拒んだ。

 次代へと命を繋ぐこと。それは我々が連綿と続けてきた営みだ。だがその為に今目の前に

おられる主君を見殺しにするなど……私達の忠節では頷けなかった。

「……お行きなさい。これは、命令です」

 最期の。そのワンフレーズは敢えて語らず、されど彼女は己が意思を曲げない。

 私達は互いに顔を見合わせて唇を結んだ。目の前には自身の終わりを覚悟した主と、今尚

無垢な声色と表情かおをみせる次代の幼子らが居る。

「……。拝承、致しました」

 勝てなかった。最期の最期まで、彼女は我々の主で在り続けたのだ。

 やがて私達は深くゆっくりと頷いて拝命とし、皆で分担して幼子らを抱えた。

 ざらりと槍を携え、生き残った警護の兵らが自分達の脇を固めて立つ。彼らも私達も、そ

して我らが主も、皆一様に硬くなった気色を己が顔に貼り付けている。


「頼みます。どうか、子供達を──」

 私達は駆けた。静かに、だが胸奥に染み入るようなその信託の声を共に掻き抱いて。

 王宮の玄関口に近付くにつれ、視界がみるみる霞み始めた。

 もう連中の焚いた毒が迫ってきているのか。私達は自分達よりも先ず、それぞれが託され

抱えた幼子らを中てられぬよう、袖で口元を覆い、できるだけ低姿勢を取った。

 普段から王宮を、城下を庭として詰めていた私達でさえ、毒霧は前後左右を不覚にさせよ

うとする。

 それが単に視界を遮られている故の問題なのか、それとも既に私達の意識が毒にやられ始

めていたのかは定かではない。

 だが、私達は駆けた。濃くなる一方な霞の下、ぐったりと動かなくなった同胞らの姿を何

度も視覚に焼き付けながらも、私達は城下の抜け道へと急いだ。

 ──すまない。私達が不甲斐ないばかりに……。

 生きているのか死んでいるのか。私は託された幼子を抱えたまま、ちらと肩越しに背後の

王宮を見ていた。

 すっかり濃い霞み──毒霧に包まれた陰影。しかしそれらの形が、徐々にボロボロと崩壊

を始めているのを私は確かに目に焼き付けていた。

(くっ……!)

 確かに、あのままごねていれば私達は毒霧の餌食になっていただろう。

 今頃陛下は、彼女と命運を共にすると語った侍女らは、もう逝っているのだろう。

 だが……これで良かったのか? 侵略者に只々成すがままに近い形となって、それでも尚

反撃ではなく生存の為に背を向けることが……本当に。

「見えてきたぞ!」

 すると先行する仲間の一人が叫んだ。

 毒霧の霞の向こう。そこに城下の外へと出る小門の一つが在る。

 外に出れば、間違いなくそこは敵陣の中だ。私達は、跳躍すべくぐっと地面を蹴る。

 

 陛下……貴女のことは我々一同、決して忘れはしません。

 貴女の犠牲と博愛の心、必ずやこの幼子らに伝えましょう。

 そしていつの日にか、また在りし日々のこのまちのように、平和を──。



「──うぉっ、また出てきた」

「ひゃわっ!?」

「父さん早く早く!」

 車庫の柱、そこから見上げた陰にそれを見つけたのは、夏の深まるある休日だった。

 息子と娘が急かし、折角の休日の長寝を楽しんでいた父親は叩き起こされる。

 じりじりと汗ばむが、念の為に長袖長ズボン、帽子と首筋にタオル。両手には息子の虫取

り網と家の中に置いてあった殺虫剤。

 息子が枝切り挟みでゴツゴツと繋ぎ目を剥がし取っている横で、彼は何度も虫を殺す霧を

吹き掛けていた。

 蜂の巣。そこから堪らぬといった様子で黄色と茶色の縞模様らが飛び出してくる。

 息子と父親は協力し、沸いて来るこの厄介な害虫の始末を続けた。

 やがて枝切り挟みが巣を垂らす軸を捉え、この「城」は文字通り“落ち”た。

 何度も何度も殺虫剤が吹きかけられる。娘もおっかなびっくりといった様子で、心なし遠

目から二本目の殺虫剤を片手にその駄目押しに加勢を始める。

「母さん、袋持って来てー! ビニール袋ー!」

 やがて焦げ茶の楕円体から、害虫達は出て来なくなった。

 周りにはぐったりと動かなくなった蜂の残骸。そこに分厚めのビニール袋を持って母親が

ぱたぱたと駆け付けて来る。

 家族達がおずおずと見守る中、父親は箒で掃き集めた残骸らと共にこの元・害虫達の城を

ビニール袋の中に放り込んだ。ぎゅっと念入りに口を縛り、ようやく駆除作業は完了する。

「ふぅ……。やっと終わった」

「お疲れさーん」「お父さん……頑張った」

「それにしたって嫌よねぇ。こんな所に巣を作るなんて……」

「全くだよ。居るだけで邪魔になるってのに、分かんねぇのかなあ」

                                      (了)

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